波打ち際のハッピービーチと思い出のエトセトラ
「やっば! 海だ! 太陽、もっとスピード出して!」
「おう! 任せとけ!」
湘南の海岸沿いを走るオープンカーの中で、莉子が両手を高く上げて歓声を上げた。
ハンドルを握る太陽は、そんな彼女のノリの良さに応えるようにアクセルを踏み込む。彼はいつだって自信満々で、強引に周りを引っ張っていく男らしいタイプだ。カーステレオからは、莉子がお気に入りのゴキゲンなリズムがフルボリュームで流れている。まさにキャラメル気分で弾けるような、完璧なドライブだった。
「結衣ちゃん、風、強すぎない? 寒かったら窓閉めるよ」
後部座席で、海斗が隣の結衣に優しく声をかけた。
海斗は太陽とは正反対で、どこまでも穏やかで気遣いができる男だ。冷えたペットボトルのお茶を、水滴を拭ってから渡してくれるような、そんな細やかな優しさを持っている。
「ううん、平気。……すごく、気持ちいい」
結衣は、海斗から受け取ったお茶を握りしめながら、風に髪を揺らして微笑んだ。
元々、結衣はインドア派で真面目すぎる性格だった。けれど、大学で出会った莉子の「今が楽しければそれでいいじゃん!」という底抜けの明るさに影響され、最近ようやく「遊ぶことの楽しさ」に目覚めたばかりなのだ。
眩しい太陽。きらめく海。
隣には、優しく微笑みかけてくれる海斗がいる。結衣の胸の奥で、今まで知らなかった甘い恋のリズムがはじけ始めていた。
「よし! 着いたぞ! 最高のハッピービーチだ!」
太陽が駐車場に車を停めると、4人は浮き輪やパラソルを抱えて砂浜へと駆け出した。
海は最高だった。
太陽に肩車されて海に飛び込む莉子は「私たち、スゴイラッキーガールだね!」と大笑いし、結衣も海斗に手を引かれて、生まれて初めて波と戯れる楽しさを知った。
昼でも夜でも、このまま時間が止まればいいのに。心の底からそう思えるほど、距離の縮まった4人の時間は眩しく輝いていた。
「あー、遊んだ遊んだ! お腹空いたー!」
夕暮れ時。少し肌寒くなってきた砂浜で、莉子が大きく伸びをした。
「じゃあ、夕飯は奮発してシーフードにするか! この近くに美味い店があるんだよ。カニ食べ行こうぜ!」
「賛成! カニ! カニ!」
太陽の提案に、莉子が無邪気に飛び跳ねる。
「結衣ちゃん、カニ好き?」
海斗が覗き込むように尋ねてきて、結衣は顔を赤くして「うん、好き……海斗くんと一緒なら、なんでも美味しいと思う」と、恥ずかしそうにはにかんで答えた。
「じゃあ、とりあえず海の家のロッカールームで着替えてから出発な! 割り切ってパパッと着替えろよー!」
太陽に背中を押され、4人は男女別のロッカールームへと向かった。
湿気と砂の匂いが混じる、狭い女子ロッカールーム。
「いやー、太陽のやつ、今日もカッコよかったなぁ」
莉子が水着を脱ぎながら、ケラケラと笑う。
「莉子、ほんとに太陽くんのことが好きなのね。……私も、今日来てよかった。莉子のおかげだよ」
結衣は、シャワーを浴びる準備をしながら、心からの感謝を伝えた。このまま海斗とカニを食べて、帰りの車で隣に座って……もしかしたら、告白されるかもしれない。そんな淡い期待に胸を膨らませていた。
その時だった。
『――キュイィィィィン!! キュイィィィィン!!』
突然、ロッカールームのあちこちのロッカーの中から、鼓膜を劈くような不協和音が鳴り響いた。
結衣のスマートフォンも、莉子のスマートフォンも。誰の彼氏からの着信でもない、全員の携帯電話が同時に異常なアラートを鳴らし始めたのだ。
「え……なに? 地震?」
莉子が怪訝な顔をして、ロッカーから自分のスマホを取り出した。画面を見た瞬間、莉子の顔から表情がすっと抜け落ちた。
『緊急情報。ミサイル発射。ミサイル発射。建物の中、又は地下に避難して下さい』
画面に表示された、赤と黒の無機質な文字。
どこかの他国から発射された、核弾頭を積んだ弾道ミサイル。
「え……ミサイル……? 嘘でしょ、なんで……?」
結衣は血の気が引き、スマホを持つ手がガタガタと震え出した。
平和な日本で。こんな夏の終わりの海辺で。カニを食べに行こうと笑い合っていた、この瞬間に?
なぜ。どうして。
『バンッ!!』
「莉子! 結衣! 無事か!!」
ロッカールームの入り口に、顔面を蒼白にした太陽と海斗が駆け込んできた。
「太陽! 海斗くん……っ、これ……!」
「外に出るな! 伏せろ!!」
太陽が叫び、海斗が結衣を庇うように抱きしめようと腕を伸ばした――その直後だった。
音よりも早く。
空を覆い尽くすほどの、絶対的な『閃光』が世界を白く染め上げた。
痛みを自覚する暇すらなかった。
恋するモードも。これからカニを食べに行く予定も。彼らの輝かしい青春も、命も。
数千度の熱線と爆風によって、ロッカールームごと一瞬にして蒸発し、黒い影すら残さずにこの世から消滅した。
美しい湘南の海は、巨大なキノコ雲の下で煮えたぎり、カモメも、ペリカンも、お魚も、すべてが業火に焼かれていく。
永遠に続くと思っていた平和は、いつだって誰かの手によって一瞬で消し飛ぶ、ただの『偽りの砂上の楼閣』に過ぎなかったのだ。
焼け野原となった海岸には、もう誰の携帯電話の着信音も鳴ることはなかった。




