葉裏暦
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
暦。
生きている間、こいつに世話にならないことはまれだろう。
年に月に週に日に、区切りが生まれたために様々な行事のタイミングをはかることもできる。日本だと六曜や二十四節気などを追加して、いろいろな情報を一度に把握できるカレンダーなども用意されているな。
便利ゆえに世界中で使われているが、その種類は多い。なじみのある暦はいいが、ない暦だとパッと見て違和感を覚えるだろう。
何を元にして、そいつは時を表しているのか。ネットワークを介してすぐに調べられる現代ならば、即解決できるかもしれない。けれども、ひと昔前は謎に包まれたまま、目にした情報から好き勝手に想像してみる余地があったと思わないか?
最近、友達が話していたことなのだけどね。聞いてみないかい?
友達が小さいころ、仲間内で占い関連がはやった時期があったという。
信じる人、信じない人の差は大きいが、いつの時代も一定の関心をひきつけられる要素だろうな。人間、自分にかかわるけれど未知なことについては興味なり警戒なり抱きがちだし。
その占いたちの中で、高い人気を誇っていたもののひとつが「葉裏暦」。文字通りに、葉っぱの裏側を見ることによって暦を知り、その情報にもとづいて占いをするのだとか。
古来、星々の位置や動きを手掛かりに占いを行う占星術が知られているが、葉裏暦の場合は自分たちの手が届く葉っぱを使う。この身近さが、子供たちの心に刺さったのかもしれない。
友達が教わったところによると、この占いに使うための葉は手のひらに収まる大きさならば、どれでも使うことには問題ないらしい。
あまり大きすぎる葉はまずいとか。大ぶりなほど、暦も大ざっぱになってしまい、占いとして運用できるものじゃなくなる、と。
葉裏暦の判断は、話を持ってきた友達にしかできず、占いを受けるとこができるのは一人につき一日で一枚のみ。占ってもらったら、一日はその暦の結果にのっとって過ごさなければいけないとされる。
規則を破って、一日に二枚目以降を用意するのは許されない。何も起こらずに終わるなら運がいいほうで、多くはバチがあたるのだという。ささいなものも多く、当人もそれがバチだと気づけないことがままある、とのことだけど大事故の可能性もなきにしもあらず。
それでも興味のある人は、おみくじやフォーチュンクッキーのような感覚で、毎日のようにその子の元へ葉っぱを持って行ったのだそうだ。
友達は熱心というほどじゃないというが、たまの運試しとしては悪くないと、半月から一か月に一回ほどのペースで葉裏暦を頼んでいたらしい。
その日の朝、目についたのはトウカエデと思しき、先端が三方向へ分かれる葉。多くの葉に紛れるかたちで一枚だけあったのを拾ったそうな。
薄い葉にしては、やけに重かったのが友達の記憶に残っているらしい。首を傾げながらも、どんな結果になるのやらと、すでに学校にいるその子のもとへ持参して「暦」を見てもらう。
「……ネフタル暦967年!」
ネフタルの部分は、友達がどうにか聞き取ることができた部分だ。その子に何度かリピートしてもらったものの、他の語の部分は耳慣れていないせいなのか、音にしがたい吐息の気配程度にしか認識できなかった。
しかし、その子の驚く顔もまた珍しいものだった。
いわく、ネフタル暦というのはめったにその痕跡が出てこない暦なのだとか。そのぶん、占いとしては上位のものに位置し、その結果は高確率で現実のものとなる……という代物なのだとか。
「鬼が出るか蛇が出るか……いずれにせよ、受け入れる覚悟がいるかもね」
そう前置いて、葉の中身が読まれていき、友達はかたずを飲んで耳を傾けていた。
『今日、あなたの行いにより10名が死に絶えるだろう。そしてほどなく、それに倍する数の者たちがあなたへ報いを与えるだろう』
「ひゃあ、バカくせえ! 人を殺人鬼よばわりとか、ねーわ!」
聞き終わるや、一笑に付す友達。
戦国時代ならまだしも、この法治国家で1人殺すのだって大問題になるのに、それが10人とかタチの悪い冗談だ。
繰り返すけどネフタル暦は葉裏暦の中でも特に強いから、気をつけろと釘を刺してくるその子。そんなことあるもんか、といいつつも友達は人との間合いに気を付けていく。
人はふとした拍子で、簡単にお亡くなりになるもの。自分とのちょっとしたふれあいが、どのようにきっかけになるか分からない。けれども、ヘタに接触しなければ「あなたの行い」の範疇には入らないはずだ。
そう信じていた友達だけど、葉裏暦は律儀に追いかけてきた。
放課後。周囲へばかり気を配っていた友達だが、ふと足もとで何かを踏んづけた感触。
お供え物のお菓子。少し前に、この通りかかった交差点で事故があり、幼い子供が犠牲になった。今でも献花とともに、こうしてお菓子を供えていく人がいるのだとか。
すでにお菓子の封は切られていて、中身のビスケットが露出していた。いたずらされていたのかは分からないものの、そこには小さなアリたちもたかっていたんだ。
友達が足をあげたとき、粉々にされたビスケットの上で動かなくなっていたアリたち。大小合わせて10匹以上。
とたん、友達のうなじへポタポタと細かいものが落ちてくる気配と、無数の細かい痛みが走った。
とっさに手で払うと、数十匹のアリが地面へ吹きとばされて散っていく。見上げると、献花されていた電柱の中ほどに、黒いシミと思えるほどのアリたちが固まっていたのだとか。
それらが次々と、自分目掛けて降り落ちてくる。あわてて逃げ出した友達は、痛みを感じたうなじへ改めて手をやって、そこに血がべっとりつくほどに皮を食い破られていることを知ったんだ。
この経験をしてから、友達は葉裏暦をしてもらうことはなくなったそうなんだよ。




