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女子パーティー10階層。


月日は進み、決戦日。そこには全身黒鎧で覆われたブラナノーラがいた。

「ぶらら?」

『は、はい』

シュコーシュコーと穴の開いた面当てから空気と共にくぐもった声で返事が返って来る。

「なんか…しばらく見ない間にゴツくなったねー…」

『そうでしょうか…。その、いろいろ変わりましたけど今日はみんなを援護できるように頑張ります…!』

「うん。…まぁ適当でね?」

ゴブリンキングとの再戦当日まで姿を現さなかったわりに、一番様相が変わっているのだ。パーティーメンバーとの動きの合わせもすんでいないのでリアラはほどほどにがんばって、と念を押しておく。

(これは役にたたんっぽいなー)

以前の装備の時でも流れに乗れず、鈍足鈍感な愚鈍さで足をひっぱっていたというのに。今日はそれをさらに重厚に強化してきていた。

面すらおおう全身鎧。

大きな盾。

短めの馬上槍。

総重量はおそらく100キロを超えるだろう。

そんな重装備でどこに戦いに赴くというのか。足をひっぱるであろうことは火を見るより明らかだった。

足手まといになりなそうな雰囲気に戦々恐々としながらダンジョンに足を踏み入れていく。



それから4時間ほど寄り道もせず真っすぐ階層を下り10階層の階段前に到着した。

少し長めの休憩をいれながらこの後の作戦を確認する。


「開始バフで火力速攻。ソルジャーさえ倒せればあとはキングだけだから、この人数でなら召喚させる隙はないでしょー。ボコボコにしてやろー♪」

おー、と気合の入った声が上がる。

一度敗北したゴブリンキングとの再戦に、再び一人のメンバーも欠けることなく復帰させたのは流石としか言いようがない。

性格や性癖に難はあるが人をひっぱる力は確かにあるのだろう。

だからこそリアラはこの一戦に力を注いでいた。


使い魔を失くした生徒には再び同レベルの使い魔を探し、装備を失くした生徒にはパーティーの貯金から補填してでも装備品を渡した。

前回と同じ――いや、前回以上の戦力をそろえた。


負けられない。

同じ相手に再び負けるようなことがあれば、自分のリーダーとしての信頼にかかわる。

次に負ければパーティーは分解してしまうかもしれないのだ。

女子の中には戦うことを忌避する生徒もいる。それを人数で囲い、守ることで慣れさせてきた。友情を深め、結束を高めればそういった生徒たちも戦力になる。

だからこその大人数パーティー。

けれど前回の戦いで現実を知ってしまった。友達付き合いの延長線上ではなく、これは殺すか殺されるかの戦いだということがわかってしまった。

殺されそうになる恐怖を知ってしまったのだ。


それをなんとかなだめすかし、ごまかしてもう一度再戦させるまでに引き戻した。もしまた同じことがあれば、きっと心が恐怖に押しつぶされる子が出るだろう。二度と立ち上がれない子がでることだろう。

長く期間が開けば停滞に満足してしまう。10階層を越える必要はないと自分に言い訳して恐怖から逃げたまま立ち止まってしまう。

それをさせないために、なんとしても勝たなくてはならない。

この戦いは彼女たちの受けた傷を乗り越えさせるための戦いだった。





「え……」


けれど現実は無常だった。

あの戦いの後、3週間弱。

自分たちが逃げ帰った後に誰も、どの冒険者も10階層に侵入していなかった。

それは不人気ダンジョンの弊害と言える。

階段を下りて扉を開け、広い広間に入り込んだ女子パーティーはゴブリン達と相対してしまう。


前回から召喚されたままの、数十匹のゴブリンたちと。

自分たちを殺そうと言うあの殺意の塊と――最初から戦わなければいけないのだ。

「あ……」

瓦解は一瞬である。きっと誰か一人が動き出せば、とたんに敗走が始まる。

誰が走り出しても不思議はなかった。

その張り詰めた糸を、いつ、だれが


ガチンッ


とパーティーの中央に槍が突き立った。

槍先を上にした、不思議なシンボル。それはこのパーティーの領土を主張するように、天に向けて突き立てられる。


『槍術《旗吼フラグハウル》ッ!。キューレ、《攻撃指令アタックスタンス》。これで全員の攻撃が二重に上がりますっ』

彼女はまだ続ける。

『戦士スキル《防御準備ディフェンスコール》!、最後に《憤怒咆哮アンガーコール》っこれで…敵はわたしに狙いを定めましたっ』

彼女はみんなの前に立つ。

黒い鎧と、大きな盾を持って。


『攻撃は、わたしが止めます』






大量のゴブリンたちに守られたゴブリンキングの召喚を止めるすべはなかった。

際限なく増え、倒しても倒してもきりがないその怒涛の攻撃は――しかしたった一枚の盾を崩すことができなかった。


ブラナノーラという盾を。


彼女は襲い来るゴブリンたちにひるまず、押し込まれず、ほとんどの攻撃を後ろの味方に届かせない。

盾を操り、時にはその体でもって受け止める。

彼女のその姿に勇気づけられ、仲間たちは彼女の後ろから回復を、攻撃魔術を放つことができた。

流れに乗れない、足をひっぱっていると言われた少女は、その少女こそが前線の流れを形作っていた。彼女のいる場所が最前線だった。

(なによこれ…なによ?、どうなってるわけ!?)

リアラは不思議で仕方なかった。

この部屋に入った時、大量のゴブリンに囲まれているのを知った時、彼女は負けることがわかった。一度覚えてしまった恐怖を再び突き付けられてくじけない者はいないことを知っていた。


だから終わったと思った。

自分が”王”として間違わず、その在り方を今度こそ示すことはできないということを、その瞬間に理解してしまったのだ。

(あーあ、今回もだめだったかー…)

一度目の死で得られなかった自分の存在意義を、求めても再び手が届かない。

かつて”魔王”であったリアラは、その強さも政治力も支配力も世界に轟かせることなく勇者に殺されてしまった。

力の無い魔王だった。

だからこそ、今世ではもっとうまくやろう、したたかに生きよう。そしてできれば、弱き者にも手を差し伸べれらる王になろう。そう思っていたのに。

こんなところで、ゴブリンの王なんかにすら負けてしまう自分を、もう笑うしかなかった。

――なのに


その盾は

その”騎士”は

自分の敵の前に立ちふさがり、自分を自分たちを守っている。

役に立たないと見限っていた自分をだ。

そのことにまるで頬をはたかれたような衝撃を受けた。

弱いから、使えないからと言って囲い込むことがすべてではないのだ。いつか強くなる。そんな奇跡だって起こる。自分はそれを知らなかった。

”王”でさえいられなかった自分にはそんなこと知りえなかったのだから。

リアラはなぜか潤む目元をこすり、改めて敵に目を向ける。

減らすよりも増える方が多いように思えるが、それでもこちらの被害はそれほど増えてはいなかった。

味方に目を向ければ安定して回復、補助のスキルを使い、そして魔素回復の植物を囲みながら魔術の撃てる生徒たちがタイミングを合わせながらゴブリンを少しずつ減らしている。

実に安定している。

いつまで戦えばいいのか、いつ終わるのかまったくわからない戦いなのに、けれど仲間たちの目にはあきらめの色が見えなかった。

ならば自分はどうするべきか?

そんなことわかっている。

自分は”王”としてはなにもかも足りていないのだろう。けれど、彼女たちのリーダーとしてならいくらでもできることがあった。


「みんな、あせらず地味ーに戦うよー。矢がなくなった子は声掛けだけでもいいから、みんなを盛り立てていこーっ。さぁ声出してけーっまけないぞー!」


仲間がまとまっていく気がした。疲れの中に笑顔が見えた気がした。

リアラはもう、この戦いは負けないだろうと理解した。

誰一人負けないだろうと。



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