"模擬聖剣"です。
次の日登校すると下駄箱の中に一通の手紙が入っていた。
「…………」
差出人はジザベル・R・グラハイム。こないだの勇者候補である。
「こうきたか…」
どこかからノーラたちに手紙で呼び出されたことを知ったのだろう。これなら拒否されないと考えたのかもしれない。
「ようグーグ、そんなところに突っ立ってどうした。はははまさかラブレターでも拾ったか?」
校舎入り口から機嫌よさそうにやってきたのはガードナーである。
彼はぼくの持っている手紙を見て拾ったものだと思ったらしい。なぜぼく宛に送られたのだと思わないのか疑問だが。
「手紙入れられてたんだ…」
「ほう。誰から?」
「……ジザベル・R・グラハイム」
ガードナーから表情が消えた。ピタリ、と止んだ彼の体動は、そのままギギギと後ずさりを始める。
「ゆ、勇者候補か…」
元魔王であるガードナーにとっては天敵の相手である。
「よし、グーグ。お前とは短い付き合いだったがこれまでのようだ。いいか、お前が勇者候補の手先になるのならば我たちは容赦をしない。敵とみなさせてもらう」
「手先って…まだ開けてもいないんだけど」
手紙は封筒に入れられたまま未開封だった。
「そうか。ではお前が勇者候補の恋人となる場合は友としての縁を切るだけですませてやろう。クラスメイトとして扱ってやる」
やたら上から目線だなこの元魔王。
「早く開けてみろ」
ガードナーに言われながら、しぶしぶ手紙の封を開ける。
『少年へ 昼休み、第二校舎の裏へ来られたし。 ジザベル』
「…………」
「ふむ。色気のある文ではないな。敵対が濃厚であるな」
呼び出し場所はノーラの時と同じなのに、これほどテンションの下がる呼び出しがあっただろうか。
いきたくないよー
突然病気になったりしないだろうか。
「キシシ。まってたぞ」
呼び出された時間に件の場所にいくと、本当に勇者候補が待っていた。
ただし今日はこの学校の制服を着ている。どこかで盗んだか徴収したのだろう。
腰の左右には剣がぶら下げられていた。いなくなった男勇者候補も剣を持ってたし、勇者候補というのは学校内でも剣をぶらさげて歩くものなのかもしれない。
「ええと…ジザベルさん。ぼくに何の用ですか?」
「あたいあんたが気に入っちまってさ。下僕にしてやんよ」
気に入っちまってさからの下僕である。そこは恋人とでもしてほしいところだが、それはそれで勇者候補と恋人関係というのも恐ろしいのでナシの方向でよかったとも思う。
…しかし理由がわからない。人のことを蹴飛ばしておいてどこが気に入るというのか。サンドバックとしてなのか。ごめんだね。
「ゴメンなさい」
「あぁ?、なに謝ってんだよ。おめえはあたいのいいようにすりゃいいんだよ。そうすりゃちったぁかわいがってやっからよ。な?殴られんのいやだろ?」
DVだった!
下僕になったらなったで使いっ走りにされたり気分転換になる画られるのが見えるようだ。
「なー。痛いことしないからいいだろ?殴ったりけったり喰ったりしねーからさぁ」
「いやいや、なんか具体的すぎやしませんかっ、とくに喰ったりのところ!」
「痛い目にあいたくなきゃ下僕になれや」
ふざけんな。
腕をつかんでくるのを頑張って防ぎつつ距離を取ろうとふんばる。
しかしさすが勇者候補、ぼくよりよほど筋力があるのか割と簡単に手玉にとられてしまう。
「いやです。というか、昨日探してたのってこの件なんですか?。ならお断りです。別の人をあたってください。魔王の人とか魔王の人とか!」
最近友人関係を考え直したガードナーとかがいい。彼は少し友人のありがたみを知るべきだと思う。
指摘すると口をニッと吊り上げ、ギザギザのノコギリみたいな歯を見せながら笑う。
「はっ。そりゃそうだ。気弱君かと思ってたがちがうんだね。いいぜ。冗談はここまでにして本題に入ってやんよ」
冗談かよ…。
そういって彼女は自分の腰に差した剣を一本とりあげ、ぼくに見せてきた。
「この剣はうちの父が作らせた剣だ。最高の鍛冶師と最高の錬金術師、最高の”魔”魔術師に声をかけて最高の一本を作らせた。あんたこの剣がわかるかい?」
抜いていい、ということなので鞘から剣を抜き出してみる。
すごくきれいでそれでいて魔力を秘めていることがわかる。…だがそれだけだ。ぼくはまっとうな鍛冶師でも錬金術師でもない。どちらも多少かじっただけのにわかなのである。
「いや、すごい剣なのはわかるけど…それがどうかしたの?」
これが下僕にどうかかわるのかわからない。
「この剣は”模擬聖剣”っていうんだ。人の手で作った聖剣だな。んで、もちろんこれは考えられるかぎりすべての強化がされてんだ。なのにあたいの兄貴が持ってた剣はさらに何らかの付与がほどこされてた。…魔王クラスに来た後にだぜ?」
「…………ふーん」
男勇者候補も彼女のようにクラスに訪れ、元魔王に威圧的な態度をとった後、ぼくに対して剣を向けてきた。
あの時の剣が模擬聖剣とやらであり、そしてこの後で剣に何らかの付与がなされたというのである。
……
付与。
少なからず…思い浮かぶモノがある。
ぼくの持っている錬金魔術だ。
通常の「属性」を付与するのではなく、なぜかよくわからない『属性』を付与できるようになってしまったものだ。
通常の強化とは少し違う強化だとは思っていたのだけれど、鍛冶屋でも錬金術でも”魔”魔術でも付与できないものがつけられる、ということらしい。
(シーダさん、ぜんぜんダメじゃないですか!)
以前シーダには言われたのだ。錬金術の最上級スキルで同じことができるよ、と。
……いや、同じようなことが、だったかも。
”ような”は重要な相違点であろう。
「れ、錬金術の最高の人って…どれくらいのことができるの?」
「あ?そりゃ最高だよ。上級魔術を使える大魔導士だ。国でもこんなやつは数人といないだろうぜ」
「上級?。最上級じゃなく?」
「…そりゃ、最上級なんて人以外にしかいないだろうぜ。練度上限があるしな」
うちの師匠は最上級魔術が使えますが。
人種族の練度上限は他の種族よりも低い。他がだいたい100なのに対して、人は半分の50しかない。
魔術は初級魔術の練度が30で次の中級魔術を覚えられ、中級魔術の練度60で上級魔術を覚えられる。練度上限が本来50だが、60の上級を覚えたのであればそれは上限を上げる<称号>なんかをいくつか取った魔術師なのだろう。それもすごいことなのではあるが。
”人の最高峰”ということであれば、それは他の種族の通過地点でしかないのである。
「……ふーん」
まぁわかってみれば微妙な武器だ。本当の意味で最高の作品ではないのだから、きっとまだ改造の余地はある。
「なぁ、模擬聖剣に付与を与えたのってあんたか?」
それをしたのはぼくか、と問われれば……まぁぼくだろう。『属性』を付与できるし。
「知らないよ」
しかししらをきるのである。
「そうかよ。まぁいいや、やっぱどっかの魔王に呪われたのかもしんねーしな。話はそんだけだ。呼び出して悪かったな」
彼女はぼくの言い分を信じてくれたようだ。思ったより素直な性格なのかもしれない。
「と、そうだ、下僕は無理でもパーティーはどうだよ。なぁ、パーティーにいれてくんね?」
「パーティーに?、い、いや、ぼくのところはのんびりマイペースで攻略するから…人を募集してないんだ」
「チッ、そうかよ。まぁいいや。他をあたるわ」
そういい捨ててジザベルは歩いて行ってしまう。
「勇者候補が、魔王のいるパーティーに入りたい…?」
そんなわけあるか。
さっきの下僕うんぬんも全ては監視目的のためだろう。うちのクラスに何かしらの接点をもっておいて、目的の元魔王を監視したいのだ。そのために優し気な少年であるぼくを狙ってきたのだろう。
結局、一番監視すべきは魔王が四人いる『王の円卓』だ。
今回の目的がぼくたちのパーティーではなかったことにホッと胸をなでおろした。
■異世界七不思議 下駄箱がある。




