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黒刀のピンク・ラビット  作者: のら


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第1話 伝説のウサギ

 

 ネオ・トーキョーの夜。

 鉛色の空から降り注ぐ冷たい雨が、極彩色のネオンを滲ませていた。


 大通りの中心に位置する帝都銀行前は異様な静寂に包まれていた。

 重厚なジュラルミンの盾を構えた機動隊員たちが、半円状に包囲網を敷いている。

 彼らの足元には季節外れの無数の「桜の花びら」が散らばっていた。

 いや、それは直前まで彼らが撃ちまくっていた、殺傷用ライフル弾の成れの果てだった。


「……化け物め」


 現場指揮官の男が、雨に濡れたマスクの下で震える声で呻く。

 自動ドアが破壊された銀行の正面玄関から悠々と歩いて出てくる影が一つ。

 たった一人の銀行強盗。


「――撃てッ!!」


 指揮官の声と共に放たれた無数の銃弾が強盗犯を容赦なく襲う。

 全身にタトゥーのような発光回路(バイオサーキット)を刻んだその男は奪った金が詰まった巨大なケースを指一本でぶら下げながら不敵な笑みを浮かべながら呟いた。


「あーあ、つまんねぇ。警察のファイアウォールってのは、濡れた紙より脆いな」


 男がニヤリと笑い濡れた指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間。

 放たれた銃弾はバラの花びらへと変わり、ハラハラと地面に舞い落ちた。

 そして、もう一度、男が指を鳴らすと彼に向けられていた十数丁のアサルトライフルもパンッと弾けるように花びらへと変わった。

 トリガーを引こうとしていた隊員たちの指が空を切る。


「なっ……!?」


「銃がッ……!」


「ジャイルブレイカー相手に油断するなッ!!」


 悲鳴に近い動揺が走る。


「ヒャハハ! ボーナスステージ終了だ。じゃあな、能無しの豚共!」


 男は驚愕する警官たちを尻目に地面を強く踏み込んだ。

 アスファルトがゴムのようにたわみ、男の体をカタパルトのように弾き飛ばす。

 ビル風に乗って跳躍した影は一瞬にして闇夜の路地裏へと姿を消した。



 ◇◇◇



「楽勝、楽勝っと。これでしばらく遊んで暮らせるぜ」


 男は薄暗い路地裏を上機嫌で走っていた。

 歓楽街の裏手。

 換気扇から吐き出される油臭い蒸気と腐ったゴミの臭いが充満するエリアだ。


 ジャイルの過剰使用オーバードーズにより、男の視界はバグり始めていた。

 足元のアスファルトがワイヤーフレームの緑色のグリッドに見え、ビルの壁面には意味不明なエラーコードが赤く点滅している。


「……チッ、使いすぎたな」


 現実世界が電脳空間へと侵食されていた。

 脳が焼き切れる寸前の全能感と狂気。


「……ん?」


 男が不意に足を止めた。


 行き止まりの壁の前。

 そこにあるはずの空間が受信状態の悪いテレビの砂嵐のように激しく歪んだのだ。


 ザザッ、ザザザッ――!


 耳障りなノイズ音が路地裏に響き渡る。

 歪んだ空間の中心が鋭利な刃物で切り裂かれたように左右に開いた。


 その裂け目から、一人の少女が音もなく着地する。


「あぁ? 女ァ?」

 男は訝し気に少女を睨みつけた。


 身長は150センチほど。

 雨に濡れた、だぼついた黒いパーカー。

 フードを目深にかぶっており、顔ははっきりとは見えないがアッシュブロンドのショートボブにピンクのメッシュ。

 首筋や腕の皮膚下には、タトゥーのように見える極薄の発光回路バイオサーキットを淡く発光させ、けだるそうな、いわゆるジト目で男を見ていた。


「ガキのくせに、いっちょまえに電脳化してやがる」

 そう見下すように吐き捨てた男の顔が歪に笑った。

「……あ、ちょうどいいや。 お前、立ちんぼだろ? 金あるし、俺が買ってや――」

 

 言いかけて、男の視線は、彼女の「二つの特徴」に釘付けになった。


 一つは、パーカーの肩口と背中にプリントされた、毒々しい蛍光ピンクの「ふざけたウサギのロゴ」。

 もう一つは、彼女の手に握られた、夜の闇そのもののような艶消しの機械的な造形の黒い刀。


「……おい、嘘だろ」


 男の顔が引きつる。


 裏社会で生きる者なら、誰もが一度は聞いたことがある都市伝説。

 警察すら手に負えないジャイルブレイカーだけを狙い、その黒い刀で現実ごと斬り捨てるという、最強の処刑人。


「ふざけたウサギのマークに黒い刀……。 ま、まさか、テメェ、『ピンク・ラビット』か!?」


 少女は答えない。


 フードの奥で、無機質なピンク色に輝く瞳がターゲットを認識するだけだった。

 網膜に投影された赤いUIが、男の情報を高速で処理していく。


『コードネーム:フラワーアーティスト / ランク A』

『オーダー:捕縛(殺傷禁止)』


「クソッ、本物かよ! だがな、俺のジャイルは最強なんだよ!」

 男が叫び、右手を突き出す。


  「手足だけバグらせてから、てめぇの体めちゃくちゃにもてあそんでやるよっ!!」



 改竄された現実がたった一太刀で「初期化ロールバック」された瞬間だった。


「は……? 俺の最強のジャイルが……消え……」

 男が呆然と呟く。


 その時にはもう少女は男の懐に入り込んでいた。


 人間離れした加速。


 二閃目。

 致命傷を避けるように制御された刀の峰が男の首筋にあるジャイルの埋め込みコネクタを正確無比に打ち砕く。


「がっ……!?」


 男の視界からグリッド線が消え、ただの汚い路地裏の景色が戻ってくるのと同時に、彼の意識は闇へと落ちた。


 数分後。


 遅れて到着したパトカーのサイレンが響く中、路地裏の電柱にはワイヤーで蓑虫のようにグルグル巻きにされ、宙吊りになった強盗犯の姿があった。


 白目を剥いて気絶している彼の足元には、奪われたジュラルミンケースが丁寧に置かれている。


『……仕事が早いな、ウサギ』


 少女の脳内に直接ノイズ混じりの通信音声が響く。

 その男の声は抑揚も特になく、淡々としたものだった。


「ホワイト・タイガー……。タスク完了。……帰る」


「ご苦労だった。マッドによろしく」


「……自分で言えば?」


 ラビットは短く返し、通信を切断した。


 パーカーのフードを直し、彼女は再び、光学迷彩と共に闇の向こう側へと溶けていく。

 報告も、帰投も、呼吸と同じ手順だった。終わったことに何の感想もなかった。



 西暦2125年。

 この街では、脳も現実も、コードで汚れる。

 違法プログラム、通称『電脳麻薬ジャイル』は、電脳のリミッターを壊し、世界にバグを起こす。

 その使用者――『ジャイルブレイカー』は、現実を虚構に変える。

 そして、侵食された現実を「元に戻す」唯一の手段がある。

 初期化ロールバック

 黒刀『ブラックアウト』を持つ少女は、そのためだけに存在していた。

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