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この自称嫁、怖い




 シュヴァッハは再び小屋で目を覚ました。

 扉を失った戸口から、夕日の光が差している。魔獣に襲われてから数時間は経っていたようだ。

 ベッドから起き上がると、老人が椅子に座って剣を磨いていた。

 すぐ傍でくつくつと笑いながら作業する姿は恐ろしく、シュヴァッハは思わず白目を剥いて倒れそうになる。


「おい、気絶すんな」


「あ、おはよう。爺さん」


「魔獣を退治して血を浴びたらおまえってヤツは気絶したんだぞ。しかも、何回か起きては自分についた血臭でセルフ気絶すんなヘッポコ」


「優しくしてよぉ……」


 どうやら何回も覚醒と気絶を繰り返していたらしい。シュヴァッハは自分の精神力の脆弱さを改めて自覚して悄然とする。

 魔獣を両断した時まで記憶はあるが、鼻腔を突いた血の臭いで気が遠のいて……思いだしたらまた気絶しそうになったので回想を中断する。


「ごめん、苦労かけたな爺さん」


「いいや、こっちこそ助かった。まさか、おまえが強いなんてな。伊達に勇者パーティーじゃねえってか」


「……へへっ、兎には勝てねえけどな!」


「やっぱ疑わしいわ。もっと鍛えろガキ」


「ふへぇ」


 久方ぶりに褒められたと思った矢先に辛辣な言葉を受けて再び凹む。


「しかし、驚いたのは本当だ。体の強度は皆無なくせに魔獣を真っ二つにする膂力はあるし、もう頭の傷も本当に治癒してやがる」


「言ったろ。昔から治りは速いって」


 シュヴァッハは得意げに胸を張る。

 尤も、並外れた腕力と自然治癒力を台無しにする耐久力の無さは無視できないほど残念な欠点だ。あともう一つ誇れる部分でもあれば良かったのにとシュヴァッハは自嘲する。

 しかし、そのお蔭で老人を救えた。

 老人によると魔獣を倒したシュヴァッハに怯えて兎たちは退散したという。シュヴァッハからすれば、魔獣よりも小動物の方が強敵なので有り難い報せだった。


「よし。これ以上、世話になってちゃいけないし帰るぜ」


 シュヴァッハは立ち上がる。

 夕刻なので予定は何も遂行できていないが、そろそろ本気で帰らないと同居人に殺されるかもしれない危機感が合った。

 今朝だって、家を出る時に用事についてかなり詰問された。サプライズで兎肉を持ち帰ろうと考えたから適当な理由を繕ったが、逆に不審感を煽ってしまったので帰ったらどうなるか予想もつかない。

 急いで帰らねば、とシュヴァッハが戸口へ急ぐ。


「待て。話がある」


「え?」


「おまえの強さを見込んで、頼みがあるんだ」


「でも帰らないと怒られちゃう」


「門限でもあんのか?」


「あ、ああ。日が落ちる前に帰らないと晩ごはん抜きにされるんだぜ。とんでもねー事だ」


「あー、はいはい分かった。なら明日また来い」


 シュヴァッハの必死さに老人は緊張感が無くなるのを感じて、今日話すのは諦める事にした。

 それだけ聞くと、シュヴァッハは大慌てで小屋を出て走っていく。

 また兎にリンチされていなければ良いが、とも考えたが魔獣を一蹴した強さを見た後では不思議と心配にならなかった。

 明日も来るか不安だが、その時は街まで訪ねてみようと老人は考える。

 目的達成のためには、シュヴァッハの力が必要だ。


「あのクソ野郎を殺すために」


 老人は固く拳を握って、シュヴァッハの去った戸口を見つめた。


「きゃああああああああ!!!!」

「いい加減にしろ!!」


 老人は剣を手に取って外へ出る。

 やっぱり、頼るのは少し考え直そうと思った。






 シュヴァッハは、ふらふらと千鳥足で家路を辿る。

 酔っているのではなく、ダメージが足に響いていたのだ。よもや帰り道で今度はイタチに襲われるとは思ってもおらず、噛み付かれた足首がまだ痛い。

 そんな情けない姿に街から注がれる視線もまた冷たかった。元からこんな感じだったので今更だが、いつだって弱った心に針のように刺さる。

 腕には、何とか頑張って気絶させて捕獲した兎がいる。自分では殺せないので、同居人に絞めてもらう予定だ。

 今日は散々な目に遭ったが、サプライズは果たせそうな事が不幸中の幸い。

 涙を流しながら、シュヴァッハは道具屋の戸を開けた。


「ただいまー」


「おかえり。何してたの」


 扉を開くや冷たい声に迎えられた。

 受付にエプロン姿で立っているのは、シュヴァッハの同居人である。日中は自作の魔法を込めた機能を持ち生活を豊かにする道具――通称『魔道具』を道具屋で売り捌いている。

 いつの間にかシュヴァッハの家を改造し、勝手に道具屋として経営している理解不能な存在だった。

 シュヴァッハは手にしていた兎を持ち上げて見せる。


「が、頑張って兎仕留めて来たぜ」


「その為にそんなボロボロになって、町中に醜態を晒してきたの?ご苦労ね」


「くぱっっ!!」


 言葉の威力は老人以上である。

 血涙を流し、気絶を堪えてシュヴァッハは受付へと近寄る。


「ほ、ほら。今日はリーンの誕生日だろ?だから、兎肉をプレゼントしようと思って」


「私、兎肉は嫌いだって言わなかったっけ?」


「…………え、そうだっけ。でも、肉が好きって」


「当たり前でしょ。私はグルメなの。好物は人肉だもの」


 受付の同居人リーンはため息をつく。

 肩口で切り揃えた白髪の毛先を指でいじりながら、少しだけ頬を赤らめて人肉の味を思い出したのかうっとりと赤い目を細めている。

 唖然とするシュヴァッハには、記憶の中の人肉に舌舐めずりしている同居人が今日戦った魔獣より恐ろしく見えた。


「じゃあ、今晩の俺のご飯って事で」


「そう。……で?他に誕生日プレゼントは?」


「それは、ごめん。兎を狩るのに全力尽くしてたから、他に用意とかしてなくて」


 シュヴァッハの用意の無さに、リーンは舌打ちした。


「気の利かない男。家主として、妻として情けなくなってくるわ」


「元々俺の家なんだけどなぁ……いつ結婚したんだよ俺たち?」


 リーンは家主ではない。

 それどころか、人間ではない。

 数年前に、魔王討伐後のシュヴァッハを追って来た魔王の配下である。国王から賜った少ない報酬で買った家は、本来人ひとりが住めるだけだったのに、住んでから少しして現れたリーンが勝手に住み着き、それ以来奇妙な同居人関係が続いている。

 謎の夫婦設定にはいつも理解が追い付かないが、今やシュヴァッハの生活資金はリーンの稼ぎに依存している状態である。

 冒険者として働いても、小動物と死闘を繰り広げるような男の稼ぎなど高が知れており、リーンの売上の方が家計を支えていた。

 なぜ人類の敵が、しかも魔王を倒した仇の一人の家に住み着き、妻を自称してまで一緒に暮らしているのか甚だ不可解だが、何を言っても通じないので追い出す事も何もかも諦めている。


「明日のデートと今晩一緒に寝る事で許してあげる。光栄に思いなさい」


「人肉が好きって言ってる人と一緒に寝たくねえ」


「口答えするな下等生物」


「こはっ!?……ねえ、自称でも奥さんなら優しくしてよぉ」


 シュヴァッハの懇願を無視して、リーンは店仕舞を始める。

 同居人としてリーンの誕生日を祝おうとした今日の努力は無為に潰えたが、明日のデートで帳消しにしてくれるとあって微かな光明は残っていた。

 シュヴァッハも閉店作業を手伝う。


「そういえばさ、リーン」


「何?やっとプロポーズ?」


「いや、そんな事じゃなくてさ。実は街の外の森で一人暮らししてる爺さんに会ったんだけど」


「そんな事?」


「あの、話聞いてる?」


「その老人の話なら客から聞いたわ。たしか、名前はスゲルグだったわね。一月前から森に住み着いた物好きな人間でしょ。魔獣に襲われるかもしれないのに何が目的なのかしら」


「へー、スゲルグって言うのか」


「……会って話したのに名前も知らないの?本当にポンコツね。よく森から帰って来れたわね。というか私以外に食われるような場所に行くな能無し。さっきから血の臭いがするんだけど、本当に臭いから片付け後にして体洗って来なさいよ」


「げぶっっ」


 話すほど悪口が交じる会話に、もう話す相手を間違えたかとシュヴァッハは後悔に胸が痛んだ。


「その人さ、何で森に住んでるか聞いたけど明日教えてくれるらしいんだよ。でも、人殺しがどうとか、何か不穏なんだよなー」


「……そう。また面倒事に巻き込まれたのね、無視すれば良いじゃない」


「困ってる人は見捨てない。俺はそう勇者様に誓ったんだ」


「あっそ。勝手にすれば」


 リーンは片付けを手早く終わらせ、ふうと息を吐くとシュヴァッハを見た。


「危ない時は私を必ず呼びなさい。シュヴァッハを殺すのは、私なんだから」


 微笑んだリーンの言葉に、シュヴァッハも穏やかな笑みを返す。その裏では、いつこの女から逃げようかと生存本能に火が点いていた。

 リーンは勇者様に殺されかけた魔族だが、シュヴァッハが最後の止めを躊躇った時からの縁である。そんな始まり方なので、終わり方もきっと碌でもない物だ。

 いつか必ず逃げよう、とシュヴァッハは決意した。


「さ、お風呂に行くわよ」


「一人で入る」










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