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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法少女が落ちるとき

作者: 駆代 れな

あらすじ読んでくださった上で読み終えた方は、最後まで読むと少し面白いかもです。

 後ろには大切な存在がいる。

 生きて帰す。生きて帰る。何があっても絶対に。

 それが上官に伝えた私のメッセージであり、私が初めて上官についた嘘でもあった。

 仲間を無事に帰還させる。たとえ私だけが犠牲になったとしても。


『お願いだから戻って!!』


 インカムからリヒト──愛惟の叫び声が聞こえる。聞くだけで返答はしない。何故なら目の前の、突如として襲来した絶望への対処に精一杯だからだ。


 体躯は空を覆い、周囲一帯に影を落とす。まだ太陽が登っている時間であるのに、辺り一帯はまるで夜のように暗い。ゆらゆらとその全身を揺らしながらその巨体の容貌に向き合う。

 色彩は深い深海から空を眺め上げたような漆黒。双眸は普通の生物ではありえない六眼。一つ一つがビルのような牙が並び、山を軽く一口で飲み込めるような口腔が2つ。その姿は異形であり、蛇と鯨、そして空想上とされる生物、龍。それらの合わさったような、魔獣である。


 ──SS級魔獣序列1位・滅亡的魔導集合体

尽閼(じんあ)』ナ=ウィザ


 魔獣と呼ばれる我々魔法少女や魔女などが対処する化け物の中でも、今まで討伐、撃退されたことがない、化け物の中の化け物。しかも完全顕現。


 それが目の前で相対している。

 

 今はただこちらをただ見下ろし、鎮座しているだけ。しかし、いつ牙を向くかわからない。無駄な抵抗だとわかっているが、私はこの魔獣を前にして物怖じしない。してはならない。


(どうにかしてここから奴を引きはがさないと……!!!!)


「ウォーターブレッド!!!!」


 水に魔力を込めた4級の低位魔法。それを尽閼に向けて複数放つ。1つ1つの威力が低くとも、数百も撃てばそれなりの大きさと威力になる。それが対人や並の魔獣ならばであるが、体躯がまるで山。そんな相手にとっては私が放った魔法はさながら水鉄砲、いや雨粒に等しいだろう。


 何も闇雲に撃った訳では無い。場所は相手のとてつもなく大きい眼球。生物の器官として露出している所ならば、少しは効果があるだろう。魔法が直撃すると、今まで私たち全員を捉えていた眼球が私だけに向いた。


「ぁ……ッ──!?」


 たったそれだけのことだった。

 視線がこちらを向いた。

 それだけで全身が強張り、膝を着いた。まるで生きることを諦めたように、するりと、足に力が入らなくなった。

 視線を外そうにも身体が動かない。


 今まで魔法や物理的な拘束は何度も体験してきた。だが、得体の知れない、それこそプレッシャーと思われる何かによって、ここまで動けなくなることなど今までなかった。


「──はぁっ……、うっ……それがどうした。はぁっ……こんなのなおさらリヒト達に向けさせるか」


 思わず口から出た言葉。もしこれが後ろにいるリヒト達に向けられたら為す術なくこいつに蹂躙されるだろう。


(こんなところで膝を付いてどうする!!リヒト達だけでも逃がすんだろ!?)


 湧き上がった自分に対する不甲斐なさをバネに私は立ち上がり、尽閼を睨みつける。


(尽閼の意識はこちらを向いている、ここから引き剥がすには今しかない!!)


「こっちだ尽閼!!!!」


 海色の衣装をはためかせ、駆けた。

 私はここから少しでも早く尽閼を引き離すために両足に魔力を循環させ、擬似的なブースターとして最大出力で放った。

 本来ならば全身に魔力を巡らせ、自分が動きやすいように調整するのだが、一直線に、それも素早く移動する必要があるため、ほとんどの魔力配分を両足に回した。

 そのため次から次へと景色が変わっていった。尽閼の方に視線を向けると、私を逃さんとばかりにその巨体を揺らめかせながら追ってきていた。


莉緒(りお)何処に行くの!?』


 再びインカムから叫び声が聞こえた。リップルと呼ばない辺り余裕がないんだろう。当たり前か。


「ここから尽閼を引き離す。その間にリヒト達は救助隊と共に帰還しろ」

『莉緒はどうするの!?』

「リヒト達が救助されたタイミングで私も離脱する。それまで尽閼を抑える」


 離脱できたら、とは言わない。

 よし、全開のスピードで数分、大規模な戦闘をしてもリヒト達に影響がないところまで離れることができた。


 移動の途中、両足に送っていた魔力の半分を、これから発動する魔術に変換していた。

 最初に猛スピードだったのは尽閼に注意を引くため、完全に意識が私に向き、尽閼が追随してきたところで、発動する魔法へと魔力を割く。


 次に、近くにおそらく誰もいないであろう場所に誘導できたところで、両足に割いていた魔力を全て、ある魔法へと割く。 

 いや、これから放つのは魔法とは少々毛色が異なるが。

 準備をしているとインカムから再び叫ぶ声が聞こえた。


『──!!あれを1人でなんていくら莉緒でも無理よ!?!?あれは今まで魔法協会が分身でも倒すことができなかった、正真正銘の化け物だよ!!今からでも遅くないから戻ってきて!!』

「悪い……もう『全爆(オー・ライン)』の準備中だ」

『なっ!?!?』


 全爆。私、いや私たちが使える魔術であり、禁忌の1つだ。


『使用許可はどうしたの!?!?』

「取れるわけないだろ、上官との通信は途切れたままだ」


 話の最中に魔力が溜まった。尽閼はこちらを見下しながら鎮座している。

 尽閼の上空に同程度の大きさの魔術陣を展開する。


「……!!っはぁ……!!」


 溜めた魔力が削がれ、引き離された感覚に襲われる。まだ魔法陣を開いただけだ。


(まだだ……!!)


『1人でだなんて無茶だよ!!!!』

「……誰が、尽閼の注意を、引き付けて、おく、んだ」


 凄まじい一瞬の虚脱感に言葉が途切れる。

 もしここまで引き付けた尽閼がリヒト達の所へ戻れば、私は追うことができないだろう。

 数百のウォーターブレッド、身体強化、そして刻一刻と私の魔力を食らい続ける全爆、余裕のある魔力などない。


 魔術陣から黒い液体が滴り落ちる。それは尽閼の背に次から次へと覆い被さった。液体が出現する度に、私から魔力が失われていく感覚が襲う。だがそれでも尽閼の全身に降りかかるほどではなかった。恐らく今の全爆の量だけでは決定打とは言えないだろう。

 いや、まだ増量したとしても、決定打になるかわからない。しかし、増量すれば、尽閼の注意を惹き続けることはできるだろう。


 だが、ここで1つ問題が生じる。私の魔力残量だ。既に枯渇しそうである残量では、追加で全爆を発動させることはできない。通常では。


 私の頭にはある考えが浮かんでいた。この方法を使わないと、この状況は切り抜けられないと思っていたはずだ。しかし、自分可愛さにこの考えは遠ざけていたのだろう。目を瞑っていたのだろう。


 首元にぶら下がる、昨日愛惟と作ったネックレスを握りしめた。無意識だった。


「……愛惟」


 不意に口から零れ落ちた。


『何!?どうしたの!?』


 他人が聞こえるには小さすぎる呟きだったが、どうやら聞こえてしまったようだ。不安そうに震える声が聞こえた。

 何故愛惟の名前を呼んだのか、呟いたのか。

 恐怖。不安。


「……帰ったらいくらでも怒られてやるから、許せ」

『何を言って──』


 私の身体からあるものが消えた。それに応じて枯渇寸前の魔力が万全の状態時、いやもっと多くの魔力があふれた。

 同時に魔術陣に魔力を送り込んだ。溢れ出るように全爆が尽閼の上部を覆った。


『──待って莉緒!?それ以上はダメ!!』


 次から次へと溢れ出る全爆の量に、愛惟がいる元いた場所からでも見えたのだろう。それほどまでに全爆の量が増えた。


 全爆は本来私たち魔法少女部隊アルカディア全員で発動するものだ。理由は簡単、使用する魔力量が多い。


 魔法少女は15歳までの女の中でおおまかに、同年代に比べて保有する魔力量が多いものが選ばれる。中でも私と愛惟の魔力量は、特に愛惟は、ずば抜けて多いほうだろう。そんな私たちが全員で力を合わさなければ発動できないほどの魔術。

 それを私は一人で発動した。それも先程までの少ない量ではなく、普通に発動するときと同じかそれ以上の量を。


『莉緒、もしかして──』


 ──だから愛惟は気づいたのであろう、私が代理魔力変換を行ったことを。


「こうするしかない」

『何を、何を魔力にしたの!?』


 代理魔力変換、魔力を生み出すために自分の持つ何かを魔力に変換する精霊能力(スピトラート)である。精霊能力とは精霊と契約した際に得られる1つの能力である。得られる魔力は変換するものによって変わる。


「……今をしのげるなら安いものだ、子宮の1つぐらい」

『そん、な……』


 私が変換したもの、それは子宮だ。変換するものによって得られる魔力は変わる。中でも生命に関わるものだと多くの魔力を得ることができる。心臓、脳、内臓系、しかし私は女だ。   

 女だからこその器官として挙げられる子宮。今はより多くの魔力と愛惟達を逃すための時間が必要だ。だが、心臓のような直接私の命に関わるものでは時間が稼げない。そこで子宮だ。

 子宮の場合、私だけの命ではなく、将来産まれるはずであろう私の子どもたちの命まで変換することができる。よって今の状況に対する最適解ではあった。


(それを選択する私も私だが)


 尽閼を覆っていた黒い液体が光を持ち始める。

 黒い液体が魔術陣から現れると、周囲の魔力を吸収する。そしてそれが限界まで達すると光を放ち始め、最終的に爆発する。その威力はS級の魔獣を木っ端みじんにするほどの威力であり、上官や魔法協会本部から使用許可が無いと発動してはならないほどだ。そして全爆は魔力で満ち溢れている尽閼に付着しているのに加え、山脈のように大きい尽閼の背を隈なく覆い尽くす、普段発動するより多い量、その規模は計り知れない。


「全爆、発動!!」


 ──世界から音が消えた。


 尽閼を中心に爆風が吹き荒れ、正面を向くことができないほどの閃光が辺り一面を覆いつくす。衝撃波、強風、閃光に耐えれるよう匍匐の形となり、口を開きしたをむく。


数分、爆発が連続した。爆音が鳴りやみ、少しして尽閼がいた方へ向くが、爆発の粉塵により所在がわからない。


『……ぉ!!……り!!……りお!!』


 爆発による爆音で耳が聞こえ辛くなってのに加え、衝撃でインカムが不調だったのだろうが、だんだんと聞こえ始め、回線も安定してきた。愛惟の呼ぶ声が聞こえる。


「聞こえるよ、リヒト」

『良かった無事で!!……全爆の衝撃がこっちまで届いてきたわ、もし莉緒が巻き込まれたら』

「そんなへまはしないよ」

『本当に良かった……、こっちは救助隊が派遣されてきて無事合流できたから!!』

「そうか、ならそのまま──」


 ──救助隊と帰還しろ、と続けるつもりだった。


『私だけ救助隊の人たちと莉緒の方へ向かってるから!!上官も一緒に!!もうすぐ着くわ!!』

「なんだと!?」


 続く言葉に驚いた。意識を驚愕に支配されないよう口を動かす。


「まだこっちは安全じゃない!!全員で早く帰還しろ!!」

『莉緒を放ってなんておけないよ!!』


 まずい、いくら全爆を食らわせたといっても、尽閼を倒せたかどうか、視界不明瞭のこの状況では安心できない。


(このお転婆がっっっ!!)


『着いたわ!!どこにいるの!!』


 恐らくこの砂塵の向こうの何処かであろう。見渡しても未だ視界が悪い。私は戻るよう再度声を上げた。


「私なら大丈夫だ!!だから早く全員戻れ!!」


 そう、叫んだすぐ、爆風が吹き荒れた。


「くっ……!!」


 視界が鮮明になり、さっきまで砂塵が嘘のように掻き消えた。


 ──私の前には無傷の尽閼が佇んでいた。


「なっ……に……」


 驚愕の連続。

 全爆は確実に当たった。しかし眼前には以前変わりなく鎮座し、こちらを見下ろしている。まるで何事もなかったかのように。


『どうしたの莉……え』


 インカムから聞こえた声。尽閼の姿が愛惟達にも見えたのだろう、インカム越しに複数の息をのむ声、戸惑いの声が聞こえる。

 私たちが扱う『全爆』の威力は広く、魔法に携わるものなら知られている。今までそれで多くの魔獣を倒したのに加え、様々な問題も起こしてきたからだ。

 だからこそ、愛惟から伝え聞いたか、ここに来るまでに『全爆』を見た救助隊の幾人かは驚いたのだろう。   

 尽閼が何事もなく、ただそこにいることが。


 尽閼が動いた。いや、私に向いていた首を少し動かした。

 すぐさまこちらも身体に力を入れるが、身体がおかしい。

 身体の違和感を覚えたとき、眼球だけを私に向けた。


 ──嘲笑った。


「っ……!?」


 ように見えた。

 少なくとも私にはそんな風に見えた。

 私は奴の視線の先を追った。


(まさか……!!)


 そこには愛惟達がいた。


 尽閼の身体が蠢めいた。魔力の胎動がここまで感じる。

 恐口を開き、頭部を天へ向けた。

 それはもはや反射と言っても良かった。


『「衝撃に備えろ!!」』


 先ほどと同じ体制を取る。私と同じタイミングで向こうでも喚起の声が響く。


 ──ggggggggggggyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaalllllllllllllllaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!



 尽閼の咆哮。

 全爆のときより酷い、まるで全てを押しつぶすかのような重圧が響き渡る。

 魔獣の行動の1つであるそれは、低級であれば全く脅威ではない。だがしかし尽閼はSS級だ。


(咆哮だけでこの威力っっっ!!!!)


 何が起こるかわからなかったが、その答えはすぐに判明した。

 顏を上げると周囲一体の高いもの、木や山、電波塔などは尽閼を中心に吹き飛んでいた。


『……っ……莉緒ありが、とう……助かったわっ……どうしたのみんな!?』


 愛惟は無事だった。尽閼が吠えるより僅かに先に声が届いたのだろう。だが愛惟の動揺した声が聞こえてきた。


「何があった!?」

『わからないけど、何人かが尽閼の方を向いて動かないで立ったままなの、動ける人が揺さぶっても何も反応なくて』


 咆哮を聞いてしまった隊員が何人かいたようだ。尽閼の前で棒立ちなどもはや自殺行為だ。

 このままで私よりも救助隊が危ない。尽閼の行動を探っていると愛惟達の方を見つめたまま動かないでいた。


「上官は無事か!?無事ならすぐに変わってくれ」

『無事よ!!待ってすぐに代わるわ!!』


 いつもなら魔力を通してインカムのリンクを上官に繋げば良いのだが、今はそうはいかない。


「インカム越しじゃなくていいわリップル」

「上官!?」


 私のところまで飛んだ来た上官。さっきの注意喚起もこの人の声だった。


「リヒト、あなたは尽閼の咆哮を聞いた隊員を治療してすぐに帰還しなさい」

『しかしまだ莉緒が「リヒトォッッ!!!!」──!?』


 インカムから愛惟の声が聞こえる。


「約束したはずよ!!ここに来るまで私の命令は絶対だと!!!!いつもの状況じゃないのよわかれ!!!!」

『っ……!!』

「……上官」


 私は上官に声をかけた。恐らくさっきの怒号はリヒトだけではない、言外に私に向けている。

 尽閼を最初に目視したとき、上官は全員で撤退しろと命令した。しかし私はそれに反対し、生きて帰すと伝え、一人で立ち向かった。誰かが尽閼を引き付けなければ、全員やつの餌食になる。

 その後尽閼の魔力によるものかわからないが、上官との連絡は途切れた。


「……早く帰還してください上官。このままでは貴方達も危ない、私もすぐに離れますか『リップル!!』……!!」


 再度怒号が耳朶に響く。私に上官が声を荒げたことは今まで一度も無い。これでも今まで命令には背くことはなかったし、上官の手を煩わせたこともなかった。

 でなければ副官を務めることなどできない。お転婆娘のリーダーを握れるのは私だけだから。

 上官の顏見る。そこには険しい表情が張り付いていた。そして倒れて上体だけ起こしている私に近寄り、抱きしめられた。


『……少しは頼ることを覚えなさい』

「っ上官……しかし!!くっ!!」


 上官が立ち上がると旋風が巻き起こり、反論する間もなく、上官が尽閼へと飛び出した。その最中上官の号令が聞こえた。


『全隊に告げる!! 私が殿を務める!!負傷者を運び即時帰還せよ!!』


 上官は魔女へと変身した。


「待ってください上官!!一人では!!」

『……何言ってるのよ、可愛い部下に任せられないでしょ』


 私の身体を風の魔力が覆った。上官の風魔法だ。


『構築が終わると動き出すわ。あなたは動けないでしょうからそれで早く下がりなさい。……隊は任せたわ』


 全爆の使用と代理魔力変換による過剰魔力により、私の身体は自分でまともに動かすことができなほど疲弊していた。それがわかったのだろう上官が私に魔法をかけて救助隊の元へ下げるようにしたのだ。


(私も!!くそっ、動け!!動いてくれ!!)


 私もこの魔法から抜けて上官の元へ行こうとするが、身体に力が入らず、ふらつき、起こしていた上体が地に着きそうになったが、すんでのところで手を着き、頭がぶつかるのを防いだ。魔力の使い過ぎであろう。刻一刻と私を乗せた魔法は完成していく。


(どうする!?このままでは上官が、あの人はまだ生きなければ、必要な人だ!!)


 ──前から影が覆う──愛惟だっだ。


「愛惟っ……」


 ゆっくりと、愛惟は地面に座り、私の頬を両手で包み込み、私の額と愛惟の額を重ねた。

 数秒。

 離し、表情が見えた。その顔は何かを決心していた。


(なんで、そんな顏……)


「一人で無茶して、馬鹿。莉緒は十分戦ったから休んで。私は上官と時間を稼ぐから」


そう言うと愛惟は、片手で白い衣装の胸につけている魔法少女部隊のバッチを取り外し、私の手に握らせた。


「なっ……」

「これで命令違反なんてこともないわ」


 そして笑顔を向けた。


 ──辞めて。


 目と目を合わせて、合わせられて。言い聞かすように、嬉しそうに、悲痛な表情で──。


「安心して莉緒が無事帰れるまではどうにかするから」


「……待って」


 ──縋るように。


「佳奈と凜にもよろしく言っておいてよ」


「愛惟」


 ──情けなく。


「大丈夫だって、心配しな「愛惟!!!!」」


 ──我儘を言う幼児のように。


 動く口で最大限だろう声量が出た。腕にろくに力が入らないので、莉緒をつかむことすらできない。


「お願いだから……行かないで」


 いつから流れていたのかすらも気づかなった。


「……やっとわかった?私がさっきまで莉緒に想ってたこと」


 目元を細指で拭われる。


「わかった!!わかったから!!!!だから一緒に戻って……」


 愛惟は私に触れていた手を優しく離した。


「愛惟っ…………」

「一緒に戻りたいけど上官1人で持って数分。それじゃ莉緒が安全圏まで戻れない。でも私がいれば、多分10分は持つ」

「なら私も連れてって!!」

「そんな状態で何ができるのよ」

「動けないなら動けないなりの使い道があるっ……!!囮──」


 ──その先の言葉は封じられた──唇に、生まれて初めて感じた、柔らかい感触。


 目が見開いたのがわかった。

 ゆっくりと、名残惜しむように、離れる。


「卑怯でごめんね莉緒、これが昨日の、伝えたかったこと」

「あ……ぃ……」

「さよなら」


 一瞬でスピードをつけて飛び去る愛惟。

 上官の魔法が発動し、その場から後方へと下がっていく私。

 理解が追い付かず、涙と共に溢れだし、その場に項垂れる。


「あぁっあ」


 ──守れなかったことか。


「ぅぅああ」


 ──戦えないことか。


「っああぁ」


 ──愛惟の気持ちを知ったことか。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ」


 全てが押し寄せて、泣くことしかできない。


 自分がやったことはなんだっ!!!!

 救うはずが救われてっ!!!!

 上官と愛惟に尻拭いをさせたっ!!!!

 ──二人を死地に送ってしまった……!!!!


 償おうにも、おそらくそれは金輪際不可能だろう。

 徐々に、されど素早く戦線から遠いていると、愛惟が向かった先から爆音が響いた。

 尽閼を見ると身体から触手が無数に伸びており、二人が魔法で弾くも次から次へと迫る物量に押され、吹き飛ばされていた。


「愛惟っ!!上官っ!!……ぬあああっ!!」


(泣くな!!考えるな!!動かせ!!こんなところで止まるな!!)


 魔力の風から降り、地面へとぶつかる。

 腹ばいになりながらも尽閼へと向かう。

 参戦したとして何ができるわけでもない。


 ──上官の決意を無駄にするのか。

 ──愛惟の想いを無駄にするのか。

 

 再び爆音が鳴り響く。

 顔を上げると二人が触手に囚われている。後ろ姿からわかるほど二人は傷だらけであった。


「ぁっ……あっ……」


 触手の元、尽閼を見る。大きく開いた口が二人を飲み込もうとしている。

 何か、何か方法はないのか!?

 魔力を生み出そうにも、私に子宮以上に魔力に変えれるものなんて──。


『魔力に変換できるのなら持ってるもの何でもいいんだ。そう、何でも。まぁ『相伝縁環』の精霊能力だからね』

『多くの魔力を得るにはどうすればいいのですか?』

『簡単なことだよ、生命に関わるもの、一つしか持ちえないものを代償にすればいい。極端なものだと、前者なら心臓、後者ならそれこそ自分自身とかね。まあでも自分自身代償にしたとしても得られた魔力はどうすんのって話で、無駄死にだけどね。後はそうだな~、あ、そうそう子宮』

『子宮?』

『子宮はね、坩堝なんだ。子宮自体女性にしかない器官で、生命にかかわるものだ。これだけでさっきの条件も満たす。それと加えてね、例えば君が子宮を変換したとしよう。その場合、得られる魔力は君の子宮だけの魔力分ではなくて、将来君が産むはずだった子どもたちの魔力も得られるんだ』

『なっ!?』

『ど? 頭おかしいでしょ。君ら的には。まあ僕は君がその選択を取らないことを祈るよ。だって君は『相伝縁環』だからね。さ、話はこの辺で、他の子たちに説明しなきゃだから』

『……ありがとうございました』

『あっ』

『何か?』

『さっきさ、一つしか持ちえないものって言ったときに自分自身って教えたけど、それだと生命の方にもかかってて、わかりづらいかなって』

『言われてみれば、はい……』

『それで今ふと思い出してね。前任者達が何を代償にして今まで滅んできたか』

『……』

『そんな怖い顔しないで。それはね──』


 目を閉じ、思い出す。愛惟と過ごした今までを。


 ────初めて会った日のことを。


「はじめまして!!おし、ぅんん、ほしなぎあいです!!いっしょにあそぼ!!」


 ────かけがえのない日常を。


「も~莉緒ったらまた無茶して!!早くこっち来て手当するから!!」


 ────魔法少女に誘われたときのことを。


「私、実は魔法少女やってるんだ。その、さ、莉緒も一緒に魔法少女やってくれたら嬉しいな~なんて」


 ────愛惟の笑顔を。


「莉緒っ!!」


 ──刹那の解離感。行こう、名すら知らぬ、かけがのない存在のために。


 ────…………

 ──……








 ────…………

 ──……


 一瞬で上官達と距離を詰め、右腕に今扱える魔力の半分を込め、2人を捕えている触手を破壊し、解放する。


「莉緒っ……」

「リップルっ……」


 弱々しい声で名前を呼ぶ2人。良かった、こっちは五体満足だ。

 2人を抱えて、私が使用できる最大の魔法を発動する。


「ザハーラン・ビロー!!!!」


 私が扱える中で最大の魔法を発動させる。私から放たれた水が触手を押し戻していく。

 その間に2人を安全なところへ運ぼうとするが触手が魔法を突破して一つ襲い掛かった。


(この化け物が!!!!!)


 2人を身体の前に抱え込み背中で一撃を受ける。


「ぐぅっ」

「莉緒っ!!」

「リップル!!」


 先程と変わり叫び声が響く。

 墜落中に魔法で水を生み出し2人を包み、私は少量の水を生み出し、落下の衝撃を少しだけ和らげようとした。

 私は地面へと叩きつけられる。まずい、元々限界の近かったこの身体は先の一撃でそれが加速させられた。


『──それはね、自分の中で一番大切な人物との記憶を代償にするんだ』

『大切な人との記憶?』

『そそ、記憶って莫大で無茶苦茶な情報量なんだよ。特に大切な人なら通常の記憶より多くの情報が一つの存在に固まってる。だからそれを魔力にしたら、それこそ人一人分ぐらいの魔力になる。でね、こっからが面白い話。これって組み合わせれるんだよね』

『組み合わす? 自分の命を代償にしたらそこで終わりでは?』

『そ、本来ならそれで終わるし、これから教える方法も使った後確実に死ぬ。ただ自分の命、いや魂と言えばいいのかな?を使って数分だけ行使できる方法があるんだ。知りたい?』

『……一応』

『ふふ、まず記憶を代償にした魔力で自分自身の依代、つまり肉体を作るんだ。その後に自分の魂を魔力に変換してその肉体に流す。この時点で使用者は死んでると同等だけど、肉体と魂が持つ情報で依代が一時的な本人になるってわけ。』


 ──記憶を依代に、自分の魂を依代の動力源に、こうすれば自分自身を魔力に変換して数分、いや数秒かな? だけど代理魔力変換で得られる最大限の魔力を扱えるよ。ま、その時の君は本当の君かわからないけどね。


「……んっ……!!」

「くっ!!」


 2人とも生きてる。良かった、本当に。

 少女がこちらを見た。


「……莉緒その身体!?」


 既に両足、背中、右腕は崩壊を始めている。両足と右腕は先からひび割れるように、魔力が刻一刻と、煙や粒子となって消え去り、背中はさっきの触手の一撃のせいかほとんどが消え去っている。

 まだだここで消えるわけにはいかない、2人を安全な場所まで送るんだ。

 残った魔力を全て使用する。


 ──フロディオン。

 2人を水の球体が覆う。


「莉緒!!」

「リップル!」 


 耐衝性に優れたこの魔法ならば、もし尽閼の触手が迫ったとしても、1、2発程度ならば耐えられる。強度には自信があったのだが、先の一撃からして、この程度だろう。


 ──サファージュ。


「解きなさいリップル!!」


 フロディオンを載せた水の道が救助隊が退いた方へと伸びる。これでバブル内にいても移動できる。


 ──オアレゼース。


「莉緒っ!!莉緒!!」


 上官と少女、私と尽閼の間に水の壁を聳え立ち、私と尽閼を隔離するように、地面に発動の準備だけした。

 なぜなら恐らくただのオアレゼースでは簡単に突破されるからだ。


(…………ここまで、やった、んだ……)


 思考までかすれつつある。


(…………いまさら、何に、怯える…………)


 ──最後まで足掻く。

 ──私は今もなお崩壊しつつあるこの身体も代理魔力変換に使用した。


「莉緒出して!!出せぇ!!!!」


 少女がバブルを内側からひたすら叩き続けている。しかしバブルは衝撃に強い防御魔法であるのに加え、少女は既に満身創痍だろう、意味がない。


「リップル……」


 上官の顏は苦しそうに、悔しそうに顔を歪め、バブルに触れていた手を拳に変えた。上官は既に諦めたようだ。私を止めることを。


 言葉を告げようと口を開いた。


 ──その瞬間、右の視界が弾け、消えた。


 二人の目が見開く。

 残っている左腕で右の顔に触れようとするが、触れた感覚がない。


 ──背後から触手が私の身体を捕らえる。

 抵抗しようにも身体が全く動かない。魔力に関しては代理魔力変換でさらに得た魔力をオアレゼースに流し続けているため操作不可。


 宙に浮き、拘束されて身動き取れない私は尽閼の方へと引っ張られる、一方で2人はウォーターロードが発動し、少しずつ速度を上げて後方へと退いていく。


 少女がわめくのがわずかに聞こえる。

 左足が消えた。

 オアレゼース発動地点から離れようとも、魔力を流すのを意地でも辞めない。


 右足、胴、次から次へと身体が崩壊する。

 触手から高濃度の魔力が流れてくる。


「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 人間の扱う魔力と魔獣の扱う魔力は密度が違う。全身を侵食するような激痛が走る。


 ──それでも辞めない。


(構う゛も゛の゛かっ……!!)


「ぐぅっっっ、ぇあっ……がぶぉおぅ……」


 恐らく尽閼の魔力が濃密すぎるのであろうか、抑えきれない量の血が口から溢れ出る。


 ──辞めない。


 触手から解放された。

 頭からの落下、この距離だと流石に魔力なしだと助からないなと思ったが、そこには尽閼の口が待ち構えていた。こいつからしたら私は小腹に足される程度だろう。

 もう一度上官たちの方へと目を向ける。


 ────どうして、私は死の間際であるにもかかわらず、こんなにも上官たちが気になってしまうのだろうか。


 ────どうして、隣の少女を、こんなにも気にかけてしまうのだろうか。


 ────どうして、名前も知らないあの少女を無事離脱させたことが、こんなにも嬉しいのだろうか?


 疑問のような得体の知れない思考が、落下する私と対照的に浮き上がってくる。

 既に私の体は左腕から連なった頭部しか残っていない。死ぬことは怖くない。元よりあの少女が逃げれるように、一人で尽閼を引き離したのだ。何故?

 何故そんなことを私はした?どうして知らない少女のために命を張った?


 ────誰なんだ。私の何なんだあの少女は。

 右腕が崩壊し、頭部だけになり、尽閼の口腔へと誘われる。


 ────その時、私の首から光るものが私と一緒に落ちていく。


 ネックレスだった。写真が見える。

 あの少女と一緒に映っている写真。


 ────ああ、そうだ、彼女は。


「───」


 バクンッッッ。


 ────…………

 ──……



報告

第一次『尽閼』完全降臨

日付

2099年12月25日

当該者

魔法少女部隊アルカディア


概要

 S級魔法少女部隊アルカディア(以下、アルカディア)が敵対勢力パンゲアとの戦闘中、SS級魔獣序列1位・滅亡的魔導集合体『尽閼』ナ=ウィザ(以下尽閼)が突如出現。公式の記録として尽閼が完全降臨したのは初である。

 これを部隊員の1人副官・ピュアリップル(加賀美莉緒、以下リップル)が、アルカディアとパンゲアの戦闘地域から引き離した。 禁忌魔法・全爆をリップルが単独で発動。直撃した尽閼は無傷であったことがリーダー・ピュアリヒト(星薙愛惟、以下リヒト)の口から語られた。救助隊と共に尽閼の元に駆け付けた同部隊上官魔女ミューザ(涼元薫、以下ミューザ)、並びにリヒトが全部隊員を逃すために殿を務める。リップルが再び戦線へと復帰。リップルによりリヒト・ミューザは戦線を離脱させられた。その後リップルが尽閼に捕食される光景を、離脱中目視したことを同隊員らが証言した。

 最後に、リップルが発動したと思われるオアレゼースにより尽閼周辺は隔離されたが、尽閼はそれを破壊し、空間へと潜る様に消えて行ったと同隊員が証言した。


被害

魔法少女1人死亡


経過観察

 ────…………

 ──…………

 ───────…………、人的被害が一人であったのが不幸中の幸いであろう。

 最後にアルカディアについて記載。前述の通り、S級魔法少女部隊アルカディアサブリーダー・ピュアリップルが死亡。同残存所属隊員は全員魔法少女として復帰したが、リヒトのみ異常な魔獣への執着が見られた。メンターにより改善した。後にリーダーであるリヒトから魔法少女部隊の解散申請があり、部隊上官であるミューザがこれを了承。アルカディアは解散となった。該当魔法少女は現在フリーとして業務に当たっており、他二名は別の隊へと移籍した。

               

 ────…………

 ──…………














追記

2101年4月1日12時00分

作戦名『御伽』参加・第一魔法少女連隊隊長魔女ミューザ

現場より魔法協会及び全作戦参加者に緊急伝令。

2度目の尽閼完全降臨、直後魔力を消失させながら姿を消した。


以降の詳細は報告書「第二次『尽閼』完全降臨」を参照。

なお、上記の報告書閲覧には、該当報告書の一次アクセス権を持つ者2名からの許諾が必要。







 ────…………

 ──…………


「秘匿伝令、魔法協会本部幹部、並びに荒峰深愛へ、こちらミューザ。緊急伝令の続きを報告します────」






























「────その場に加賀美莉緒が現れました」


読んでくださりありがとうございます。

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