表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/28

第25章: 人生

時には、ほんの一瞬だけで十分だ。

シュート、一息、一粒の涙。

それだけで、すべてが変わる。


命は叫ばない。知らせない。待たない。

混乱の中でも、疲労の中でも、歓喜の中でも、静かに道を切り開く。

そして、気づかぬうちに…心を貫く。


成長とは、ただ勝つことではない。

膝をついても、なお立ち上がろうとすることだ。

理由もわからず涙を流し、

心が痛んでも微笑むことだ。


命はサッカーのようだ。

時に不公平で、時に残酷。

それでも、その本質は常に美しい。


すべてが壊れそうな時、

体が限界で、心が揺らぐ時こそ…

一つの仕草、一つの手、一つの言葉が現れる。


そして、気づくのだ。

自分は一人じゃないと。


生きるということは、つまりそういうことだ。

恐れも、希望も…そして夢も、誰かと分かち合うこと。

エミの歓喜の叫びがスタジアム全体に響き渡った。


観客席もまた、彼の熱狂に応えるように歓声と興奮に包まれていた。


その中、主審がゆっくりと近づいてきて言った。


――16番。


――は、はいっ?


主審はカードケースからイエローカードを取り出し、エミに見せた。


――あまり感情に飲まれすぎるなよ、とユニフォームを指差しながら注意する。


――は、はい…すみません。


主審は時計を確認し――


ピッ! ピッ! ピィィィィ!!


――終了です! 試合終了――!!


――黒いクロイ・カゲ、ブラックストロームの本拠地で劇的な勝利を収めました!


――感動と緊張の詰まったこの一戦、最後の最後で決着がつきました!


――この結果により、ブラックストロームは全国大会出場の可能性が完全に消え、


――残るは東京アカデミーとクロイ・カゲのみ!


――両チームとも、すでに最低でもプレーオフの出場権を手にしていますが、


――次の最終戦では、直接対決でどちらが本戦への“切符”を手にするのかが決まります!


――歴史に残る激闘になることは間違いなし!私も待ちきれません!!


・・・


ピッチでは、ブラックストロームの選手たちが涙をこらえきれずにいた。


フィールドには、彼らの家族も入り、倒れ込む選手たちをそっと抱きしめていた。


その中で、シンジロウだけが静かに座り込んでいた。


敗北による悔しさは確かにあったが、仲間たちのような“悲しみ”が自分の心にないことに、彼自身戸惑っていた。


その隣には、もう一人の天才が腰を下ろした。


――…悲しくはないのか? と、レオが問いかけた。


――さぁな。


――お前らに負けたことは悔しいが……でも、悲しくはならない。


――元々、仲が良かったわけでもない。ただ俺の過去やキャプテンって肩書きで敬われてただけだ。


――“戦友”とか“家族”とか、そういうもんじゃない。


――ただ同じ目標のために走ってきただけで、その目標が消えた今――


彼の視界に広がるピッチは、モノクロになっていき、仲間たちは砂のように崩れて消えていった。


・・・


レオは静かに問いかけた。


――じゃあ……このまま諦めるのか?


――いや、まだ満足してねぇ――と、シンジロウは微笑んだ。


――潰したいクソガキが一人残ってるからな。


――評判悪そうな奴だな――と、レオが笑う。


――お前やケイスケよりはマシだよ。あいつはひねくれてない。ただのバカだ。


――俺ってそんなにひねくれてるか?


――ああ、かなり。


二人は肩を揺らして笑った。


西日がゆっくりと彼らを包み込んでいく。


――じゃあ、また近いうちに会うことになりそうだな?


――勝手に決めるな、俺はお前なんかに付き合わねぇぞ。


――詳細はまた今度説明する――と、レオは背を向ける。


――だから、行かねぇって言ってんだろ!


――またな、シンジロウ――そう言い残して、レオは笑って去っていった。


シンジロウは深くため息をつき、ぽつりとつぶやいた。


――……マジでムカつく奴だな……




人々はゆっくりとスタジアムを後にしていった。


外ではまだ多くの人たちが、試合のプレーについて語り合っていた。


報道陣はインタビューの準備を始めていた。


・・・


シンジロウは苦笑いを浮かべながら、静かにロッカールームへと向かっていた。


だが、ドアを開けた瞬間――


ボンッ!


色とりどりの紙吹雪が一斉に舞い上がり、シンジロウは驚きで立ち尽くす。


――な、なんだこれは…?


――キャプテン、本当にありがとう! と、皆が一斉に頭を下げた。


――えっ……?


――監督、一体これは……?


――君がこの三年間、誰よりも努力してくれたことへの、ささやかなお礼だよ。


――でも……俺たちは、負けました。


――約束を果たせなかった。全国大会には連れて行けなかったんです――と、拳を強く握りしめる。


――それは分かってるよ。でもね、私たちはずっと君を信じて、ついてきた。


――結果がどうあれ、感謝の気持ちは変わらない。


――監督……


――君がいたからこそ、この夢に本気で挑めた。


――君がいたからこそ、心からサッカーを楽しめた。笑って、夢を見て、そして今、涙を流してるんだ。


言葉を失いながら、シンジロウは目に涙を浮かべて笑う仲間たちを見渡した。


――みんな……


――私たちは、君を信じてる。このエンブレムを預けるよ――と、監督は学校のエンブレムをシンジロウに手渡す。


――…はい!


・・・


一方その頃、クロイ・カゲの選手たちが次々とロッカールームから出てきた。


その目に浮かぶのは、喜びでも満足でもなかった。


ただ、燃え盛る炎のみ。


その様子に記者たちはすぐに反応し、今日のヒーローであるレオとエミをインタビューに引き止めた。


――こんばんは、五十嵐選手。次の試合に向けて、どのようなお気持ちですか?


――相手は今年の無敗の王者、東京アカデミーです。勝つ自信は?


――勝ちたい。それだけです――と、レオは静かに、だが力強く答えた。


今度はエミがインタビューを受ける。


――今日のMVPに選ばれましたが、あのフィールドには他にも素晴らしい選手たちがいましたね?


――今日は全員がヒーローでした。そして、次の試合でもそうなります――と、エミは満面の笑みで答えた。


・・・


選手たちはバスへと乗り込んでいく。


カメラのフラッシュが絶え間なく焚かれ、報道陣の声が響く。


選手たちの中には、冗談を言い合う者もいれば、


イヤホンをつけて静かに目を閉じる者もいた。


誰もが知っていた。


――この先に待つのは、最高に厳しく、最高に熱い一戦だということを。




満月が空高く輝き、穏やかな夜風が吹いていた。


親友たちは、とあるカフェに集まっていた。


――ついに、この時が来たな……とユウジロウが緊張した笑みを浮かべる。


――ああ……来てほしかったはずなのに、今は何を考えればいいのか分からないよ、とカイが苦笑する。


――あと一歩だ……本当に、あと一歩だよ、とレオはゆっくりとコーヒーをかき混ぜながら呟いた。


……


――……なんでこんなに緊張してんだよ!? と、レオが思わず叫ぶ。


――だよな……試合終わってから、ずっと手が震えてる、とカイが笑う。


――体はクタクタなのに、全然眠れないんだよな……


――くそっ! と三人同時に叫び、黙り込んだ。


三人は、どこか寂しげに目線を落とす。


――……今まで、ちゃんと考えたことなかったな、とレオが苦い笑みを浮かべる。


――何の話? とユウジロウが尋ねる。


――これさ……チームのこと、俺たちのこと……これが、最後の一年なんだ。


誰も言葉を返せなかった。ただ、静かに黙った。


――くそっ……もっと、ずっと続いてほしいのに、とカイが拳を握る。


――だったら、今を思い切り楽しもうぜ、とユウジロウが涙を浮かべながら笑った。


――ああ!


……


その頃、エミはベッドの上で何度も寝返りを打っていた。


疲労困憊のはずなのに、どうしても眠れない。


――くそっ、なんでだよ……


目の下には濃いクマができ、目は腫れていた。


エミはスマホに目をやり、メッセージを送る。


「夜遅くにごめん。起きてる?」


「うん。どうかしたの?」


「ちょっと歩かない? 全然眠れなくて」


「いいよ。いつもの場所で会おうか?」


「うん!」


東京の喧騒は眠り、静けさが街を包む。


その中で、街灯の下に浮かび上がる少女の横顔があった。


エミはその姿を見つめて、ふっと笑った。


――久しぶりだね、ウミ。


――こんばんは、エミ。


――行こうか?


――うん。


二人は静かな東京の街を並んで歩き出した。


――調子はどう? とウミが尋ねる。


――うん、すごくいいよ……けど、何を感じてるのか自分でも分からない。


――緊張か、プレッシャーか、負けることへの恐怖か……次の試合のことが頭から離れない。


――三年生にとって何を意味するのか、分かってなかった。でも、あの試合で泣く相手を見て気づいたんだ。


――俺たちは、絶対に負けちゃいけない。じゃないと、きっと後悔する……


ウミは、静かに優しく微笑んだ。


――エミは昔から、誰よりも他人のことを気にかけてきたよね。自分のことは後回しにしてまで。


――ただのバカだよ、俺は、とエミが照れ笑いを浮かべる。


――そんなバカがもっといれば、世界はきっと良くなるよ。


――変わった褒め方だな、それ、とエミは吹き出した。


……


小さな川の前で二人は立ち止まり、静かに水面を見つめる。


――ウミはどうなんだ? オーケストラ、うまくいってる?


――うん、すごく楽しい。


――タナカ・ハルって覚えてる?


――ユキの妹だろ?


――そう、彼女の演奏を聴くと、まるで天国にいるみたいなんだ。


――ちょっと大げさすぎない? とウミは笑う。


――いや、本気だよ。いつか、あんな風になりたいな……


――え?


――後輩たちに尊敬されて、導いていける先輩になりたい。


……


その時、ウミの頭に優しく触れる手があった。


振り返ると、そこにいたのはエミ。


――絶対なれるよ、とエミは力強く笑った。


――ウミは本当にすごい。俺が何度も助けられたんだ。


――今だって、君の言葉で全部が救われた。


――エミ……


――信じられないかもだけど、俺よりずっとカッコいいよ。


――ハルにならなくていい。ウミのままでいて。


――きっと、君なら道を切り開ける。みんなもきっと、君に着いていく。


――あの時の俺みたいにね――と、川のせせらぎが優しく響いた。


――さあ、行こうよ。怖がらないで、と幼いウミが言う。


――怖いよ……


――大丈夫、私が手を引いてあげる。絶対、離さない。


――……うん。


小さな二人は手を取り合い、小川にぽちゃんと落ちた。


ウミは笑っていた。エミは、ずっとその手を見つめていた。


……


――帰ろうか? と、ウミが笑顔で言った。


……


記憶は風に乗り、どこかへ消えていった。


――エミ? 泣いてるの?


エミの頬には、気づけば大粒の涙が伝っていた。


――わかんないんだ……と、頬に手を当てながら呟く。


――エミ……


――ごめん…… と泣きながら口にする。


ウミにそっと抱きつくエミ。


驚きながらも、ウミの表情はやさしく変わる。


――帰ろうか?


――うん…… と泣きじゃくる声でエミは答えた。


その夜、月だけが見ていた――


"少年が、大人になるその一瞬を。"

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ