12、未来ある者
「薬草園に行ったそうだな」
夜、寝る前に酒を嗜むユーフェインは言った。
「はい。ルシアンに案内をしてもらいました」
「聞けば、戦地ではそなた自ら薬を煎じていたというが本当か?」
「嘘をついても仕方がないでしょう。内政が混乱していた私の国では、唯一の後継者である弟を庇護する私が邪魔だったのでしょう。毒には慣れたものです」
「……そうか」
ユーフェインは珍しく少し真剣な表情でそう呟いた。
この男とは、平和のための象徴となる結婚をする。一種の契約のようなものだ。義務的な夜を過ごすのにも幾分か慣れたが、たまに見せる思いやりのようなものにはまだ慣れない。
「ルシアンは有能ですね。あの年で研究者で薬草園を管理しているとは大したものです」
「そうかもしれないが……あれには少々、熱がありすぎる」
「熱は悪いことではありません。あの子は誰よりも純粋に、人を救う薬を作ろうとしている。それは、これからの帝国には必要な人材でしょう」
アイリスはそう言って、膝の上の茶器を持ち上げた。透明な湯の中に、淡い桃色の花びらが浮かんでいる。
ルシアンが帰り際に「香りをお楽しみください」と渡してくれたものだった。
「——その茶は?」
「ルシアンにいただいたものです。月光花を乾燥させた花茶だと」
「ほう」
ユーフェインがわずかに眉を寄せる。
だが、彼が何か言うより早く、アイリスは茶を口に含んでいた。甘味の中に微かに酸味を感じる。それでも薬茶だけあって、後味に少し苦味も伴っている。
「……あの子が熱心すぎるのは、悪いことでしょうか?」
「悪いとは言っていない。ただ、医官や薬師というものは、人の命を扱う。ルシアンは優しすぎる。ルシアンの祖父も優しさと責任感の塊のような男だったが、度重なる死を前にしたときにそれが裏目に出るかもしれん」
ユーフェインの声は静かだった。
よく人を見ているのだろう。だからこそ、普段口にはしないが、本来皇子が目をかける必要のないところまで気にかけているのだ。
戦地で相対したユーフェイン直下の兵は、よく統率されていた。今思えば、練兵の精度以上にユーフェインへの忠誠の強さの現れだったのだろう。
そう思いつつ、アイリスは茶器を置いた。
唇がかすかに痺れている気がする。ただ、気のせいだと思い込もうとした。
ユーフェインの前で弱みを見せるのは、今もなお抵抗がある。
「……私は、信じることにします。ルシアンはきっとこの国の医術に欠かせな——っ」
言葉が途中で途切れた。
視界がゆらりと揺れる。
ユーフェインの姿が、遠ざかるように見えた。
「アイリス?」
椅子を引く音。
ユーフェインが立ち上がり、手を伸ばす。
だが、指先が触れる前に、アイリスの身体が傾いだ。
茶器が床に落ち、青い花びらが散る。
硝子の割れる音の中、彼女の意識は暗闇に沈んでいった。
次回投稿をお楽しみに




