11 見事な赤と金色の林檎
タイトルを変更いたしました
蒐集家グリム→蒐集者グリム
私的には蒐集「者」なのですが、まさかタイトルを間違えていたなんてorz
「「扉を開けるなと言ったろうが!!」」
白雪姫は部屋の真ん中に立たされて、胸までしかない小人たちにぐるりと囲まれ、それはそれは怒られました。
「ごめんなさい……。
前のお婆さんとは、喋り方も仕草も全然違っていて……。
お母様が、まさかあんなにお婆さんの演技が上手だなんて思わなかったんですもの……王妃なのに……」
白雪姫は、ヴィルヘルムに怒られたヤーコプくらい意気消沈しています。
「女ってのは、生まれながらの役者なのさ」
小人の1人が、知ったような口をききます。
「ともかく助かって何よりだ」
「いやもう、心臓が止まるかと思ったぜ」
「いい加減分かったよな。
もう俺たち以外の誰が来ても扉を開けるなよ」
「分かったわ。もう絶対他の人は家に入れません」
「最後の前振りだね……」
「スイスの類話では、小人たちが『次に他の者を家に入れたらお前をフライパンで焼く』と脅す場面があるが、一回焼いてもらった方がいいかもしれないな……」
グリム兄弟は疑いしかない眼差しで白雪姫を見つめ、次の展開に思いを馳せました。
さて、その後は以前の繰り返しです。
『王妃様、貴女は美しい。
だがあなたの娘、白雪姫は貴女の千倍も美しい』
王妃はまたしても、鏡の無情な宣告を受けました。
「どうして!? どうして死なないの!?
鏡よ鏡!?」
『はい、王妃様。
7人の小人が白雪姫を発見し、頭の櫛を抜くと蘇生しました』
「だから何でそんなことで生き返るの!?
櫛なんか抜こうが抜くまいが、身体に毒が回っているはずなのに!!」
王妃のヒステリックな叫びに、斜め後ろから見物していたグリム兄弟も、深々とうなずきます。
「本当に何で死なないんだろう」
「昔、王妃が自分で言った『雪のように白く』の願掛けの言葉のせいじゃないかと……」
王妃は断固とした足取りで薬毒の並んだ棚に向かい、いくつもの品を取り出しました。
それから大鍋に何種類もの毒や、干した薬草や、呪詛を刻んだ小鉛板などを放り込み、ぐつぐつと煮詰めていきます。
その蒸気だけでも危険なのでしょう、ペストの治療をする中世の医者のような、鼻の部分が嘴のように高い仮面をかぶっています。鼻の空洞部分に、魔法をかけた解毒のハーブを入れているのです。
そして完成すると、その液体に筆をひたし、いくつもの林檎に塗りつけていきました。
「ふふふ……。
これなら、呪物を外せば生き返るとはいかなくてよ……」
「こんにちは、ここにお住まいの方。
林檎はいかがですかいな?」
白雪姫が家の掃除をしていると、扉の外から大きな声が聞こえてきました。
朴訥な話し方をするおばさんの声です。
白雪姫も掃除をやめて、扉の前まで行って声の主に話しかけました。
「悪いけれど、知らない人を家に入れちゃ駄目って言われているの」
「いやいや、返事しちゃ駄目だって」
白雪姫には聞こえないのに、思わずヴィルヘルムが突っ込みます。
「残念ながら、窓を開けて掃除していたから居留守は難しい」
ヤーコプは重要イベントが始まったので、2人のやり取りを素早くメモに書きつけています。
「林檎が沢山採れましてのお。
あっちこっちに売って回ってるんですわ。
買うていただけませんかいねえ」
「えっと、お金がないんです」
とりあえず断ろうという気概はあります。
「豊作で、綺麗で甘い林檎がいっぱいあるんですわ。
売れ残って腐らせるくらいなら、おひとつもらって下さいませんかいねえ?
ほら、そこの窓からごらんくださいな」
白雪姫はつい話にのって、窓から外を見ました。
外には、いかにものんびりした様子の農婦のおばさんが籠を持って立っていました。
手には、見事な赤と金色の林檎を持っています。
林檎は大きくて、ぴかぴかでつやつやで、上から真ん中にかけての真紅と、下の金色の部分とのコントラストがとても鮮やかでした。
「なんて美味しそうなの……」
ごくり。白雪姫は唾を飲み込みます。
「さすが白雪姫、学習能力の無さが光ってる」
「民話は3回繰り返しが基本だからな」
兄弟は辛辣です。
「林檎は赤と金か。
グリム童話では6版まで真っ赤、最終版である7版が白と赤だった。
グリム以降の『白雪姫』では、赤と金になっているものも多い。白では熟れていない、美味しそうではないと感じるのだろうな。
やはりこの世界は、初期稿と後世に知られたバージョンとが入り混じっている」
ヤーコプにしては、蘊蓄を早めに切り上げました。
前回ヴィルヘルムに怒られたのが効いています。
「でも、おばさん、申し訳ないけれど……」
「ああ、お外に出たらいかんっちゅう話でしたなあ。
そしたらお嬢ちゃん、うちが林檎を持って窓に近づけますから、顔だけ出してかじってくれたらええんじゃないかいなあ。
そしたらお嬢ちゃんは外に出てないし、うちも家に入ってない、余った林檎を減らしてもらえる、林檎の芯もうちが持って帰るからお家の人にバレない。
ええことずくめですわなあ」
「いえ、でも」
「ああ、見た目は綺麗でも中が腐っとるんじゃないかって思ってなさる?
そんなら、ちょいと切ってみましょうかい」
朴訥ながらも切れ目なく話しつつ、おばさんは小さなナイフで林檎の金色の部分を切り取りました。
それを自分でぱくりと食べます。
「こんな黄色いところでも、充分甘いよ」
さくり。しゃりしゃり。
いかにも美味しそうな、瑞々しい林檎を食べる音が聞こえてきます。
農婦のおばさんが自分でも食べたことで、白雪姫も警戒心が薄れたようでした。
窓際へ、一歩近づきます。
「おばさん、やっぱりわたしにもちょうだいな。
……その、おばさんが食べた林檎の残りを」
いちおう、別の林檎だと毒が入っている可能性があることは考えているようです。
「あいよ。林檎を持っといてあげるから、口からいきな」
言われた通り、白雪姫は胸ほどの高さの窓から顔を出して、農婦の差し出した林檎をさくりと一口かじりました。
そして噛んで、飲み込んだ途端。
「────っ」
白雪姫はその場に倒れてしまいました。
この林檎、おばさんが食べた金色の部分は無害ですが、赤い部分にだけ毒が塗ってあるのです。
「ほほほ、これなら小人どもにも手が出せまい」
おばさんは、美しく優雅な王妃の声で言いながら、かじった林檎を籠にしまいこみ、そのまま去っていきました。
そして。
「鏡よ鏡、この国で1番美しい女はだれ?」
『王妃様、貴女こそがこの国で1番美しい』
ついに、求めていた答えが得られました。
王妃は鏡に向かって陶然と目を細め、そっと王から贈られたエメラルドの指輪に手を添えました。
そして王妃は、白雪姫を排除した喜びに酔いしれていたために、隠し通路の出口に内側から閂をかけることをすっかり忘れていたのでした。
名称は極力ドイツ風にしたいので、フェティッシュ(呪物・英語)はフェティシュ(Fetisch)と表記いたします。
呪物を「まじもの」と読むと夢枕獏っぽい。
普通に「じゅぶつ」と読むと某廻戦。




