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第13章:絆

言葉でもなく、約束でもなく、生まれる絆がある。

それは共に味わった敗北の中で、胸を刺す言い争いの中で、そしてすべてを語る沈黙の中で鍛えられていく。


友情とは、本物であるならば完璧である必要はない。

必要なのはただ一つ――耐えること。


誇りに、失望に、そして一番そばにいるべき時に遠ざかろうとする幼い衝動に。

世界があまりにも大きく感じられ、責任が重すぎて、心があまりにも脆く思える時がある。


そんな時に私たちを救うのは、才能ではない。

――孤独ではないと知ることだ。


この章では、壊れた絆が再び繋がろうとする。

正直な言葉で、視線で、あるいはただ…サッカーで。


結局のところ、チームと家族を分けるものは一つしかない。

――痛みを抱えても、共に居続けるという決意だ。

夜の東京に、細かい雨が静かに降り続けていた。

その雨の中、一人の少年が、小さな喫茶店に駆け込む。


──カランカラン…

扉のベルが小さく鳴る。


「いらっしゃいませ。」


カイがカウンターでカップを拭きながら、無表情に声をかける。


その背後から、聞き覚えのある声が響いた。


「すみません、ホットのブラックコーヒーをお願いします。」


「はい、かしこま──」


カイはそこで言葉を止めた。

カウンター越しに、レオが静かに座っているのを見つける。


「……よう。」


「……帰れよ、レオ。お前と話す時間なんて、俺にはない。」


「おいおい、その態度はひどくないか? こっちは客だぞ。」


「キャプテン、マジで無駄な時間使わせないでくれ。」


「この店、星ひとつのレビュー確定だな。残念だよ。」


「……分かったよ。すぐ出す。」


カイはため息をつきながら、コーヒーの準備を始めた。


「それで、今日は何の用だ? レオ。」


「謝りに来たんだ。……大事な仲間を守れない、情けない俺をな。」


「やっと気づいたのか、キャプテン?」


「このやろう…」


「ま、謝る必要なんてないさ。」


カイはカップを差し出しながら、少しだけ目を伏せて続けた。


「……悔しいけど、あのジジイが言ったこと、全部間違ってなかった。お前も分かってるだろ。」


「でも──」


「俺はさ、出会う前はただのクソみたいな不良だった。トラブルばっか起こして、何も持ってなかった。」


「けど、お前と出会って──サッカーと出会って、少しずつ変われたんだ。」


カイは拳を握りしめながら言葉を続ける。


「だから、返さないとな。……俺がもらった全部を。」


彼はまっすぐにレオを見つめた。その瞳には、確かな決意が宿っていた。


「アイツの言葉で心折れるやつもいるだろうけど、俺は違う。

必ずあの傲慢ジジイの鼻をへし折ってやる。俺の実力を見せてやるさ。」


「カイ……」


「俺たちはもう、“遊び”でサッカーやってるガキじゃねえ。

全国大会に行って、優勝したいなら──血を流してでもやり抜く覚悟が必要だ。」


レオは堪えきれず、笑みをこぼした。


「……やっぱり、お前らは最高だな。ありがとう、カイ。

俺が戻ったら──必ず、お前らを一番高い場所へ連れていく。」


「当然だ、天才。」


レオは立ち上がり、コーヒーに軽く礼を言って店を出た。


カイは彼の背中を見送りながら、ふっと微笑んだ。

だが、その笑みにはどこか影が差していた。


「……それに、たぶんこれが最後の年になるかもしれない。

もう、くだらねえことに時間を使ってらんねえんだ。」


そう呟いた瞬間──


「アマリくん! 皿洗いお願いね!」


奥からオバ(店長)の声が響いた。


「はいっ、今やります!」


カイは顔をしかめながらも、すぐにキッチンへと向かった。


──数時間後、カイの自宅。


時間は静かに過ぎ、カイがようやく家に帰ると──

彼を迎えたのは、12歳以下の三人の子どもたちだった。


「おかえりー! お兄ちゃーん!」

三人が声を揃えて言った。


「おいおい、こんな時間まで何してんだ、ガキども。」


「アイサが、お兄ちゃんに会ってから寝たいって言ったんだよ〜」

ニヤリと笑いながら、カイの首に抱きつくエイザン(9歳・弟)。


「べ、別に…そんなこと言ってないもん…」

アイサ(7歳・妹)は顔を真っ赤にして、もじもじと呟いた。


「ちょっとちょっと、エイザン。それ言ったの、お前だろ?」

ヒロシ(11歳・弟)は笑いながら突っ込んだ。


「うるせーよ!」


三人はわいわい騒ぎ出し、

カイは思わず笑い声を漏らした。


「……まったく、ほんとにお前らって……バカだな。」


そう言って、カイは三人をぎゅっと抱きしめた。

兄の温もりに包まれ、三人は嬉しそうに目を細めた。


「よし、じゃあ晩飯作ってやる。そのあとは、ちゃんと寝るんだぞ?」


「やったーっ!」

三人は歓声をあげた。


───


食後、三人の弟妹は眠りにつき、

カイは静かに寝室の扉を閉めてから、リビングへと向かった。


畳の上の座布団に腰を下ろし、

真正面にある仏壇の小さな写真に向き合う。


「……母さん。」


「最近は、ちょっと大変だったよ。けど、面白くもあった。」


「キャプテンが──チームに足りなかった“ピース”を見つけてくれてさ、やっと“本当のサッカー”ができるようになったんだ。」


「全国大会まで、もう少し。……俺のこと、少しは誇りに思ってくれてる?」


カイの視線の先には、一枚の写真。

優しく微笑む女性が写っている。


──それは彼の母だった。


「……母さんに、胸張って報告できるようにさ。絶対に、諦めないよ。」


「俺が、どれだけ変わったか……見てほしいな。」

そう呟いた時、カイの拳は小さく震えていた。

目元には、濡れた光がにじんでいた。


彼はそっと合掌し、深く頭を下げた。


そのまま、静かにベランダへと出る。


ポケットからタバコとライターを取り出し、一本くわえる。


──パチッ。


火をつけた瞬間──


ぱら、ぱら。


雨が降り出し、タバコの火がすぐに消えた。


「……今日は、吸えないか。」


カイはそのまま、ベランダの端に腰を下ろす。

雨が静かに降り注ぐ。


その目には、もう涙があった。


「……やるしかねえ。……負けてられねぇんだ。

絶対に、あいつらを守り抜く。たとえ、自分の幸せを犠牲にしてでも。」


夜の雨は、まるで天使の涙のように、彼の頬を静かに濡らしていた。


18歳にして、“父親”のように背負うことを選んだ少年。

その心の奥に、まだ残る“弱さ”を誰にも見せることなく──

カイは、静かに泣いていた。


————————


──しとしとと降り続ける東京の夜。

雨音の中、玄関のチャイムが鳴る。


扉を開けた50代の男性が、目の前の来訪者に驚いた表情を浮かべる。


「レオ? こんな時間にどうしたんだい?」


「遅くにすみません、キラさん。ユウジロウさんはいらっしゃいますか?」


「いや、さっき出かけてな。もう二時間くらい戻ってない。」


「……そうですか。」


「帰ってきたら、君が来たこと伝えておくよ。」


「ありがとうございます。失礼します。」


そう言って背を向けようとしたレオに、キラが優しい声で語りかけた。


「大丈夫さ、レオ。何があったかは知らないが、きっとまた分かり合えるよ。」


その言葉に、レオは驚いたように立ち止まり、

下を向いたまま、そっと微笑んだ。


「…ずっと、そうだったもんな。」


キラは静かにうなずいた。


「そうだ。君たちは、昔からそうだった。」


「ええ、そうですね。」



──雨脚が強まる中。

レオは静かに歩いていた。思考は、深い霧の中にあった。


しかし、その沈黙を破るように、ボールを蹴る音が響いた。


「……あれは……」


目線を向けると、街の片隅の小さなグラウンド。

そこにいたのは──


“地獄の底まで一緒に行く”と誓った、あの男だった。


ユウジロウ・アキラ。


涙も怒りもなく、ただ黙々と自分を追い込んでいた。


コーンからコーンへ、全力疾走を繰り返し、

最後は渾身のシュート──

ゴールバーが、ガン!と音を立てて揺れた。


「クソッ……!」


肩で息をしながら、額の汗を拭いもせず、ユウジロウは歯を食いしばる。


「……あの野郎……」

レオの口元に、微かな笑みが浮かぶ。


(やっぱり、お前はすげぇよ。)



「もっと速くならなきゃ……絶対に。」

ユウジロウは拳を握りしめたまま、心の中で叫ぶ。


「二度と……二度とあいつらを失望させない。

あのクソジジイの言う通りだ。今の俺じゃ、全国レベルには程遠い。

レオを連れて行くためにも──もっと強くなんなきゃ……!」


──その時、鋭い音を立てて飛んできた一つのボール。

彼の足元へ、完璧なバウンドで収まった。


「……なんだ、今の……?」


視線を上げると──そこに立っていたのは、レオだった。


「……本当に驚かされるよ、ユウジロウ。」


「レオ? どうしてここに?」


「俺、雨って……ちょっと好きなんだ。」

レオはそう言って、照れくさそうに笑った。


ユウジロウも、肩の力を抜いて微笑んだ。

だが、重苦しい空気はまだ残っていた。


レオが口を開こうとしたその瞬間──


「謝る必要なんてねぇよ、キャプテン。」


ユウジロウが先に言った。


「……え?」


「まだ怒ってるのは事実さ。けどな、アイツの言ったことも──現実だった。

今の俺たちは、全国を目指すには力不足だ。」


「でも……何が一番ムカついたって、お前があの場で、俺たちを守ろうとしなかったこと。

黙って、あいつの好き勝手言わせてたこと。」


ユウジロウの拳が、再び強く握られる。


……


「……ユウジロウ、お前がキャプテンやるか?」


……


「ふざけんな、バカヤロウ!」


二人は吹き出すように笑った。


レオが両手で自分の顔をパンッと叩く。

その仕草に、ユウジロウはびっくりしたように目を見開いた。


「お、おい、何してんだよ?」


「ほんと、悪かったよ。……俺は、マジでバカだった。」


「今さら気づくなよ……

はあ、なんで俺がこんな自己中な天才に振り回されなきゃいけねぇんだよ……」


「天才で……超バカ、ってことだな。俺。」


──二人は笑う。


どれだけぶつかっても、どれだけ言い合っても、

彼らの間には、簡単には壊れない“何か”があった。



「……本当に、何考えてたんだろうな。

チームは“俺のもの”じゃなかった。俺たちは……家族だったのに。」


レオの顔には、後悔がにじむ。


「誓ったろ? あの日……俺たちで、全国に行くって。──そして、優勝するって!」


「……ああ、そうだったな。」


雨粒が静かにレオの頬を伝う。


まるで──

あの日の記憶を、一粒一粒、呼び起こすかのように。



————————


──2年前。青山学園附属・星山高校(通称・星山)

──黒いクロイカゲサッカー部、始動の春。


「ようこそ、星山高校サッカー部──“黒い影”へ。」

三年生のキャプテン・神楽坂エイコが堂々と声を張る。


「今年も、全国大会を目指す。そしてそのためには──お前たち新入部員の力が必要だ。」


「……嘘だ。」


その場の空気が、ピリッと凍りついた。


静けさを破ったのは、まだ入部したばかりの一年──

五十嵐レオの冷たい声だった。


「……は?」


呆然とする新入生たち。

「何様だコイツ…?」

脳内でそう呟いたのは、一年の一人──アキラ・ユウジロウ。


だが、その横でカイ・アマリはくすっと笑う。


(面白ぇな、アイツ。)


エイコの視線が鋭くなる。

そして、挑戦的な笑みを浮かべながら言った。


「ほう……“天才”様の登場か。」


「で? 嘘ってのは、どういう意味だ?」


二人の視線が火花を散らす。

レオはまるで何も感じていないような表情で、淡々と言い放った。


「このチームじゃ──全国なんて、夢のまた夢だ。」


その一言は、ナイフのように部員たちのプライドを切り裂いた。


「クソガキが……!」


「キャプテン、提案があります。」

口を挟んだのは、三年の戸部メイジ。


「何だ?」


「その生意気な一年坊主に、キャプテンが“格”を見せてやってください。

──一対一で。」


「……いい提案だな。」


エイコがにやりと笑う。


「どうだ、新入り。ビビって逃げるなよ?」


「大丈夫か? 怪我しないように気をつけてよ。」


「は? ビビってんのか?」


「いや、ただ……試合後、お前が部員たちからの信頼を失わないといいなって。」


その言葉は、完全にキャプテンの誇りを踏みにじった。


「見せてやるよ。俺が“東京ベスト”と呼ばれてる理由をな!!」



──しかし、現実は非情だった。


神楽坂エイコは、地面に尻をついて座り込んでいた。


その上から、冷たい目を向けて見下ろすレオ。


観戦していた部員たちは、誰もが言葉を失っていた。

口を開けたままの者。

拳を握り締める者。

ただ立ち尽くす者──


その中で、レオは氷のように冷たく、淡々と呟いた。


「……“東京ベスト”? 冗談だろ。」


「俺が目指してんのは、“世界一”なんだ。」


──これが、世界を取ると宣言した

“天才”五十嵐レオの名刺だった。

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