5 白雪姫は美しく育ちました
白雪姫は、7歳のころには、それはそれは美しく成長していました。
ゆるく波うつ黄金の髪に、神秘的な深く黒い瞳。
真面目な顔をしていると、こわいくらい完璧に整った顔立ちです。
ですが、庭で花を見たり、父王にお目通りしたり、うれしい時には、ぱっと笑顔が輝きます。
そのとてつもない愛らしさ。
雲から光が差し込むような、春の息吹が花々を咲かせるような、見る者が心を奪われずにはおれない魅力に満ちているのです。
城の者たちも、白雪姫という新たな美に触れて、王妃よりもそちらに視線が向くようになっています。
父である若き王も、彼女の笑顔に夢中です。
王は背が高く、騎士のように鍛えられた身体と黒い髪の美男子で、多くの大臣や役人を従えるさまは立派な君主そのものです。
この日も王は家族と一緒に食卓を囲んで、楽しい団欒の時を過ごしていました。
「姫や、隣国から取り寄せた人形だ。
気に入ってくれるかな?」
その言葉を合図に、召使いの1人が布に包んだ美しい人形を姫に捧げました。
「わあ、おとうさま、ありがとうございます!」
姫の笑顔と歓声に、王も召使いたちも目を細めます。
「奥や、先日臣下が献上してきたエメラルドだ。
指輪に仕立てさせたが、どうかな?」
別の召使いが進み出て、金細工の小箱に入った指輪を王妃に捧げました。
「まあ、なんと素晴らしい……。
陛下、嬉しゅうございますわ」
王妃の青い瞳も喜びに輝いています。
「王妃より先に、白雪姫に贈り物をしたな」
食堂の隅に立って見物しているヤーコプが、冷静に指摘しました。
手帳を取り出して、今のやり取りを素早く綺麗な文字で書き留めています。
「まあ指輪の方が高価なんだし、どっちの顔も立ててるんじゃないの?」
「問題は、王妃がそう思うかどうかだな」
この世界の人間には認識されないのをいいことに、兄弟は好き勝手に言っています。
王が、臣下にはまず見せない満面の笑みを白雪姫に向けました。
「白雪姫や、いずれは父がお前に相応しい立派な夫を探し出してやるからな」
ですが姫は人形を抱えたまま、その言葉に泣きそうな顔になります。
「わたし、およめに行きとうございません!
おとうさまと、けっこんしとうございます!」
「ははは、そういうわけにもいかぬのだが。
嬉しいことを言ってくれる」
王様も普段の威厳はどこへやら、もう顔がゆるみっぱなしです。
「ほほほ、白雪姫はお父様が本当に好きなのね」
王妃は2人を眺めながら、微笑ましそうに完璧な笑顔を浮かべておりました。
「……あれは目が笑ってないというやつだね」
数秒ほど微笑んでいましたが、楽しそうに語らう夫と娘を凝視したままスッと表情が消えました。
王も召使いも、白雪姫ばかりを見ていますので、誰もそれに気づきません。
「今までずっと、自分の美貌がもてはやされていたんだ。面白くはないだろうな。
僕たちも食事にしよう」
ヤーコプは食堂の片隅で、旅行鞄から小さなテーブルと椅子を取り出して置きました。明らかに鞄より大きなものでしたが、兄弟は気にした風もありません。
テーブルは木でできた質素なものですが、ただのテーブルではありません。
他の小世界『テーブルやご飯のしたくと、金貨を生むロバと、棍棒よ袋から出ろ』に登場する、魔法の品の1つなのです。
彼らは、かつて旅した小世界から便利な道具を抽出して実体化させ、使うことができるのです。
「テーブルや、食事のしたく」
ヤーコプが言った途端に、テーブルの上に美味しそうな、様々な食事と飲み物が現れました。
「もうお腹ぺこぺこだよ」
「食前の祈りがまだだぞ、ヴィルヘルム」
「は〜い」
このグリム兄弟はオリジナルほど信心深くはないのですが、それでも短くお祈りの言葉を唱えてから食べ始めます。
兄弟はしばし無言で、少年らしく旺盛な食欲を見せていましたが、食事の終わりごろにヴィルヘルムが口を開きました。
「それにしてもさ、実の母親が娘に嫉妬するってどうなんだろうね」
「残念ながら、わが子が可愛くないというのは、現実にもある話なのだろうな。僕たちには分からないことだが。
それに王族となると、実際的な利害が生じる。
今僕たちは、王の寵愛というかたちで、政治的な実権が親から子に移行していく過程を見ているわけだ。
この時代だと、たとえ妃であっても、政治的に失脚すれば命を奪われることもあるのだから、これは文字通り死活問題になる」
ヤーコプが新鮮なミルクをカップに注ぎます。
「ああ、白雪姫のラストは、王妃は焼けた鉄の靴を履かされて死ぬまで踊るんだよね。あれも旧世代が敗北するってことなのかな。
よく考えたら、あれって白雪姫の証言しか証拠がないのに死刑になるんだよね?
王妃様なのに酷い話だ」
ヴィルヘルムは言って、切ったパンにバターとハーブ入りチーズをのせて、かぶりつきました。
「城を捜索して、毒リンゴを作った魔女の部屋を見つけたんじゃないか?
王妃であっても、魔女だと分かれば死刑だ。
グリム童話集では王妃を魔女だと直接言及してはいないが、『魔女の技で毒の櫛を作った』とあるから、魔女だと思っていいだろう」
「それもそうか。
さて次はいよいよ『鏡よ鏡』のシーンの登場だ。
見逃さないようにしなくちゃ」
兄弟は真面目な顔で、うなずき合いました。




