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若ハゲの至り ―その効果、髪のみぞ知る―  作者: 鈴木りん
第一章 【髪は天下のまわりもの】
11/13

1-4 さようなら気楽なサラリーマン、こんにちは切ない国家公務員(1)

 もしかしたら――と普段から怯えていたとはいえ、あまりの突然さに、普段考えていた 『シミュレーション』が全く役に立たなかった典史は、非常にわかりやすく狼狽(うろた)えた。


「す、すみません、課長。おっしゃってる意味が、わ、わかりません。も、も、も、もう一度言ってもらえませんか?」


 テーブル下の、きっちり折り目のついたスーツスラックスに包まれた足を組み替えた岡田課長が、ため息交じりに返事する。


「仕方ないな……ならば、もう一度だけ言おう。しかし――その前に斉藤君にひとつ質問がある。最近、君の頭の毛が増えたように思うのだが、気のせいか?」

「気のせいです」


 先ほどまでの狼狽えが嘘のように無表情できっぱりと断言する典史に、課長も納得せざるを得ない。

 課長はネクタイをキュッと締め直すと、鋭い目を典史に向けた。


「では、改めて言うぞ。言うからな……。斉藤君、君は今月いっぱいで当社を『リストラ』されることになった」


 それから、沈黙の時間が30秒ほど流れた。

 ぴたり、典史の動きもフリーズしている。

 ようやく動きを取り戻した典史は、その額に人差し指を伸ばした右手を当てた。いわゆる、考えるポーズである。

 そこで、更に数秒間制止した後――。

 ぶるぶると手を震わせながら、彼が突然()えた。


「はあ? どういうことっすか!? 僕がいったい何をしたと? あ、何にもしてないからこうなったのか――っていうか、リストラっていう言葉、死語ですよね。すごく久々に聞きましたよッ!!」

「うむ。確かに君の言う通り、リストラという言葉を私も久しぶりに聞いたよ。しかし、だ。なぜこうなったのかと言えば、君のこれまでの悪い成績の積み重ね――ということしか言いようがない」

「悪い成績の積み重ね? ならば、課長! これからは心をもう少し(・・・・)入れ替えて頑張ります。だから『クビ』だけはなんとかやめてもらえませんか? 課長の方から『上』を説得してもらえれば――」


 そこで、典史の言葉を突き出した岡田課長の右手が(さえぎ)った。

 神妙な面持ちで、言葉を吐き出す。


「残念だが、これは会社の『超』上層部の決定事項だ。私ごときの力では、1ミリたりとも変えられない」

「そ、そんなあ……」

「ただし、だ。斉藤君、この話には続きがある」

「ただし……? 続き……?」


 一瞬、典史の目に輝きが戻った。

 岡田は目をつむると腕を組み、鼻から息を噴き出すと言った。


「ただし、会社にも温情というものはある。入社以来、ほとんどこの会社に利益をもたらさなかった、君といえども、だ」

「す、すみません」

「これを君にやろう。会社からの『温情(おもいやり)だ」

「……?」


 組んだ腕を(ほど)いた岡田は、右手をスーツ内側の胸ポケットから一通の封書を取り出し、典史の座る場所に向けてそれを会議テーブルの上を滑らせた。

 距離はジャストだった。

 典史のちょうど目の前で、その白い封筒は停止したのである。


「これは何ですか? 手切れ金のようなものですか?」


 封筒には手を付けないまま、典史は怪訝(けげん)そうな顔をした。

 首を横に振った、岡田課長。


「そんなものではないよ、斉藤君。第一、現金が入ってるなら、そんなに薄い訳は無かろう? 今どき、小切手というのも流行らんしな」

「いえ、クオカードみたいな電子マネーかもしれないじゃないですか……。ならばこれは、いったい何なんです?」

「手切れ金がクオカードっていうのも、なんだか切ない気がするがな……。だが、そうではない。それは『紹介状』だ」

「しょおかいじょお??」


 眉根を寄せて更に(いぶか)しがる典史に、岡田は今度は首を縦に振った。


「斉藤君……。先ほども言ったが、会社は君に対して、それなりの温情は持ち合わせているのだ。この会社にはフィットしなかったが、別の所では活躍できる――かもしれないからな。そんな君のために、新たな就職先を紹介するというわけだよ。ちなみにだが……その封筒の中身の紹介状を持ってこの(・・)場所へ行けば、100%、就職できる」


 課長は、もう一度胸ポケットに手を突っ込むと、一枚の名刺のようなものを取り出した。そしてそれを、今度は自分と典史のちょうど中間あたりに、まるで将棋を指すかのような手つきでぱちりと置いた。

 けれど、典史はそれをちらりと見ただけで手に取ろうともしない。


「さっきから、意味が全然わかりません……」

「すまないが、私に『意味』を訊かないで欲しい。なぜって……私もどうしてこんなことになったのか、さっぱりわからないのだから」

「課長がわからないなら、僕はもっとわかりませんよ! ……やっぱり僕は納得がいきませんね。今のご時世、その程度の理由で会社を辞めさせられる理由には、到底ならないはずですから」

「残念ながら――」


 そう言って、岡田課長は話を打ち切るように席から立ち上がった。


「君の異議、反論は認めない。これが、会社の最終決定事項だからだ」

「……」

「辞表は、明日までに提出すること。各種手続きは、総務と話し合ってくれ」

「……」


 会議室の出口へと歩きだす、岡田。

 話し合い――というより『一方的申し渡し』は、完全に終了したのだ。

 項垂れ、押し黙ってしまった典史の背後で、彼の上司がぴたりと足を止める。


「ところで……最近、君の頭の毛が増えたように思うのだが、気のせいか?」

「気のせいです」


 勢いよく顔を上げた典史が、再度きっぱりと言い放った。

 その顔は先ほどとほぼ同じ無表情だったが、その瞳の奥には、会社との決別を決心したかのような、そんな芯の強さが秘められていた。


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