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若ハゲの至り ―その効果、髪のみぞ知る―  作者: 鈴木りん
第一章 【髪は天下のまわりもの】
13/15

1-4 さようなら気楽なサラリーマン、こんにちは切ない国家公務員(3)

「でも……組織の名前「Hard Attacks on the Global Enemy」の意味って、『地球の敵にきっつい攻撃をする』ってことでしょう? こんな東京の外れに建つビルの2階でひっそりと営業している゛育毛サロン゛で、いったい何ができるって言うんですか」


 しばらくして典史の口から出た言葉は、それだった。

 育毛サロンの社長は、感心と驚き、両方の意味を含んだ表情でそれに応える。


「おお。君は英語がそこそこできるようだね……感心、感心! 地球の敵と戦うのには、英語ぐらいできないとだめだからね」

「……英語って地球外生命体にも通じる、とんでもない共通語なんですね」

「地球外生命体の身にもなってみなよ、君。地球には来てみたものの、『なんと、この地球には何百、何千という言語が存在している!』ってなるわけだ。ならば、手っ取り早く地球人とコミュニケーションを取ろうとして、地球で最も使われている言語を習得しようと考えるのは道理じゃないか」

「そんなもんですかね」

「そんなもんだよ。平和とは、即ち、良好なコミュニケーションのことだからな。しかし、その顔……まだ君は、この組織のことがぴんと来ていないようだね。その感覚の鈍さには驚いたよ」

「でも、コミュニケーションで平和が築けるなら、お互いに攻撃などしないで済ませられないもんですかね」

「時と場合によっては、言葉や理念だけでは済まされない問題が、この世の中――いや、この宇宙にはあるということだよ……。まあ、それはそれとして。君に組織のことをきちんと理解してもらうために、この会社の『真の姿』をお見せするとしよう」

「真の……姿?」


 眉をひそめる典史の前で、テーブルの下をもぞもぞと探る社長。

 ぱちりと音がしたかと思うと、社長席の右手にある棚が、ごごごと音を立ててスライドし始めた。やがて典史の目前に現れたのは、棚の向こう側の薄暗い空間だった。


「わあ、本当にこの世にあるんですね……スパイ映画みたいなこういう仕掛けが」

「あるに決まってるじゃないか! この世にSFとミステリのファンがいる限りな……。まあ、それはそれとして、あちらに移動しようか」


 ソファーから立ち上がった典史は、闇の中へと向かう社長の後を追う。

 暗がりに立ち入ると、先ほどまで壁と棚があった場所が彼の背後になった。その瞬間、背後で壁が音とともに再度スライドし、暗闇に閉じ込められた。

 しばらくして目が慣れてくると、そこは真っ暗という訳ではないことがわかる。

 どこかの国のどこかの街――その現在の様子を映す大きな液晶モニターと、見たこともないような近代的な最新電子機器の海。国家機関であることを疑っていた自分が恥ずかしくなるほどに、最先端らしい設備が充満していることに、典史は驚いた。

 が、しかし。

 ここで彼は、あるひとつの事実に気付く。


「ん? ちょっと待てよ……? ここがHAGE(ヘイジ)の部屋というなら、さっきの回転看板、全く関係なくない? あっち側に看板を回転させる意味が、全く解らない」

「……そ、そうかな? 私はそうは思わないぞ。どっちの部屋にいてもあの看板を見ることができるなんて、かっこいいじゃん」


 言葉とは裏腹に、目が泳ぐ社長。

 その隙を突くように、胸に溜まった疑問を典史が一気呵成(いっきかせい)に吐き出した。


「だけど、やっぱり僕は納得がいかない! この組織の名前には。悪意さえ感じるな」

「どさくさに紛れて組織の批判か……。しかし、何度でもいうが、この組織の短縮形の名称は『ハゲ』ではない、『ヘイジ』だ。そこに悪意などないのだ」

「そうかなあ……」

「そうだとも。なぜなら、この名称はこの組織の創設者でイギリス人でもあるケイン・ヘイヤ― (Kein・Hayar)氏が名付けたものであり、読み方を間違えてしまうと、それがたまたま日本人には『そういう意味』に聞こえるっていうだけなんだよ、うん。絶対に」

「日本語、知ってたんじゃないのかな……その人。そんな気がする」


 どんな理屈も、典史を納得させることはできなかったようだ。

 情勢の挽回を図る社長が、話題を変えようと躍起になる。その手には、親指大のキャップ付きプラスチック製透明容器があった。


「そんなことより今大事なのは、この『抜け毛防止薬』だ。無駄に毛が抜けてしまわないよう、3階の研究所で開発した――いや、国家の最高レベルの科学技術をつぎ込んだこの薬を、気になる部分に朝晩1回づつ、毎日適量、噴霧するように。ちなみにこれ……ウチの会社の販売品の中では最高級品だよ。結構、高いんだ。君程度のサラリーマンでは、1か月の給料がこの1本で吹き飛ぶくらいにな」

「えっ……そんなに高級品なんですか?」


 社長は、こっくりと頷きながら容器の青色のキャップを外してみせた。

 するとそこには、プッシュ式のスプレー噴射ノズルがあった。右手で抜け毛防止薬を頭の上に持っていき、人差し指でノズルの上部を押すと、彼のかなり寂し気な頭部に向かって透明な液体が噴射された。


「こんな感じだ。使い方は簡単だろう?」


 スプレーキャップを戻し、満面の笑みで容器を典史の目の前に差し出す。

 典史がそれを両手で受け取ると、大型モニターからの光によって、容器の側面に印刷されている「Super-nukenain Premium」という商品名を示す赤い文字が浮かび上がった。


「スーパーヌケナイン・プレミアム……? って、これ本当に抜け毛に効くんですか?」

「ああ、効く。そこは太鼓判だ」

「でも、社長のそのお姿では、あまり説得力がないような……」


 典史の視線が自分の頭部にあることを確認した社長は、モニターの光があまり届かない部屋の外れにまで足早に移動して、その視線をずらした。


「……では、ヘイジ日本支部『秘密基地』の説明をするとしよう」


 社長の声質が、急に厳格な感じに改まる。

 そんな様子に、典史は自分が放った言葉が国家機密級に触れてはならない事項であったことに気付く。


「おお、秘密基地! この21世紀にもそんな言葉があるんですね!」


 無邪気な声で盛り上げようとする典史。

 少し機嫌をよくした社長が言った。


「あるに決まってるじゃないか! この世にミステリファンがいる限りな……」

「っていうかですね、僕、社長のお名前をまだ聞いてなかった気がするんです」

「ああ、すまんすまん。ワシの名は、三田(みた)だ。よろしくな。株式会社K・Hの社長でもあり、研究所の博士で所長、そしてHAGE(ヘイジ)日本支社・支社長だよ。皆は、ワシのことを『シャチョー』と呼ぶ」

「シャチョー、ですか。そのまんまですね」

「悪いか?」

「いえ。とんでもないです、三田シャチョー」

「……まあいい。では、君の直属の上司になるであろう男を紹介する。というか、さっきからずっとこの部屋にいたのだがな。ほれ、そこだ」

「えっ……!」


 三田が指さしたのは、典史が背中を向けていた部屋の奥側だった。

 暗闇からぬっと湧き出た、頭部よりも顎の周りの方が毛が多い40がらみの男。服装は……いかにも『地球防衛軍』な、ウェットスーツ的様相だ。

 地球を守る正義と言えばこの色――とでも言わんばかりの赤と白が基調の上下服である。


「うわっ、そんなところにいたんですか。全く気が付きませんでしたよ!」


 どぎまぎと戸惑う典史に、瞬きせずに無表情のまま、その男は呟いた。


「ふん。たいしたことじゃない。一般人から見れば、我々の活動は地下組織のようなものなのだ。気配を消すなんてことは、簡単にできる。……俺の名は抜田(ぬきた)真原(まさはる)。HAGE日本支部戦闘部隊長、コードネームは『マバラ』だ。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします、マバラ隊長」


 マバラから差し出された右手に自分も右手を差し出し、握手する。

 まだ誰か隠れているのではないかと、きょろきょろ辺りを見渡す典史に、シャチョーが肩をすくめた。


「もう、他の人はいないよ。斉藤君はビビりなんだな‥…。これから『敵』と戦っていくのに、その辺は治していってもらわないとね」

「すみませんね。でも、この会社――いや、組織? に、お世話になるとはまだ言ってません。こちらの『仕事』をやれるかどうかの、自信も僕にはないし」

「おいおい。まぁだ、そんなことを言っているのかね……? やれるやれない、とか、お世話になるならない、とかの問題ではないんだ。君はもう、ここで活躍するしか道は残されていないのだよ。宿命(・・)なんだから」

「宿命?」

「そう、宿命だ。血統的な、ね……。まあ、それはそれとして、他の男性隊員2名は、1階のコンビニで働いているから、明日、紹介するよ。あと、唯一の女性隊員が、3階の研究所で抜け毛防止薬の『研究』をしているだけど、彼女も今度また紹介する」

「なんか……適当だなあ。ほんとにここ、国家機関なんですか? って、隊員がコンビニで働いてるぅ!? 下のコンビニも、この会社で経営してるんですか?」

「うん、まあな。国家組織といっても、予算削減の波が何かときつくてね。ある程度は自己資金で運営をしなくちゃいけなくて……。それに、いつもいつも地球を防衛しているわけではないからさ。君も、『本来任務』の空き時間は、あそこで働いてもらうぞ」

「ええーっ!」

「じゃあ、明日から早速、頼むな。とりあえず、明日は9時に『出社』してくれ。いろいろ、手続きが必要だ。特別採用の国家公務員になるんだからな」

「え? あ、まあ、よくわかんないけど……仕方ない、お世話になります。僕がここで何ができるのか、ホントによくわからないけど」

「おお、良かった! それでは、よろしく頼むな!!」


 今度はシャチョーが右手を差し出した。

 おどおどと典史が差し出した右手が、思ったよりも力強く、そして激しく揺さぶられる。横でそれを眺めるマバラ隊長の白い歯が、薄暗い部屋の中でキラキラと輝いていた。


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