【第1章 アゲ~☝】 1話 戦いの終わり
大きな戦いの後は、必ずしも静かなわけじゃない。
______ゴーーーーン
大きな鐘の音が一回だけ鳴った。北門付近で現れた子供の黒竜を倒したのだろう。最近はエニグアの森だけではなく王都付近でも魔物が出没している。
戦いが終わり、怯えていた文官たちがホッっと息をつく中、治癒班の人間はピリピリと緊張を張り巡らせていた。その中の一人に、淡々と準備をしている、淡い金髪の美しい少女がいた。
(今日はいつもより疲れそうね.........。自分へのご褒美に帰りに出店にでも寄ろうかしら。)
滑落の道まっしぐらのメルローズ男爵家、長女のセレスティアはラベンダー色の瞳をゆっくりと下に向け、出店のチョコクレープに思いを馳せていた。他の者から見たら思慮深そうな、美しい令嬢にしか見えないだろう。
セレスティアがお腹が鳴りそうなのを堪えていると、集団の足音がドアの向こう聞こえてくる。しばらくすると軽症~中等症の騎士たちがぞろぞろと扉を開け入ってきた。
重傷者は北門に向かった治癒班と、聖女が対応しているため、ここは基本的にはポーションを飲ませ、手当てをするだけだ。
だからといって舐めてはいけない。事前に決まっていた討伐でない場合、ポーションの在庫が足りなくなり、治癒班自らの手を使って治癒をしなければいけない。治癒魔法というのは、ある程度効果のある薬草に少し魔法を付与するだけでいいポーションの制作と違って、かなり体力を使ってしまうのだ。
だから一部の怠惰な治癒班は、正直、聖女が軽症者や中等者の治癒も全部やれと思っているが、聖女は聖女で力のコントロールが難しかったりと、大変なのだ。
ということで今日も今日とて、セレスティアは一生懸命に働いている。
「今日もお疲れ様です、こちらへ。」
セレスティアは、左脚が折れてしまった騎士を処置室へ連れていき、背もたれと腕置きが付いている椅子に座らせた。
薄い緑の透き通ったポーションと消毒液の入った瓶、清潔な布と綿、真っ白な包帯を棚から取り出し、用具入れへと向かった。松葉杖と添え木を取り出し、騎士の前に戻りしゃがみ込む。
服を慎重に捲り、まずは血を水につけた布である程度拭き、消毒液を綿に付け軽くポンポンと傷口へと叩く。一瞬騎士が顔をしかめたが気にせず治療を続ける。足に添え木を当て、包帯でぐるぐると巻く。
「これで治療は終わりです。あとはポーションを飲めば2日で治ります。その間は安静にしててくださいね。結構___少し苦いですが一気に飲んでください。」
「こんな苦いのを飲んで二日も待たなきゃいけねぇのかよ………。」
(わたくし達が丹精……こもってないかもしれないけれど、作ったポーションに向かってそんなことを言われるのは、心外だわ。)
たしかにポーションというのには治癒魔法よりは効果が薄いし、基本的な対処をしたうえで効果が存分に発揮される物のため、地味だと言われがちだが、数か月安静にしなければいけないのを数日に短縮している。誠実に評価してほしいとセレスティアは思っていた。
「暇なベッドで数か月過ごすより一瞬の苦みの方が、ましなはずです。それとも___」
「わかってるよ.........。すまなかった。大人しくここで飲み干すよ。」
騎士は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、小さな瓶に入っているポーションを飲み干した。飲み込んだ後にも残る苦みと謎の爽やかさに苦しめられているのか眉間に皺は寄ったままだ。
「そういやお嬢さん__いや、お嬢様ってお呼びした方がいいのか?髪の艶と綺麗なお顔を見るに治癒班にいるにしては身分が高いんじゃ?」
(面倒臭いわね...。変に勘繰られたら嫌だから適当に流しとこうかしら。)
「いえ、そのような身分ではありません。」
(貴族の中ではね。)
「へぇ、本当に綺麗な顔してるな、どうだ?今週の休みにでも___」
騎士が薄い笑みを張り付けて手を掴もうとすると、誰かの叫び声が聞こえた。
「だっ、誰か!!!ッ、ブライア団長が、!!!」
担架を運んできた茶髪の騎士が声を荒げる。担架には、血にまみれた長い白髪の男が乗っていた。ブライア団長、この国の第2騎士団の団長だ。
(なぜここに重傷者が?聖女と前線の班はどうしてしまったのかしら。)
するとセレスティアの心の声を代弁するように治癒班の女性が口を開いた。
「あっあの、!聖女様たちはどうしてしまったんですか………?」
「事情は団長が助かってから詳しく話す!聖女様は気を失ってしまった!団長は『黒竜の様子を見てくる』と言って一人で行ったら、なかなか帰ってこなくて、そしたら____」
そこで茶髪の騎士は息を詰まらせ、顔色を悪くした。それは尊敬する上司が、こんな酷い姿にされていたらショックだろう。
(なんで団長は怪我を...?聖女様はここ三日間疲れているご様子でしたしあまり違和感はないけれど。)
「…くそっ!もうポーションがない。誰か!まだ治癒魔法を使えるものは!」
治癒班の後輩が叫んだ。
セレスティアは周りを見渡す、、、。誰も名乗りあげない。今日は負傷者が多すぎたのか、皆もう魔力が枯れているようだ。
(わたくしがあれをやるしかないようですね。)
大きく深呼吸をして、覚悟を決めた。
「私。治癒魔法が使えます。けど条件が_______」
「条件なんてあとで聞く!早く団長を!」
「いや、私の話を聞いて______」
「ほら早く!!!!!報酬ならいくらでもやるから!!!!」
騎士たちは全く聞く耳を持たない。
「もうどうなっても知らないわ!後からわたくしに難癖つけないで!絶対!」
仕事用の敬語が外れてしまったが、言葉使いの訂正よりも目の前の命優先だ。
担架の方へ駆け寄ると、シルヴァ伯爵家次男、鬼団長ことブライアは、血にまみれていた。噂では聞いたことがあるが実物を見るのは初めてだった。
(これだと返り血なのか負傷したときの血なのか分からないわ。)
顔や、服の裂けていない所の血をハンカチで拭くと、ようやく表情が見えた。令嬢が見たら熱にあてられて倒れてしまうような顔には、苦悶の表情が滲んでいる。
そして腹には、爪に引っかかれたような大きく、深い傷があった。ぱっと見た感じ、は確かに竜にやられたように見える。
(このくらいならわたくしでも治せそうだわ。)
生死を彷徨っている重篤患者に向かって思う感想ではないのだろうが、あれを使えるセレスティアは自信があった。
(今日だけは貴族令嬢という事を忘れさせて貰うわ!)
「ヒーーーーーーール!!!!!!!!!!!!!!!」
周りにいる騎士や治癒班が思わず耳を塞ぐ。本来、ヒールにこんな大きな声をだす必要はない。
普通のヒールや聖力とはちがう、太陽のような金色の眩しい光が、深い傷を照らした。すると、いつの間にか傷が塞がって、いや、消えていた。
(これでわたくしの立場は終りね…。お母様、お父様、ロウスお兄様。ごめんなさい。)
治癒班の、”何やってんの!?”という表情と、騎士たちの驚いた顔が視界に入る。
「は!?今の一瞬で......!?黒竜の傷を治した!?」
「何を!?今何をした!?」
先ほど手当した騎士や、担架を運んできた騎士までも声を荒げた。セレスティアは思わず肩をすくめ、現実から逃げるように明後日の方向を見つめた。
(あ~、クレープ、チョコクレープ。クリームやフルーツが一切入ってない、チョコだけのクレープ。今日は貴方に会えそうにないわね。もしかしたら女神様の所に召した後に会うかもしれないわ。)
セレスティアは自分の物理的な首とクレープのことを考え、安らかな表情を浮かべた。人間は窮地に陥るとこうなるらしい。
(お師匠様にも怒られてしまいそうだわ。あれだけこの術は使うなとおっしゃってたのに。)
あまりにもセレスティアが無言を貫き、動揺も一切見せないため、周囲の人間はだんだんと落ち着きを取り戻していた。
「あれはもしかして黒魔術の類なのか?」
「いや違うだろ。なんか眩しい光放ってたし。」
「じゃあなんであの治癒した女は黙ってるんだ?黒魔術でないなら一体なんだ?」
「もしかして精霊なのか。美しいし。」
「あぁ、それが一番納得できる。」
「「「「「「それな」」」」」」」
騎士たちが勝手に精霊だと決めつけている間に、当の精霊さんは忍び足で部屋から出ていこうとしていた。だが、突然話し声を遮る音が聞こえた。
______ガタッ
音がした方向を向くと、
「え、マジやばい、ギリ生きてんだけどwうちを救ってくれた子どこ~?」
ブライア団長が、言った。通りがかった下町の娘とかではなく、シルヴァ・ブライアがだ。
「...え?」
「だっ団長?嘘だろ?嘘ですよね!からかってますか!?」
「いや、幻聴だろ、もしくは後遺症。」
「そんな後遺症きいたことねぇよ!」
「本当にからかって...?いや、団長に限ってそんな訳ないか。」
「申し訳ありません!!!原因は私にあります!!!」
セレスティアは初めて知った。これが、自分の古代フィジカル治癒魔法の、副作用ということを。
短編のリニューアル兼初連載です。最後までお読み頂きありがとうございました。不定期な更新となりますが、最後までお付き合いいただけたら嬉しく思います。




