第9章: 糸を切る
従うために生まれてきた者もいれば、自らのリズムに従うために生まれてきた者もいる。
しかしピッチの上では、どんなに自由な者でさえ、他者の見えない糸に捕らわれてしまうことがある。
パス、ジェスチャー、間…
そして、すべては一つの精神を中心に展開する。
その支配を打ち破るのは、単なる戦術の問題ではない。
そこには確信が必要だ。
操り人形師の目を見つめ…
そして、勇気を出してこう言う必要がある。「もうあなたのために踊らない」
なぜなら、どんなに完璧なダンスでも、糸が切れてしまえば無意味になってしまうからだ。
ロッカールームは静まり返っていた。
クロイ・カゲの選手たちは皆、汗まみれで肩を落とし、スコアに心を打ちのめされていた。
ユウジロウはうつむき、拳を固く握りしめる。
ユウジロウ(心の声)
「くそっ… 2対0。あいつを自由にさせ続けたら、確実にやられる。でも、黙ってたらこのチームは崩れる。俺が何とかしなきゃ…!」
──そのとき、沈黙を破る声が響いた。
エミ(にっこりと)
「…なんか、ワクワクするな」
全員が彼を見つめた。
ユウジロウは唖然とした表情で呟く。
ユウジロウ
「…笑ってる?」
緊張していた空気が、ふと緩んだ。
リンが笑い出し、次にリョウも。
そしてチーム全体に笑いが広がった。
リョウ
「こんな状況でワクワクできるやつなんて、お前くらいだよ」
エミ(きょとんと)
「えっ? 俺、なんか変なこと言った?」
ユウジロウは思わず微笑む。
ユウジロウ
「いや…ありがとうな。じゃあ行こうか、全力で。準備はいいか?」
全員
「はいっ!」
──ロッカーの片隅で、レオは黙って様子を見守っていた。
その拳は、歯がゆさにわずかに震えていた。
レオ(心の声)
「…やっぱり変わってるな、エミ。
こんなときに空気を変えるなんて…」
(ドアの外のフィールドを見つめながら)
「俺も…一緒に戦いたいよ」
実況:
「さあ、選手たちが再びフィールドに戻ってきました! クロイ・カゲは立ち上がりから巻き返しを狙う構えです。注目すべきは、監督が前半と同じメンバーで後半をスタートさせた点でしょう」
──スカイブルーのベンチ。ショウゴがキャプテンに目を向けて言う。
ショウゴ
「もう勝った気でいる?」
コウスケ(余裕の笑みで)
「いや、むしろ今のほうがやる気に満ちてるように見えるよ。
後半はきっと、もっと面白くなるさ」
ピイィィィー!
実況:
「後半キックオフ! クロイ・カゲは序盤から攻勢! リョウが左サイドでエミにパス! 速いっ!」
DF(低く唸りながら)
「今度こそ止めるぞ…!」
──だがエミはパスフェイントから一気に抜き去る。
実況:
「これぞ16番の真骨頂! ライン際まで駆け上がり、グラウンダーのクロス! イェンが飛び込む、シュートッ…ポストだ!」
跳ね返ったボールがエリアにこぼれる。
後方からユウキが走り込み、迷わずシュート。
実況:
「現れたのは背番号7番! ユウキ・タナカ! ボールを押し込んで…ゴォォォォール!!」
──後半開始直後の1点。希望の光が差し込む。
ユウキはすぐさまボールを拾おうとするが、相手GKが前に出てくる。
ユウキ(怒り気味に)
「ボールをよこせ、このバカ」
リク(押し返しながら)
「ふざけんな。これは俺のだ」
二人が睨み合う中、主審がすぐに駆け寄る。
主審
「イエローカードだ。あと一枚で退場だぞ、わかったな?」
ユウキ・リク
「…はい」
実況:
「小競り合いはすぐに収まりました。再開はセンターサークルからとなります。
なお、クロイ・カゲはベンチから交代要員の準備を進めている模様。
どうやらタナカ・ユウキの退場を警戒しているようです」
──ピッチの片隅。ユウキは座り込んで顔を両手で覆っていた。
ユウキ(心の声)
「くそっ…余計なことを…」
そこへユウジロウが静かに寄ってきて、肩をポンと叩いた。
ユウジロウ
「気にするな。プレーに集中しろ」
ユウキ
「…うん」
ピィィィィーッ!
実況:
「試合が再開されました。スカイブルーはボールをキープしながら、試合のテンポを落とそうとしています。一方、クロイ・カゲは激しいプレッシングで同点を狙います!」
──ユウジロウはフィールドを睨みつけ、奥歯を噛み締めていた。
ユウジロウ(心の声)
「くそっ…ただ走らされてるだけだ。左右に振られて…このままじゃ追いつけない。何か仕掛けなきゃ!」
──彼は迷わず前へ出て、ボールホルダーに向かって猛然とプレスをかける。
ユウジロウ
「いけぇぇっ!」
──その動きを見たレオは、ベンチで身を乗り出す。
レオ(心の声)
「やばい、それは…!」
──コウスケは冷静に笑みを浮かべる。
コウスケ
「…引っかかったな」
──ユウジロウが空けたスペースへ、ピンポイントのスルーパスが飛ぶ。
ユウジロウ
「くっそおおお!!」
──だがその瞬間、まるで稲妻のように飛び込んだのはエミだった。完璧なタイミングでスライディングし、パスをカット!
タクミ
「なんだと…!?」
──素早く立ち上がったエミが顔を上げる。後方にはイェンが走ってくる。
イェン
「ナイスだ」
──視線が交錯する。迷いのない、確かな目。
エミ(心の声)
「ここから先は任せたぞ、点取り屋」
──そして、相手DFの背後へ絶妙なスルーパスを送る。
実況:
「なんという視野! 16番・エミがイェン・ツクシマを完全にフリーに! これはビッグチャンス!」
コウスケ
「止めろぉぉっ!」
エミ
「いけ、イェン!」
──ゴール前。GKリクが一歩前に出て角度を詰める。
しかし、イェンは焦らない。
ふわりと、冷静にボールを浮かせる──
リク
「なっ…!?」
──ボールはリクの頭上を越え、ゴール前でワンバウンド。
イェンが追いつき、静かにネットを揺らす。
実況:
「ゴォォォォォォール!! クロイ・カゲ、同点弾!! 圧巻のフィニッシュ! そして冷静沈着な9番、イェン・ツクシマ!
すべてはエミ・ニシムラの華麗なインターセプトから始まった、完璧な連携プレー!
後半わずか10分で試合を振り出しに戻しました!」
──チーム全員がイェンのもとへ駆け寄り、喜びを爆発させる。
リョウ
「よっしゃああああ!」
──センターサークルで佇むコウスケ。
信じられない表情でスコアボードを見上げる。
コウスケ
「まさか… こんな展開になるとは… くそ…!」
──ベンチではレオが静かに頷く。
レオ(心の声)
「この4人──エミ、ユウジロウ、ユウキ、イェン…
心が噛み合えば、まるで一つの怪物みたいだ。
このチームが本気で連動したら、誰にも止められない」
──ユウジロウがエミに歩み寄り、申し訳なさそうに話す。
ユウジロウ
「悪い… あのパスが通ってたら、お前の努力が無駄になるとこだった」
──だがエミは落ち着いた顔で、肩をポンと叩く。
エミ
「気にすんな。結果オーライだろ?
お前は思ってるより、ずっと頼りになるぜ…“ムラ”」
ユウジロウ(まばたきしながら)
「…ムラ? いま俺にあだ名つけたか?」
──エミはただ、ニヤッと笑うだけだった。
実況:
「クロイ・カゲが選手交代を行います。背番号9番、イェン・ツクシマに代わって、チームのベテランストライカー…アマリ・カイがピッチに入ります!」
──交代ラインで、イェンがカイの肩を軽く叩く。
イェン
「頼んだぞ」
カイ
「任せとけ」
ピィィィィーッ!
──笛が鳴り、試合が再開される。
ヒカル
「絶対に負けないぞ!!」
──彼とリンが一斉に前に出て、コウスケの進路を完全に封じる。
コウスケ
「……なんだこれ?」
ヒカル
「ここは通さない」
コウスケ(苦笑)
「ダブルマーク? 馬鹿か? 他の場所がガラ空きになるぞ」
リン
「もし、お前以外に何かできる奴がいたらな」
実況:
「その言葉通り! スカイブルーは完全に停止。選手たちは戸惑い、動きが止まっています。天才の動きが封じられた瞬間、チーム全体が揺らぎ始めた!」
コウスケ
「早く…パス出せっ!」
カズヤ
「は、はいっ!」
──だが遅すぎた。リョウ・アベが一気に寄せてボールを奪い、反転してカウンター!
タクミ
「止めろおおおっ!」
──スピードを上げたリョウに3人のDFが飛び込む。
だが彼はドリブルをやめて、鋭く横へパス!
リョウ(心の声)
「……俺を囮に使いやがったな、クソ…!」
──その先にはフリーのカイ・アマリ。前がガラ空き。
カイ(微笑みながら)
「これが、俺の時間だ」
──右足を振り抜く。ボールは鋭い軌道を描いて…ポストに直撃!
実況:
「カイィィィィッ!! シュートはポストッ!!」
──跳ね返ったボールがペナルティエリアの外に転がる。
リク
「クリアしろっ!」
──だが間に合わない。ユウキ・タナカが走り込む!
──……だが撃たない。
彼はあえてスルー!
──DFが釣られて滑り込むが、そこに現れたのは──
実況:
「背番号16番・ニシムラ・エミが後方から走り込んできた! フリーだ! 撃つ!!」
──ズドンッ!
実況:
「ゴォォォォォル!! ニシムラ・エミィィィ!!
左サイドバックの意地! あまりにも豪快な一撃!
まるで雷鳴のような弾丸がネットに突き刺さりました!!」
──一瞬、スタジアムが静まり返る。
……次の瞬間、歓声が爆発する。
リョウ
「やべぇよお前!!」
カイ
「お前、それプロ級だぞ…!」
──観客席の一角。青いマフラーを巻いた若者が目を見開く。
ユキヒロ・ソウマ
「……マジかよ。
あの子に、あんな才能があったとはな…」
──遠くからその様子を見つめるケイスケ。
ケイスケ(心の声)
「悪くない。全然、悪くないな…」
実況:
「信じられない! クロイ・カゲが見事な逆転を果たしました!
だが、果たしてこのままリードを守り切れるのか…それとも、さらなる追加点を狙うのか!?」
──試合が再開される。
コウスケへのダブルマークはそのまま継続。
スカイブルーは明らかに混乱しており、効果的な突破口を見出せない。
──時計の針が進む。
そしてついに──
ピィィィィーーーッ!!
──試合終了の笛が響く。
──ユウジロウ・アキラはその場に倒れ込む。
他にも何人かが地面に座り込む。
残りの選手たちは立ち上がって歓喜を爆発させる。
──観客席の隅。
暗がりの中から、見知らぬ人物がじっとフィールドを見つめていた。
???
「……あの左サイドの子。
進む道を間違えないといいがな」