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第14章: 天才

ある者は生まれながらに光を持ち、

ある者は努力によって光を作り出す。

そして――ただ燃え尽きる者もいる。


彼らは拍手も、理解も求めない。

ただ支配する。

他人がまだ駒の動かし方を学んでいる間に、

彼らは試合をチェスのように見ている。


だが天才であることは祝福ではない。

それは重荷だ。


高みに立てば立つほど、孤独は深まり、

見えてしまえばしまうほど、無視できなくなる。


この世界で、一歩先を行く者を理解できる人間は多くない。

ある者は敬い、ある者は憎み、そして多くは――恐れる。


だが、天才にも必要なものがある。

真正面から見つめてくれる存在。

ついていくためではなく――

「まだ人間である」と思い出させてくれるために。

ギラギラと照りつける太陽が、大地を照らしていた。


グラウンドには、黒いクロイカゲの選手たちの足音が響いている。

彼らは皆、真剣な眼差しで走り、呼吸は荒く、顔には汗が滴り続けていた。


そんな中、ただ一人離れた場所に立っている者がいた。

“フィールドの魔術師”、五十嵐レオ。


彼は沈黙のまま、仲間の一挙手一投足を見つめていた。


(特別なやつなんて、ここには一人もいない。

確かに、フィジカルに優れてる選手はいるが──

筋肉だけじゃ、全国には行けねぇ。むしろ足枷になる。)


彼は目を細めながら、冷静にそう分析していた。



その頃──

フィールドの端では、数人の上級生たちが苛立ちを隠しきれずにいた。


「ったく……あのガキ。入部してからってもん、ずーっと座って眺めてるだけじゃねぇか。あのバカ面でよ。」

キャプテン・神楽坂エイコが眉をひそめてぼやく。


「まあまあ、キャプテン。」

戸部トベ(三年)は肩をすくめて言った。

「なにせ、うちの“エース”をボコボコにした天才様だぜ? たぶん、俺らのレベルにガッカリしてんだろ。」


「……黙れ。」


「でもさ、不思議だと思わない?」


「何がだ。」


「こんなレベルの高校に、あんな天才が来るか?

マジなら、全国クラスの強豪にスカウトされててもおかしくないだろ。」


「さあな。──ま、あの態度見てりゃ、どこにも受け入れられなかったのも納得だがな。」


「だな、だな。」


そのやりとりを横から見ていたユウジロウは、無言でレオをじっと見つめていた。



練習が一区切りし、選手たちは水分補給のための小休憩に入った。


ユウジロウは、ベンチでノートを開いているレオに近づき、真正面から問いかける。


「なあ、天才。そんなに差があるのか、俺たちと。」


「あるよ。──話にならないくらい。」


ふたりの視線がぶつかる。

しかし、そこに敵意はなく、どこか自然な静けさがあった。


「……ひとつ聞いてもいいか。」


「何だよ。」


「どうしてここに来た? 色々噂は聞いてるけど、やっぱ本人の口から聞くのが一番だろ。」


「さあな。どれか一つは本当かもよ。お前のちっぽけな脳で悩んでも答えは出ねえって。」


「……やっぱ天才ってのはバカばっかりだな。」


「そうだよ。」


「……気に入った。」


「は?」


「お前みたいな天才を、俺がどう手懐けるか……楽しみだ。」


「ドMかよ。」


「さあな。」


ふたりは、ふっと笑い合った。


ユウジロウは水のボトルを放って寄越す。


「水分補給はちゃんとしとけよ、天才。

お前の“魔法”が必要になるんだからよ。頭、燃やすなよ。」


レオは皮肉気に笑って、ぼそりと呟いた。


「クソ野郎……」



──日が昇り、また沈む。

それが何度も繰り返される中、黒い影の選手たちは、容赦ない夏の灼熱の下で汗を流し続けていた。


……ただ一人、“魔術師”だけは、沈黙を守ったまま。


「……もう無理。死ぬ。」

トベが地面に寝転がってバテる。


「このクソガキのせいで、走ってばっかだ……」

エイコも息を切らしながらレオを睨む。


「なあ、あいつだけずーっと座ってるよな。」

トベが身体を伸ばしながら呟いた。



夕焼けが空を染め始める頃、選手たちは次々と帰路につく。


ユウジロウは自分の荷物をまとめながら、ふと視線を向けた。


そこには──一人ノートに何かを書き続けるレオの姿。


「なあ、天才。何書いてんだ?」


「お前の筋肉じゃ理解できないことだよ、“ムキムキくん”。」


(……あいつ、俺にあだ名つけやがったな?)

ユウジロウは苦笑いしながら、少しムッとする。


「それで、“天才さん”に聞きたいんだがな。」


「なんだよ。」


「──まだ、演技続けるつもりか?」


「演技? 何の話だ。」


「……いつも一番最後まで残って、全員の動き、クセ、課題……全部分析してんの、バレバレなんだけど。」


「練習も、それぞれの能力に合わせて微調整してる。

けどお前、誰にもそれを言わない。

むしろ“嫌われ役”を自分で買ってる。なぜだよ。」


レオはその言葉に、わずかに笑みを浮かべた。


「“悪役”ってのは楽しいもんさ。

影から全てを操るのって、たまらなく快感だ。」


「……でもな、いつか天才様が命令しようとした時、

他のやつらのプライドが邪魔して、従わねえかもしれないぜ?」


「関係ないね。

俺は全員の実力を把握してる。思い通りに動かす自信がある。」


「……それじゃ、チームじゃねぇだろ。」


「どうでもいい。

俺の目的は“世界の頂点”だ。

誰を踏み台にしても、辿り着いてやるよ。」


ユウジロウはその言葉に少し失望しながら、荷物を持ち上げた。


「……アイザック・ニュートンもな、

重力の法則を作るには“誰かの助け”が必要だったらしいぞ。天才。」


「は? なんだその例え……?」


レオはポカンとしながら、ユウジロウの後ろ姿を見送った。



(……こいつら。なんか、ほんと面倒くせぇ。)


だがその顔は、なぜか少し嬉しそうだった。


————————


──日々は容赦なく過ぎていく。

その日は、雨だった。


グラウンドには、雨粒が無数に降り注いでいた。


選手たちの足音は、水を弾き、泥を蹴り上げる。

息は荒く、視界は悪く──ユニフォームは泥で染まっていく。


激しいボールの奪い合い。

誰かが倒れ、泥まみれのまま立ち上がる。

誰かが滑り、顔にも泥が飛び散る。


黒い影の監督──桂兵助カツラ・ヒョウスケは、苛立ちを隠せなかった。


(動かねえ……)


試合は完全に膠着状態。

両チームとも決定打を欠き、均衡を崩せずにいた。


桂はベンチを振り返る。

すでにほとんどの交代枠を使い切っていた。


残っているのは──たった一人。


天才と呼ばれながら、問題児扱いされる男。

その名は──五十嵐レオ、16歳、1年生。


異名は「魔術師」。



「──五十嵐。アップしろ。五分後に入れるぞ。」


「はい。」


「おおっと! これは驚きの展開です!」

実況席のアナウンサーが声を弾ませる。


「黒い影のベンチに動きがありました。

今、ウォーミングアップをしているのは──あの“天才”、日本ユース代表でも話題になった選手です!」


「14歳でU-17に出場し、“魔術師”の異名を持つ天才レフティ。

五十嵐レオが、ついに動き出します!」



タッチラインに立つレオの背中には、18番の文字が光る。


交代選手と手を叩いて交代し、

ついに“魔術師”がピッチに現れる。


──その瞬間、観客席にざわめきが走る。


「……たぶん、あのときの俺たちは、

何を“見る”ことになるか、まだ分かってなかった。」


ユウジロウは、あのときを振り返りながらそう思っていた。



彼の15分は、まさに“異常”だった。


ピッチ上のすべてのプレーが、レオを中心に回り始めた。


タッチ数は最小、パスは完璧。

トラップ、フェイント、ドリブル、ターン──

すべてが研ぎ澄まされ、精密機械のようだった。


彼のパスは味方さえも混乱させるほど鋭く、意図が読めない。

それほどまでに、彼の“視野”は常人を超えていた。


試合終了。

黒い影、5対0の圧勝。


だが、その中心人物であるレオの顔には──

感情の欠片さえなかった。



──数日後。

チームは一躍ヒーローに。


相手は“西花中学”、全国でも名のある強豪校。

その相手に、完封勝利。


部内では歓喜が広がっていた。


「俺のゴール、やばかっただろ?」

「最後まで走り抜いた俺のスタミナな!」


……そんな中、誰にも注目されない片隅に、

ユウジロウとレオの姿があった。


「……あんま、嬉しそうじゃないな、天才。」


「……何が嬉しいんだよ。所詮は練習試合。

しかも西花は控え中心の構成だった。要するに、俺たちはテスト台。」


「おいおい、そこまで腐るなよ。

練習試合でも、チームにはいい刺激になったろ。」


「そうかもな。……だが、」


「ん?」


「もう“全国制覇だ!”なんて言ってるバカがいるらしい。

実力も知らずに夢見るのは、ただの愚か者だ。」


「お前も、最初に言ってたじゃん。“俺は世界一になる”って。」


「……だって、なるからな。」


(なんだコイツ、ホントにどこまでも自信家だな。)

ユウジロウは呆れながらも、笑みを浮かべた。


「でも、チームはお前と違って無敵じゃない。

しっかり準備しないと、潰される。」


「だからお前がいるんだろ? うちの“頭脳”。」


「……この野郎。」

レオが小さく笑った。


「──ってことは、仕方ないな。俺がやるか……」


レオの声は小さく、だが確かにそう呟かれていた。


————————


《親善試合 VS 鎌倉・東海大中学》


──雨は激しさを増し、

選手たちのユニフォームもスパイクも、水を吸ってずっしりと重たくなっていた。


ボールは止まりがちになり、バランスを崩して倒れる選手も続出する中──

ただ一人、あの“魔術師”だけは異彩を放っていた。


ピッチを滑るように駆け、

冷静に、そして正確に、相手を一人、また一人とかわしていく。


「……くそっ、あのチビ、まじで厄介すぎる。」

東海大中のキャプテン・新井翔虎アライ・ショウコが歯を食いしばる。


「……ああ。このままじゃ、やられる。」

背番号4・北二荘太キタニ・ショウタも同意するように返す。


「潰すぞ。」


翔虎のその言葉に、荘太は無言のまま、ただ一度だけ頷いた。



「──黒い影、魔術師を中心にスピードアップ!

右サイドへ展開、そしてすぐにリターンパスだ!」


「魔術師、ペナルティエリア正面に入る! トラップから、シュートモーション──!!」


その瞬間だった。


翔虎がサイドから、激しくスライディングを仕掛ける。


同時に、正面からは荘太がブロックに入り、

レオの進路を完全に塞いだ──


──バキッ。


鈍く、そして嫌な音が響いた。


直後、ピッチに轟くような叫び声。


「ぐあああああああああああああっっ!!」


──その叫びは、まるで風を切り裂く悲鳴のようだった。


「最悪だ……! 魔術師が……地面に倒れ、激しく苦しんでいます!!

東海大中の選手による、明らかなファウルプレー!!」


主審は即座にレッドカードを提示。

翔虎は一切反論せず、むしろ不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと退場していく。



「救急車!! 早く呼べ!!」

黒い影の監督・桂が叫ぶ。


フィールドには、叫び声が止まらない。


レオは、まるで壊れた人形のように、

地面にうずくまり、泣き叫んでいた。


その姿を見つめるユウジロウの瞳には、恐怖が宿っていた。


(あの……最強の“天才”が──)


(まるで、何もできない子どもみたいに……)



──あの日を境に。


中学サッカーのフィールドに、

“魔術師”がその姿を見せることは、二度となかった。

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