西のダンジョン1
そんなこんなでリアラに見送られ、一旦装備を整えに分かれた後、西のダンジョン前で落ち合う約束をする。
ぼくは装備を持って西に移動しながら、中央通りにある「蛍火の商店」に来ていた。
「おじゃましまーす…」
店内をのぞくがアメリアはいない。もともと接客ではなく裏方のバイトをしているはずなのでここにいても会えないだろう。
ぼくは手の空いている店員にたのんでアメリアを呼んでもらうことにした。
「グーグっ、どうしたのかしらっ!」
パタパタと速足でやってきたアメリアはぼくを見つけると店の片隅に引っ張っていき、小さな声で驚いていた。
期待に満ちた瞳を向けられるが、とくにそういう理由でもなく。
「今日さ、西のダンジョンに行ってどんな『属性』が保存できるのか試してみようと思うんだ」
「今日?西…。でもグーグ、それなら明日でいいじゃない。いっしょに行くわよっ」
「ええと、そうだね。明日でもいいんだけど…、今日思いついたから今日やろうかなって。明日も必要ならセビにも言ってみんなで西のダンジョンにいこうと思う」
「……それなら、いいけど」
思いついたのがついさっき。放課後にクロウリーと話していた時だったのだ。勢いのままにクロウリーを誘ってダンジョンに行くことを決めてしまったが、確かに明日まで我慢すればぼくたちのパーティーで西のダンジョンに攻め入ることができたかもしれない。
まぁ、今日思い立ったことは今日すませてしまってもいいけど。
明日以降も潜るなら今度こそパーティーで行けばいいだろう。
「それで、一人でダンジョンに行くのかしら?」
セビを連れていくなら一緒に店に顔を出しただろう。それがないとなれば他に考えられるメンバーもいないので一人だと思ったようだ。
「違うよ。今日はクロウリーさんに頼んだんだ。露店の後ろ盾にはなってもらえなかったけど、代わりに別のことで協力してもらえることになったんだ」
ぼくはカクカクシカジカで放課後にあったことを説明した。
「そうなのねっ、うんっ、いいと思うわっ」
賛成してくれたようだが、ちょっと勢いが怖い。
「夏用の商品はうちの商会でも売れ筋よ。それにクロウリーさんも信頼できる人だわ。グーグがどれほど魅力的でも貴族が平民を婿にすることってないものね!」
その評価はどうなんだ。思い切り私情を含んだ人物評価な気がする。
「クロウリーさんが信頼できそうなのはわかるけど…。そんなわけでダンジョンに行ってくるよ」
「うんっ。行ってらっしゃいっ」
にこやかに送り出される。
ぼくはオヤツに饅頭を二つ買っていく。
以前この店に来た時にアメリアからもらったものだ。誰かと食べるには手ごろな甘味なので買っていくことにした。
ただ、暑くなってきた時期にはちょっと水分が欲しくなる食べ物だが。
西地区は民家の多い地区だったが、ダンジョンの周りには冒険者が使うような店がひしめき、ちょっとした商店街のような場所だった。
魚の骨や貝殻を使ったおみやげ屋も多い。
北のダンジョンと同じでダンジョン内で倒した魔物から素材を採ることはできないはずなのだが、宝箱からのドロップで拾うのだろうか。あれらも『属性』が保存できるか試してみたいところだ。
寄り道していたぼくとほとんど同じ時間でクロウリーさんはやってきた。使い魔を連れておらず一人である。
「クロウリーさん、よろしくー」
「よろしくですわね。あと苗字でなく名前で良いですわよ」
クロウリーさんの名前って何だっけ?
「ユメリアですわ」
「ユメリアさん…アメリアと似てるなぁ。どっちか改名しない?」
「これが庶民感覚というものなのかしらね」
しみじみと言われた。
ぼくの故郷では成人すると名前が増える風習があったのだけれど。父なんかはゴダーダだけども、子供のころはたぶんダーダだったみたいな。
故郷がなくなったのでぼくのグーグはゴグーグになることはない。…ならなくていいか。
「あぁ、そう言えばノーラからユメちゃんって呼ばれてたっけ。ユメちゃんで良い?」
「…………異性からその呼ばれ方は誤解を招くかもしれませんわね。グーグさんを火遊び相手にするならかまいませんが」
貴族なので誤解される呼ばれ方はまずいらしいことを匂わせてくる。素直に別のにしてくれと言えばいいと思うのだが、断り方に妙があるとも言える。
「なら…ユメさんでいいか。ユメさん行こうか」
「ふふん。いいですわよ、参りましょう」
「ここが西のダンジョンだね!」
一歩踏み込んだ西のダンジョンは雨だった。
外と内の環境は違うとはいえ、いきなり雨がザーザー降っているのは気が滅入る。
「ここは雨が多いそうですわ。西のダンジョンは水と縁近い場所らしいので」
階層によって湖だったり川だったり海だったりもするが、どれも共通して"水"にかかわる地形らしい。
この一階層は岩場になっているので水とかかわりがあるわけではないが、かわりに雨が降りやすいらしい。岩場の間には所々にゆらゆらと揺れる昆布のような草が生え、珊瑚みたいな木が立っていた。
その間を魚が泳いでいる。
「魚が泳いでる……空中を」
「魔物ですわね。飛魚というらしいですわ」
一般的に飛魚と言えば海から飛び上がるだけの魚である。滞空時間を延ばすためか、ヒレが翅のように長いのだが、ここの魚はそんなことはない。
角が生えていたり触覚が伸びていたりするくらいで翅が生えていたりは…あ、生えてるのもいる。
魔物なので形状の自由度が高いようだった。
思い起こせば確かに空中を泳ぐ魚の魔物も存在していた。蝶々魚や金色魚と呼ばれる魔物だ。ただ、あれはヒラヒラと舞うように泳ぐ観賞魚の魔物だったのだが。何と交雑してこんなことになったのか、謎が多いことだ。
「雨なのでイキイキと泳いでいるようですわね」
西のダンジョンに来たことがあるらしいユメは、そんなことを教えてくれる。
「うーん…活きがいいのはいいけどね。戦うぼくらは大変そうだよ」
ひとまず一匹か二匹の魔物を優先して倒していくことにする。目につく範囲にちょうど二匹でふらふらしている飛魚がいた。
「ぼくが盾で敵を防ぐから、ユメさんは敵を一匹になるまで減らしてほしい。最後の一匹のとどめだけはぼくがやるからね」
「わかりましたわ。では…《氷槍》っ」
まだ敵との距離があるにもかかわらず、ユメが魔術を放つ。
ぼくは盾すらバッグから出していない。
一本の氷の長槍が宙を駆け、魚を貫く。
貫かれた魚はビクンビクンと体をはねさせていたが、間もなく動かなくなり泡となって消えた。
残った一匹はわき目も降らず逃げ出す。
仲間が敵と認識する距離よりも外から、一撃のもとに屠られたのだ。誰だって逃げ出すだろう。というか、過剰な火力といいとんでもない貴族様である。
「す…すごいね…中級魔術が、あんなに飛ぶなんて…」
魔術の飛距離は練度に依る。あれだけの距離が飛ばせるということは、かなり使い込んでいる魔術なのだろう。
「ふふっ、庶民とは違うのですわ」
「えー…」
そういうものだっけ?。いいけれど。
実際、貴族はそれだけで称号を持っている。おそらくユメなら<子爵>だろうか。子爵位を持つのは家長だと思うが、親族のユメもその恩恵を受けているのだろう。
そして称号があるなら練度上限がその分高くなっているのである。元々50の上限が、称号によって+5や+10されているのだ。練度で飛距離の伸びる魔術であれば、より遠くまで飛ばせるということである。
「でも逃げられると困るから、戦闘になってから撃ってね」
「えぇ。気を付けますわ」




