ジザベル決着です。
「グーグ君、余がやってきたぞっ」
「あらグーグさん。商売が繁盛していると聞いて様子を見にやってきてあげましたわよ」
人垣ができ始めている中をズンズンと遠慮なく現れたのはセビとユメリアだ。セビの後ろにはシーダさんが、ユメの後ろには鍛冶部の先輩がついている。
「チッ、第二王子か…」
ジザベルはセビに気が付いてうっとおしそうに舌打ちをする。
暴力を振りかざして物事を有利に進めるジザベルであっても第二王子の肩書は苦手らしい。
「ふむ。娘よ、余の友人に何か用なのかな」
「……この付与ってやつをね、くわしく教えてもらってたところだぜ」
ジザベルはぼくの襟元をつかんでいた手を離しながら答えた。
「グーグ君、平気かい」
「うん。平気だよ。ジザベルさんの武器のことで相談を受けてたんだ」
グラハイム家の作り出した武器の数々は本当に最高峰の武器なのか。そのことには決着がついたと思う。
これでジザベルが引いてくれるならいい。
けれどまだ納得しないのであればセビたちの協力がいることになるだろう。
「……確かにこの武器はまだ最高の武器じゃねぇかもしんねぇ。けどな、兄貴の武器一本おしゃかにされてんだ。その分の代価は払ってもらわねえといけねえよな」
高性能魔道具武器。
グラハイム家があちこちから人を集めて作り上げた、対「魔王」用の業物だ。値段を付けるとどれほどになるだろうか。
流石にもう、砦一個とはいかないだろうけれど。
セビがぼくに視線を投げてくる。"どう助けてほしい?"とそのまなざしは言ってる。
「……おしゃかにしたって言うけどね。それってたぶんあの時のことだよね。ぼくから何かした覚えはないんだけど、むしろ君のお兄さんに何かされそうになったことなら覚えてるよ」
「へぇ?、兄貴に何かされそうになるほどの逸材だってことか?」
「……クラスメイトの女子に食って掛かってたから止めただけだよ」
決して元魔王だから目をつけられたわけではない。そのはずである。
正義感からの行為に対してジザベルの兄は持っていた模擬聖剣を抜いてぼくを脅そうとしてきた。
その時のいざこざの折に、彼の模擬聖剣は何か付与されて使い物にならなくなってしまったらしい。
「止めた時にあんたの"付与"が付いたってことだな。なぁ、そのせいで兄貴は廃嫡されちまったんだ。どう思うよ。あんたのせいで一人の人間の人生がかわっちまったんだぜ?。家族としては謝罪を求めたってかまわねえだろうが?」
外野が増えてきたこともあって心情に訴えかける話になってきた。
しかし、彼女の兄が廃嫡されていたというのは初めて聞いた。
学園からいつの間にかいなくなったらしいとは聞いていたが、そこまでの問題だったのだろうか。
一族の嫡子を放逐するほどの。
たった武器一つの話なのにである。
(人よりも、武器への比重が高すぎるな……)
グラハイム伯爵家とはそんな異常な貴族なのだ。
だからだろうか。ジザベルの執拗な追及にもそんな理由がからんでいるのだろう。
しかし、それは認められない。
否定するのである。
「君のお兄さんが廃嫡されたってのは知らなかったよ。悲しいことだね。でもそれって自業自得だよね」
「あんだと?」
にらんでくるがぼくはひるまない。
「あの日、君のお兄さんはぼくに刃を向けたんだ。何もしていない、女の子をかばっただけの生徒に、教室内で刃物を抜き脅し、そして斬りつけたんだよ。それがどういうことかわかるよね?」
学園内では喧嘩は禁止されている。代わりに"決闘"というルールがあり、仲たがいした生徒たちは"決闘"によって私情を晴らすのである。これは貴族も通う場所としての安全のためのルールでもある。喧嘩をするためには何らかの主張がなくてはならない。そして喧嘩を受けるにも美学が必要になる。そんな世界の住人ともコミュニケーションをとるためのルールなのだ。
だからこそ、ルールに反した生徒には重い罰則がある。
まして、貴族の生徒が多数の生徒が見守る中で一方的に武器を持たない生徒に斬りかかるとは。
言ってしまえば廃嫡されたのも当然と言える行動だったのだ。
だからこそグーグはジザベルの言葉に否と言えるのである。
「グラハイム家からはまだ謝罪はないよ。たぶん"なかったこと"にしたいんだろうね。もしくはグラハイム家には、"そんな嫡男はいなかった"ってことなんだと思う。だから何も言わず、そしてこっちにも苦情を言ってこなかったんだよ。それをジザベルさん。君が蒸し返してしまってるんじゃないのかな?」
ジザベルが言い出さなければそのまま終わっていただろう話だ。
けれど掘り返し、過去の損失の賠償を求めるのならこちらとしても白黒はっきりさせなくてはいけなくなる。
何があったかつまびらかにし、出るところに届け出なくてはいけなくなるだろう。
「あぁ…………っ。あー…」
「何があったかは、クラスメイトが証明してくれる。もちろん庶民の言葉だけじゃない。だよね、セビ、ユメリアさん」
「とうぜんである」
「えぇ。見ていましたわ。証言が必要ならいたしましょう」
貴族位を持つユメリアの証言は重い。貴族位に値する発言として子供であっても、その家格の大人と同然にあつかわれるからだ。
セビはわからないが、一応ユメリアさんよりも重く扱ってもらえるだろう。
こと、状況が処断される場に出された場合、不利になるのはグラハイム家なのだ。伯爵位であっても覆すことは難しいだろう。
だからこそ"無かったこと"にされたんだと思う。
「…………チッ、わあったよ。アタイの負けだ。っても実を言えばアタイも兄貴の模擬聖剣のことなんかどうでもいいんだわ。補償代わりにパーティー組んでくれる条件になりゃいいってだけの話さ」
模擬聖剣を弁償する代金の代わりとしてパーティーに入れろってことか…そこまでして魔王のいるパーティーに入りたいものなのだろうか。
前にもうちに入りたいと言ってきたし、どうも彼女の言うことは本当みたいだ。
ともあれ、模擬聖剣の話はこれでひと段落したようだった。
ジザベルは暴風のようなキャラだったが話がわからないという人ではなかった。
うちのパーティーには入れられないが、あの三人組とならいいパ-ティーが組めそうではある。
もしくはガードナーの魔王パーティーあたりとなら…。
「まてっ、勇者候補よ、グーグではなく我が相手をしてやろう!」
ダダダダダと走ってきてポーズを決めながら現れたのは魔王パーティーの一人、件のガードナだ。
「ガードナー?」
「ああん?、てめえがアタイを止めるって?。いーい度胸だなおい」
少しおとなしくなっていたジザベルが急にイキイキと、そして攻撃的な雰囲気になってきた。
話が終わりそうな場面に現れたガードナーにみんなの視線が向かう。もちろん悪い意味でだ。
「…………ふ、ふん、我は引かぬ。脅しには屈さぬ。友のためなら貴様と争うことになっても抗ってみせよう」
ちょっと逃げ腰になりながらもガードナーはジザベルにメンチを切ってみせた。
(―――友?)
友だと言う。
ぼくが勇者候補にすり寄られたときに、友をやめるようなことを言っていたガードナーが、ぼくを友と呼び苦手なはずの勇者候補に相対している。
タイミングを逸していたが、うれしい言葉だった。
「抗うってんなら相手になるぜ。ただそれは今日じゃねぇな。てめぇのパーティーが期日までに20階層を越えられなかった時だ。実力でもっててめぇらを完全に従えてやるぜ」
「…そっちも…越えてみせる」
「キシシ、楽しみにしてるぜ」
ジザベルはぼくに手を振って去っていった。
ほっとしつつ、ガードナーに視線を向ける。期日がどうとか20階層がどうとか、何か勇者候補と取り決めがあるような会話だった。
「ガードナー、何かジザベルさんと約束があるの?」
「…いや、何でもない」
ガードナーは少し逡巡した様子を見せたがそれっきり口を閉ざす。さすがに外野が多い状況で自分の事情を話してくれたりはしないようだった。
ぼくがセビやユメ、それから彼らを連れてきてくれた鍛冶部の先輩にお礼を言っているといつの間にかガードナーはいなくなっていた。
彼にもお礼を言いたかったのだけれど。まぁまた教室で会った時でいいか。




