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第28章:モンスター

それは、恐れからではなく、

畏敬から生まれた沈黙だった。


不可能が現実となる、その一瞬。

世界は息を呑み、時さえも歩みを止める。


風は凪ぎ、

目線は張り詰め、

あらゆる音が消え去る。


そこに立つのは、ただの選手ではない。

それは、奇跡を纏ったふたりの天才。

運命に導かれた、二つの怪物。


偶然ではない。

自らの中の怪物が、互いを呼んだ。


観客の誰もが、胸の奥が震えるのを感じた。

それは恐怖ではない。

尊敬だ。


なぜなら――

怪物が目を覚ます時、

世界は思い出すのだ。


人間の小ささと、

ひとつの瞬間が持つ偉大さを。

世界は完全な静寂に包まれていた。


彼ら二人の天才に、すべての視線が注がれていた。


誰一人として、その場面から目を逸らす者はいなかった。


天才同士の衝突が、今まさに始まろうとしていたのだ。


 


レオの口から、重い溜め息が漏れる。


その瞬間、彼の瞳に青い閃光が走った。


 


――スウッ!


 


ツバサは圧倒的なスピードですり抜けようとした。


だが、レオは瞬時に彼の前に立ちはだかり、鋭い視線を外さなかった。


 


「簡単に逃がすと思うなよ」


 


――チャッ、スウッ!


 


瞬きする間もなく、ツバサは進行方向を変えた。


レオは一瞬だけ体勢を崩す。


 


――チャッ!


 


スパイクが地面を食い込み、レオは不可能とも思える角度で身体を回転させた。


 


「くそっ…」彼は苛立ちを隠せず呟いた。


再び、レオはツバサの前に立ちはだかる。


 


「疲れないのか?」ツバサが尊大に問いかける。


 


「お前の動きは簡単に読める、ツバサ」レオは冷静に答える。


「もう少し工夫しないと、俺は止められないぞ」


 


「じゃあ…これはどうだ?」


 


――トッ!


 


ツバサはボールを前に軽く出し、レオに新たな姿勢を取らせる。


レオの目がボールを捉えたその瞬間…


ボールは視界から消えた。


 


――チクタク…


 


驚異的な速さで、ツバサはエラシコを繰り出す。


ボールが左右に一瞬で揺れ、レオは微かに反応した。


 


(そんな小細工に引っかかるかよ…)


 


レオは素早く足を出し、ボールを奪おうとした。


 


だが、その瞬間――


ツバサは片足でボールを止め、もう片足で優雅に転がした。


ルーレットだ。


 


――ヒュウゥッ!


 


ボールはレオの足元を簡単に通り抜けた。


レオの目が大きく見開かれる。


 


「お前の時代はもう終わりだよ、マジシャン」


ツバサは冷たい瞳で呟いた。


 


――スウウウッ!


 


「うおおおおっ!」観客席から歓声が上がる。


 


ツバサは稲妻のように駆け抜け、レオを置き去りにする。


 


「なんという展開だ!」実況が叫ぶ。


「ツバサが魔術師を突破!自らのトリックで魅せつけた!」


 


「止まらない!ツバサが相手ディフェンスに突き進む、誰も止められない!」


 


――タッタッタッタッ!


 


ツバサはブレーキを踏まずに走り続ける。


黒い影の選手たちが次々とチャレンジするが、全てが無駄に終わった。


 


タツヤは超高速のシザースに翻弄され、目で追うことさえできなかった。


カイは必死に下がって守ろうとしたが、ループとヒールでかわされ、倒れ込む。


ユウジロウも、その圧倒的な加速力に追いつけなかった。


 


瞬く間に、ツバサはゴール前のケントと対峙する。


 


「かかってこい!」ケントが叫ぶ。


 


「バンッ!」ツバサが傲慢な笑みとともに呟いた。


 





――ザッ!


 


ツバサの瞳孔が驚きで一気に開かれた。


 


「なっ…何だと…?」彼が呟く。


 


それは彼の論理では理解できないことだった。


目の前に現れたのは――


彼の動きを完全に読み切り、影の中から姿を現したエミだった。


 


エミは外科手術のような正確さでスライディングし、ボールを簡単に奪い取った。


 


「キャプテン!」と叫びながら、すぐに立ち上がるエミ。


 


――ドンッ!


 


エミの力強いキックが、正確にレオのもとへと飛ぶ。


レオはそのボールを完璧なトラップで受け止めた。


 


「さすがだよ、エミ。君はいつも僕を驚かせてくれるね!」


レオが満面の笑みで言った。


 


「守れ!突破させるなっ!」トシロウが恐怖の叫びを上げる。


 


レオはブレーキをかけずに突き進む。


ツバサもすぐに守備に戻り、チームの危機を救おうとする。


 


魔術師はあらゆる方向を見渡しながら、パスの可能性を探る。


 


「リョウ!」


 


レオは一瞬の判断でボールの方向を変え、相手ディフェンダーの背後を突く。


 


リョウはそのパスを優雅にトラップし、地面にボールが着いた瞬間――


まるでロケットのような加速を見せた。


 


2人のディフェンダーが彼の前に立ちはだかり、進路を遮ろうとする。


 


リョウはコーナー付近で急停止した。


ハンターのように、守備陣は静かに間合いを詰める。


 


リョウは、いつものフェイントを見せる準備をする。


その意図を読んだかのように、相手は先に動いた。


 


「遅すぎるよ…」


 


リョウは一瞬で体勢を変えた。


エラシコではなく、インサイドでボールを引き戻し、少しだけ距離をとる。


 


そして迷わず、アウトサイドでクロスを上げた。


 


ボールはゴールに向かって、ゆっくりとカーブを描く。


 


トシロウはファーサイドを警戒しつつ、ニアポストを守る位置に入る。


 


だが、その瞬間――


空の支配者が再び現れ、自らの領域を主張した。


 


イェンが空中で足を振り上げ、キーパーの予測を裏切る動きを見せる。


 


「なっ…!」


 


そのまま軽く触れ、ボールの軌道をセカンドポストへと流した。


 


――タッ、タッ!


 


トシロウは慌ててポジションを変える。


だが、その前に――


 


そこにいたのはレオだった。


 


レオは一瞬の迷いもなく、そのボールに飛び込んだ。


 


ボールはゆっくりとゴールポストに向かっていた。


 


スタジアムは息を呑み、沈黙に包まれる――


 




――ドンッ!!


 


轟音がスタジアム中に鳴り響き、観客全員の口がぽかんと開かれた。


 


ピッチ上の選手たちは、目を見開いてその光景を見つめる。


 


「レオッ!!」ユウジロウが叫び、恐怖に満ちた顔でその場所へ駆け寄った。


 


そこには――


レオとトシロウが倒れており、芝に赤い血が滲み始めていた。


 


ボールは――ゴールの外に。


 


審判はすぐにメディカルスタッフを呼び、彼らはためらうことなく走り出す。


 


「嘘だろ……」エミが声を震わせながら呟く。


 


……


 


「レオ! レオ、返事してくれ!」ユウジロウが絶望の叫びを上げた。


 


「うるさいな……声がでかいんだよ……」とレオがかすれた声で返す。


 


「よかった……」


 


隣では、トシロウがゆっくりと起き上がり、心配そうに見つめるツバサに目を向けた。


 


「そんな顔すんなよ、大丈夫だって」背中を軽くさすりながら言う。


 


「バカ……怪我するかもしれなかったのに」彼女が不機嫌に呟いた。


 


「ゴールは守る。それが俺の役目だろ? 今がどれだけ大事な試合か、忘れたのか?」


 


「ほんと、バカ……」


 


医療スタッフは二人の状態を入念に確認する。


 


「先生、彼の容態は?」フクタミが不安げに尋ねる。


 


「幸い、大事には至っていません」と医者が答える。「ポストに激突した際にできた擦り傷程度で済みました。」


 


「正直に言えば、今は休ませた方がいいでしょう。これ以上悪化させないためにも。」


 


「ダメだッ!!」レオが怒りを込めて叫ぶ。


 


「今は引けない! 俺がやらなきゃいけないんだ……俺のミスを取り返さないと……!」


 


「レオ……君にとって、この試合がどれほど大切かわかってる……みんなにとっても……」フクタミの声が震える。


 


「でも、一番大事なのは君の命だ。」


 


「たとえ直接出場を逃しても、命を賭ける価値はない。」


 


「でも――」


 


「キャプテン!」エミが鋭く叫ぶ。


 


「エミ……?」


 


「ここからは、俺たちに任せてください。」


 


「でも……」


 


「さっき、自分で言ってたでしょう?」


 


「……何のことだ?」


 


「俺たちは家族だって。」


エミは温かい笑みを浮かべてそう言った。


 


「支え合い、理解し合うのが家族です。」


 


「それでも……!」


 


「わかってます、あの屈辱がどれだけ悔しかったか……ツバサにあんな風にやられて、黙ってなんかいられない気持ち。」


 


「(なんて独特な励まし方だよ……)」ユウジロウが苦笑混じりに思った。


 


「でも、今回だけは俺たちを信じてほしい。」


 


エミは手を差し出し、しっかりと見つめながら言った。


 


「勝ちます。約束します。」


 


「全国大会でこそ、あなたが必要なんです、キャプテン。」


 


クロイカゲの全選手がレオを囲み、エミの言葉にうなずきながら、優しく微笑んだ。


 


「みんな……」


 


レオはエミの手を取り、小さな声で言った。


 


「頼んだぞ、キャプテン……」


 


そして、自らの腕からキャプテンマークを外し、エミの腕に巻いた。


 


「えっ……?」


 


ゆっくりと、レオはうつむいたままピッチを去っていく。


 


――パチ、パチ、パチ、パチ……


 


レオが顔を上げると、そこには観客全員が立ち上がり、敬意の拍手を送っていた。


 


その光景に、魔術師の目が潤み――


感情があふれ、涙が頬を伝った。


 


血と涙にまみれながら――


魔術師は舞台を降りた。


 


だが、その背中に勝利を誓う仲間たちがいた。


 


そして、キャプテンの信頼を受け継いだ新たな司令塔――西村エミ。


 


「ツバサ、君の見る目は間違ってなかったかもな……」とトシロウが苦笑する。


 


「あいつ……思った以上に面白い。」


 


「どんな手を使ってでも勝つ」ツバサが静かに言った。


 


両チームはお互いを真正面から見据えていた。


 


残り60分、誇りをかけた戦いが始まる。


 


そして――


戦いは、ここからさらに激しさを増していく――!

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