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8 そこは7人の小人の家でした

 白雪姫の目の前にあるのは、平屋の、質素ですが頑丈そうな木の家でした。


 正面には扉と、その横に窓がひとつあります。


 白雪姫がおそるおそる近づいてノックしても、反応はありません。


「どなたか、いらっしゃいますか……?」


 試しに扉のノブを回して引くと、なんなく開きました。


 姫は足を踏み入れます。


 中は、居心地よくしつらえられた部屋でした。


 綺麗に掃き清められた床に、清潔な白いカーテン。


 家具は、暖かな色合いの木製のものでまとめられています。


 入ってすぐの部屋には、子供用のような低いテーブルと椅子があって、7人ぶんの料理が並べられていました。


 皿もグラスも椅子もすべて小さく、7歳の白雪姫にぴったりの大きさです。


 白雪姫はお腹がすいていたのでしょう。それぞれの皿から、パンや野菜のスープや焼いた肉を、1つの皿から全てとらないよう注意して、小さなフォークで少しずつとって食べました。


 グラスに入っていたワインも、一口ずついただきます。


 食べ終わると、白雪姫は奥の部屋に行きました。


 そこは寝室でした。7つ並んだ小さな木のベッドに、真っ白なシーツと小さな枕。寝巻きがひとつずつ、それぞれきちんと畳まれてシーツの上に置かれています。


 姫はドレスを脱いで下着姿になると、いちばん近くにあったベッドの寝巻きを脇にどけて横になりました。ですがマットレスが固かったようで、隣のベッドを試します。


 今度はマットレスが柔らかすぎる、その隣は小さすぎる、その隣は……と、結局全てのベッドを試すことになってしまいました。


 そして最後のベッドが気に入ったのか、そこに横になると、そのまますぐに寝入ってしまいました。


 ヤーコプは、白雪姫の美しい寝顔には特に感銘を受けることもありません。眠ったことを確認すると、家の中を歩き回って観察します。


 日が落ちてあたりが暗くなりましたので、ヤーコプは旅行鞄からチェーンのついた鼻眼鏡を取り出してかけました。暗闇でも周りが見える、世界間旅行者の道具のひとつです。


 手帳に部屋の様子や今までの出来事を書いていますと、ヴィルヘルムが家の壁を突き抜けて入ってきました。


 彼は暗闇対策に、細かな歯車のついたゴーグルをつけています。


「兄さん、ただいま」


 ヤーコプは、白雪姫には冷静な観察者のまなざししか向けませんでしたが、ヴィルヘルムに対しては、嬉しそうに目を細めて微笑みます。


 ブラコンです。


「おかえり……と言っても、僕の家でもないんだが」


「狩人を見てきたよ。

 あのあと猪の子を見つけたんで、殺して肺と肝臓をえぐり出して献上してたよ」


「こちらは数時間走り通して、この家にたどり着いた」


「お疲れ様。

 この距離を半日で踏破するお姫様って、何回見てもシュールだよね。

 ここって多分、この国の端っこの方だと思うんだけど」


「そうだな。

 夜になるまでにこの家にたどり着くとなると、たいてい白雪姫は猛スピードで移動することになる。

 この小世界だと、王妃が魔法の靴で移動したからさほどでもなかったのかもしれないが、それでも結構な距離だ。

 不自然と言えば不自然だが、物語通りなのだから仕方ない」


「不自然と言えば、王妃が肺と肝臓を塩ゆでにして、そのまま食べてたよ。

 物語通りとは言っても、せめてもうちょっと調理して欲しかったな……」


「人肉食か。

 民話では往々にして、悪人の所業の中に登場する。KHM40『強盗の婿』では、主人公の婿は(さら)った娘を殺して食べた。

 また中世では、魔女はサバトの場で攫ってきた赤ん坊を料理して食べると言われていた。人間を食べるというのは分かりやすい悪のかたちだったわけだ。

 一方でフレイザーの『金枝篇』にある感染魔術のように、白雪姫の若さや美を取り込むために食べた──という考え方もある。が、僕は個人的には肯定しがたい。

 これが、醜い女性が美人にとって代わりたい、というなら相手の容姿を奪って我がものにする発想もあるだろう。

 だが、王妃は十分に美しいんだ。2番の人間が1番の人間に嫉妬する時、1番の人間にあやかりたいと思うか? 1番の存在を全否定する、それが憎しみや嫉妬なのではないか?

 そもそも民話には、王の妃となった主人公やその子供を、王の母である姑が殺して食べようとするものもある。これは美や若さの奪取では解釈できまい」


「アーハイハイソウデスネ」


 始まってしまったヤーコプの長い語りを、ヴィルヘルムは遠い目で聞き流しています。


「日本では、動物の生き胆が薬になると言われていた。

『サルの生き胆』。これは猿が龍王の病を治すために殺されそうになる話だが、これは生き胆がまず必要で、命を取られそうになるのは付随的な現象だ。

 逆に『継子の肝取り』型の民話では、継子を殺す手段として生き胆が使われる。継母が病気を装い、回復のために継子の生き胆を求める。これはまず殺害が目的で、肝臓を取り出して食べることは方便に過ぎない。

 さらに連想するのは……」


 ヤーコプが延々と話していると、扉が開く音がして、入り口すぐの部屋に明かりが灯されるのが分かりました。さすがの彼も演説を止めます。


 兄弟が食卓の方に戻ると、7人の小人(ツヴェルク)たちが料理を見て騒いでいました。


 彼らの背丈は白雪姫と同じくらいで2エレ(約130センチ)に足りないくらい、それぞれ白や黒や茶色といった色の髭を生やした、ずんぐりした体格の男性たちです。


「俺のワインを飲んだのは誰だ?」

「俺の野菜を食べたのは誰だ?」

「俺のパンを食べたのは誰だ?」

「俺の……」


 小人たちが、つまみ食いの被害を口にしながら寝室に入っていきます、


「俺のベッドに寝た跡があるぞ!」

「俺のベッドもだ!」

「俺の……」


 と、6人が同じ被害を訴えましたが、7人目の言葉は違いました。


「俺のベッドに誰か寝ている!」


 一同は7人目のベッドを取り囲み、素晴らしく愛らしくて美しい少女──白雪姫が眠っていることに大層驚き、しばし見とれていました。


「この子はここで寝かせておこう」


 小人の1人が小声で言い、全員がうなずきました。




 次の日の朝、白雪姫が目を覚ますと、隣の部屋で小人たちが食卓に料理を運んでいるのが見えました。


「お嬢ちゃん、起きたのかい。

 あんたも朝ごはんを食べるといい」


 姫はあわてて飛び起き、着の身着のままで小人たちの元に駆け寄って頭を下げました。


「す、すみません!

 森の中で迷ってしまって、みなさんのご飯を食べてしまいました……」

 

「いいってことよ。

 森で迷って命があったならめっけもんだ。

 飯くらい大したことじゃない」


「そうそう。

 お嬢ちゃん、どっから来たんだい?

 場所が分かれば送ってってやるよ」


「その前に朝飯だよ。

 家に帰すのは、腹ごしらえしてからの話だ」


「「違いない」」


 小人の1人が、台所から椅子を持って来て白雪姫を座らせて、朝ごはんを振る舞いました。


 簡単なお祈りをすませると、いっせいに食べたり飲んだりし始めます。


 食べながら、白雪姫は今までのことを話しました。自分が王女であること、母が狩人に命じて自分を殺させようとしたこと。


「そいつは災難だったな。よく逃げてきたもんだ」


 小人たちは姫に同情し、深刻な顔でうなずきました。


「なんて女だ、実の娘が邪魔になったか」


「子供の肺と肝臓を食べようってんだ。

 そいつはおそらく魔女だな」


「親父さんは(いくさ)で留守か。

 そいつぁ帰るのはまずい。ここにいなよ」


「そうしてくだされば、うれしいですけど。

 みなさん、いいんですか?」

 

 7人は笑いながらうなずきます。


「もちろん。困ったときはお互い様よ」


「だがなあ、タダっていうのもこの子のためにならないだろう」


「俺たちは、昼間は山に入って鉱石を掘り出してるんだ。

 どうだい。その間、家で掃除や洗濯やご飯の支度(したく)をしてもらうってのは?」


「ええ、よろこんで。

 でも、お城では、やったことがないんです。

 教えていただけませんか?」


 白雪姫が困った顔でお願いすると、みんな笑顔でうなずきました。


「「もちろんさ!」」

 

 


 その後、幼い白雪姫は一生懸命に家事を覚え、小人たちが山に仕事に行っている間に掃除をしたり、料理を作ったり、(つくろ)い物をしたりと働きました。


 そうして、7年が過ぎました。

 

・最初、グリム兄弟は眼鏡やゴーグルをしていなかったのですが、

「夕方白雪姫が家に迷い込む→明かりをつけずに寝る→夜に小人たちが帰宅」

 ってこの間家は真っ暗だよ! となって暗闇対策をすることになりました。


・ヤーコプの言う「白雪姫の肺と肝臓を食べるのは、若さや美の奪取ではないのでは」説は、作者の私見です


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