交換されました。
天井が見える。
子供部屋ではない、今自分たちが使っている部屋の天井だった。
「…………」
あー…うーん…
溜息が出る。
けれど動く気力が湧いてこない。
ステータス確認しないとなぁー……
うーん…
また溜息が出る。
確認することで、それは確定情報としてオレに認識されてしまう。なら、確認しなければ…見なければまだ、可能性は残されたままになるのだ。
これをシュレーデンの勇者の法則と言う。
木箱をかぶった姿で魔王城に潜入してきた勇者だったが、奴の偽装がうますぎてどの箱に入っているか、確認するまではわからない、というものだ。
確認するまで確定しない。。潜入してるかもしれないし、していないかもしれない。
…実際には潜入されていたとしても、だ。
ただの屁理屈だが。
うむ。
……
…………屁理屈だが。
はぁ…
オレは手を動かしてステータス欄を開く。
個体 グーグ
種族 人間
筋力 6
耐久 3
器用 4
感覚 4
知力 9
魔力 5
魅力 4
速度 4
毒耐性3
突耐性1
・錬金術《保存》0
・鍛冶《鍛冶Lv1》0
特
《精霊召喚》
……おや?
………………
……おや?
んー、……ん?。
あれ?、魔術は?
魔術。魔術どこだ?
オレの魔術。ほとんどすべての属性を網羅していたオレの魔術……は?
…………………………
おいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!⁉⁉
まじゅつがあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!
ないっ
ないぞっ
消えてるっ
きれいさっぱり消えているっ!
ああ、あああ、あああああああぎゃぁぁぁぁぁぁぁくぁwせdrftgyふじこlp;@:
あんのくそじじいぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっぃlpぉきじゅhygtfれdwsくぁ!!!!!
『換える』
そうか。
変えるではなく、『換える』だったのか。
オレのスキル欄にあった魔王技《災歌》は、鍛冶スキルに交換されてしまっていた。
おそらくこのスキル「ナーサ」のスキルだ。
ドワーフである彼女は武器や防具、金属を精錬するための種族スキルを持っていた。
それが鍛冶《鍛冶Lv1》と錬金術《保存》。
二つあるということは、ナーサが持っていたスキルはこの二つだけだった可能性が高い。
スキルのうち、どれか一つとどれか一つを交換できるほど、あのじじの魔術は器用ではなかったのだろう。
オレの持っていたスキル全てと、ナーサが持っていたスキル全てをまるっと交換してしまったのだ。
ゆえに、オレの中から魔術が消えてしまった。
ひとつ残らず消えてしまった。
……とんでもない欠陥魔術である。
全部と交換とか(笑い)馬鹿じゃないのか(大笑い)
冗談だろう?
ははは
………………
ま、まぁいい。魔術の感覚は覚えている。面倒ではあるが、取り直すことは可能だろう。
流石に数が多かったので必要なものをしぼって覚えた方がいいかもしれないが。
さて、最後の固有スキルだが…
《魔獣召喚》が無くなって《精霊召喚》に換わった。
…同じようなスキルだ。
ということは…もしかしてじじいの魔術は等価交換をする魔術なのではないだろうか。
どちらも召喚を行えるスキルだ。
おそらくこのスキルはエルフ族の「ラーテリア」のモノだ。
エルフ族は精霊と心を通わせ、その力を借りることができる。ラーテリアも同じようにエルフ族の固有スキルを持っていた。
それが《精霊召喚》
使い勝手はわからないが、魔獣を呼び出すよりもよさそうなスキルに見える。
オレはスキル詳細を開き、《精霊召喚》の詳細を確認していく。
<契約した一体の精霊を呼び出せる。>
ふむ。確か《魔獣召喚》はこうだ。
<要魔値。契約した魔物、魔族を呼び出せる。>
魔素を消費しなくてもいいのはいいが精霊に限定されているな。それに数も一体ずつしか呼べないらしい。まぁ精霊は強いモノが多いので一体でも十分だろう。数をあつめても烏合の衆の魔物とは違う。
悪くないスキルのように思える。
うむ。
しかし等価での交換となると…もしかしてスキル欄もだろうか。
”技”スキルの《災歌》と職業スキルの《鍛冶Lv1》が等価か?
片や効果範囲全てを捻じ曲げ、破壊するスキル。
片や材料を加工し物を作るスキル。
……破壊と創造
…………
むしろ製造……。
ふざけてるのか?
等価だと言われると納得しづらいが、事実交換されてしまっている。
ひどい。
クレームものだ。
じじいに会ったら文句を言おう。いや、いっそひねりつぶしたい。
あのじじいをたおせばスキルも元に戻るかもしれない。
うむ。あのじじいはいつかしばこう。ひとまず、オレのスキルは換わってしまった。
しばらくの間はこのスキルたちと付き合っていくことになる。
あくまでもしばらく、だ。
オレはオレのスキルを取り戻す。
あれが『オレ』だからだ。必ず、取り戻す。
…オレのスキルを取り戻す時。
それは、この村を出る準備ができたときだろう。
しばらく布団のなかでぐだぐだゴロゴロした後、オレはようやく起き上がった。
居間ではうちの両親とナーサの両親が食卓を囲んで何か話し合いをしているようだった。
「グーグっ、起きたのね。体は大丈夫?、気分は悪くない?ママがわかる?」
「グーグっ、パパがわかるか?、痛いところはないか?」
オレに寄ってきて体に異常がないかグリグリと確認される。
「うん、へいきだよ。いま、めがさめたの」
かわりがなさそうなことに安心したのだろう。二人はオレの前にひざをついたまま、ほっとした表情をうかべる。
そして真面目な顔でじっとオレを見降ろしたまま、二人は頭を下げた。
「グーグ…すまなかった。お前が嫌だって言ってたのはわかっていたが、あのスキルはお前のためにならなかったからな、みんなと相談して山主様に換えてもらったのだ」
「ごめんなさいグーグ。でももう大丈夫だからね。がんばったあなたのために、今日はおいしいものを食べましょう」
わかっている。
…ここで怒っても喚いても、泣き叫んでもなんの意味もないのだと。
親という揺り籠の中で育てられているオレでは、どうしようもなかったのだと。
オレは……あきらめるしかないのだということも。
そう。
オレはあきらめる。
大事な、大事なスキルたちはもう、ナーサとラーテリアの中に移動してしまった。
オレは彼女たちからもらったスキルで生きていかなくてはいけない。
そう。
……そう。
いつか――
スキルを取り戻すまでは。
「うん。わかってるよ、パパ、ママ。おいしいのすき。ナーサといっしょにたべたいな」
オレは彼らに笑顔を見せる。
心を隠したまま、悟られないように無垢な子供をよそおって。
両親はオレの返事を聞き安心しきっている。
彼らは疑うことをしない。
オレがオレであること。これは山主の《鑑定眼》でもわからないことだ。ゆえに「子供」という仮面は最高の効果を発揮する。
ははは、今に見てろよ…この程度ではへこたれないからな。
……はぁ…
さて、オレが達観した境地でいろいろなことに区切りをつけていると、廊下の先からテテテと小さい影が走って来た。
「ぐーぅーぐーちゃーんっ」
どぎゅむ と速度がのったまま突撃された。
「ナーサ」
「グーグちゃんっ、もうだいじょうぶ?、げんき?」
ナーサはオレを抱きしめながらオレの顔色をうかがってきた。
「うん…げんきだよ。ナーサは?、ナーサはだいじょうぶ?げんき?」
「うんっ。ナーサげんきっ」
オレとナーサとラーテリアは、みんな互いのスキルを交換した。
オレが意識を失っていたように、ナーサもきっと意識を失っていたのだろう。
体に異常が無ければいいのだが、こうして見た感じでは交換後の症状は見受けられない。ナーサはいつもと変わらず、元気なようにみえる。
「よかった…」
ナーサが無事ならきっとラーテリアも無事だろう。
今度顔を合わせたときにでも、今日のことをあやまっておかなければいけない。
ラーテリアにも。そしてナーサにも。
「……ナーサ」
「なーに?」
「ありがとう」
「うんっ、ナーサはグーグちゃんならいいよっ」
そしてまた、ナーサはオレをギュっと抱きしめるのだ。
この物語はクラフト系です。しかしきちんと物作りを始めるまでだいぶ長いです…(´・ω・`)