第31章: 私はスターだ!
星とは一体、何なのか?
一番まばゆく輝く者のことか?
それとも、誰かに見つめられることを渇望する者のことか?
サッカーという広大な星空には、
世界を照らす光もあれば……
すべてを焼き尽くす光もある。
導くために生まれてきた者もいれば、
周囲のすべてを飲み込むために生まれてきた者もいる。
才能は「贈り物」かもしれない。
だがそれは、目に見えない「檻」にもなり得るのだ。
ひとたび「選ばれし者」と呼ばれ、
拍手が日常となり、
勝利が必然となったとき、
心は危険な嘘を囁き始める。
「俺に、他人なんて必要ない」と。
しかし、ピッチは独り舞台ではない。
それは十一の意志、
一つに重なり合うべき十一の鼓動が織りなす宇宙だ。
もし一等星が、自らの空を隠そうとしたらどうなるか?
もし誇りが、胸のエンブレムよりも重くなったらどうなるか?
現実に跪くことを拒むとき、
その瞳は虚無に染まっていく。
支配することを宿命だと履き違える才能がある。
そして、ある瞬間に……
サッカーはただの競技であることをやめ、
鏡へと変わる。
その鏡が映し出すのは栄光ではなく、
ただの孤独だ。
「輝くこと」と「照らすこと」は、同じではない。
そして、すべての星が天を統べるためにあるわけでもない。
どんなに輝かしい星であっても、
なぜ輝き始めたのかを忘れたとき、
その光は消えてしまうのだということを……
学ばなければならない時が来る。
フィールド全体が、濃く重たい灰色の霧に包まれた。
一人、また一人と選手たちは風に舞う塵のように消えていき――
最後には、ツバサだけが静かに立っていた。
(俺が敗北しただと? いや……あれはただの偶然だ。ミスをしたのは俺だ。)
(俺に並ぶ者などいない。あの伝説の魔術師すら倒したんだ。)
(あの愚かな笑顔を消してやる。お前たちに勝利などあり得ない。)
(何度でも踏み潰してやる。そして教えてやる――俺とお前たちの“差”を。)
(俺はサッカー界を支配する運命にある。お前たちは俺の足元から見上げるだけの存在だ。)
現実がゆっくりと歪み始める。
その瞳は、底知れぬ虚無で満たされていく。
(全員……破壊してやる。)
(なぜなら――俺が“星”だからだ!)
ピーーーーーッ!
笛の音とともに試合が再開され、ボールはツバサへ渡る。
迷いはなかった。
彼は先ほどを遥かに上回る速度で突進する。
「ツバサ、やめろ!」
トシロウが必死に叫ぶ。
怒りに満ちたその眼を見て、クロイカゲの選手たちは再び連動して包囲する。
「俺の前に立つな、クズども!」
いつものドリブル――
だが、速度も荒々しさも段違いだった。
目の前に何があろうと関係ない。
その突破力は、もはや止めがたい。
「全部……お前のせいだ、エミ!」
「うおおおおおお!」
ドンッ!
二人は再び激しく衝突する。
しかしツバサの圧倒的な力に、エミの全身の筋肉が軋む。
「くっ……!」
痛みに顔を歪め、エミが呻く。
「どけ!」
バシッ!
ツバサは迷いなく突破し、前方に立ちはだかるユウジロウとアキラに向かう。
アキラが強烈なスライディングで飛び込む。
だがツバサは軽くボールを浮かせ、その上を跳び越えた。
しかし――
着地する前に、ユウジロウが目前に現れる。
「ここは通さねぇ!」
それでもツバサは空中で膝を使い、わずかにボールを持ち上げる。
ボールはユウジロウの頭上を越えた。
「邪魔するな、デカブツ。」
数秒のうちに、ツバサは相手の体を足場にして体勢を立て直し、瞬時に守備の背後へ回り込む。
「ここは俺が!」
ジロウが立ちはだかる。
「遅い。」
チクタク――
二度の鋭いタッチ。
ディフェンダーは完全に置き去りにされ、ツバサはゴール正面へ。
ドンッ!
迷いなく振り抜いた強烈なシュートが、ケンタのゴールへ一直線に突き刺さる。
(届け……!)
ケンタは全身を伸ばす。
だが――
あまりにも際どいコース。
指先すら触れられない。
ドンッ!
「なにっ!?」
まるで守護神のように――
ゴールライン上へ現れたのはエミだった。
強烈なヘディングでボールを弾き返す。
「まだ……俺は負けてない!」
「またお前か!?」
「何度来ようが同じだ。言っただろ……俺はお前を止めるって。」
ゆっくりと立ち上がりながら、エミは言う。
「仲間は俺を信じてくれた。俺は――その期待を裏切るつもりだ。」
ツバサの目が怒りに染まる。
「俺が“星”なんだ! 名もない雑魚に負けるわけがない!」
エミは挑発的な笑みを浮かべた。
「何度でも来いよ、“スター様”。」
ピッ、ピッ、ピーーーッ!
「え?」
二人は同時に困惑の声を漏らした。
「な、何ということでしょう!」
実況が叫ぶ。
「東京アカデミーがサイドラインで交代を準備しています! そして表示された番号は――30番!」
目の前の光景に、ツバサの目が大きく見開かれる。
ベンチでは監督が冷ややかな視線を向けていた。
「……何をしているか分かっているのか?」
「さっさと下がれ、ツバサ。」
「監督……」
トシロウが小さく呟く。
観客のざわめきの中、ツバサはうつむいたままゆっくりとピッチを後にする。
そしてタッチラインを越えた瞬間、怒りに満ちた目で監督を睨みつけた。
「何のつもりだよ!?」
「チームのためだ。」
「ふざけるな!」
ツバサが怒鳴る。
「俺がこのチームの“星”だ! チームは俺を必要としてる!」
監督は一切動じない。
「お前は星じゃない。」
「……何だと?」
ツバサが詰め寄る。
「なぜ味方にパスを出さなかった?」
「本気で思っているのか? お前一人でチーム全員を相手にできると。」
「ほんの一瞬でもエゴを捨てていれば、前半45分で試合は決まっていた。」
監督の声は静かだが、鋭かった。
「星とはな、チームが必要とすることをする存在だ。」
「だが、お前はまだその役目を担う器ではないと証明した。」
「本当の星は、自分の勝利ではなく、チームの勝利のために全力を尽くすものだ。」
一歩、距離を詰める。
「チームはお前を必要としていない、ツバサ。」
「お前が――チームを必要としているんだ。」
その言葉は、刃のように突き刺さる。
「……だが安心しろ。こんなガキにあれほどの重圧を背負わせた俺にも責任はある。」
冷たい視線が、静かに落ちる。
「くそっ……!」
ツバサは拳を震わせる。
「席に座れ。これ以上見苦しい真似はするな。」
志比監督は淡々と言い放つ。
「その怒りは、次に取っておけ。」
「くそがああっ!」
ツバサは怒りのままにボトルを蹴り飛ばした。
「ゴホン……さて、予想外の交代劇のあと、試合は再び動き出しました!」
実況が咳払いをして続ける。
「この采配が、両チームにどんな影響を与えるのでしょうか!」
「油断するな!」
ベンチからレオが叫ぶ。
「まだ20分あるぞ!」
「ペースを落とすな! ここで終わらせるんだ!」
ゴールからトシロウが声を張り上げる。
ピーーーッ!
試合は再開。
両チームは高い創造性をもって攻め合う。
ドリブル、デュエル、スライディング、シュート――
目まぐるしい攻防が続く。
一進一退。
どちらも一歩も引かない。
その後の数分間は、まさに“組織力”が鍵となった。
両チームの11人全員が、攻め、守り、勝利を求めて走る。
時間が刻まれるたびに、応援の声はまるでトンネルの先の光のように輝きを増していく。
「ツバサだけが才能じゃない!」
東京アカデミーの背番号10――イハ・ヘイキチが叫ぶ。
その動きは、かつての“ミニ魔法使い”の存在を一瞬忘れさせるほどだった。
個の才能を証明する、圧巻のプレー。
クロイカゲは連動してプレスをかける。
だが相手のパスは速く、正確で――
先ほどまでとは別物だった。
次々とラインが突破され、スタンドに緊張が走る。
ヘイキチは見事なフェイントでユウジロウを抜き去り、ゴール前へ。
そこへケントが全力で飛び出す。
「通さない!」
巨体でコースを完全に塞ぐ。
だがヘイキチは即座に判断。
鋭い斜めのドリブルで二人から距離を取る。
ドンッ!
軽く、しかし正確なシュート。
ボールはケントから遠ざかりながら、ファーサイドへと吸い込まれていく。
ケントは必死に体勢を立て直し、叫びながら飛び込む。
「うおおおお!」
だが、指先は届かない。
ボールはゆっくりと、しかし確実にゴールへ近づいていく。
……
スタジアムが静まり返る。
誰も動けない。
両ベンチが立ち上がり、運命の瞬間を見つめる。
時間が、引き延ばされたかのように遅くなる。
頭を抱える者。
目を閉じる者。
仲間と抱き合う者。
力なく膝をつく者。
その結末は、避けられないかに思えた。
――その瞬間。
バシッ!
一筋の希望のように、エミが飛び込んだ。
視界が異様に澄み渡る。
周囲の世界が、普段よりも遅く見える。
(……なんだ、この感覚?)
スライディングしながら、ボールへと迫る。
(どうして、みんなあんな悲しい顔をしている?)
(そもそも……本当に俺は、あのボールに届くのか?)
(もし少しでもズレれば……自分で押し込んでしまうかもしれない。)
一瞬の迷い。
(そのリスクを負う価値はあるのか?)
(もしかしたら……プレーオフに賭けるという選択肢も――)
「がんばって、エミーッ!」
女性の声がスタジアムに響いた。
その声を聞いた瞬間――
エミの表情が変わる。
迷いが消え、強い笑みが浮かぶ。
「――もちろん、その価値はある!」
ザァァァッ――ガンッ!
渾身のスライディング。
ボールはポストへ弾かれ、跳ね返りながらタッチラインへと飛び出した。
「うわああああっ!」
観客が一斉に頭を抱える。
「そんな……」
ヘイキチが呆然と呟く。
「まだ終わってない!」
エミが叫ぶ。
凄まじいスピードでリョウがボールへ飛び込み、限界の体勢でつなぐ。
「カウンターだ!」
リュウが即座に立ち上がる。
主審は時計を見る。
――残り、わずか1分。
相手選手が全力でリョウへ突っ込む。
笛を口に運ぶ審判。
しかし――
リョウは倒れ込みながらもロングパスを通していた。
ボールはタツヤの足元へ。
「戻れ!」
志比監督が叫ぶ。
トンッ!
タツヤは素早くサイドへ展開。
ユウキが美しいトラップから一気に仕掛ける。
相手が飛び込む。
だがスピードが違う。
バシッ!
ユウキはふくらはぎに激しいタックルを受ける。
激痛。
それでも踏ん張る。
「全部乗せろ!」
大きなクロスがゴール前へ。
イェンが空高く跳ぶ。
誰よりも高く。
ドンッ!
強烈なヘディング。
だが――
トシロウが全身を伸ばし、奇跡的に弾く。
しかしボールはエリア内にこぼれた。
そこへ――
狩人のようにカイが現れる。
つま先で押し込む。
だがトシロウが猫のように足を伸ばし、再びブロック。
「やらせるか!」
「うわああああ!」
ボールはペナルティエリア手前へ跳ね返る。
――そこにいた。
まるで待っていたかのように。
エミ。
迷いなく足を振り抜く構え。
相手が必死にブロックへ飛び込む。
……
「俺は……星じゃない。」
トンッ。
エミは、軽く横へ流した。
誰もが凍りつく。
決定機を、なぜ――?
信じられない空気。
だが次の瞬間。
トシロウの目が見開かれる。
「ありえない……」
空を裂く巨影。
矢のように飛び込む男。
ユウジロウ。
宙に身を投げ出しながら一直線にボールへ。
「うおおおおおお!」
「させるかあああ!」
ドンッ!!
一瞬早く、ユウジロウの頭がボールを捉えた。
キーパーよりも先に。
ゴロッ……
ボールは無人のゴールへ転がる。
スタジアムが、静止した。
両ベンチも。
観客も。
瞬きを繰り返す。
夢か現実か、分からない。
ピッ、ピッ、ピーーーーーーーッ!!
「ゴォォォォォォォォォル!!」
スタジアムが爆発する。
選手たちがベンチから飛び出し、ユウジロウへ殺到する。
「クロイカゲ、ラストプレーで逆転ゴール! 得点は――キラ・ユウジロウ!!」
「うおおおおおお!」
巨大なユウジロウの上に仲間たちが折り重なる。
空へ向かって雄叫び。
「やった!」
ジョセップが福富先生とハイタッチを交わす。
「ゴール! ゴール! ゴール! クロイカゲが90分、劇的逆転!!」
「ダビデがゴリアテを倒した!!」
実況が立ち上がり、声を震わせる。
「クロイカゲ、創部史上初の全国大会出場決定!!」
「映画のような展開! 下馬評を覆し、弱者が強者を打ち破った!」
「90分間、驚きの連続! 情熱と才能がぶつかり合う壮絶な一戦でした!」
「イガラシ・レオ率いるクロイカゲ、全国へ!」
歓声は止まらない。
感情が溢れ出す。
90分の激闘の末――
クロイカゲは勝利を掴んだ。
かつては不可能に思えた、最初の一歩。
……
東京アカデミー 1 ― 2 クロイカゲ
予選大会、終幕。




