蜂の巣
放課後、まずしたのはパーティーメンバーとの相談だった。
他パーティーであるブララに、どれほどまで協力するかと言うことを相談したのだ。
「難しいところであるな。けれどパーティーがどうとか言ってる場合でもない気がするぞ。グーグ君。もうこれは見捨てるか見捨てないかと言うところまできているな」
「…………そうかも」
セビに言わせれば手遅れらしい。
女子パーティーが彼女に手を貸さないならぼくらでなんとかするしかない。女子パーティーにはブララと仲のいい女子にそれとなくアメリアから話を伝えてもらっている。
「グーグ、あっちは無理かもしれないわ。なんだか硬いから大丈夫、みたいなことを言われたわよ。ゴブリンキングの所ですごく硬かったらしいのよ」
多少のことじゃやられないと思われているようだ。昨日の姿を見ているぼくらにとってはそんなことはないと声を大にして言いたい。
「ダメね。女子は動かないわ」
「……!」
ぼくは空を仰いだ。
結論は決まっていた。
助けるか助けないか。そんな二択ならどうしようもない。
「わかったよ。彼女を助けよう。みんな、ハチの巣退治だ」
「うむ」
「いいわよっ」
即答で承諾してくれる二人に少しだけ驚きながら、グーグはブララへの対処をどうするか頭を悩ませるのだった。
「はっ、く…、ガイナ追わないでっ、守りを固めて…!」
ブララが飛び回るモルビーを追いかけようとする鎧ムカデを止めながら盾をかかげてモルビーの攻撃を防いでいる。
3体2。ブララと鎧ムカデは3匹のモルビーに囲まれながらその猛攻をしのいでいた。
「ブララさん!」
「ぐ、グーグ君!?」
突然現れたグーグたちにブララは驚く。
颯爽と現れた姿は少なからずブララをドキリとさせるほどかっこよく見えた。
「ひいいっ、は、はちめっ、あっちいけ!」
「ぎょほおおおっ、刺されたっ!刺されたぞっ!助けてシーダたすけてっ」
が、それは完全にまやかしであったことにすぐに気が付いた。
慣れた様子でアメリアが火炎竜に指示を出し、なんとか2匹のモルビーを倒したところで最後のモルビーが逃げていく。
周囲に魔物がいないことがわかると騒いでいた二人も気持ちが落ち着いて来たようだった。
「はぁ、はぁ、はぁ。無茶だよブララさん。モルビー3匹相手に一人だなんて。魔物はすっごく怖いんだよ」
「で、でも…どうしても強い魔物を捕まえないといけないんです…」
あきらめる気のないブララにぼくは我慢できなくなる。
「いいかげんにしてよ!自分の命を大事にしないやつが魔物の使い魔になんてなるなっ!魔物だって生きてるんだぞ!」
一人で危険につっこむブララにずっと付き従ってきたのだろう。横にいる鎧ムカデは体を覆う甲殻以外の所に治り切っていない傷を残していた。
鎧ムカデは昨日のダンジョン探索で負った傷がそのままだった。
「……!」
そのことにハッと気が付いたブララは、鎧ムカデにおそるおそる手を伸ばす。
彼女を守り、彼女の無茶に付き合わされていた使い魔。
主である彼女がしっかり世話をしなければ死んでしまう、大切な仲間なのだ。
使い魔にも心がある。
呼び出されて戦わされるだけの存在に思えるかもしれないが、使い魔はきちんと主を見ている。契約する時もその主だから契約するのだ。
力を貸し命がけで主とともに戦うのは契約だからだけではない。
少なからず好意があってのことだ。
もしあまりにひどい主であれば主を裏切り、殺してしまうことだってあるのだから。
今回のブララはそのことが見えなくなっていた。仲間のみならず、自分の身さえ危険にさらしていたのである。
「ご、ごめんなさいガイナ…わたし、あなたの傷に気が付かなかった…」
キィ、と小さくないてブララの伸ばした手に戯れる使い魔は、まるで気にしないで、とブララを励ましているように見える。
使い魔である魔物がこんなになついているのはきっと彼女が使い魔を大切にしてきたからなのだろう。
なら今日の無茶は焦る気持ちで視野が狭くなっただけの行動であり、いつもはこんなことをしないのだと思う。
(ふぅ、少しは冷静になってもらえたかな)
自分の無茶が仲間をピンチにする。
そのことに気が付いたなら昨日と今日みたいなことは早々しなくなると思う。
「さて!、それじゃ頭も冷えただろうし、パーティーとしての話をしよう!」
きょとんとするブララにセビとアメリアがにやりとしながら彼女を囲む。
「え、あの…パーティー?」
「そう。ブララさんはもうぼくのパーティーのメンバーだよね?。ならビーを捕まえるのもパーティーでいっしょにやらないといけないよね?」
え、え、と困惑している。
そう。もうこれは決定事項なのである。
「そういうことよ。ブララ。わたしたちと一緒にビーを捕まえるわよ!」
「うむ。探索は行動的にだぞ。まずはビーに慣れるところからはじめねばならんぞ」
「み、みなさん…!」
ブララが感激で瞳をうるませる。
「あ、あの、ありがとうございますっ!わたしたくさんご迷惑かけて…今はなにもかえせないけど、後でみなさんの優しさに恩返しできるようにがんばりますっ!」
「ならブララさん。ぼくのパーティーメンバーになるってことでいいよね」
「は、はいっ。よ、よろしくお願いします」
一時的にだが、こうして新しいメンバーを加えての探索が始まる。
「ベルフルーラ火の玉!…またはずしたわ」
木々に当たらないようにベルフルーラが火の玉を吐くが相変わらず命中率は良くない。
それを補うためにぼくは前に出て蜂の攻撃を盾で防いでいく。
「盾打!…だめかー」
それを見てブララも前に出る。
「《盾打》!、と、止めましたっ」
《盾打》を当てられたモルビーが硬直で地面に転がった。そこをすかさず火炎竜が火の玉で消し炭にする。
「おー…すごいな。ブララさん。それがぼくのやりたかった連携だよー…」
やりたかったことをサックリとブララにやられてしまい、なんとも言えない気分になる。
「あの…ブララさんのさんはいらないですよ」
「そうなの?」
「はい、ブララがあだ名なので…いえ、あだ名というのかなんというか…」
本名ではなかったようだ。あのパーティー内で通じる呼び名だろう。
「本名は何て言うのよ?」
「ブラナノーラです。リアラさんがブララって呼び出してからはブララになっちゃいましたけど」
”ブララ”呼びに困っている感じがあるようだ。確かにブララと余呼ばれてうれしいかと言われると素直に喜んでいいのか悩んでしまう。
「ブラナノーラってかわいいじゃない。なら呼び方は…ブラ?ラナ?」
ブラって。
「あの、家族からは”ノーラ”って呼ばれてました」
「ノーラ」
「ノーラ。いいわね」
「うむ。呼びやすくかわいいと思うぞ」
というわけでこのパーティーではブララのことをノーラと呼ぶことになった。
ノーラとその仲間たちの狩りは続く。
「ええい風刃!」
「盾打!」
ぼくとセビは相変わらずあまり役に立っていないが、最初と違い蜂に怯えることもなくなって敵の攻撃を引き受けられるくらいにはなった。
それを1匹ずつノーラの《盾打》で落とし、とどめを刺していく。ここはダンジョンとは違い、ステータスが半減されないのだ。なのでいつもみそっかすなぼくとセビでも多少は良い動きができている。
少しずつ、少しずつ蜂たちの数を減らしながら巣の位置をしぼりこんでいった。
「はぁ、必ず3体以上で行動してるんですね…しかも仲間がやられると数匹逃げてしまうし、時間がかかりますね」
蜂はコミュニティーを作って連携して狩りや探索をする生き物だ。なので少ないグループでも最低3匹からの集まりを作っている。
「逃げてくれるのはちょっとありがたいかもね。全員でかかってこられる方が怖いよ」
情報を持ち帰るためだろうか、必ず数匹はどこかに飛び去ってしまう。
その割には戦い方に改善が見られないのだが、どういうことだろうか。もしかすると誘い込まれているということもありえるので羽音だけに頼らず周囲を警戒するようにしている。
「あの子がいると絶対逃げますよね。戦闘にも積極的じゃないし…魔物にもわたしみたいに消極的な性格ってあるんですね」
「あのこ?」
ノーラはまるでモルビーの識別ができているようなことを言いだす。
「は、はい。あの、羽音が静かな子です。3体の時でも必ず後ろについている場所にいますよ」
3匹の陣形をそこまでよくみていないのでうろ覚えだが、たいていはリーダー的な1匹の後ろに2匹が従っている。けれどノーラが言うにはその蜂がいる時は前2匹の後ろに1匹がいる陣形なのだという。
「…………」
「あの…?」
「……ノーラ、強い昆虫がほしいって言ってたけどさ…少し時間がかかってもいいよね?」
「え、時間、ですか?」
「そう。一年くらい?」
流石にそれは困るらしく難しい顔をしている。
「それは…ちょっと…」
「なら、もう1匹モルビーを仲間にする気はない?アイアンビーを捕まえるのも手伝うけど、それとは別にモルビーを仲間にしない?」
「……」
「グーグ、説明しなさい。どういうことなのよ」
はっきりしないやりとりに業を煮やしたアメリアが突っ込んでくる。
確かに説明しないままではうんとは言えないだろう。
「必ず逃げるビーで、けれどリーダーとして機能しているってことならそれは進化種の可能性があるんだ。けどまだ外見に変化がない。ならそれは進化先が決まったまま、進化のタイミングを待っている状態のビーのはずだよ」
進化条件はクリアしているが、体の成長がまだ足りていない。成長待ちのビーということになる。
ビーの進化は2方向。兵士として硬く強くなるか、状態異常を得て異常を付与できるようになるかだ。けれどそれとは別にごく少数が成るレア進化がある。
司令塔としての進化
女王蜂へ向かう進化である。
「女王蜂…で、でも戦闘に消極的ですよね?」
「女王蜂への進化は仲間への強化スキルと攻撃魔術が使えるようになるはずだよ。きちんと育てれば攻撃してくれるし、頭もいいから勝手に考えて仲間を助けてくれる。それにノーラの魔物はどれも物理で硬いから魔術が使える仲間は相性もいいと思うんだ」
「……それは、すごいです…」
これだけ聞けばかなりいい条件に思える。ただしその魔術も単体攻撃の魔術で体も硬くならないという難点があるにはあるのだが。
その難点を抑えてでも仲間にする価値は高い魔物である。
「ノーラ、あと仲間にできるのは何匹なの?」
たいていの召喚スキルには制限がある。主のステータス値によって仲間にできる数がきまっているのだ。
「ええと…あと1匹です。わたし魅力はそれほど高くなくて…」
確か『魅力/5+1』で端数切捨てかな。魅力が15なら3+1で四匹まで仲間にできる。15~19なら低くはない。ぼくの魅力は16だし。
しかしここでモルビーを仲間にしてしまうとアイアンビーが仲間にできなくなる。
ノーラは仲間にしている魔物を手放したりできない性格みたいなのでアーマーだんごを1匹解約してビーを2匹増やすってことはしないだろう。
なのでモルビーかアイアンビー、どちらかしか仲間にできない。
「すごくほしい…ですけど、今はアイアンビーを優先します。わたしには今強い子が必要なので…」
「わかったよ。ならあの蜂は倒しちゃってもいいね。アメリア、毎回逃げられるのも何か怖いし次に見つけたら狙ってみてくれる?」
「わかったわ。色違いと硬そうなのだけ残せばいいのね?」
「うん」
方向性が決まりぼくたちは探索にもどる。
しばらく蜂の集団を相手にしているとどうやら巣に近づいてきたらしくいくつもの羽音が聞こえてきた。
「いるぞ…いっぱいだぞ…!」
巣の外には4匹の蜂が取りつき、他に飛んできた蜂が何匹も巣を出入りしている。
取りついている蜂に体が大きかったりするものはいない。
「アイアンビーはいなさそうだ…これははずれかもしれない」
巣をつつけば中から出てくるかもしれないがぼくらがひどいことになるだろう。
なのでみんなを連れていったん巣から離れた。
「どうしよっか」
「…ねぇグーグ、あの巣の中に女王蜂はいるのよね?」
巣なのだからいるだろう。
「そうだね」
「ならそれを捕まえましょう!」
アイアンビーはいないかもしれないけれど、巣をまとめるために女王蜂は必ず存在する。
だからそれを捕まえればいい。それが最高の選択肢である。
「そりゃ、アイアンビーよりも強いだろうけど。どうやって捕まえるのさ。女王蜂も負けそうになると逃げ出していくと思うよ」
逃げるモルビーはまだ倒せていなかった。
ちょこまか攻撃を避けられ、結局逃げられる。
その進化種となる女王蜂もきっと逃げるし、そうなればやっぱりぼくらには捕まえる手段がない。
「……難しいわねっ」
「く、クイーンは……無理ですよね…」
ノーラもあきらめきれないような顔をしている。
ぼくらの戦力ではどうやっても捕まえることは無理なのである。
「……ぼくらじゃ無理だね。けどぼくらじゃなければできると思うよ」
「え?」
結局の所、戦力が足りないのだ。なら他から足りない分を足せばいい。
「冒険者を雇って手伝ってもらえばいいんじゃないかな」
北のダンジョンの5階層のアイアンビーもそうだ。
一人でやろうとするから危ない目にあう。なら危なくないだけの戦力をそろえて捕まえればいいだけである。
なんならもっと強い昆虫系の魔物を誰かに捕まえてきてもらい、その後で契約したっていい。
アメリアはそんな感じのやりかたで火炎竜と契約したのだから。
「………でも、お金が…」
そればかりはしかたない。でも依頼料を払えば強い昆虫が手に入るのだ。払うだけのモノは得られる。
「お金は…流石に貸せないけど、ノーラはないの?」
「昨日、装備が壊れてしまって…代わりの物もないんです」
そういえば今日は軽装だった。
はじめて見たときはもう少し重めの硬い装備を着ていた。どうやらその装備が壊れて替えがなく、今着ている物しかなかったようだ。
「なので新調するにもお金が……」
「なら、あきらめて次の巣でアイアンビーを探しにいこっか」
「…………」
ノーラはずっと迷っている。アイアンビーを捕まえると決めたはずなのに、彼女は他の選択肢を捨てきれていないようだった。
(どうしたものかな)
このまま彼女に付き合っていたのでは日が暮れかねない。パーティーに入れはしたが、少しはやまったかもしれないと後悔しはじめた。
けれどぼくの予想は間違いだった。
彼女が悩んでいたのはそんなことじゃない。
もっと別の本質的な悩みだった。
「……あの、強いって何でしょうか?」
「え?」
突然そんなことを言いだしたノーラに、ぼくらは答えを返せずに固まってしまう。
「わたし、強い魔物が欲しかったんですけど、でもわたしの欲しい強さってもしかしてちがうんじゃないかなって…」
「……?」
彼女が何をもって強さとするかなんてわからない。力か、瞬間の火力か、偉大な魔術か。
そのどれもが場面場面では最強の強さになりえるだろう。
「だから、あの…無茶なお願いだと思うのですが…」
「う、うん」
「あの巣を燃やしてもらっていいですか?」
目の前のおとなしそうな女子は羅刹女だった。




