トラブルメーカーと低血圧な僕
「三咲君がす、すきっ! 付き合って下さい!」
同年代の異性に風の吹きすさぶ屋上に呼び出されれば、相手がどんな内容の話をしたいのか普通は分かるだろう。
少なくとも、僕は分かる。
僕は自慢で無いが、顔を真っ赤にして告白されることは少なくなかった。顔だって悪い方じゃなかったし、成績もそこそこ。運動神経は真ん中らへんだったから、憧れというよりは、「彼氏」という存在に僕は丁度良い相手なんだろう。
正直、付き合うとか浮ついたことには興味は全く無かったんだけども。
「うん、いいよ」
でも、僕はこう返事を返していた。なぜなら、相手が俺の幼なじみだったからだ。
久々に机にラブレターらしき白い封筒が入っていて、ため息を禁じなかった僕だが、差出人の名前を見て驚いた。そこには、平山亜莉華と書かれていたからだ。
平山亜莉華は小さいころからの僕の幼なじみだ。男勝りで天然な彼女に、あまり自分を前面に押し出す事が出来ない僕は振り回されっぱなしだ。
「いいの? ねえ、本当!?」
驚きで目が飛び出そうな彼女を見て、内心で苦笑する。
ほっといたら、何をしでかすか分からないトラブルメーカーな彼女。
とにかく、捕獲しておくにこしたことは無い。
下手な返事を返そうものなら、屋上から投げ飛ばされかねないし。と、冗談なんだか現実なんだかいまいち分からない事を真剣に考えてみた。これが、起こりうる現実だから、彼女はすごいと思う。
「今のオッケーの返事だよね!?」
「うん」
英語が舌っ足らずなせいか、日本語のカタカナ表記にしか聞こえない。確かにヒアリングはほとんどやらないけれども、これでいいのか、日本人の英語。
ちゃんと勉強させないと、将来が不安だよな。
父親の心境で彼女を見やれば、とても嬉しそうに笑っていた。
やっぱり、彼女はすごい。
「わあい! わあい!」
「はいはい」
ぴょんぴょんと跳ねまわっている相手のいつものように高いテンションに圧倒されながら、低いテンションで返す。
普通は僕みたいな景気の悪い人間のそんな様子をみたら、少しげんなりしてもおかしくないのだが。それでも、彼女の喜びは消えない。
「三咲君、ありがとう!」
「とりあえず、抱きつくのはやめようか」
「ええ? だって屋上は寒いし、私たちは恋人同士じゃない。温め合うのが普通でしょ?」
正直に言ってしまえば、君の普通は世間一般の普通ではない。
それを出来れば念頭に置いて話をして欲しいものだ。いや、無理だろうけど。
「学生は健全なお付き合いをするものです。お付き合いはするから、ゆっくり進みましょう」
「もう。何で敬語で話すの? 変なの。まあいいや。じゃあ、私が三咲君の彼氏ね」
「いや、君は女の子だろ?」
いきなり何を言い始めるんだ!? 亜莉華は。
軽く動揺したものの、僕はいたって冷静に突っ込みを入れる。
どうして僕が彼氏を持たなければいけないんだろう。っていうか、何故彼女じゃなくて彼氏になりたがるんだ!?
彼女の思考から置いてきぼりを食らった僕は、屋上の風が一層冷たく強く感じる。
「だって、三咲君って、姫っぽいんだもん」
どこがだ……?
確かに、自分自身、「ゴツイ」とか「男らしい」とかいう言葉が似合わないのは知っている。しかし、「姫っぽい」とは初めて言われた。
まあ、亜莉華以外の人間がそんなこと考えるはずは無いんだけども。
「私、なるなら王子様がいーなー」
ああ、そうですか。それが僕をお姫様に仕立て上げたい理由かな?
「王子ねえ……」
なるなら、って……それの何が良いというんだ。
高い税金で良い暮らしは出来るが、その分色々な制約はあるし。いつも品行方正で笑みを浮かべていなければいけないんだぞ。第一、突っ走る系の亜莉華には、その大役は果たせないだろう。
やっぱり彼女の思考は理解出来かねる。
「王子様って、素敵じゃない? 女の子の憧れでしょ」
確かに女の子の憧れだとは思うけど、その憧れの王子様になりたいと願う女の子はなかなかいないんじゃないだろうか。
もしかして、ここは頷くところなのか? いや、まさか。
僕の返事を待たずして、彼女はさらに話を続けた。
「それでねえ、姫のピンチには駆けつけるの! カッコ良く、それでいてスマートに!」
「もし僕を姫に仕立て上げたとしても、なかなかピンチにはならないと思うけどね」
僕はいたって真面目。特に周りから何か言われるようなへまはしないし、特別目立ったこともしない。ピンチ合うことは……。
隣で楽しそうにしている亜莉華を見る。
ああ、そうか。彼女がピンチを持ってくるんだな。僕にはすごい王子様がついたもんだ。
どんなピンチが訪れるんだろう。今のうちから覚悟を決めておかなければいけないな。
なんだか、悲しくなってきたのはきっと気のせいだろう。うん、そうに決まってる。
「姫のことはまかせて! お姫様だっこできるよーに、頑張るね」
いや、必要ないだろ。全く僕の話聞いてないし……。だいたい、体格差を考えろよ。無理に決まっているだろ。
何段にも連なる突込みが、僕の中で膨れ上がっていく。しかし、まさかそんな言葉を彼女に吐くわけにはいかない。
亜莉華は割と傷つきやすい。悲しそうな顔をした彼女を見るのは嫌だ。
そういうわけで告白も断れなかったし、いつも言葉は選んでいる。
それで出来上がってしまったのが冷静な僕、か。彼女中心に回っている僕の世界に、苦笑を漏らす。
「それは楽しみだな。亜莉華、ありがとう」
「へへへっ」
嬉しそうに笑う亜莉華に、これで良かったのだと思った。
すると、唐突に湧き上がってきた疑問が一つ。
「しかし、なんでまたいきなり告白なんてしてきたんだ?」
それは、本当に純粋な疑問。
彼女の様な純粋無垢の少女が、いきなり僕みたいな何を考えているか分からない人間を彼氏(この場合、彼女か?)にしたいなんて、僕にはやっぱり理解できない。
「ううう……」
さすがにこの狼狽え方は異常だ。嘘が下手な亜莉華だから、問いただせば分かるだろう。
だが、言いたくないことを無理矢理聞き出すのもな……。
「言いたくないならいいよ」
ここまで、全く表情を変えていない僕に、彼女はこれでもかというほど表情筋を酷使していた。
不思議な関係だよな。
「そろそろ寒いだろ。さあ、戻ろう」
僕の言葉は、どうやら彼女のお気に召さなかったらしい。
「三咲君のばかーー」
そういえば、彼女は結構、怪力だったっけ。じゃあ、お姫様だっこも夢じゃないかもね。
そんなことを思いつつ、僕はぶっ倒れた。
左頬が赤く腫れて、痛くなったのは言うまでも無い、か。