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ヴァラアニカ戦記  作者: 桐乃
12/18

12、未来ある者


「薬草園に行ったそうだな」

 

 夜、寝る前に酒を嗜むユーフェインは言った。

 

「はい。ルシアンに案内をしてもらいました」

「聞けば、戦地ではそなた自ら薬を煎じていたというが本当か?」

「嘘をついても仕方がないでしょう。内政が混乱していた私の国では、唯一の後継者である弟を庇護する私が邪魔だったのでしょう。毒には慣れたものです」

「……そうか」


 ユーフェインは珍しく少し真剣な表情でそう呟いた。

 この男とは、平和のための象徴となる結婚をする。一種の契約のようなものだ。義務的な夜を過ごすのにも幾分か慣れたが、たまに見せる思いやりのようなものにはまだ慣れない。


「ルシアンは有能ですね。あの年で研究者で薬草園を管理しているとは大したものです」

「そうかもしれないが……あれには少々、熱がありすぎる」

「熱は悪いことではありません。あの子は誰よりも純粋に、人を救う薬を作ろうとしている。それは、これからの帝国には必要な人材でしょう」


 アイリスはそう言って、膝の上の茶器を持ち上げた。透明な湯の中に、淡い桃色の花びらが浮かんでいる。

 ルシアンが帰り際に「香りをお楽しみください」と渡してくれたものだった。


「——その茶は?」

「ルシアンにいただいたものです。月光花を乾燥させた花茶だと」

「ほう」


 ユーフェインがわずかに眉を寄せる。

 だが、彼が何か言うより早く、アイリスは茶を口に含んでいた。甘味の中に微かに酸味を感じる。それでも薬茶だけあって、後味に少し苦味も伴っている。


「……あの子が熱心すぎるのは、悪いことでしょうか?」

「悪いとは言っていない。ただ、医官や薬師というものは、人の命を扱う。ルシアン(あれ)は優しすぎる。ルシアンの祖父も優しさと責任感の塊のような男だったが、度重なる死を前にしたときにそれが裏目に出るかもしれん」


 ユーフェインの声は静かだった。

 よく人を見ているのだろう。だからこそ、普段口にはしないが、本来皇子が目をかける必要のないところまで気にかけているのだ。

 戦地で相対したユーフェイン直下の兵は、よく統率されていた。今思えば、練兵の精度以上にユーフェインへの忠誠の強さの現れだったのだろう。

 そう思いつつ、アイリスは茶器を置いた。

 唇がかすかに痺れている気がする。ただ、気のせいだと思い込もうとした。

 ユーフェインの前で弱みを見せるのは、今もなお抵抗がある。


「……私は、信じることにします。ルシアンはきっとこの国の医術に欠かせな——っ」


 言葉が途中で途切れた。

 視界がゆらりと揺れる。

 ユーフェインの姿が、遠ざかるように見えた。


「アイリス?」


 椅子を引く音。

 ユーフェインが立ち上がり、手を伸ばす。

 だが、指先が触れる前に、アイリスの身体が傾いだ。


 茶器が床に落ち、青い花びらが散る。

 硝子の割れる音の中、彼女の意識は暗闇に沈んでいった。

 

次回投稿をお楽しみに

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