さっそく目の敵にされた
シュヴァッハは、朝の支度を終えて部屋を出る。
老人ことスゲルグの話を聞く為に、そして昨日は失神してできなかった冒険者の仕事をするためにリーンのデートを延期してもらった。
自分よりも老いた男を優先するのか、仕事と私どっちが大事なんだと喚くリーンを窘め、一緒に寝ることで許可を得た。
かなりストレスが溜まっていたのか喉元に噛みつこうとするリーンの寝相と一晩中格闘したので寝不足である。
「いただきまーす」
欠伸を一つして、シュヴァッハはリーンが用意した朝食に手を付ける。
相変わらず味は最悪だが、人肉を好む魔族のリーンの味覚では、人の食卓に並ぶ料理に見た目を似せる事はできても味の再現は難しい。
それでも栄養は摂れる上に、代わりに作ろうと進言して去年のように殺されかけるよりは良いとシュヴァッハは心を無にして食べる。
色々と文句はあるが、勝手に住み着いたとはいえ自分のために食事を用意してくれる優しさに感謝していた。
これから向かう冒険者組合にいる同業者に比べれば、リーンの態度は慈悲深いとすら言える。
何かにつけて体を齧ろうとするのは遠慮して欲しいが。
「ご馳走様でしたー」
「あ、食べたのね。どうだった?」
「ああ。美味しかったよ」
「そう、相変わらず味覚が死んでるのね」
「…………」
正直な感想を告げたら傷付けると思って配慮した返し方に、正気を疑うと言われてシュヴァッハは鼻から血を噴いた。
どうやら、自分の料理の腕が上達していない事は承知の上のようだ。
毎回感想を聞いて来るが、少し意見すれば睨まれ、逆に気を遣って美味しいと言えば呆れられる。
シュヴァッハは正解のない地獄の会話に涙が止まらない。
「あ、シュヴァッハ。今日はこれを持っていって」
「何これ」
リーンから差し出された鈴のような物を受け取る。
シュヴァッハはよく観察するが、やはりただの鈴にしか見えない。
「これは?」
「鈴を『獣避け』の魔道具に加工した物よ。森に行く時は付けていって」
「おお!凄い気が利く!」
「ついでに紐を強く引くと爆発する仕組みになってるから、いざという時は鈴も効かない魔獣に使いなさい」
「紐って結構緩いけど、大丈夫?何も無い時に作動したりしないよな?」
「は?私に失敗があるとでも思うの?それこそ爆発して死ねば?」
「げぷらっっ!!?」
ゴミを見るような目でシュヴァッハを見ながら、リーンは出ていく。
心配しているのかしていないのか、全く分からない態度だった。
「まあ、無事に帰れたらお礼言おう」
目元を指で拭い、シュヴァッハは食器を片付ける。
既にリーンは店番に出ている。
店へと出る扉を開けると、リーンは可憐な笑顔で来客に対応していた。ここへ来る客の目的は、販売している優秀な魔道具を求めているのは間違いないが、中にはリーンを目的とした人間もいる。
外見は見目麗しい少女だ。
魔族としての特徴を魔法で隠しているので、相手はただの可愛い女の子と認識して気軽にナンパまでする。
命が惜しいならやめておけと忠告したい口を噤む。
「シュヴァッハ。もう出るの?」
「ああ。今日こそ立派な仕事をしなきゃな」
「待って。襟が乱れてる」
受付から出たリーンがシュヴァッハの襟を正す。
その様子を客が羨ましそうに見ていた。
視線に気づいたシュヴァッハは気まずくて離れたい気分だった。既に気持ちを察したリーンに片足を踏まれて距離を取ることもできない。
「はい、いいわよ」
「ありがとう。それじゃ、今日こそ仕事を頑張ってくるぜ!」
「いってらっしゃい。怪我したら殺すから」
後ろから死刑宣告を受けてシュヴァッハは家を出た。
今日は朝に老人スゲルグの話を聞いた後、冒険者組合で仕事を請ける予定だ。昨日は兎による強力な妨害があって叶わなかったが、今日こそはとシュヴァッハは息巻いて道を歩く。
リーンから持たされた鈴の形をした獣避けの魔道具があるので、昨日のように兎やイタチなどに襲撃を受ける事は無い。
「よう!腰抜けのシュヴァッハ!」
「ぐはっ!そ、その声は、誰だ……!?」
突然の声にシュヴァッハは周囲を見回す。
シュヴァッハを呼んだ人物は、すぐ後ろにいた。
赤い髪を後ろに撫でつけ、清潔な白いマントに身を包んだ青年だった。腰には凝った意匠を施された華美な剣を佩いている。
見たことのない顔に、なるほど初対面かとシュヴァッハは背筋を伸ばして失礼のないように体の正面を向ける。
「おいおい、同じ冒険者としてこの僕を知らないのはおかしいんじゃないか?」
「ごめん。誰だ」
「王都で一級冒険者になった男、ルークス・リンクレアだよ!つい昨日この街に来て活動すると組合で皆に挨拶したのに、まさかそれすら知らないのか?」
「ああ。昨日は組合にも寄らず直帰したから」
「…………」
「…………」
「…………聞いてないなら仕方ないな、うん」
「…………ごめん」
お互い気まずくなって視線が合わない。
道の真ん中で堂々と名乗った青年ルークスとシュヴァッハを不思議そうに往来の目が見ている。
ルークスの傍にいる三人、彼のパーティーメンバーと思われる面々は慰めるように肩を叩いていた。
「き、気を取り直してだな!同業者としてこれから仲良くやろうという話さ」
「仲良くしてくれるのか?何か腰抜けって言ってた気がするけど」
「ああ!君の噂は王都でも聞いたさ!仲間を見殺しにした情けないヤツだってね!くれぐれも僕らの冒険の邪魔はしないでくれよ!」
「一級冒険者と万年三級冒険者の俺じゃ仕事内容が違い過ぎるから、多分大丈夫だと思うんだけ」
「言いたい事はそれだけだ!さらば!」
「がふっ……む、無視された……ひどい……」
ルークスはシュヴァッハに背を向けて歩き、やがてリーンの店へと入っていった。
これからこの街で活動する一級冒険者。
冒険者には、働きぶりと実力から等級制度が設けられている。最低にして素人レベルの五級から国家戦力並みとされる特級冒険者とある。
ルークスは一級冒険者を名乗っていた。
最高位の特級ではないにせよ、その実力を組合が認めて与えたのならば、一人で魔獣を何体も殲滅できる実力があると認められた猛者だ。
この街では、引退間際の二級冒険者の老爺が最高の実力者だったが、とうとうさらに上位の存在がここに来てしまったらしい。
三級冒険者のシュヴァッハの請け負える仕事といえば、基本的に害獣の始末や薬草の採集、パーティーを組む事で魔獣退治を行える程度だ。
一級のルークスの仕事を邪魔するような機会は無さそうなので、ほっと胸を撫で下ろす。
「ん?」
リーンの店の扉が大きく音を立てて開け放たれた。
そこから、さっき入ったばかりのルークス達が全身から黒煙を立ち昇らせて出てくる。
あまりにも目を疑うビフォーアフターに誰もが顔を引き攣らせて彼らの無惨な姿に沈黙する。
静かになった道に出てきた彼らは、自分たちを見つめるシュヴァッハの気配を察して睨んだ。
「おのれ、シュヴァッハ……!」
「え、何だよ急に」
「許さない……!リーンさんを勧誘したら、『私って自分では出来るって言いながら私に頼る事でしか生きられないような情けない男が好きなの。ごめんなさい』って言って僕に雷を落としてきたぞ……!」
「ごめん。あの子、すげー性癖歪んでるから」
「全て貴様のせいだ!いつか復讐してやる!」
「何でぇ!?」
悔しさに叫びながら、一級冒険者ルークスとその仲間が走り去っていく。
置き去りにされたシュヴァッハは、ただ呆然と彼らを見送るしか無かった。
「何でもいいや、早く爺さんに会いに行こう」