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勇者候補。





白竜から降り立ったその娘は空の色よりも濃い青色の髪をたなびかせながら乗ってきた竜を振り返った。


「キシシ、竜。おいっそうだなぁ。ねぇ仕事おわりっしょ、アタイとんない?」

「お、おやめくださいジザベル殿。こいつは貴重な白竜なのです。怪我でも負わされては仕事にさしつかえます」

「チッ、まぁいいか。ここになら強いもんもいっぱいいそうだしな」

白竜を操っていた騎士はホッと胸をなでおろす。

おそらく白竜と戦わせたとしても勝つのは白竜だろう。

けれどこの少女とはやりたくなかった。

”狂犬”

王都でそう呼ばれるほど、この少女はなんにでも噛みつく性質があるからだ。

比喩ではない。

そのノコギリのような歯で本当に噛みつくのである。

(狂族グラハイムめ…)

一族そろって狂っている者たちの一人だった。




彼女を領主の所に案内し、兵士は退室する。

彼はこのあと白竜にのって元来た道を帰るのだ。


「チェ、酒の一杯でもひっかけにいけばいいのによぉ」

その隙に彼の竜と遊ぶつもりだったのだ。

コンコン、と部屋の奥の人物が持っているペンで机をたたく。

ジザベルはこちらに来い、と言われたような気がしてその人物の方に足を進める。

書類棚の奥に書類とバインダーに囲まれた、60前後と思われる初老の男性がいる。男性の後ろにはメイドが二人ついていた。


「ようこそいらっしゃいました、ジザベル・グラハイム殿。私はこの西都を収める領主。マディーラ・クロアです」

「あぁ。はじめましてっすね」

とても貴族の挨拶とは思えないようなあいさつを返され、少なからず眉をしかめる。

けれど目の前の少女はそんなことこれっぽっちも気にしていないようだった。

「あなたがここに来た役割は承知しております。しかし、それ以外のことには私からは許可するつもりも見逃すつもりもありません。ですのでもしもめごとなどを起こせば相応の対応をさせていただくことになりますが、よろしいですな?」

「かまわねーよ。でもアタイの役割のことだけかい?」

「……別件として兄上殿の事件についても協力するように要請されておりますな」

マディーラはそう言ってメイドから一揃えの書類を受け取り、それをジザベルに流してくる。

机の上を流れてきた書類を受け止め、目を通す。


「……はぁん。”魔王クラス”でおきたのか…。まさかそういった能力を持つ魔王が?」

西都に集められた使い魔の能力者たち。彼らの中に多くの魔王能力所持者が確認されていた。そのクラスは一部で”魔王クラス”と呼ばれている。

クラスを作るにあたり、この国は10歳の子供たちの能力…”スキル”を鑑定、記録している。なので子供たちが秘めているはずの魔王能力も一人残さず把握しているのである。

「能力者はおりません。…模擬聖剣の能力を壊す能力と言うならまだしも、逆に増やすなど…。ただ、一人《鍛冶》能力を持つ子供がおりますから、あえて可能性をあげるならその子供でしょうか」

「おいおい。アタイらの持つ模擬聖剣は最高の一品だぜ。魔属性魔術師と錬金術師、そして最高の鍛冶師が鍛えた魔導武器だ。これにさらに鍛冶で何かを付けられるなんてこたぁないはずだぜ」

「……」


ことの起こりは今年の4月。

魔王クラスを牽制するために行動したグラハイム家の勇者候補、クラウゼン・グラハイムが模擬聖剣に拒絶されたことが始まりである。

彼は魔王クラスに行った帰り、模擬聖剣がそれまで持っていなかったはずの異臭に気が付いた。

どれほどぬぐっても、洗っても、鍛冶師に任せたとしても消えることはない異臭。

これは模擬聖剣に勇者候補が拒絶されたのだとういうことになり、彼はグラハイム家に呼び戻されることになる。

その後、正式に勇者候補を降ろされることになり、今日改めて魔王クラスを監視する役割を帯びて妹のジザベル・グラハイムが迷宮都市に派遣されてきたのである。


だがその模擬聖剣はクラウゼン・グラハイム以外の者が持っても異臭を放ったままだった。

模擬聖剣に選ばれていない者たちで試しただけだが、一つの仮説が生まれる。


もしかすると模擬聖剣を変えられたのではないか?


最高の術士、鍛冶師によって造られた模擬聖剣だったが、完全に手を入れることができないのかと言われれば「否」だ。

錬金術の頂点である魔族の魔将や最上位錬金術師と言われる森の賢者。魔属性魔術を収集している「ラナ」と呼ばれる子供など、集めた術士以上の存在はどこかに存在している。

それらの人物なら今以上の模擬聖剣を作ることも可能だろう。

だが、事件が起こったのは10歳の子供が集められた学園の一室だ。

そこには魔属性魔術師も高位錬金術師もいない。…いるのは低位の錬金術と鍛冶能力を持った子供くらいである。

おそらく関係はないのだろう。だが、他に模擬聖剣に手を加えられそうな存在は思い浮かばないのだ。

いくら書類をにらんでも、だ。


「しゃーない。アタイが実際に行って確かめてみるかねぇ」

「もめごとは起こさないように。彼らは…」

「わかってんよ。あのダンジョンを攻略させるための人身御供なんだろ?」

「そうだ」

魔王能力を持つ存在など危険でしかない。

目的通りダンジョンを攻略できたならその大半は国によって処分されることだろう。

だがそれまでは命がけでダンジョンに潜っていてもらわなくてはいけないのである。

「ま、アタイにまかせておけって。キシシ」

マディーラは少し不安に思いながら少女にまかせるのだった。





ジザベルは領主の屋敷を出たあと馬車で学園に送られていた。

(あー。こわ。マジで元魔王は生贄なんだもんな。こわーっ)

ジザベルは魔王だった。過去に魔王として生きて魔王として死んだ、転生魔王である。

その大半が魔王としてのスキルを有して転生してくるが、ジザベルはそれとわかるスキルを所有しないで転生してきた。ゆえに魔王であっても国に捕捉されていない魔王なのである。

すでに危険な元魔王は排除されている。この国にはだいたい60人いたとされる元魔王だが、今では半分ほどしか残っていない。殺されたものが大半だが、事故やなれないスキルの暴走などの死亡も含め、かなりの元魔王が亡くなってしまっていた。

(ラッキーなことに兄貴が廃嫡されたし、これでたくさん魔王に会えるぜ…何人かアタイの部下になんねーかなぁ)

同じ境遇の魔王を救いたいと言う気持ちもあるが、やはり一番は魔族のためでもある。

今、魔族は統率するものがいなく混迷している。

戦前により広がっていた魔族領は、今は見る影もなく縮小の一途をたどっている。


人による魔族の排除。


そんなバカげたことが秘密裏に行われているのである。

魔王として生きたことのあるジザベルは魔族にも理解がある。救いたいと思う。

なのでどうにかして魔族領を手に入れなければならないのだ。

そのためには手柄を立てなければならない。

手柄をたてるには力がいる。

手柄を立てて魔族領を褒美としてもらう。もらった領地はもちろん仲間に管理させる。

普通であれば要領のわからない魔族領の管理も、出来て当然である。なにせ仲間は転生魔王なのだから。

(言うこと聞く魔王はいねがー)

勇者業と並行して進めるにはそこそこ面倒な覆面魔王だった。



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