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若ハゲの至り ―その効果、髪のみぞ知る―  作者: 鈴木りん
第一章 【髪は天下のまわりもの】
14/15

1-5 地球防衛軍 (HAGE)のエース? 訓練の日々(1)

 翌日、9時ぎりぎりになって事務所に顔を出した典史に、シャチョーは顔色ひとつ変えず淡々と必要書類にサイン、押印をさせた。それがひととおり終わると、すぐに1階のコンビニ店へと典史を移動させて、青色が基調の店員用の制服に着替えさせた。

 そう――地球防衛軍ともいえるHAGE(ヘイジ)の隊員となるべく、訓練の日々がついに始まったのだ! ――などと、柄にもなく気分を高潮させていた典史が『やる気ダダ下がり』となるのに、そんなに長い時間は必要なかった。

 初出勤から、わずか二日後のこと。

 お昼前の時間帯になり、商品陳列の任務を課された典史が、売れ筋のおにぎやサンドイッチを商品棚に並べながら、ぼやきまくる。


「……って、これが宇宙人と戦う訓練なのか?」


 と、横に並んでペットボトル飲料を冷蔵棚に陳列していた男がそれに応答する。典史よりひとつだけ年上で29歳の生田(いくた)浩二(こうじ)だった。

 組織でのコードネームは『ハエタ』である。


「そんな訳、ないじゃん。コンビニ経営は、この組織が『生きる(かて)』を稼いでるにすぎん。国家組織とはいえ、近頃は予算も削られ気味で厳しくて……っていうか、キミは大事なところを間違ってるよ」

「大事なところ……?」


 そう言って典史は、180センチはあろうか、自分より10センチほど背の高い高身長の先輩の顔を怪訝な表情で見上げた。

 彼の怪訝な表情には、二つの理由があった。

 ひとつは、先輩の言ってる意味が解らないこと。もうひとつは、相手の頭髪の量が、この組織のメンバーにしては、あまりにもふさふさとしすぎていることだった。


「俺たちが戦う相手は、決して、『宇宙人』じゃない。あくまでも、地球を侵略してくる地球外生命体、のみだ」

「ふうん……そんなもんですかね。僕には、同じとしか思えません」

「そういう、固定概念というか、先入観というか、捨てた方がいいよ。そうでなければ――実際の『現場』で、だれが味方で誰が敵なのか、解らなくなる」

「はあ。そんなもんですかね」


 納得はできなかったが、とりあえず納得したふりをした、典史。

 しかし、頭の毛の量だけは納得できないと疑問の声を上げようとしたその時だった。店のレジの方から、若い男の声がした。


「ちょっと、テンシさん! レジの応援を頼みますっ」


 レジのやり方など分からないと、横にいる先輩に目で助けを求めたが、先輩社員の目は北極海の水のように冷たかった。レジの方に向かって顎をしゃくられる。その目は「お前が手伝ってこい」という言葉を発していた。


「……まだレジなんてやったことないすけど」

「大丈夫。何とかなるさ、ベイビー」


 鼻を鳴らし、渋々陳列の手を休めてレジの方へと向かう。

 見れば、年齢は典史より5つほど下であるが、『入社』は1年ほど早い先輩社員の臼井(うすい) (たかし)が、必死の(てい)でレジ作業をしている。


「テンシさん! お客さんが行列作ってますよ。早くレジを頼みます!!」


 身長は低めの160センチ程度。

 やや小太りで黒ぶち眼鏡、髪の毛はこの組織の中でもかなり薄めだった。典史の頭頂部はやや薄くなったところが天使の輪のように見えるが、彼の天使の輪はかなりざっくりとその刻まれ方が深く、河童(カッパ)の皿のようである。歴史の教科書で見た、『宣教師ザビエル』の髪型に似ているともいえた。

 仕事熱心で必死に会計を進める彼は、横にやって来た典史の姿を確認して小声で叫んだ。


「ほら、早く。テンシさん!」

「わかったって……。ああ、次のお客さま、どうぞぉ……。ええっとこれ、『ぴっ』て当てればいんだよね?」

「そうですよ。セルフレジ、やったことあるでしょ?」


 どうにかこうにかレジをこなし、客足が途絶えたその隙に典史が言った。


「ここでコードネームで呼ぶのはよしてくれ、ザビエル」

「テンシさんこそ、それ(・・)言うの、やめてくださいよ! それに……年下とはいえ、僕の方が『会社』では先輩なんですからね。少し敬意を払っていただきたいですね」

「ふん、申し訳ありませんでした、ザビエルさん!」

「だ・か・ら――」


 そのとき、店の奥からシャチョーがやって来て、典史を手招きした。


「おい、斉藤君。キミは休憩時間だ。奥で休んでくれ」

「あ、はぁい」

「そうだ。いい機会だから、3階の研究所を案内しよう。私に付いてきたまえ」

「3階? ああ、そういえばまだ行ってませんでしたね。そんなことより休み時間は控室でゲームしたいんですよ……て、あ、いえ、何でもないです。3階、喜んで行きます!」


 自分の発言中にシャチョーの顔色がみるみる曇っていくのを見て、典史は休み時間を3階で過ごすことを元気に了承した。

 コンビニ店員の青い服を着たまま、裏口からビルの階段へ。

 シャチョーの背中を追うようにして階段をのぼりながら、ここ数日抱えていた疑問を典史はふと口から漏らす。


「しかし、シャチョー。訓練と言いつつ、ほぼコンビニの店員としての仕事に明け暮れる日々ですよ。本当に僕は、これから地球を守れる男になれるんでしょうか?」

「何を言ってるんだ、キミ。たまに2階のHAGEの部屋で、暗闇の中、あのいかがわしい(・・・・・・)映像を見てるだろう? あれが、敵と戦うための訓練だよ」

「その言い方……誤解を生むような気がしますから、やめてください。あれは、マバラ隊長が『コンビニ労働の合間に、その映像を見ておくように』というから、見ているだけです。そにしても、あの画像の数々――めっちゃ泣ける切ない映画とか、怒りがこみ上げるドキュメント映画とか、なんでそういうものを見なければならないんですか?」


 それを聞いたシャチョーが階段を上る足を止め、振り向きざまにこう言った。


「それはな、感情をむき出しにして、キミが持つ『特殊能力を発現させる』ための練習なんだ。それこそが、この地球を侵略者から守る力となる」


 首を傾げる典史を置き去りに、シャチョーは再び階段を上り始める。

 仕方なしに、その後を追う典史。

 別の質問をぶつけてみる。


「でも……世界を救う活動が地下組織っぽいというのも、いまいち納得できません。地球を守るために戦うのに、影に隠れて活動する意味が分からないです。もっと人々に目立って、称賛されるべきなのでは?」

「まだまだ、地球外生命体の存在は地球人には刺激が強すぎるのさ。だが、ひとつ気をつけねばならないのは、『意外と近くに彼らは居る』ということだ。こういう無駄話も、危険なんだよね。どこで、どんな奴が我々の会話を聴いているかわからないから」


 そんなこともわからないのかと肩をすくめたシャチョーがぴたり、足を止めた。

 そこは、ビル3階の入り口だった。ドアの上にやや古めかしい「白いプラスチック製の会社看板が貼られていた。『株式会社K・H 科学研究部(抜け毛予防薬研究所)』と書かれている。


「さあ、入ってくれ。我が組織の美しき頭脳、レイミ―を紹介しよう」


 『美しき頭脳』という言葉に緊張した典史は、ごくりと喉を鳴らすほど息を飲みつつ、3階へと足を踏み入れた。


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