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両親たちの会話


「グーグのスキルは…なんじゃ?」


トロールの襲撃があったあと、何とか村の正門で5匹のトロールを追い返したあとのことだ。

自宅に帰ったゴダーダとジルは、その惨状に腰を抜かしそうになった。

家は壊れ、木々は折られたのか根っ子を残し消え去り、そしてトロールのモノだと思われる下半身の死体のそばには一人、動かなくなった幼児がよこたわっていた。

二人が怒声とも悲鳴ともとれない声をあげていると、半壊している家からナーサが出てきた。

「パパっ」

「ナーサっ!無事じゃったか。みんなはどうしたっ」

ジルとゴダーダはナーサに走り寄る。その途中でよこたわる幼児がグーグだと気が付いたゴダーダはそちらに向かった。

ジルはナーサの前で膝をつき、怪我の有無を確認する。

「ナーサは怪我はないようじゃな。イーダは?クーリアは?メルーザさんはどうした?」

「ママとメルーザさんはたおれてるよっ。おねえちゃんはすわってる。みんなだいじょうぶ」

「そうか。良かった。しかし…いったいこれはどうしたことだ?」

おそらくトロールが村を囲う柵を破壊して侵入してきたのだろう。だが、そのトロールは死んでいる。体の半分を吹き飛ばされる形でだ。いったいどんな破壊力でこんなことがおこせるのか。


「グーグちゃんがやったのっ」


「なに?、グーグ、がこれを…?」

まだ2歳にも満たない子供が、成人男性30人で追い返した魔物をたおしたというのか。

たった一人で…?ありえないことだ。

だが、ジルはゴダーダの子供自慢を聞いていた。

やれ魔術を覚えただの、魔術をいくつも使えるだのという親ばかな自慢話を。

話し半分に聞いていたが、まさか本当だったとは。いや、これはそれ以上のことだ。この村にだって魔術を使う者はいる。エルフやドワーフが住んでいるのだから、強力な魔術だって使える。

けれど、その誰にもできなかったことを、グーグは一人でやってしまったことになる。

――異常

異常としか言えないことを成してしまった。

これは本当にゴダーダとメルーザの子供だろうか?。人間という種族は知性種族の中では最も貧弱で成長もみこめない、数ばかりが多い不遇な種族として知られている。

けれどこれは…この異常な破壊のあとは、まるで魔族の長『魔王』を彷彿とさせる。

『魔王』ならば、おそらくできるだろう。

だが、魔王は魔族にしか産まれない。

ゴダーダとメルーザの子供ならば、魔族ではなく人間だ。

いったい何が起こっているのだろうか。


おかしいのはグーグだけではない。

トロールが村に来ることもこれまでなかったことだ。

毎年雪が減っている。

雨が少なく、山に実りが少なくなっている。

芽吹きが少なければそれを食べる獣が増えず、そして獣を食べるトロールや自分たちも干上がってしまう。

山が衰えている。

ドワーフであるジルは土の衰弱を誰よりも早く気が付き、そしてエルフであるデイナードは水や森の衰弱に気が付いた。

森が痩せればそこに住む生き物も飢える。

飢えればどこか別のところから奪うしかない。

――それが今回のトロールの襲撃の原因だと思われる。


最初、村の付近に現れたトロールは8匹だった。

見つけた者は報告に村にもどり、村は総出で村を囲む柵を高くした。

そして再びトロールが村の近くに現る。けれどその時には柵が完成しており、一同はトロールを正門で迎え撃つように誘導できた。

戦いはこちらの優位で始まった。

正門に現れたトロールは5匹。こちらは村の男たちが30人。

けれど再生能力を持つトロールに男たちは苦戦することになる。

ようやく一体を殺し、トロールを追い返したころには村の男たちのほとんどが負傷していた。

死者が出なかったことだけが助けだった。

そうしてようやく帰路についたついた時、もう一匹トロールが入り込んでいたことを知った。


同時に知ることになる。

一人の子供の中に、トロールを倒せるほどのスキルがあることを。



「グーグのスキルは魂の残滓のようなものだと、山主様は言ってました」

グーグの持つスキルは何だ、という問いに答えが出たのは、それから数日後のことだった。

両親といえど、それ以上の説明を受けていない。

ジルは思う。魔王のようなスキルを人間が放つ。ならば、もしかするとグーグの魂の来歴は――

あくまでも可能性の話だ。

けれどどうあれ、そのスキルはグーグ本人を良くない未来へ導くのだと言う。

だからこそ換える必要があるのだと。


「グーグのスキルは彼のためにも別のものにしなければならんのだな」

「…すいません、グーグのために…。ナーサとラーテリアには本当に申し訳なく思っています」

ゴダーダとメルーザが頭を下げてくる。

ジルとイーダはそれを押しとどめる。その話は何度もし、そしてお互いが納得したはずだった。

「ナーサも納得しておるよ。…まぁあの子は甘いところもあるが。ラーテリアも納得したのには驚かされたがの」

エルフであるラーテリアには《精霊召喚》は重要なスキルに思えるが、エルフの里を出てきた彼らにとっては上級精霊と契約する方法がなく、そこまで重要ではなくなったと言っていた。

上級精霊との契約には儀式用の方陣と、なによりも精霊が棲む環境が必要になる。

デイナードはエルフの里を捨てて人の里に来た。妻がエルフから異端だと追われたらしいが、今彼は妻と別居している。

里にいた頃のデイナード夫婦は上級精霊と契約していたが、人里で産まれたラーテリアは上級精霊と契約できない。これはラーテリアもわかっている。わかったうえで、スキルをグーグにあげることを納得している。

彼女もやさしい子なのだ。

ともあれ、子供らと大人含め、一同の合意でグーグのスキルは交換されることになった。

それ自体はいいことだろう。

ただ、別の心配もある。

「スキルを交換してしまって、平気かしら…またトロールが襲ってきたら…」

メルーザが襲撃のあった夜のことを思い出して身を震わせる。

もしまた襲撃があったらと思うと…今度はグーグにたよるわけにはいかないからだ。

「グーグのスキルはすごいスキルだけど、グーグにたよるわけにもいかないだろ?。まだ子供なんだ。おれがなんとかしないとな」

「そうじゃな。子供のスキルに頼りきりになるわけにもいかん」

スキルに代わるモノはない。せいぜい柵をより強固にするくらいか。

逃げて行った4匹のトロールが再び村を襲撃してこないとはかぎらない。初めに村の近くで確認されたのが8匹。なら、まだ山には6匹以上のトロールがいることになる。

山の実りが減っていく昨今では、いつか再び戦いがおこることになるだろう。今年か…来年か…山を下りない限り、どちらかの集団は山から排除されるだろう。

その時にグーグのスキルがあれば…

そう考えなくもなかった。


一同は今後のことを考えて無言になる。

この村を追われて生きていけるのか。

今いるこの”家族”たちと分かれ分かれになってしまわないのか。

今年も、来年も、その先も、みんながいっしょにいられればいいのに。そう思ってしまう。


「…山主様が村の味方ならいいのにね」

メルーザのつぶやきがもれる。

けれど山主様はその名の通り山を管理する者だ。

山に住む者はみな等しく山主様から助けを与えてもらうことができる。

村の住人にも。そしてトロールにもだ。

山に住む者同士のいさかいには手を出さない。我々が山の獣を狩っても罰を受けないのと同じように、我々がトロールに狩られたとしても山主様が助けてくれるわけではないのである。

「メルーザ…」

「わかっているわ。でも、どうしてもそう思ってしまうのよ」

あの夜のことを忘れることはできないだろう。だからこそ、力強い何者かの庇護を欲してしまうのだ。

彼女は山で暮らしていても本当の”山”を知らない。

ゴダーダは山に登るからそのあたりの考え方は彼女よりは割り切れていた。

エルフのデイナードがいるから危険はそこまでないが、それでも。

山は、命を失う危険と常に隣り合わせの場所だった。

そこに助けは無い。

自分たちでなんとかしなければならない、という覚悟をいつでもしていた。


ゴダーダはそっとメルーザの肩をだき、腕の中に抱き寄せる。

「大丈夫だ。トロール相手だって作戦を立ててみんなで戦えば、人間だってやつらに勝てるんだ。山主様やグーグのスキルになんてたよらなくったって、おれたちは生きていけるさ」

「…そうじゃな。わしらは、わしらの力で村を守らねばならん。それが、山に住むということじゃからな」

ジルはゴダーダの言葉を肯定する。

「なに、きっとどうにかなるさ。なにせここには可能性だけはすばらしい人間という種族と、物を造ることに長けたドワーフ族と、知識と魔術に長けたエルフ族がおる。…なら、できないことはないはずじゃ。そうじゃろう?」

「もちろん。…たよりにしてるよ、あんた」

ジルとイーダはほほ笑みを交わした。メルーザもそれを見て落ち着いて来たらしい。

「……そうね、きっと…大丈夫よね」

人間は決して弱い種族ではない。力をあわせ、知恵を出し合い、”数”という力で困難に打ち勝ってきた。

努力でドワーフに追随し、協力することでエルフの知識量と同じだけの知識を継承してきた。スキルをいくつも組み合わせることで魔族にも負けない戦いをこなす。

それが、『人間』という強さなのだから。


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