3 白雪姫と名付けられました
それからしばらくして王妃はみごもり、月満ちて玉のように美しい赤子が生まれました。
いつぞやの王妃の言葉通り、肌は雪のように白く、頬は血のように赤く、瞳は黒檀のように黒い女の子です。
白くて赤くて黒い姫は、白雪姫と名付けられました。
「「髪が黒くない!」」
生まれたばかりの姫君の部屋に乗りこんで、ゆりかごの中の白雪姫を見たヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリムの兄弟。
ゆりかごの傍らには乳母が座っているのですが、もちろん兄弟の存在には気づいていません。
白雪姫は、赤ん坊の時点ですでに美しく愛らしかったのですが、2人は、違うところで驚いていました。
「瞳の方が黒い白雪姫は久しぶりだよ!
もう飽きるくらい黒髪白雪姫ばっかり見てたから、新鮮な気持ちになれるよ!」
赤ん坊の髪は、王妃と同じ金色で、柔らかくほわほわと渦巻いています。
つぶらな瞳は黒檀のように黒く、長いまつ毛の間でつやつやと輝いていました。
「『子どもと家庭のメルヒェン集』では初版のみ、金髪に黒い瞳だった。
ガラスの棺の場面で『白雪姫が目を開けることができたなら、それは黒檀のように黒かったことでしょう』とある。
髪も初版のみ金髪だ。毒の櫛を白雪姫の『黄色い髪に』挿すと書いてある。
2版以降は黒髪で、瞳の色には言及されていない。
ここは、初版を元にした世界なのか?」
ヴィルヘルムは隣の兄を振り返って、異議を唱えました。
「この辺りの小世界群は、KHMの出版から100年くらい経っている時代の作品のはずだよ。
ここだけ、19世紀や20世紀初頭に成立した物語世界ってことはないんじゃない?」
ヴィルヘルムの言葉に、ヤーコプもうなずきました。
「たしかに。ヴィルヘルム、この白雪姫を見てくれ。
中世ヨーロッパの赤ん坊は、手足をまっすぐ伸ばして、包帯状の布で全身をミイラのように巻きつけて姿勢を固定するのが一般的だった。
18世紀にルソーが批判してから廃れていったが、初版の時代ならまだ知識としては知られていただろう。
ところがこの白雪姫は、ゆったりしたおくるみに包まれているだけだ。
城にしても、清潔で明るくて隙間風のひとつもない。
おそらく、中世ヨーロッパの細かな知識がない、後世の人間……あるいは外国の人々によって創造された『白雪姫』なのだろう」
「その割に、金髪白雪姫なんだよね」
「上位世界の方で、グリム童話の古いバージョンが改めて知られているようだ。その影響かもしれない。
だから初版や、民話が口承文学であった時代の要素が再登場している。
とは言え、初版を正確になぞった話になるかというと……」
「その可能性は低いと思うね。
『白雪姫』は有名な童話だから、ギャグだのホラーだの、いろんな改変バージョンがあるんだよね。
こないだの白雪姫なんか、7人のイケメン妖精に囲まれて逆ハーしてたもん。
最近のアレンジは大胆というか」
「しかもその後、王子がやってきて普通に修羅場になっていたな。
小人と妖精は別物だというのに、アレンジが激しい。
そう、アレンジ……少年に手を出す青髭……うう、嫌な記憶が……」
またヤーコプの顔色が青ざめてきています。
「兄さん! どうどう、落ち着いて!」
ヴィルヘルムがあわてて、ひざまづいて苦しむヤーコプを抱きしめます。
「本当に大丈夫? もうこの世界の観測は諦めて、しばらく狭間の空間で休んだ方がいいんじゃない?」
「……いや、むしろ観測を続けた方が気が紛れる。
好きなことに打ち込んで、嫌なことを忘れたい」
「兄さん、仕事好きだよね……」
ヴィルヘルムの胸に顔をうずめたまま、ヤーコプは話します。
「……初版準拠の世界なら、継母ではなく実母が白雪姫を殺そうとする。
まずはこれからすぐに、王妃の死が起こるかどうか。
その次は白雪姫が7歳になった時、どのように彼女を排除しようとするか、だ。
その2つが、確認すべきポイントになる」
キリッとした口調でしたが、弟にハグされたままなので、あまり格好良くはありませんでした。




