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9 綺麗な胸ひもはいかが

 次のイベントまで時間を飛ばしたグリム兄弟。


 2人とも、7年も経っていたことに驚いています。


「小人の家で、7年も暮らすとはねえ」


「確かに、グリム童話(KHM)にせよ類話にせよ、白雪姫が小人たちと暮らす期間は曖昧だ。

 もともと、王子が7歳の子供に惚れ込むというのは無理がある。

 ここで7年間過ごせば14歳。ここの時代背景なら、見る者が恋に落ちても不思議のない年齢だ」


「確かに。ほら兄さん、見なよ。

 もう絶世の美少女だよ」


 14歳になった白雪姫は料理の準備をしていましたが、それはそれは美しく成長していました。


 ゆるく波打つ、長い黄金の髪。なめらかな赤い頰と唇。深くつややかに輝く黒曜の瞳。


 質素なワンピースを着ていても、晴れ渡った青空のような無垢な美しさです。


 白雪姫はエプロンを着け、台所の片隅にある古い石臼を抱えて、勝手口から外に出ました。


 地面に置くと、石臼に話しかけます。


「石臼さん、バターをひと(かたまり)と麺棒を1つ、出してちょうだいな」


 すると、石臼が勝手にぐるぐる回り、バターと麺棒が出現しました。


「魔法の石臼だ!

 魔法の靴といい、この『白雪姫』はオリジナルの品物が多いな!」


「なるほど。7人の小人が森の中で、どうやって自給自足できているのかという辻褄合わせだな。

 魔法の石臼は他の民話にも登場するし、この白雪姫世界の雰囲気を大きく壊すことはない。

 しかもこの石臼は、食品以外の道具も出せるのか」


 兄弟は感心してうなずき合います。


 白雪姫は何か考えていましたが、ぱっと笑顔になって手を叩きました。


「そうだわ! 

 石臼さん、小鳥さんの歌に合わせて曲を奏でる、魔法の竪琴を出してちょうだいな」


 …………何事も起こりません。


「駄目なのね、残念」


 白雪姫はさほど気落ちした風もなく、さらにいくつか食べ物を出すと、それらと石臼を台所の中に運び込みました。


「さすがに、魔法の品は出せないようだな」


「でもどうして、石臼をわざわざ外に出して使ったんだろう」


「分からないが、外に出すことが石臼の使用条件であるんじゃないか?」


 今の出来事を帳面に書きつけながら、ヤーコプが首をかしげました。


「ともかく、白雪姫がどうやって暮らしているのかは確認できた。

 次に動くのは王妃だ。そちらに行こう」


 兄弟はうなずき合い、その場からかき消えました。




 城の中に入りますと、大臣や役人や召使いやらが、忙しく動き回っています。


「もうすぐ王のご帰還だ。

 (いくさ)に勝利し、いよいよ終戦の調印を執り行うこととなった」


 どうやら白雪姫が王妃に殺されかけた時から7年、ずっと隣国との戦争が続いていたようです。


「ああ、7年目に行方不明になられた白雪姫がいらっしゃれば、さぞやお喜びになっただろうに」


「陛下の凱旋も、お迎えに上がるご家族は王妃様のみ。

 両陛下のお気持ちを思うと、喜ぶばかりではいられませぬ」

 

 王は何度か戦いに親征して、ついに勝利して終戦の手続きに入る模様です。


「いよいよエンゲルラントの国王夫妻がこの国に入り、この城に来られる。

 わが国の勝利ではあるが、これから難しい調停に入るのだ。ゆめゆめ粗相はならぬぞ」


 城で働く役人や侍女が、廊下で噂話をしています。


「隣国の王妃様はまだお若くていらっしゃるが、大層な美人であらせられるそうな」


「あら、わたくしどものお仕えするお(きさき)様ほど美しいなどあり得ませんわ」


「確かに。

 だが聞くところによると、かの王妃様も金髪で、おっとりした眼差しの、花のようなあでやかな美女らしい」


「なんの、我らが王妃陛下は宝石のごとき(ろう)たけた麗しさであるぞ」


「もし御二方が対面されることがあれば、その美しさに、わたくしたちの目がつぶれてしまうかも知れませんわね」


 好奇心に満ちた噂話が続きましたが、それを廊下の曲がり角の向こうで聞いている人がいたなど、誰も気づいてはいません。


 立ち聞きしていた人──それは王妃でした。ひとしきり話を聞くと、全くの無表情で自分の部屋に歩いていきます。


 10代で白雪姫を産んで14年が経ちましたが、未だ20かそこらにしか見えないほどの若々しい姿です。


 玲瓏とした美貌の中に、ほのかに(くゆ)る色香。優雅な物腰。どんな宝石もドレスも、彼女を引き立てる脇役に過ぎません。


「あー……王妃が聞いてた……」


「聞いていたな。

 なるほど。7年も経って何故状況が動くのか不思議だったが、こういう設定か」


 グリム兄弟がついていくと、王妃は秘密の小部屋に入り、壁にかかった鏡に向かいました。


「鏡よ鏡、この国で1番美しい女はだれ?」


 7年前のように、鏡が答えます。


『王妃様、貴女は美しい。

 だが、山の向こうの、7人の小人の家にいる白雪姫は、貴女の千倍も美しい』


「……なっ……何ですって!?

 白雪姫!? 鏡よ鏡、あの子はまだ生きているの!?」


『はい、王妃様。

 狩人は白雪姫を憐れみ、自分が手を下さなくとも生きてはいられぬと、森に放逐しました。

 王妃様が召し上がったのは、猪の子の肺と肝臓です』


「あの娘……陛下だけでなく狩人も、7人の小人とやらもたぶらかしたのね」


 もはや隣国のお妃様とやらには目もくれません。


 王妃はまず、自分の部屋の衣装箱から、胸を飾る紐を何本も取り出して小部屋に持ってきました。


 次に棚から蓋のついた壺を取り出して作業机に置きます。蓋を開けると、中には透明な液体が入っていました。


 王妃は何やら呪文を唱えながら、美しい胸ひもを1本ずつ液体にひたし、乾燥させた植物の束を吊るした紐にかけて乾かします。


 続いて小部屋の衣装箱を開け、中から粗末な服をひと(かさ)ね取り出しました。豪奢なドレスを脱いで、着替えます。


 さらに別の棚から瓶を取り出して、中に入っていた膏薬を顔や腕に塗りたくりました。


 すると、なんということでしょう。


 塗った部分の肌はくすんで荒れ、皺が寄り、目鼻立ちも顔の輪郭まで変わっていくのです。


 顔も腕も魔法の膏薬を塗ってしまえば、美しく豊かな金髪をのぞけば、行商のお婆さんにしか見えません。


 さらに別の小瓶を取り出し、懐に納めます。


 最後に被り物をして髪を隠し、魔法の靴を履いて胸ひもを籠に入れれば準備万端です。


 いつぞやの隠し通路を通り、城の外へ出てゆき、


「7つの山を越えた先の、白雪姫のところまで」


 と言って足を踏み出せば、あっという間に白雪姫のいる家の前でした。


 お婆さんに化けた王妃は、懐に入れた瓶の栓を抜き、中身を少し口に含みます。

 

 そして老人らしく腰をかがめて、家の扉をこつこつと叩きました。


「もしもし、こんにちは」


 と言う声は、先ほど飲んだ薬の力で、しわがれたお婆さんの声になっていました。


「なるほど、変装がなかなか凝っている」


 王妃のすぐそばに陣取ったヤーコプが、感心しながら素早くメモに取っています。


 扉が開き、中から白雪姫が出てきました。


「こんにちは、お婆さん! こんなところに人が来るのは珍しいわ! 

 一体どうなさったの?」


 姫は警戒心もなく外に出ました。


 疑うことを知らないきらきらした瞳で、王妃が化けたお婆さんを見ています。

 

「お嬢ちゃん、あたしは行商人なんですよ。

 こういう小間物を売って歩いているんだが、この素敵なお家を見つけてね。

 どうだい、綺麗な胸ひもはいかがかね?」


 と言って、籠から何本も胸ひもを取り出しました。


 黄と赤と青の絹で織られた飾りひもに、金や銀の糸を織りこんだひも、複雑な模様が編み込まれたひも。


 白雪姫も若い女の子、すっかり夢中になって眺めています。


「本当に素敵!

 ……ああ、でも、わたし、お金がなくて買えないの」


「それじゃお近づきのしるしだ、1本だけタダでお譲りしますよ。気に入ったら、次は買ってちょうだいな。

 きれいな結び方は知っておいでかい? この婆さんが見本を見せてやるよ。

 こっちへおいで、ほら、こうしてひもを回して結んで──」


 王妃は言葉巧みに説明しながら、紐を白雪姫の胸の下にぐるりと回し、思い切り締めつけました。


 紐には死の魔法がかかっています。


 白雪姫は、あっという間に息が詰まって、その場に倒れてしまいました。


「これでわらわが1番美しい」


 王妃は満足げに唇を歪めると、さっさと家を出て立ち去ってしまいました。


 やがて日が暮れて、7人の小人たちが帰ってきました。


「家に明かりがついていないぞ?」


「白雪姫?」


 ランプをかざして彼らが見たものは、家の前で倒れる白雪姫の死体でした。

 

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