ノーラと食事に行きます。
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同じ夜、ブララことブラナノーラは女子寮で仲のいい友達たちと食事をしていた。
ゴブリンキングで活躍して以来、色々なことを聞かれるようになったがその日は装備や装備に付けれらた付与のことを聞かれた。
「あー。だからあんなに機敏に動けるようになってたんだね。そうだよね、前の装備よりもずっと重そうなのに、ずっと動けてたもんね」
「うん。グーグ君が『軽い』をあっちこっちに付けてくれて。盾には『硬い』を付けてくれたんだよ」
「へーすごーい」
「いいですわね。でもそうなると全身に『かわいい』を付けたらどうなるか気になりますわね」
「『かわいい』だけで天下取れそうじゃない」
やってみたいところだったが、グーグの付与は今は断られている。そのうち商売するから待ってということだった。
「ノーラさん、武器になにも付けてもらってないですか?」
「うん。武器にも何か付けようって話になったんだけど…何がいいか決まらなくて。『毒っぽい』とか『麻痺っぽい』とかあるらしいんだけど」
「ええー?、毒とか麻痺とか武器に付けられるんだー。すごくない?暗殺者みたいじゃん」
「うん。なんか影の仕事人みたいだよね」
「いいなー。わたしも武器に何かつけたいですよ」
「何かって何つけるのよ。エリーはどうせ『かわいい』でしょ」
「『かわいい』もいいですねー。でもそれならきちんとかわいい武器を作ってもらってからつけたいです」
武器に『かわいい』を付けるのはありらしい。
ただ、みんなが何を付けるか本当に検討し始める前に注意だけはしておこうと思った。
「あ、あのね、武器に付けられてもすっごく弱いらしいんだよ。毒は何回もたたかないと付かないし、麻痺はほんのちょっとだけしか止まらなかったし。付けなくてもほとんどかわんないくらいだったんだ」
「はー。そうなの。せっかく付けてもらおうかと思ってたのになぁ」
「そいや付けてもらうのって値段決まってたっけ?、聞いてないんだけどさ」
「そ、それはまだ…言えば決めてくれると思うけど」
付与なら何でも一律の値段なのか、それとも保存の難度に応じて値段が変わるのか。まだ何も決まっていなかった。
「普通に考えれば難しいのとかすっごい性能なのは高くなるだろうね。でも『かわいい』が簡単にとれるのは良かったわー」
女子たちはうんうんと同意する。おそらく一番付与回数が多いのは『かわいい』や『硬い』になるだろうからだ。
「でも、難しいのでも自分たちで付与できるものを持ってきたら安くなるのかしら」
「持ってきたら?」
付与だけを頼むのだ。付与するための『属性』の確保は自分たちでするものだと思っていた。だが『硬い』が簡単に手に入るなら、難しい『属性』を持ってきた場合には割引してもらってもよさそうである。
「ほら、レアなムカデから鉄塊が落ちるじゃない。あれを持っていったら『すっごく硬い』とかになりそうじゃないかなって」
「あー、ね。ありそうー」
みんなは同意しながら今まで拾ったレア種のドロップを思い浮かべていた。
「……ねぇ、「毒の牙」ってあるよね」
「ポイズンスネークのドロップですね」
「「マジカルケープ」や「守りの指輪」ってどうなのかしら」
「「ガマの油」とか「巻物」とか「ヘビのぬけがら」とかゴミにしてたアイテムも使えるのかな」
「「「「…………」」」」
彼女たちの情報はモルラビから『かわいい』を保存していたころとそうかわってはいない。なのですでにグーグがそれらのアイテムを手に入れていることを知らないのである。
女子パーティーのメンバーで知っているのはノーラとリアラだけだった。
「……値段が決まっていないならこっちで決めてしまいましょう。素材持ち込みで500G。簡単に拾える『硬い』でもそれは変わらないことにしましょうか。どうかしら」
「お、ユメちん大分出すつもりなんだ?」
「後々のことを考えれば十分安いはずですわ。それに彼には気持ちよく仕事していただきませんと」
「ですね。500Gなら今の私たちにも払える値段設定だと思います」
「ならそれで。ひとまず交渉は後回しにして、明日は出たドロップは捨てずに持ち帰りましょうか」
「ですね。…このこと、他の女子にはどうします?」
付与してもらうようになればどのみち知られることである。そうなったあと、自分たちだけ今まで捨てていたドロップを拾ってたとなると後ろ指をさされかねない。
「…ないしょにしておく方が後々険悪なことになりますから、そこは言っておきましょう」
「ですね…」
こうして本人の知らぬ間に着々と物事は進行しているのだった。
※500G ⇒ 5000円相当
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毎週の休日には、グーグは朝食の後、冒険者ギルドで町中のちょっとした仕事を受けて稼いでいた。
主に掃除や庭の手入れ、一日販売員などである。
その日もギルドに向かおうと男子寮を出ようとしたところで寮の管理人に声をかけられた。
「え、ぼくに、面会の依頼ですか?」
「ブラナノーラって女の子からね。今日中に会いたいってことだから会える時間があるなら連絡しておくよ?」
「ええ、はい。会えますけど…どうせ明日学園で会えるのになぁ?」
ぼくは面会の時間を答える。どんな用事なのかわからないのでいますぐにでも会えるということを管理人に伝えたのだ。
管理人は手紙を書くと伝信用の鳩の足に手紙をつけ、外へと放った。
待っていればそのうち返信が返ってくるのだろう。その間にぼくはブラナノーラの用事に思いを馳せる。
(デートかな。…デートかなっ!)
わざわざ休日に会おうというのだからそれしかないだろう。
もしくは防具の購入につきあわされるとかだろうか。ただ、それもデートと言って過言はないはずだ。
今生での女子との初デート。
グーグ、人生の絶頂期である。
「ぼく、はじまった…」
管理人から生暖かい目で見られる。だいぶ察せられている様子だった。
返事は伝書鳩ではなくブラナノーラ本人が寮に来た。
「お、お待たせしました。グーグ君、休日にごめんなさい」
私服姿のブラナノーラが寮の入り口ですまなそうに頭を下げている。
春めいた色の薄手のセーターとゆったりめのキュロットだ。なかなか似合っている。
「ううん。いいよ。今日はやることなかったし、何かあるならつきあうよ」
浮ついた心をチラとも感じさせず、にこやかにそう応じた。
「は、はい。その、あらためて色々良くしてもらったことのお礼をしようと思って…、おいしい麺のお店があるのですが、わたしもちで食べに行きませんか?」
「いく。麺ってどんなの?」
「スープ麺です。濃い目の汁にお肉と野菜が入ってて、麺が細めのものです。じゃぁお昼はそれとして…それまでいっしょにお店みて周りませんか?」
「うん。なら冒険者道具置いてくるよ。あ、それとも時間きめて待ち合わせる?」
「ううん。待ってます」
ぼくは部屋にもどり装備類を置いてくる。ついでに姿見で寝ぐせがないかチェックすることを忘れなかった。
「よし」
小躍りしそうな気持ちで部屋をあとにした。
二人で街の店を見て周り、公園でのんびりしてからノーラの案内で件の麺のお店に向かった。
店はそこそこ込んでいるが少し昼には早めだったためか運のいいことに窓際のテーブルが空いていた。
ぼくらはそこに席を取り、ノーラのオススメの品を注文する。
「あ、おいしい。スープが赤いから辛そうに見えたけどそんな辛くないし」
「ですね。よかったです」
麺に夢中になると二人の会話はあまりはずまない。
ひとしきり麺を消化してから追加で頼んだ包み揚げというのにも手を伸ばす。
「ん。こっちもおいしい。中はお肉だ。あと何かの野菜」
ノーラがふふ、と笑う。今日一日でノーラと大分打ち解けられた気がする。
「喜んでもらえたようで良かったです。また時間ができたら誘いたいのですが…しばらく女子の方でいそがしくなりそうなんです」
「あー。今は仕方ないよ。新しい階層を安定させないとだめだろうし、目新しいから楽しいだろうしね。急がないでいいと思うよ。ぼくも食べにいけるお店とかみつけておくからさ」
さりげなく次の約束をしておくぼくである。
うむ。
「そうですね。あ、それでですね、装備の相談なんですけど…装備ってどこまでお願いできるんですか?」
「どこまでって、そうか、女子パーティーがメインになるならノーラさんの装備をいじる理由もなくなるのか」
うーん、とうなりながら冷えた果実水に手を伸ばす。
ズゴゴ、と飲んで窓の外に向けていた顔を元に戻した。
「なら今の装備だけ完成させちゃおうか。あと付与してないのは武器だけだから、それをしたらいったんノーラさんの強化は終わりかな。その後は…さすがにリアラもノーラさんの重要さを理解しただろうし、もうぼくが強化をしてあげる必要もないと思う」
「……そうですね。わたしも、これ以上良くしてもらうのは申し訳ないですから。それ以上ってなるならきちんとお金を払ってお願いしたいです」
「うん。そう言ってもらえるとありがたいかな。あぁ、15階層のいらないもので交渉ってのはありだよね。5階層のもありがたかったし」
まだ試していないが巻物は面白そうなアイテムだった。他にも何かできそうなものがいくつもある。ああいった物が15階層でも手に入るなら、ちょっとの付与くらい無料でしてもいいと思う。
「うーん…、あのですね、それだとどうもうまく収まらない感じがします」
「おさまらない?」
「はい。余った道具は女子パーティーの物ですし、それを譲る代わりにってなると、その代価をうけるのは女子パーティー全員じゃないと公平ではないと思うんです。…だから、きちんと値段をきめてもらえるとうれしいんですが…」
「あー。そうだね。リアラがいいって言うからもらっちゃったけど、本来はそういう物だよね…。うん。わかった、今度までに値段を決めておくよ」
そう答えるとノーラはモジモジと体をくねらせている。
「あ、あの、ですね。金額に要望があるのですけど…」
「ん?」
モジモジするノーラの横で窓がカタカタと音を立てる。
ぼくは窓の外に目を向けた。晴れた日である6月の陽気はあたたかく、日差しがだんだん夏の強い陽光を降らせていた。
その光が一瞬遮られたのだ。
大きな影が速度を上げて通り過ぎたのを目の端で捕えていた。
見上げると確かに空を何かが飛んでいる。
「なんだあれ?」
外でもそれに気が付いた人が空を指さしている。
「なんだろう。すっごく大きな竜に見える…」
「え?、え?どれですか?」
火炎竜の倍はサイズがある気がする。いや、最近火炎竜のサイズをベルフルーラに置き換えてしまうからあれだが、成竜サイズの火炎竜よりお大きい。
窓の顔を近づけていたノーラがあぁ、と声をあげる。
「見たことがあります。首都の銀翼騎士団の白竜です。…もしかすると首都から誰か来たのかもしれないですね」
人が騎乗するタイプの竜らしく、その竜は西都の貴族街の方へと降りて行った。
首都にはあんなのがゴロゴロいるのかもしれない。思ったより恐ろしいところだ。
「まぁぼくらには関係ないか。ノーラはやっぱり騎士にあこがれてたりするのかな?」
「そ、そうですね。父が兵士長で…わたしも昔から兵士になるために特訓させられてました。できるなら騎士になりたいですけど、難しいですよね」
この国の騎士職はみんな貴族だ。平民も騎士になれるが騎士になる時は一代限りの準男爵に任じられる。
ただ、平民から貴族になることはほとんど無理なことである。兵士でかなり大きな栄誉を得られれば任じられるかもしれない。
まぁ、盾騎士ということなら戦争の有無によってはなれるかもしれない。
戦場に盾持ちは重要な人材である。戦争が起こるようなら活躍の場はある。
なので可能性自体は低くないように思った。
「運しだいだけど、ノーラならなれる気がするよ」
ノーラは敵からの攻撃を恐れる気配がない。盾持ちとしては非常に適正が高いように感じる。
それもきっと父親の訓練のおかげなのだろう。
「はい…ありがとうございます」
食事も終わり、飲み物をのんびり消化した後ぼくらは店を出た。支払いはノーラである。次はぼくが出せるくらいには稼いでいたい。
「んーっおいしかった。ごちそうさまでしたっ!。さぁそれじゃ帰ろっか。ノーラは午後何するの?」
「わ、わたしは女子に呼ばれてて…あ、あの、グーグ君も来ます?」
女子パーティーの集会に?
「行かないよ」
「ですよね…」
寮の分かれ道でぼくらは別れた。少しノーラが名残惜しそうにしているのを感じるが、自惚れは危険だ。
ぼくはさわやか(自称)に笑顔をうかべ、彼女と別れたのであった。
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「……帰りました…」
「あら、お帰りなさいまし。…その表情で察せられますわね」
「うぅ…ダメでした」
「やっぱりかー。まぁぶ…ノーラじゃダメかもって思ってたしー、よし、作戦を変えよっかー」
「どうするのです?」
「とりあえず今日の様子はどうだったん?」
「その…普通に楽しそうでした」
「あーね。まだ異性にぞっこんって感じでもないかー。リーダーの教えが使えるのはまだまだ先かー」
女子パーティーのリーダー、リアラは女子に男を篭絡するための技法をいろいろと伝授してくれている。しかしその技法の多くが異性に興味を持つ相手への技法のため、性にうとい年ごろの少年には効果がうすいという問題がある。
「じゃぁ、うん。普通にたのもっかなって。後々のために証文用意してくれる?」
「わかりましたわ。交渉は誰が?、ソーニャさん?」
「んー、ノーラとユメちんがいいと思うなー。とりあえず一回何かに付けてもらって500G払っちゃえばあとはそれでいけるっしょ」
「やってみましょう」
「はい…」




