魔物を探しに行きます。
次の日の午後の授業は”使役”の野外探索だった。
パーティーでの行動である。
授業休みと昼休みの間、件のブララは仲の良いクラスメイトと行動するわけでもなく一人で教科書やノートを読んでいた。
そして午後の授業になってもいつものパーティーと行動する様子が見られず、当初の予定通りにアメリアに声を掛けられてうちのパーティーの方にやってきていた。
「ブララさん、体はもう大丈夫?」
左手左足に関しては見てわからないくらいには回復しているようだった。背中は見せてもらうわけにはいかないだろうが、きっとそちらも治っていると思う。
「はい、ごめいわくかけました…」
「ううん。あれくらいはなんてことは無いよ。それより今日はいっしょにパーティー組む?あっちのパーティーとは組まないみたいだけど」
あっちとは女子パーティーである。
幾人かブララの様子をうかがっているふしがあるが、声を掛けてこないところをみると彼女をこっちに入れても問題ないように見える。
「はい、あの、迷惑でなければパーティーに入れてほしいです…」
「いいよ。セビ、アメリア、いいよね?」
「ええ。よろしくね!」
「うむ。よろしくだぞ」
「それじゃ、今日はどのあたりに行こうか」
野外の探索は西都が近いこともあり、あまり強い魔物もいない。選べるとしても川の側だとかちょっとした森の中という程度である。
一応授業の一環として討伐依頼が出ているのでそれに従うとして、あとは適当に狩りをするのである。
肉が欲しければボアかラビを、毛皮が欲しければウルフを探しに行くような感じである。
「あ、あのう…できればでいいんだけど、捕まえたい魔物がいるんだけど…」
「捕まえたい…ってことは使い魔にしたいってことかな。もしかして昨日もそれでダンジョンに潜ってたの?」
「は、はい。そのう、いろいろとあって…」
そのいろいろのことが知りたかったのでグーグたちはしばらく腰を落ち着けて話を聞くことにした。
曰く、ゴブリンキングとの戦いの時に彼女は活躍できなかったらしい。
リーダーの指示に体がついて行かず前に出る場面で仲間の道をふさぎ、下がる場面で取り残されて攻撃を受けてしまった。
戦力にならないどころか足を引っ張ってしまったのだとか。
それに加えて火力としての仕事もこなせていない。
彼女の使い魔たちはみんな防御に優れた魔物ばかりなのだ。
「なのでリアラさんから攻撃に特化した魔物を使い魔にするよう言われたんです…」
彼女のスキルは《昆虫召喚》。
使い魔は鎧ムカデ一匹にアーマーだんごが二匹らしい。
「それで、5階層のレア種のアイアンビーを捕まえられないかと思って、昨日はあんなことに。本当にみんなには迷惑かけました」
レア種のアイアンビーはモルビーの進化種だ。モルビーより物理方向に攻撃的な進化を遂げている。
「ふーん。でもそれだったら一人じゃなくて誰かについてきてもらった方がいいんじゃないかなぁ。レア種って近くの階層からランダムに選ばれるんでしょ?アイアンビーが現れるまで何度もレア種と戦うのは無茶だと思うよ」
「本当に、それは実感しました。もうあんなことはしません。でもパーティーは今しばらくは難しそうなんです…」
彼女がいうには自分よりももっと切迫した状態のメンバーがいるらしく、パーティーの人員はそちらの援助に振り分けられてしまっているのだとか。
ゴブリンキングとの戦闘で契約した使い魔をすべて失ってしまった。
そういう女子に新しい使い魔を契約させようとパーティー全体で行動しているのだ。
火力がないとはいえ未だ三匹も使い魔がいるブララにメンバーをわける余裕がないのだという。
(本当にそれだけならいいけど…)
ブララの待遇を考えるとそれだけとも言い難い。
どうも戦闘の邪魔になった彼女を蔑ろにする雰囲気が自分にまでも感じられるのだ。
同じパーティーにいたブララにならもっとはっきり感じるだろう。
それをにおわせることなく、彼女はまだパーティーのために新しい使い魔を探しているのだと言う。
献身的ではあるが報われなさそうな話だ。
(うーん……)
グーグは悩む。手伝ってあげたいがブララは別のパーティーである。自分のパーティーさえまだまだ成長途中なのだ。他人のことなんてかまっていられるほどの余裕はないのである。
「グーグ君。討伐依頼をこなすついでに昆虫の魔物を探すくらいなら良いと思うぞ」
「林か草原でしょ。かまわないわっ」
「うーん…まぁいいか。ひとまずはそれで行こうか。流石にぼくらじゃ5階層まで手伝うのは無理だしね」
最高到達深度が2階層である。
5階層にはいつごろ到達できるのかわかったものではない。
ちなみにモルビーがいるのは3階層からだ。
「それじゃ依頼の次の目的はビー種の捜索ってことでいいかな」
「は、はい。あの強ければどれでも…」
そうは言うがこのあたりにいる昆虫系の魔物で攻撃力的な強さとなればビーかスパイダーくらいだろう。蜘蛛が昆虫かどうかはともかく。
「とりあえず移動しながらいこうよ。ビーはどんなのがいいの?アイアンみたいな兵隊系?状態異常のカラー系?」
ぼくは立ち上がり尻に敷いていた敷き布を片しながら聞く。
アイアンビーは巣を守る兵隊蜂であり、カラー系というのは状態異常を持った特殊攻撃系の蜂である。
攻撃的な昆虫と言っても方向性はバラバラなのでどういった系統が欲しいのかわかればいいと思ったのだが…、今は新しい魔物を迎えられれば方向性は問わないようだった。
「いたっ、ビーだ。あの大きさはモルビーだね!」
林よりに進路をとって進んでいたところ、木々の間にブーンという音が聞こえた。
体色は黄色で小さめのハチの魔物が3匹、陣形を維持したまま周囲を飛行している。
「…モルビーですね。普通の…」
モルビーではお眼鏡にかなわないのか、迷うような表情を見せていた。
5階層でアイアンビーを倒していたからだろう、今更モルビーを捕まえようとは思えないようだった。
ならばここはぼくの心にしたがうことにしよう。
「よし、見つからないように逃げるよ!シーダさん、頭を低くして!」
小声でみんなに指示を出し、コソコソと移動する。
「グーグ君、モルビーの巣を見つければアイアンビーはいるのではないか?」
セビが余計なことを言う。
アイアンビーは巣を守る蜂だ。なので巣に近づけば発見できる可能性は上がるだろう。かわりに大量の普通のビーもいるわけで、そんな恐ろしい場所には近寄りたくなかった。
「よし、じゃぁセビだけ巣を探してきてもらうとして」
「うむ。逃げることに賛成だぞ。あれはまずい雰囲気があるな。スネークと同じ恐ろしさがある」
モールスネークに咬まれて毒だなんだと騒いでいたのがついこないだだ。今度も針に刺されて騒いでいる様子が目に浮かぶ。
モルビーの周回している場所から離れるとほっと息を吐いた。
「あの、巣の近くならアイアンビーはいるんですか?」
「う。…いるかもしれない。アイアンビーはモルビーが進化したわけだからね。できたばっかの巣だとモルビーもまだ進化していないからいないんだ」
「……確かめるには巣をみつけないとだめなんですね」
この様子はどうだろうか。
さっきの蜂たちを追いかけて巣までいきそうな気配がある。
きっと放課後あたり一人で向かうのだろう。
セビがよけいなことを言ったせいで。
ぼくはセビに恨みのこもった視線を向ける。
察しの良いセビもブララの考えがわかるようで苦々しい顔をしていた。
(これは…うちのパーティーでフォローしないといけなくなったんじゃないかな)
昨日の今日だ。無茶をしないといいなと思うが、彼女は一人で無茶をした前歴がある。
確かに城壁のここなら5階層に行ってもどってくるよりも安全だろうが、代わりに巣にいる蜂全てを相手にしなければならないかもしれない。
そうなればどのみち大怪我をする。もちろん下手をすれば命を落とす。
それがわかっていて彼女を一人で行かせるわけにもいかないだろう。
放課後誰かとパーティーを組んでくれればいいのだが…。
そう祈るしかなかった。




