魔術されました。
山の峰が白く雪で彩られ始めた。
このあたりも雪が降る日が増えてきた。
村では冬ごもりのための保存食作りが本格化してきた。
オレもナーサたちと『食べ物探し』という遊びをさせられていた。
村から出られないので村に生えている木々の間をまわり、落ち葉をひっくり返したり小川をのぞき込んで魚を探したりするのだ。
「どんぐりみつけましたー。これはたべられるやつです」
「すごーい。私もキノコさがすー」
ナーサとエルフのラーテリアが木の棒で落ち葉のなかを漁っている。オレはその二人の後ろについて歩き、見つけた収集物を預かり籠にいれていくのだ。
籠はほとんどどんぐりで埋まっていた。
まぁ、どんぐりなら食べられるからいいけど。ナーサは以前、毒々しい色のキノコを探してきた実績があるので信用ならない。
「うーん」
「キノコないですねー」
どんぐり集めにあきたのか、いつの間にか趣旨がキノコ探しにかわっていた。
……
まぁ、こんな人の往来がある場所に危険なキノコなんて生えないだろう。生えていたとしても食材を使う母親たちが外してくれるはずである。
大丈夫。うん。
「あったーっ!。キノコみつけたよー!」
ナーサの嬉しそうな声が聞こえる。
オレは真顔になりながらその声の所にトボトボと歩いて行った。
「ほらほらみてみてこれー。すっごくキレイ!」
青白く発光するキノコだった。
通称 スカイスフィア
食べると幻をみながら意識が混濁する系のキノコだった。
いちおう食べれる系統である。
美しいのでそこそこ名の知れたキノコだ。オレも知ってるし。店に持ち込めばそこそこの値段で売れる一品だった。
「きれいです」
「ありがとーっ。グーグちゃんどう?すごい?」
「うん。ナーサすごい。すっごいきれいなキノコ」
「でしょー。うふー♪」
ナーサが喜びのあまり飛び跳ねながら踊っている。
子供にとってこういうのは宝物に見えるだろう。
ナーサはスカイスフィアを丁寧に摘み取る。
「たべちゃうの、もったいないですね。でも、ほんとーにきれい。ラーテもきれいなキノコさがしたいです」
「うん。うーん」
ナーサは少し考えてから、キノコをラーテリアに差し出した。
「はい。ラーテちゃんにあげるっ」
「えーっ、くれるのですか?」
「うんっ。ラーテちゃんあおとかみどりとかすきだから、このあおいキノコあげるねっ」
ナーサが差し出したスカイスフィアをラーテリアがうれしそうに受け取った。
「ありがとうです。うれしいですっ」
ラーテリアの様子を見てナーサもうれしそうに笑う。
キノコ好きのナーサが人にキノコをあげてしまうなんて、少し意外だった。
ラーテリアがキノコに見惚れているのを察していたわけだ。できた子だ…。
「ナーサはあかがすきだからあかいキノコをさがそっと」
そう言って再び落ち葉の中を探し出す。
オレはナーサに近づいて小さい声で話しかけた。
「…ナーサ、よかったの?」
「うん。ラーテちゃんが喜んでくれるから、ナーサはいいよ」
まったく悔いのない笑顔がまぶしい。
そういうことであればつきあおう。ナーサが喜ぶ赤いキノコが見つかるまで、オレは籠持ちを続ける決意をした。
…食べれるやつだといいなぁ。
家の前に帰ると客がきていた。
村長と山主様と、そしてラーテリアの父のエルフだった。
オレとナーサの両親も集まっている。
「みんな帰ってきたか。グーグ、山主様がお前に会いに来たぞ。三人とも、ここに座ってくれ」
父はそう言って庭に置かれた椅子にオレたちを座らせる。
庭には火の焚かれた焚火があり、寒く無い。
そんな中、オレたちの前に山主様がやってきて空いている椅子に腰を下ろす。
「グーグ君、君の持つスキル《災歌》と《魔獣召喚》というスキルを知っておるか?」
オレは首をふる。
――やはりその二つのスキルのことか。
人の身で持つにはあまりに危険なスキル。これを何とかするためにこの山主と呼ばれる黒龍はやってきたのだろう。
スキルを使えないようにするのだろうか。
内心で舌打ちをする。せっかく転生し最強のスキルを持って生まれてきたというのに、こんなに早く使えなくされてしまうのかと。
龍なんかがいる山で生を受けてしまったのが運のつきか。
くそっ
心の中で悪態をならべつつも、対処方法を考えていく。
おそらくは契約魔術の類を使うのだろう。なら、オレの持っている《失力》でなんとかなるかもしれない。今はムリでも《失力》の精度をあげていけば、いつかは解呪できるだろう。
あるいはスキルを封印する類のものか。自信のスキル一つを代償に、相手のスキル一つを封印する特殊なスキルの話を聞いたことがある。たしか時間に制限のあるスキルだったはずだ。たとえば三日間だけお互いのスキルを入れ替えるとかのはずだ。龍のスキル精度がどれほどかはわからないが、もしこの方法なら龍から離れてしまえばかけ直すこともできないだろう。
いっそ今逃げるか。…2歳に満たないこの身体では無理だな。
「おぬしの中のその二つのスキルはな、お主の将来を一つの方向へと導くスキルなんじゃ。お主が本来持っている、無限の可能性の未来をな。おぬしの家族はそのことを憂いてワシに相談したのだよ」
山主はオレの目を見ながら静かに話していた。
その言に、少し納得してしまった。
――オレの将来が一つの方向へ…。それはおそらく
魔王
世界を崩壊へと導く存在。
それがオレの進む将来らしいと、そう言うことか。
魔王であることに嫌はない。王であること。それはオレがオレとして生きるうえで、正しい在りようだと思っている。
その使命として世界を滅ぼすこと。…正直なところ、これはあまり必要であるとは思えていない。
確か『魔王』を生みだした根源たる獣がそう望んでいたがための使命だ。
魔王のころは盲目的に根源の獣に殉じていたが、一度死んで転生してみると、別にどうでもいいのではないかと思えてしまっていた。
なので、また”魔王”をやることになる、と言われてしまうとちょっとどうしようか考えてしまうな。
滅ぼさなくていいしなぁ。
でも魔王だったころみたいにかしずかれる生活をしたい。
…ふむ。
世界を滅ぼさず、オレが統治することができればそれが一番いい。
うむ。
世界征服だな。
それがオレの今世の目標だ。
さて、目標が定まったわけだがさてさて…どう転ぶか。
「で、であるが」
山主はコホン、と一度息を整えた。
「わしはおぬしのスキルを別のモノと換えようと思う」
「…かえる?」
「うむ。そのスキルはおぬしの魂に紐づけられておる。ゆえに、封印しても効果はないだろう。スキルを無くすこともできるが、そうなるとおぬしに何がおこるかわからん。魂の一部を失って無事であるとは思えんからな。ゆえに、換える」
変える、ということは別の物になるということか?。
…やめてほしいが、この流れはムリだろうと思う。やめてほしいが。
どうしてもと言うのなら同じような強力なスキルに変化させてほしい。
「グーグ、一応おぬしの意見も聞きたい。…やってかまわぬか?」
一応なのか。
オレはそばで不安そうに見ている父と母に目を向ける。
子供に危険なスキルがあるとなれば何とかしようと思うのは当然だろう。オレのスキルのことを山主に相談したことに、オレは不満はない。それは親であれば正しい判断だからだ。
ナーサとその家族に目を向ける。
こちらもオレを心配しているようだった。彼らの家を壊してしまったというのに、そのオレを心配するとはおかしなものだ。まだいっしょに生活し始めて何日もたっていない。家族ではないはずなのに、家族みたいな連中だった。
彼らがオレのスキルを換えるのを見守るのは当然だろうと思う。オレも少しは悪いと思っているし。
ラーテリアとその家族に目を向ける。
成り行きを見守っているようだった。
…なんで彼らがいるのだろう。まぁ、この3家族で一つの生活集団と考えればそうか。今後のこともあるしいるか。
オレは山主に視線を戻して答えた。
「や」
一同の表情が固まる。
当然だろう。だって。いやだし。
いやだし!
流石にここで何もわからない子供のふりをするのは、オレの魔王人生をかけてもできなかった。
「…よいな?」
「やー」
いーやーだー。
じじぃ、わかっているのか?これはオレのスキルだぞ。
魔王として生きた、オレのスキルだ。
苦楽を共にし、なんなら生死も共にした。勇者候補と死闘を繰り広げた一級品のスキルだ。
人生に一度も終わりを迎えていない、お気楽種族が手を出していいスキルじゃないんだからな!。
「…うむ。では術を描いていく。ゴダーダ殿、グーグを頼む。ジル殿、デイナード殿も、かまわぬな?」
オレの意見を無視して父親たちに確認をとる。
聞かれたドワーフとエルフの父親たちはそろって頷いた。
山主は立ち上がり、棒を拾って地面に方陣を描いていく。
そしてオレは父に抱えられ、逃げられないように捕まえられてしまった。
「やーっ、こわいのやーっ」
「いたくなーい、いたくないぞー。グーグ大丈夫だからおとなしくしなさい」
バタバタと暴れるが山男である父の腕から逃れることはできなかった。
く、逃げられない…、どうするか、魔術を使ってでも逃げるか?。それとも、もういっそ魔王技で…
オレが不穏なことを考えていると、成り行きを見守っていたナーサがトテトテ近寄ってきた。
「グーグちゃんっ」
むにゅ と頬をつかまれる。
「わがままいっちゃ、だめっ」
「ぇー…」
いや、これはわがままというわけではなく…
「もしきちんとできたら、ナーサのだいじなものあげるね」
ナーサはそう言うと、タタタとジルの足の後ろに走って行ってしまう。
今のは、いったいどういった意味だろうか。
大事なもの…
うむ。
…何だろう。
…………
キノコだったらやだなぁ
「終わったぞ」
山主が描き上げた方陣は非常に大きな方陣だった。見たこともない図形と、三つの大きな方陣、そして四つの小さな方陣を組み合わせて作られている。
方陣と方陣の一部が組み合わさったりもしており、かなり繊細な方陣円が描かれているようだった。
これほどの構造の方陣が存在するとは…初めて見る物だ。
なかなか苦労して描かれている。
よし、では壊そう。
オレは足を延ばして地面を蹴ろうとあがいてみる。…父に抱えられたままではまったく届かない。バタバタと空虚に足を前後させるだけになってしまっていた。
ぐぬぬ…
まずい、これはまずいぞ。もう回避するすべがない。
だれかーたーすーけーてー
「グーグ、パパがそばにいるからな。安心して術を受けていいぞ」
裏切り者めっ
この父は頼りにならない。オレは最後の砦であろう、母に目を向けた。
今のオレにできる最大の技能、哀願の表情で!
「あなたっ、まって、グーグが嫌がっているわっ」
母は父の腕をつかむ。
「め、メルーザ?!。いや、これはグーグのためだよっ。グーグの将来のために今は我慢するんだっ」
「うっ…そ、それはそうかもしれないけど…」
がんばれ母っ。父に言い負かされるなっ。
だがオレの願いむなしく、母は父たちを止めることをあきらめてしまう。
「うぅ…そうね、グーグのためにしかたないのよね…」
うあーん母ーっ!
「ではゴダーダ殿、中央へ。ナーサ殿とラーテリア殿は左右の方陣の中に立つのだ」
山主の指示に、みんなが方陣の中へと移動して行く。
ナーサと、ラーテリアまで?。
なぜだろう、と思う間もなかった。
山主が魔術を発動させる。
オレの体が熱く、胸を締め付けるように痛くなる。
「あっ……あぁっ!?」
方陣が輝き、オレを緑色に照らし出す。
そしてオレと同じように、黄色の小さい二つの方陣の中にいるナーサとラーテリアも同じように方陣と同じ輝きに包まれていた。
方陣が混ざりだす。
二つの方陣からオレに。そしてオレの方陣の色が、二人へと流れだしていく。
オレの中に何かが流れてくる。異なるモノが、体に、魂の中へと流れ込んでくる。
そして――そしてオレの一部が失われていく。オレの魂、オレの大切な拠り所
《スキル》が 失われていく
「がっ、あ、あっ…あぁっ!」
頬を涙が伝う。
オレが生きた証が失われる。
方陣によってそれはオレから引きずり出され光の輝きになり
二人へと流れだしていった。
方陣の輝きがゆっくりとおさまり、体の熱が鎮まっていく。
体がだるい。
まるでひと戦闘終わった後のようだ。
呼吸が荒い。
同じようにナーサとラーテリアも地面にへたりこんでいた。
「……うむ。終わったようだな」
山主がオレたちを見下ろしながら《鑑定眼》でスキルを確認しているようだった。
「今はみんなを休ませてあげなさい。術でかなり疲れたようだからな」
オレは父親に抱きかかえられ、家へと連れていかれる。
疲労からか急な眠気におそわれてステータスを確認することもできない。
魔術は行われた。
暗くなる視界の中で、父と母がオレを心配しつつも安堵の表情をうかべているのがわかる。
大切な大切なスキルを失ったというのに…。
オレの中に、二人への不満が小さく芽吹いていた。