第22章: 空の重み
勝利――
それは誰もが渇望する甘美な言葉。
だが時に、最も手強い敵にもなり得る。
歓喜の声がロッカールームに響くとき、
人は歩むべき道の厳しさを忘れてしまう。
だが、サッカーも人生も、
油断した者には容赦しない。
一歩前に進んだだけで、
頂点に立ったと錯覚してはならない。
真の戦士は、勝利に酔うことはない。
なぜなら彼らは知っている。
本当に困難なのは――
頂点に「立ち続ける」ことだと。
そして、空が手に届きそうになったときこそ、
それは最も重く、肩にのしかかる。
勝利の歓声がロッカールーム中に響き渡った。
選手たちは歓喜のあまり飛び跳ね、水をかけ合っていた。
だが、その喜びは、乾いたゆっくりとした拍手に遮られた。
パチン。パチン。パチン。
全員がその音の主に視線を向けた。
「やるじゃないか、やるじゃないか…」と、ジョセップが皮肉っぽく呟いた。
「なんだよ、オッサン?」とカイが少し苛立ちながら言う。「勝って喜んじゃいけないのか?」
「いや、そういうわけじゃない。」
「じゃあ、その顔は何なんだよ?」
「ただな…これで終わりじゃないってことを思い出してもらいたくてな。」
「それは分かってるよ、あと二試合あるし」とユウジロウが返した。
「その通りだ。だが、どちらかでしくじれば、それで終わりだ。」
その言葉に、全員が緊張し、ジョセップを見つめた。
「ブラックストーム。これまでの試合で、1点以上取られたことは一度もない。」
「しかも、その1点を決めたのは鈴木ツバサだ」と続けた。
「それに、岩目シンジロウもいる」とレオが付け加えた。
「そうだな。日本で一番のキーパー。ユース代表の常連だ。」
「そして、もう一つの相手は東京アカデミー。」
「これまで一度も負けていない。」
「エースのツバサは、与えられたチャンスを決して逃さない。好きにやらせれば、俺たちは終わりだ」ジョセップは歯を食いしばりながら言った。
「…で、どうする?」
「“良い試合だった”って満足するか? それとも、誰よりもあの出場枠を勝ち取りたいって証明しに行くか?」
言葉ではなく、全員の視線がその答えを示していた。消えることのない、熱い炎のようなまなざし。
その瞬間、ジョセップは微笑み、力強く叫んだ。
「さあ、行くぞ!」
全員が一斉に雄叫びを上げた。
目指すはただ一つ――全国大会。
週末は、まばたきする間に過ぎ去った。
そして、またいつもの日々が戻ってきた。
…
「行けーっ!止まるなーっ!」ジョセップの声がグラウンドに響き渡る。
ドン!
カイがペナルティエリア外から強烈なシュートを放つが、ボールはクロスバーを叩いた。
「クソッ!」
「それが限界か!?その程度じゃ点なんて取れねぇぞ!」
レオがエミにパスを出し、エミはすぐにリターン。レオは迷わずシュートを放った。
そのシュートは外れそうな軌道を描いていた。
「外れる…」
だが次の瞬間、信じられない曲線を描いてボールはゴールの左上角に吸い込まれた。
ケントは動けず、レオは天才のような落ち着いた笑みを浮かべた。
「止まるな!どんどん決めろ!」
次はタツヤの番だった。彼も負けてはいなかった。
優雅にボールを蹴り、今度はゴール右下へ突き刺した。
「レオ、お前だけがマジシャンじゃねぇぞ!」と、誇らしげに笑う。
その後も、選手たちはシュートを打ち続けた。
なぜなら、彼らの前に立ちはだかるのは、まるで“鉄壁”のようなキーパーだからだ――
一方、ブラックストームのグラウンドでは…
止まることのないシュートの雨。
しかし、そのどれもがゴールネットを揺らすことはなかった。
「これでも喰らえ!」
強烈かつ鋭角なシュートが放たれる。
だが――まるで猫のような反射で、キーパーはギリギリの指先でそれを弾き出した。
「うわ~、惜しかったな~!」と、頭を抱える声。
「次は決めてくれよな~」と、シンジロウは朗らかに笑った。
「イワメ、ちょっとは仲間に点取らせてやれよ」と、コーチが笑いながら言う。
「了解でーす!」と返すシンジロウ。
だが――どれだけシュートを重ねても、ネットが揺れることはなかった。
…
夕日が沈み、練習は終了を迎える。
「じゃあな、キャプテン!」と、ブラックストームの選手たちは明るく声をかける。
「バイバーイ」と、シンジロウは満面の笑みで返す。
「お前、結構慕われてるな、シンジロウ」と、低く響く声。
「お前ほどじゃないさ、ケイスケ」と、傲慢さを帯びた笑みで返す。
二人の視線がぶつかる。その目には、過去の因縁が滲んでいた。
カフェテーブルには笑い声が溢れていた。
ケイスケとシンジロウはコーヒーを片手に、過去の話で盛り上がっていた。
「予選、調子良さそうだな」とケイスケが言う。
「お前の友達、レオほどじゃないけどな」と、シンジロウが笑う。「この前の試合で復帰したって聞いたぞ?」
「噂では、彼がピッチに入った瞬間、試合は“虐殺”になったとか…」
「らしいな…いかにも彼らしい。“主人公気取り”が好きだからな。」
…
「で?今日俺をカフェに呼んだ理由は?」
「ただの思い出話ってわけじゃないんだろ?」
「はは…鋭い奴は嫌いだぜ」とケイスケが呟く。
「じゃあ、何の用だ?」
「俺のオファー、もう考えたか?」
「やっぱりそれか…」
「信じてくれ、これはお前のためなんだ。お前のチーム、確かに頑張ってるが…全国は無理だ。」
「お前のチームは、お前一人で成り立ってるようなもんだ。」
その言葉にシンジロウの表情が一瞬変わる。しかし落ち着いたまま、こう返す。
「俺は、強いチームでプレーしたいとは思ってない。」
「は?」
「俺がしたいのは、強いやつらと戦うことだ。」
「得点できずに悔しがる顔を見るのが、何より楽しいんだよね〜。」
「まるで、あいつみたいだな…」と、ケイスケはどこか遠くを見ながら呟く。
…
「でもな、どんなに“強者”と戦いたくても、全国に行けなきゃ、それはただの夢で終わる。」
「それに…全国では日本代表も選ばれる。」
「…誰が全国に行けないって言った?」
「…は?」
「仮登録の特例ルール、忘れたのか?」
「そういうことか…」
「俺は、あの舞台に絶対に立つ。誰が相手でもな。」
「だが、お前とも、今のチームともやらない。」
「俺は探す。お前を叩き潰せるチームを。」
挑発的な眼差しでそう言い放った。
ケイスケはその言葉に、大きく口元を緩めて立ち上がった。
「その背番号が、お前にとって重荷にならないといいな。“聖者”よ。」
二人の視線が再び交錯する。
言葉ではない、火花のような“戦いの始まり”だった。
数日後――
太陽は真上に昇り、肌を刺すような暑さだった。
グラウンドは小さいながらも、スタンドは超満員。
学生たちの歓声が鳴り止まず、この一戦に大きな期待が寄せられていた。
カメラマン、報道陣も集まり、視線はすべてピッチに注がれている。
「暑すぎだろ〜」と、ベンチでレオが汗を拭いながらぼやいた。
その頃、ピッチ上ではユウジロウとシンジロウが握手を交わしていた。
シンジロウはベンチを一瞥し、こう言った。
「今日は、お前らの“スター”は来てないみたいだな。」
「ウチの“魔法使い”を無駄にするわけにはいかないんでね」ユウジロウは挑発的な目で返す。「だが、他の奴らは万全だ。心配はいらない。」
「それなら、せいぜい楽しませてくれよ。」
「さあ、皆さん! 本日も予選トーナメントの注目カードにお越しいただき、ありがとうございます!」
「今日はなんと、日本ユース代表でもある2人の選手が出場しています!」
「まず一人目は――イガラシ・レオ。言わずと知れた天才であり、クロイカゲの司令塔!」
「そしてもう一人――イワメ・シンジロウ。“鉄壁の守護神”と呼ばれ、ゴールマウスを支配する男!」
「両チームとも、全国大会への夢を繋ぐために、どうしても勝ち点3が欲しい!」
「しかし、勝者はただ一つ――いったいどちらが栄光を手にするのか?!」
「それでは、まもなくキックオフです!!」
ピィィィィーーーッ!
審判のホイッスルが響き、運命の一戦が幕を開けた――。




