第16章: 世界に対しても、あなたに対しても
戦いは、いつも表に現れるとは限らない。
スタジアムでも、グラウンドでもない。
胸の奥、静かに燃える場所で始まる。
ときに、最も困難なのは――
世界を相手にすることではなく、
自分自身と向き合うことだ。
自分を信じられないと、
どんな一歩も、まるで宇宙を背負っているように重くなる。
それでも、人は進む。
勝つことだけがすべてじゃない。
信じること。
耐えること。
消えかけた心に、もう一度火を灯すこと。
味方がいないと感じる時もある。
誰にも理解されず、力も残っていない時もある。
それでも――
信念さえ燃え続けていれば、
人は決して一人じゃない。
夢を見るとは、
ときに世界を敵に回すこと。
そして、時には自分自身をも。
窓を叩く静かな雨。
空は灰色に染まり、教室の中にもどこか重たい空気が流れていた。
机に書類を広げたまま、ジョセップはそれを見つめていた。
その視線の先に、レオが鋭く立っている。
「……で? お前が欲しいのは何だ、“しょぼいキャプテン”?」
「……あの日、俺は迷った。ほんの一瞬だったけど、迷った。
お前が“答え”かもしれないって思ったから、仲間を侮辱されても黙ってた。」
「事実しか言ってないさ。お前の仲間たちはレベルが低い。
敗北者の集まりだ。……お前も含めてな、“マジシャン”。」
「それは分かってる。
今の俺じゃ、チームの戦力にならないことも。」
「……だけど、あいつらをもう二度と侮辱させない。」
「お前には分からないかもしれないけど、
あいつらは本気で努力してる。毎日、血のにじむような練習をしてるんだ。」
「それでも、まだ“価値がない”って言うのか?」
「……あぁ。
全国を狙うには程遠い。
何が必要か──お前なら一番分かってるだろう。」
「……だったら、なぜだ? なぜ、お前は
他の強豪校のオファーを全部蹴った?」
ジョセップは机から数枚の資料を取り出し、静かに広げる。
「お前は誰よりもサッカーを愛してる。
仲間よりも、自分自身よりも。
そのストイックさで、ナカムラ・ケイスケを超えたはずの男だ。」
レオは何も言わない。ただ、拳を握りしめて、うつむいていた。
「逃げたんだろ?
怪我してても、この学校なら“お前が一番”でいられる。
そう思って、ここに来たんだろ?」
「……違う。」
「違わねぇよ。
お前はただの臆病者だ。
“仲間”なんて、どうせ踏み台にするだけだ。」
「──違うって言ってんだろッ!!」
レオが叫んだその瞬間、教室の空気が変わった。
「……俺は、“世界一”って言われてる奴らに挑みたかった。
誰もが無理だって言う道を、選びたかったんだ。」
「でも……常に“最強”の仲間に囲まれてた俺には、
本当に“自分自身”の価値なんてあったのか?って……
ずっと思ってた。」
ジョセップは黙ってレオを見つめる。
そして、レオの本音が静かに溢れていく。
「俺の人生は、ずっと“誰か”の期待通りに動いてた。
エリートであることが当たり前だった。
でも……それじゃ駄目だった。」
「──俺は、自分の価値を、自分で証明したかった。」
「世界に見せつけてやりたかったんだ。
“俺は、トップに立てる存在なんだ”って。」
レオの手は震えていた。
それでも、その瞳は燃えていた。
「……別の道を選べば、もっと楽だったかもしれない。
でも、そんなの関係ねぇよ。」
「“楽”じゃねえんだよ、俺の人生は……
──革命のために生まれたんだ。
世界一になるために、生まれたんだ。」
「こんなチームを頂点に導けるのは、
“本物の天才”だけだ。」
「……そして、それが俺だ。」
「でも、もう一人じゃない。
信じられる仲間がいる。」
「“このチームに全国の舞台はふさわしくない”って、世界が言うなら──
俺が世界を黙らせてやる。」
「お前が反対しても関係ない。
この学校が敵になっても構わない。」
「──俺はこのチームを頂点に連れて行く。
たとえお前が嫌がってもな、“クソジジイ”!」
……
ジョセップは一瞬沈黙し──突然、笑い出す。
「……ははっ、面白ぇな。さすが“クソマジシャン”だ。」
「面白い……?」
「俺がここに来たのは、ただ給料がよかったからだ。
全国?どうでもよかった。」
「最初は、バカばっかりのチームを壊してやろうって思ってたよ。
練習も省けるしな。」
「……ふざけんな!!」
「でもな……意外だった。」
「このチーム、
お前を信じてるんだな。“キャプテン”としてよ。」
「……どういう意味だ?」
「お前と揉めたあの日、最初に俺のところに来たのは──」
「アマリとアキラだった。」
「え……あいつらが……?」
「“何が足りないんですか?”って聞きに来た。
“全国に行けるようになるには何をすべきか”ってな。」
「“何百倍も努力するから、レオを全国に連れて行きたい”ってさ。」
「……あいつら……」
「お前、“キャプテン”として少しは成長したようだな。」
「だが──まだまだだ。」
「俺を失望させるなよ、レオ。」
「期待してるぜ、“キャプテン”。」
ジョセップは不気味な笑みを浮かべたまま席に戻る。
レオは静かに睨み返す。
「──絶対、お前を黙らせてやる。ジジイ。」
二人の視線がぶつかり合う。
この先に待つのは、険しい道だ。
だが、きっと……面白い旅になる。
時は流れ、夕方になった。
再び、部室に11人の選手が集まった。
だがその空間には、未だに迷いと“空白”が漂っていた。
汗と芝生の匂いが混じるその場所に、
彼らのパズルはまだ──完成していなかった。
ジョセップは静かに目を走らせながら、
一人ひとりの顔を確認する。
「……まさか、11人揃うとはな」
(意外だな、とジョセップは心の中で呟く)
「まあ、11人いれば最低限にはなる。上等だ。」
レオが一歩前に出る。
「──じゃあ、始めようか。」
「既にディレクターから伝えられた通り、
これからジョセップさんが、僕たちの新しい監督になります。」
その言葉に、部室の空気が微かにざわめく。
「正直……みんなの中には納得いってない人もいると思う。
それは……僕も同じだ。」
「でも、今の俺たちに出来ることは限られてる。
今ある力で、これからも闘っていくしかないんだ。」
レオは深く頭を下げた。
「──だから……お願いだ。俺に力を貸してくれ。」
……
「バカか、お前は」
ユウジロウが笑いながら叫ぶ。
「信じてなきゃ、誰もここに来てねぇよ!
全力でやるに決まってんだろ!」
他の部員たちも黙って頷いた。
レオの目に、一瞬だけ光が戻る。
「……みんな、ありがとう。」
「──さて、感傷はその辺で終わりだ」
ジョセップが声を張る。
「“しょぼいキャプテン”にも言ったが、
これから待ってるのは地獄だ。
想像してるより、遥かに酷いぞ。」
その一言で、部室の空気が凍りつく。
ごくり、と唾を飲む音が聞こえる。
拳を握りしめる者、歯を食いしばる者、
そして……目に炎を灯す者。
「見ての通り、5人の仲間が船から飛び降りた。
つまり、次の試合は──10人で戦うことになる。」
「……は?」
「う、うそだろ……」
ユウジロウが呟く。
「これは冗談だよな……?」
「……フットボールは、ルール上7人いれば成立するスポーツだ。
10人もいれば、ありがたいと思え。」
「それに、キャプテンのレオはまだ完全じゃない。
今フィールドに出すのは、ただの愚行だ。」
「──でも、次の相手は、今大会の得点王がいるチームだぞ!」
ユウジロウが声を上げる。
「守っても……時間の問題で、体が限界を迎える。」
ジョセップは鋭く笑う。
「“全国に行きたい”って言ったのはお前らだろ?」
その言葉が、選手たちの“プライド”に深く突き刺さる。
誰も……反論できなかった。
「全国では、こういう想定外の状況も起きる。
普通じゃなくても、対応できなきゃ話にならん。」
「上に行きたいなら、何度でも乗り越えてみせろ。」
「──さあ、決めろ。お前たちはどうする?」
……
「やるぞ!!」
全員が一斉に叫んだ。
ジョセップはニヤリと笑う。
「フフ……楽しませてくれよ、“黒い影”」
こうして、
経験の浅い選手たちと、型破りな監督の
意地と誇りをかけた“戦争”が始まった。
ただ一つの疑問を残して──
──最初に崩れるのは、誰だ?
夕日がゆっくりと沈み、
東京の街に灯りがともり始める中、
エミと仲間たちは苛立った様子で歩いていた。
「クソっ、あのクソジジイ……マジでムカつく!」
リョウが怒りを爆発させる。
「練習させねぇって言ったかと思えば、今度は10人で試合だと!?
ふざけてんのかよ、クソが!」
「まぁまぁ、落ち着けリョウ。あの人なりに考えがあるかもよ」
エミがなだめるように声をかける。
「正直、ちょっとイカれてると思うけどね」
ユキが肩をすくめて言った。
「……やっぱり、そう思う?」
イェンが静かに尋ねる。
「うん。だってさ、実績はあるにはあるけど、クセが強すぎるよ」
ユキが続ける。
「どういう意味だ?」
エミが興味を示す。
「関わったチーム、全部すぐ解散してるって話だよ。
選手と揉めたり、学校側とトラブル起こしたりで……」
「三校以上クビになったって聞いたし、
一校では選手がストライキしたこともあるらしいよ」
「そりゃ、あの態度じゃ誰だってキレるわな」
リョウが吐き捨てるように言う。
すると、イェンがぼそっと言った。
「──俺は嫌いじゃないよ」
「え?」
三人が揃って驚く。
「うん。確かに厳しいけど……言ってることは的確だし、
自分の弱点を見抜くのもうまい」
「そう言えば俺も言われたな……
ドリブルのパターンが少ないから、
簡単に読まれるって。もっと技増やせってよ」
リョウが思い出したように呟く。
「中学サッカーであのスタイルじゃ、そりゃ嫌われるわ」
エミが頷く。
「みんな青春を楽しみたいんだ。楽しい夏の思い出を守りたいだけだよ。
でも、だからこそ“ああいう大人”は敵に見えるんだ。」
……
エミの顔に、ふっと笑みが浮かぶ。
そして──心の奥底で、
何かが燃え始める。
「でも──俺たちは違う」
「楽しい夏の思い出なんて、どうでもいい」
「俺たちは──勝ちたいんだ」
「だから、食らうしかない」
「俺たちの監督を、俺たちが喰らう!」
その言葉に、仲間たちは無言で微笑んだ。
──今こそ、自分たちの力を証明する時だ。
☀️ 決戦の朝
太陽が空高く昇り、
観客が入場し、カメラがスタンバイを始める。
Kuroi Kage の選手たちは
プレゼンテーションユニフォームのまま、ピッチに立つ。
「……でけぇな、ここ」
エミが圧倒されたように呟く。
「当然だ。ここは東京でも優勝候補のホームだからな」
レオが答える。
「勝てると思うか?」
「さあな。でも、お前たちは全力を出すだろ。
それだけで十分だ。心配するな。」
「……待ってるからな、キャプテン」
「──ああ。」
……
ロッカールームでは、それぞれが準備を進めていた。
祈る者、音楽を聴く者、静かに会話する者……
そんな中、ドアが開き、ジョセップが無言で入ってくる。
「……さて、監督。作戦は?」
ユウジロウが尋ねる。
「──作戦などない」
ジョセップは平然と答えた。
「……は?」
選手たちが顔を見合わせる。
「なんだそれ……どういう意味だよ?」
ユウジロウが語気を強める。
「俺は“手伝う”なんて、一言も言ってない。
俺は監督だ。それだけだ。ベンチに座ってるだけさ。」
「……ふざけんなよ、本気か!?」
「本気だ。
フィールドで問題を解決できるのは、俺じゃない──
お前たち自身だ。」
「だから……頑張れよ?」
ジョセップは皮肉な笑みを浮かべ、
ロッカールームを後にした。
残された選手たちに、不安の空気が広がる。
頭が真っ白になる者もいた。
だが、その静寂を破る一言が響く。
「──心配すんなよ」
レオが静かに笑う。
「心配するなって!?
今の話聞いてなかったのかよ!?
人数足りねぇ上に作戦もねぇんだぞ!?」
タツヤが声を荒げる。
「──でも、俺たちはもう慣れてるだろ?」
「最初は監督すらいなかった。
福民先生が入ってくれて、そこから毎日努力した。」
「でも……試合で結果を出してきたのは──
お前たち自身だ。」
「誰よりも練習してきた。
この時のために。
だから──隠れずに、堂々と戦おう」
「俺たちは──勝つ!」
その言葉が、仲間たちの心に火を灯す。
全員が手を中央に重ね、声を合わせる。
「勝つぞ!!」
勝てるかどうかは分からない。
けれど──この瞬間だけは確かだった。
彼らは“勝利”以上の何かを信じていた。




