1-2 愛しの毛増神社へGO!(1)
明けた、次の日。
1月2日の、お昼どきのこと。
まるで昨日をコピペしたかのような同じ時間の流れの中で、典史はコタツでまったりと過ごしていた。そんな最中に、彼の携帯電話がマイナスイオンいっぱいの静寂な森に突然の雷鳴が轟くような、そんなけたたましさを伴って鳴り響いた。
「なんだよ、正月からうるさいなあ……」
激しく鳴り響く自分の携帯電話がどこにあるのかとあたりをきょろきょろ見渡せば、携帯ではなく、すぐそばで二つ折りにした座布団を枕にして高いびきで新春の惰眠を貪る妹を見つけてしまう。
朝ここに来た時には気付かなかったのだが、どうやら紗理奈は、昨日の夜からずっとこのコタツにあたり、そのまま寝入ってしまったらしい。昨日、ベッドで見れなかった初夢を心地良いものにするために、このぬくぬくとしたコタツで見ようとでもしたのだろうか……と、疑いたくなる。
「……おい、風邪ひくぞ。自分の部屋で寝ろよ」
「……」
鳴り続ける携帯電話の強大な呼び出し音と典史の揺さぶりに目を覚ましているはずの紗理奈だが、元々兄の典史の言葉になど聴く耳を持つ気もない馬耳東風な彼女は、聞こえないふりをして、そのまま寝転がっている。
「まったく……しょうがねぇな」
妹をコタツから引き離すことを諦めた、典史。
床に無造作に転がっている未だに我慢強く呼び出し音を鳴らし続ける携帯に手を伸ばすと、それを掴みあげた。
「ん? 房総じゃん、珍しいな。何年ぶり?」
携帯画面には、典史にとって、とても懐かしい名前が表示されていた。
彼が東京に出る前の、高校時代まで仲の良かった近所の同級生の名前である。フルネームは、玉生房総といった。クラスメートからは「フサフサ」という渾名で呼ばれていたのだが、何となくその響きが気に入らなかった典史は、ずっと彼を「フサ」と呼び続けていた。
「……もしもし?」
「おお、テンシか。やっと出たな。俺だよ、俺。房総だ」
「フサか。久しぶりだな」
「ああ、ホントにな。お前、ずっと連絡も無かったし、どうしてたんだよ」
「どうしてたって……? まあ、僕も東京では何かと忙しくてさ」
日々の生活の中には仕事以外に忙しさの欠片も存在しない典史が、少し虚勢を張る。
「あっ、そ。……とにかくさ、お前がこっちに来てるって噂を聞いたから電話してみたんだよ。よかったら、これから一緒に遊ばないか?」
「遊ぶ? 今から?」
正直、コタツから出るのは、だるい。
けれど連日のダラダラ生活で、そろそろ背中や尻がひりひりしだしている。そこで、一念発起とばかりに、典史は房総の提案を受け入れることとした。
「……わかったよ。それじゃあ、何して遊ぶ?」
「そうだなあ、初詣に行くなんかどうだい? まだ、三箇日だしさ」
「……毛増」
「え、何だって?」
「だから、毛増だって言ってるんだよ」
「けまし? それって、あの留萌の近くにある毛増町のことか?」
「毛増なんて、他にないだろ。毛増町にある『毛増神社』へお参りに行こうぜ」
「いや、ちょっと待て。けっこう遠いじゃん。こういうときは、市内の神社に行くのが普通――」
「けましけましけましけましけましけましぃ!」
現代の日本で、いや、過去数千年の日本を含めても、これほど『けまし』という地名を連呼する男はいなかったであろう。不思議と心に熱いものを感じてしまった房総は、そんな彼の心意気に敗北せざるを得なかった。
「わ、分かったよ。どうして毛増なのかはよくわかんないけど……いや、なんとなくわかるけど……そこに行きたいという気持ちは、十分に伝わってきたよ。ならば、毛増神社に行こうぜ。……でも、どうやって行くんだ?」
「決まってるだろ。フサが運転する車で、だよ」
「おいおい。毛増神社の提案者はテンシなのに、いきなり全部、俺に頼るのかよ!?」
「うん。だって僕、免許持ってないし、車もないし。元々誘ってきたのは、フサだったし」
一瞬の沈黙と深呼吸の後、房総が言った。
「わかった。それじゃあ、少ししたら迎えに行くから、準備しといてな。あ、ガソリン代は割り勘で頼むぜ」
「もちろん、OKッス!」
僅かな呼吸音はするが体は微動だにしない、つまりは狸寝入りする妹をコタツに残し、身支度するために自分の部屋へと向かう、典史であった。