第23章:自我
サッカーにおいて、才能だけでは足りない。
本当に必要なのは、
頂点での謙虚さ、
栄光の中での調和、
そして、野心に対する敬意だ。
天才たちが同じピッチに立つ時、
必ずしもチームが生まれるわけではない。
時に、生まれるのは――戦争。
視線、仕草、判断の中に潜む静かな闘い。
最も手強い敵は、
相手チームではなく、
同じユニフォームを着た“仲間”かもしれない。
エゴは、訓練では磨かれない。
スカウトでも獲得できない。
だが、チームを壊すには、それ一つで十分だ。
その刃の上で、
今、物語が始まる。
――試合開始のホイッスルが鳴った!
実況の声が笑顔と共に響き渡る。
クロイカゲが意志のこもったパスでボールを動かし始めた。
ボールはフィールドの端から端へと流れるように動き、相手チームはその動きを警戒して見つめている。
「またブロックを低く敷いて守ってくるチームか――」とジョセフは鋭い目で分析する。
「守備力そのものは並みだが…真に難しいのは、別のところにあるようだ。」
そして、ジョセフの視線はシンジロウへと移る。
「よっしゃ、行こうぜー!」
「前に出させるな!」
「自陣に閉じ込めろ!」
シンジロウが熱く叫び、仲間を鼓舞する。
「言葉だけじゃなく、そのプレーでも仲間を引っ張るリーダーだな…」
「これが日本の“黄金世代”か。まさに才能の塊だ。」
「だが――この数多の“エゴ”を、誰が束ねることができるのか…?」
ボールはすごいスピードでタツヤへと向かっていた。
その瞬間、彼の視線は全てのパスコースを一瞬で把握する。
――バシュッ!
相手ディフェンダーが寄せる前に、タツヤの足元から柔らかなタッチでボールが放たれる。
ブラックストロームの守備陣は止まろうとしたが、足を滑らせるばかり。
その背後――
ユウキが完璧にボールをトラップ。
「これはオレのチャンスだな」
彼は笑顔を浮かべながら、キーパーと一対一になる。
だがその瞬間――
ユウキの瞳が大きく見開かれる。
初めてだった。
どこにも、シュートコースが見つからない。
たった一歩。
シンジロウは、その一歩だけで全ての角度を消していたのだ。
「…試すしかないか、アレを。」
ユウキは果敢にゴールへ迫り、足を振りかぶる。
……だがそれは、ただのフェイントだった。
軽やかなモーションでシンジロウの体勢を崩す。
「もらった!」
――バシュッ!
だが次の瞬間、シュートは見えない壁に阻まれた。
シンジロウは一瞬で体勢を立て直し、
信じられない反応速度でセーブしてみせたのだ。
—
「ナイスセーブ!」
「なんというプレーだ、岩目シンジロウ!相手の先制を防いだ!」
「斉藤タツヤの正確無比なパス、田中ユウキの個人技、どちらも素晴らしかったが…」
「この守護神には、わずかな動揺すら見えなかった!」
「…ウソだろ…」と、タツヤは苦笑いしながら呟く。
ゆっくりと立ち上がるシンジロウ。
彼は相手陣を見渡し、自信に満ちた笑みを浮かべた。
その笑みが、全員のプライドを刺激した。
「これが、全国レベル――」
エミは汗をぬぐいながら、内心で呟く。
「…最高にゾクゾクする。」
—
クロイカゲはコーナーキックの準備に入る。
「マークを離すな!」と、シンジロウが怒鳴る。
「ボールは俺たちのものだ、誰にも渡すな!」
主審はエリア内の小競り合いに注意を払っていた。
――バシュッ!
ボールは空を舞い、全選手がその軌道を見つめる。
カイ、ユウジロウ、イェンがタイミングよく跳び上がる。
――ザシュッ!
だが、その誰よりも高く――
まるで矢のように――
シンジロウが飛び出し、ボールをキャッチ。
全員が唖然とする中、彼は上を一瞥するとすぐさま判断する。
――バシュッ!
ボールは信じられない速さと勢いでフィールドを横断する。
誰もがその軌道を固唾を飲んで見守った。
――カランッ!
クロイカゲのゴールポストに、強烈な衝撃音が響く。
ケントは目を見開いたまま、動けなかった。
「うわぁぁああああ!」
観客からは大きなどよめきと惜しむ声。
「…チクショウ…」と、シンジロウは悔しげに呟く。
味方も、敵も、全員が彼を見て、口を開けたままだった。
「な、なんてこった…ブラックストロームのスーパーアタック!」
「一切の油断も許さない展開!岩目が見せたこの一撃!」
「自陣からのロングシュート――あと少しで先制点だった!」
「クロイカゲは、これでもう彼を無視できない!」
「よっしゃああ!行くぞお前ら!」と、シンジロウが再び叫ぶ。
「次こそ決めるぞ、集中を切らすな!」
「…このサイコパス、本当に想像の上をいく…」
レオは内心そう呟きながら、ニヤリと笑った。
観客席の隅――
人目を避けるように座っていたのは、中村ケイスケだった。
その目は、試合の行方をじっと見つめている。
だが、すぐそばで白髪の少年が彼の視線を奪う。
「ここで君を見るとはね、翼。」
そのボサボサの髪を揺らしながら、少年が振り向く。
その空のような蒼い瞳の奥には、燃えるような闘志が宿っていた。
「中村ケイスケ。」
「今をときめく選手様がこんなところに? …他にやることでもあるんじゃない?」
「いや、今日は招集されてない。」
「へぇ…あのポンコツチームもずいぶん天狗になったもんだ。
そろそろ、その鼻をへし折ってやらないとな。」
翼は何も答えず、再び視線をグラウンドに戻した。
「俺たちは勝つ。――それだけだ。」
「ふん、疑いようはないな。」
「噂通り、真面目すぎるタイプか…」
ケイスケは苦笑しながら、そう思った。
「――魔術師の帰還が、そんなに気になるのか?」
「…全く。」
「嘘が下手だな。」
「“魔術師”なんてもういないさ。」
「トリックも魔法もない。
ただの人間になっただけだ。」
「魔術師は――もう、死んだ。」
その言葉に、ケイスケの表情がわずかに歪む。
だがすぐに、作り笑いでごまかした。
「…言うねぇ、このクソガキが。」
「潰すよ――全員まとめてな。」
「岩目シンジロウ、岩目ショウダ、五十嵐レオ、中村ケイスケ…」
「もう二人は俺の足元に沈んだ。
残りはお前たちだけだ。」
そう言って、横目でケイスケを睨みつける。
「このクソガキ……殺す……」
—
その緊張を切り裂くように、聞き覚えのある声が割って入る。
「これだけ自惚れたガキは、ソラ以来だな。」
にやりと笑いながら現れたのは――
「ラファエル・ダ・シルバ…!」
「ごめんね。つい会話が聞こえちゃってさ。」
肩をすくめるラファエル。
「でもさ、少し驚いたんだよ。」
「何がだ?」
「シンジロウ、レオ、ケイスケ――
おいおい、ガキ、忘れたのか?」
その瞬間、ラファエルの眼差しが氷のように冷たく鋭くなる。
「――あいつらが潰さないのは、優しさがあるからだ。
でも俺は、情なんてねえ。」
「お前なんか、容赦なく叩き潰すさ。」
緊張が一気に張り詰める。
両者の視線がぶつかり、火花が散る。
だが、その間にケイスケがラファエルの肩に手を置く。
「落ち着けよ、ラファエル。
天才のプライドってやつは、そう簡単に抑えられるもんじゃねぇ。」
「お前だって、ブラジルから来たばかりの頃は同じだっただろ?」
「……キャプテン。」
「だけど――翼、よく覚えとけよ。」
「レオってやつはな……」
「本気出せば、俺たち二人をまとめて蹴散らせる。」
「だから――あまり調子に乗らないことだ。」
そう言い残し、ケイスケとラファエルはその場を去っていく。
翼は再び、フィールドへと視線を戻した。
ドン! ドン! ドン!
クロイ・カゲの猛攻は止まらない。
次から次へと繰り出される波状攻撃。
カイのペナルティエリア外からの強烈なシュート。
イェンのヘディングはポストを直撃。
リョウの華麗なドリブル突破――だが、シュートはシンジロウの手中に。
エミの絶妙なクロスから、ユキの豪快なボレー。
・・・
だが――
いずれもゴールにはならなかった。
シンジロウが全てを止めた。
指先、キャッチ、さらには足までも使って。
可能なボールだけでなく、不可能なボールにまで手が届く――それが彼の守護力。
―――
一方、反撃のチャンスも生まれていた。
だが、ケントのビッグセーブの連続が、クロイ・カゲの命綱となる。
「これはすごい試合になっています!」
「止まらない攻防の応酬、まさに死闘!」
「どちらも一歩も引かない、勝利を狙い続ける姿勢だ!」
主審が時計に視線を落とす。
そして、規定の時間を確認し、笛を吹いた――
ピッ! ピッ! ピーーーーーーッ!
「――前半終了、終了です!」
「最初の45分間が終わりを迎えました。」
「両チームが全力で攻め合う壮絶な展開でしたが、ゴールネットは揺れなかった!」
「間違いなく、この試合の主役は両守護神でしょう!」
「たった一つのミスが、勝敗を分ける――そんな空気が漂っています!」
「果たして、後半で“魔術師”は姿を現すのか!?」
「どちらかが均衡を破ることができるのか!?」
「――すぐに明らかになります! どうぞお見逃しなく!」
—
前半終了スコア
ブラック・ストロム 0 ― 0 クロイ・カゲ




