第1ゲーム 『始まりのアイコン』
昼下がりの教室。
窓から差し込む光が机の上に斜めの影を落とす。
佐藤悠真は、窓際の席でぼんやりとノートにペンを走らせていた。
「――じゃあ、今日の宿題はここまで。提出忘れないようにな」
チャイムと共に教師が教室を出ていく。それと同時に、すぐに教室にはざわめきが戻る。
グラウンドに駆け出す運動部員。机を寄せて話し込む女子たち。スマホを片手に笑う男子たち。
いつもの放課後。毎日変わらない風景。
悠真はペンを置き、軽く伸びをした。
目に映る光景は、まるで既視感のように“繰り返される日常”そのものだった。
――退屈だな。
心の中で小さく吐き出す。
表には出さない。出したところで何も変わらないことを知っているから。
「おーい悠真、帰るか?」
声をかけてきたのは山根亮。
気さくな笑顔を浮かべて、机の上にどさりと鞄を置く。
「今日はバイトだっけ?」と悠真が問うと、亮は肩をすくめて笑った。
「そうそう、コンビニ。マジで眠いけどな」
「いつも眠そうだろ、お前」
冷めた調子で返すと、亮は「だよなー」と大げさに笑う。
それに続いて中川翔が割り込んできた。
「亮、また遅刻すんなよ。昨日も店長に怒られてたんだろ?」
「うるせぇ!俺は社会に揉まれてんの!」
教室に笑い声が広がる。
翔はサッカー部に所属し快活で、何でも全力でぶつかるタイプだ。悠真から見れば、その直情さが少し眩しくもある。
「藤堂は今日はどうすんの?」
翔が振り向いた先には、鞄を整えていた藤堂蓮がいた。
「本屋寄って帰るよ。予約してた参考書が届いてるはずだから」
「また勉強かよー。真面目だな」
「別に。趣味みたいなもん」
淡々と答える蓮。だが、口元にはほんのわずかな笑みが浮かんでいた。
悠真はそんなやり取りを、少し距離を置いて見つめる。
友人たちの軽口を嫌いではない。だが、自分から輪の中心に飛び込むこともない。
「じゃ、帰るか」
亮が立ち上がり、悠真たち3人も後に続いた。
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放課後の帰り道。
商店街を抜け、住宅街へと続く道。
「俺さー、もうちょい金貯まったらバイク買うんだ」
翔が言えば、亮がすかさず「翔も俺のとこのコンビニでバイトするか?」と茶化す。
「お前と働いたら仕事になんねーよ!」と笑い合う。
そのやり取りの流れで、翔がふと思いついたように聞いた。
「でも亮、お前めっちゃバイトしてるよな。なんか欲しいもんでもあんのか?」
亮は一瞬だけ言葉を探すように口ごもり、視線を逸らした。
「……まぁ、ちょっとな」
曖昧な笑みを浮かべて濁す。
「どうせまたゲームとかだろ!」
翔が大げさに笑って場を流す。
だが悠真は、その一瞬の沈黙を見逃さなかった。
――何か隠してるな。
そう感じたが、口には出さなかった。
蓮は少し後ろを歩きながら、二人の掛け合いを黙って聞いていた。
悠真はその隣で歩調を合わせつつ、ふと空を見上げる。
まだ陽は落ちていないが、心の奥底に広がるのは漠然とした暗さだった。
――どうせ、明日も同じだ。
――同じ会話、同じ景色、同じ退屈。
表情は変えないまま、心の中で呟く。
彼の目には、友人たちが笑い合う姿すら「決まりきった脚本」のように映っていた。
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その夜。
夕食を終え、自室に戻った悠真はベッドに仰向けになった。
何となくスマホを手に取り、指で画面をなぞる。
SNSの更新。ゲームアプリの通知。いつも通りのつまらない情報の洪水。
――そこで、ふと気づく。
見覚えのないアイコンがひとつ。
黒地に赤い線で「TAG」とだけ描かれたシンプルなマーク。
「……?」
インストールした覚えはない。
だが消そうとしても、アンインストールの表示が出ない。
代わりに、タップすると震えるようにアイコンが光った。
胸の奥がわずかにざわめいた。
退屈を埋める“何か”の予感に。
――それが、すべての始まりだった。
佐藤 悠真
高校2年生。クールで物静かな性格。友人たちと適度な距離を取りながら過ごすことが多く、感情を表に出さないタイプ。観察力があり、周囲の様子を冷静に見つめる。
山根 亮
陽気でフランクな性格。友人との会話では明るく振る舞い、場を盛り上げることが多い。少し天然なところもあり、仲間思い。
中川 翔
快活でエネルギッシュな性格。何事にも全力でぶつかるタイプ。明るく社交的で、友人たちのムードメーカー。
藤堂 蓮
真面目で知的なタイプ。物事を淡々とこなし、落ち着いた雰囲気を持つ。趣味や学習に熱心で、周囲からは頼れる存在として見られることが多い。