第18章:黒衣影は諦めない
諦めることは、時に正しいように思える。
すべてが痛み、呼吸すら重く、
身体が限界を訴えるときにはなおさら。
それでも、諦め方を知らない者がいる。
それは強さからではない。
ただ、もう――
あまりにも多くを失ってきたからだ。
彼らは数字のために戦っていない。
トロフィーのためでもない。
もっと尊い何かのために、
信じてくれた人たちのために。
倒れていった仲間のために。
夢見ることの痛みすら知りながら、
それでも諦めなかった少年のために。
もし運命が書かれているなら――
そのページを、破るまでだ。
たとえ一人になっても。
一つの火が残っている限り。
黒い影は、決して諦めない。
あの謝罪の仕草に、選手たちは目を丸くした。
誰もが、あの天才が頭を下げる姿を信じられなかった。
――レオ、それってどういう意味だ?君のせいって?
優次郎が困惑した表情で問いかける。
――まさか、あの三流コーチをかばうつもりじゃないだろうな。
カイが鋭い視線をジョゼップに向けて言い放つ。
ジョゼップは、皮肉な笑みを浮かべるだけだった。
――違う。
レオは仲間をしっかりと見つめながら答える。
――彼が気づかせてくれたんだ。僕はまだ未熟で、たくさんの過ちを犯しているって。
――認めたくないけど、彼がいなければ、誰かが壊れていたかもしれない。
その言葉に、全員が目を見開く。
――何のことだよ、レオ?
達也が戸惑いと不安を交えて尋ねた。
……
――今日まで、俺たちは一日も休まずに練習してきた――
レオが拳を握りしめながら言葉を続けた。
――でも、俺はみんなの体調や休息のことを考えたことがなかった。
――だからこそ、プレーが鈍くなって、連携もうまくいかなくなった。
――もちろん、ジョゼップのやり方にも問題はある。でも、その根本は俺の責任だ。
――荒療治だったけど、この一週間、練習を休めたのはむしろよかった。
――みんなの体は限界に達していた。ジョゼップが動かなければ、近いうちに誰かが壊れてた――俺のせいで。
……
その場に静寂が訪れた。
選手たちは顔を見合わせ、本当にレオがそんなことを言ったのかと疑った。
だが、その中から一人、静かに言葉を発した。
――意図的だったかはどうでもいい。ありがとう、監督。
優次郎が一礼をしながらそう言った。
それを見て、全員が驚いた。
あの優次郎がジョゼップに敬意を示すのは、これが初めてだった。
――でも、それはもう過去の話だ。
カイが力強く続ける。
――俺たちの動きはまだぎこちない。だが、慣れるしかない。
その瞬間、誰もが沈黙する中で響いた、低く荒々しい声が空気を切り裂いた。
――フォーメーションを完全に変える。
ジョゼップが傲慢な笑みを浮かべて叫ぶ。
全員の視線が彼に集まった。
その笑みが、初めて味方のように見えた。
――お前らはまだまだクソみたいなチームだ。
――だがな、俺がこの世で一番嫌いなことは、「負けること」だ。
――だから……地獄に行く覚悟はできてるか?
――――――――――――――――――――――――――
――さあ、後半戦が始まります!希望の嵐と黒い影の一戦、再びキックオフ!
――ハーフタイムの15分を経て、黒い影が大胆なフォーメーション変更!3-5-1で勝負に出ます!
――果たしてこの決断がどう影響するのか――注目です!
……
黒い影の選手たちの目が鋭く光り始める。
一方で、希望の嵐の選手たちはその様子を不思議そうに見つめる。
笛の音が鳴り、後半戦が開始。希望の嵐がボールを後ろへ戻す――その瞬間!
優次郎とアキラが一気に健太へ詰め寄り、圧倒的なプレッシャーをかける!
――何を企んでやがる……?
健太が苛立った様子でつぶやく。
――悪いけど、この45分、お前には自由を与えない。
優次郎が静かに、だが鋭く言い放つ。
――バカどもが……そんなことすれば、他のやつらにスペースができるだけだ。
――それで、お前らは終わりだ。
――ご心配なく。それも計算のうちだ。
アキラが不敵な笑みを浮かべながら返す。
――数分前、ロッカールームにて。
――健太にダブルマークをつけるだと!?
センターバックの二人が声を上げる。
――ああ、その通りだ。
ジョゼップが落ち着いた口調で頷く。
――それって、自殺行為だろ――
優次郎が反論する。
――こっちは一人少ないんだぞ?健太に二人つければ、他の奴らがフリーになるに決まってる。
――しかもあのキャプテンも厄介だ――
明が付け加える。
――スペースを与えれば、そいつにもやられるぞ。
――そうだな。あの背番号33は確かに速いし、フィジカルも強い。
――だが、それだけだ。
ジョゼップが冷静に言い切る。
――あいつにはセンスがない。試合の流れから簡単に消せるタイプだ。
――エミ、お前は実際に彼と対峙しただろう?
――普通の選手なら多少の悔しさは見せるもんだが、あいつは違う。お前にボールを奪われてからというもの、復讐心に駆られて無謀なプレーばかりしてる。
――今のあいつは視野が狭くなってる。だからこそ、エミ――あの巨体はお前に任せた。
――は、はいっ!
――他の選手たちは問題ない。お前たち以下だ。
――トラブルは起こすかもしれないが、健太とレンを抑えればゴールは生まれない。
選手たちは互いに目を見合わせ、その目に少しずつ確信が戻っていく。
……
――お前たちがちゃんと役割を果たせば、この試合は俺たちのものになる。
――それに、カイとイェンが4点を取れれば勝てる。お前たちにはその力があるか?
――あります!
カイとイェンが同時に答えた。
――よし……じゃあ、これからの45分間、俺を楽しませろよ、クズども。
ジョゼップが不敵に笑いながら言い放った。
……
その回想が薄れていく中、スタジアムに観客の歓声が響き渡る。
後半戦が、ついに始まった――。
――――――――――――――――――――――――――
すでにボールが動き始めたフィールドでは、作戦が着実に動き出していた。
センターバックの二人が健太をマークし続ける中、エミはレンから一瞬たりとも目を離さない。
希望の嵐のボール回しは左右に揺れ動くが、他の選手たちは明確な突破口を見出せない。
この瞬間、ピッチの天才たちは「今はまだ動く時ではない」と理解していた。
……
――本当にウザいな、16番――
レンが苛立ちながらフェイントをかける。
――まさか、俺に勝てるとでも思ってんのか?
エミは何も答えず、鋭い視線をレンに向け続ける。
――その目がムカつくんだよ。
だが、その瞬間レンの目が輝く。
センターバックとエミの間に生まれた小さなスペースを見つけ、電光石火のように飛び出した。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみろよ!」
希望の嵐のCBから完璧なスルーパスが放たれ、レンの前方へとボールが走る――
だが、その瞬間、エミの口元に笑みが浮かんだ。
まるで獲物を仕留めた狩人のように。
「その笑顔……何なんだ?」
ボールはレンの足元にぴたりと収まり、そのままゴールへ突進――
……と思いきや、笛の音がフィールドに響き渡る。
「なっ……?」
――なんというチャンスロス!希望の嵐、まさかのミス!
――主審の判定はオフサイド!キャプテンのレンがポジションを誤ったようです!
「ありえない……」
レンは呆然としながら、再びエミを睨みつけるが、エミは彼を一瞥すらしない。
……
その様子をベンチから見ていたジョゼップは、ニヤリと口元を歪めた。
――さあ、楽しい時間の始まりだ。




