呪われてました?
目を覚ましたオレは、まず自分の無事を確認した。
意識はある。体も動く。痛いところもない。…よし、《災歌》を使っても死ななかったようだ。
ただ疲労感が残っている。一度薄くなった生命力は簡単にはもどらないようだった。
辺りを見回すと、どうやらいつものオレの部屋のようだ。
ただ、隣でナーサが寝ていた。
オレに寄り添うように、こちらに体を傾けて寝ている。
あんなことがあった後だ。もしかすると人と離れるのが怖いのかもしれない。
オレはいつものおかえしとばかりにナーサのほっぺたをつつく。
おうおうおう。今まで好き放題してくれたな。どうだ?おきないならこのやわらかほっぺを穴が開くほどつついてしまうぞ。
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに
…うむ。やわらかい。
……うむ。
「んん…う~ん…?」
ナーサのまぶたが動き、目を覚ます。
オレはさっと頬をつついていた手をもどした。
「あっ、グーグちゃんおきたぁ!。よかったー」
ぎゅむっとくっつかれる。
喜んでくれるのはうれしい。オレ自身も生きていられてほっとしてる。
「うぅ~っ!ナーサねっ、ナーサねっグーグちゃんがねっおっきいのにつかまったりねっおいかけられたりねっすっごくこわかったんだからねっ!」
「う、うん。ナーサ、ごめん。こわかったね」
「こわかったんだからねっ!」
「ごめんナーサ。ごめんね。もうこんなこわいことないからね」
「うんっ。うぅ~…」
グリグリと押し付けられるナーサの頭をかかえながらなでる。少し硬い髪質に指を通しながら、こんなに小さくても「怖い」という感情でオレを心配してくれたナーサが、ありがたいと思った。
トロールが入ってきたときでさえ、あまり怖そうではなかったのに、オレが危ないとなるととたんに怖くなったらしい。
自分の身に降りかかることよりも、他人の身に降りかかることの方が感情を揺り動かすようだ。
「グーグちゃん、あぶないことしちゃだめだからねっ」
「うん。しないよ。ナーサをしんぱいさせないよ」
「ぜったいだよっ!」
ひとしきりわいわいした後、ナーサは何か思い出したらしく部屋を出ていった。そしてオレの両親を呼んできた。
「グーグ、目をさましたかっ。無事か!?痛い所ないかっ」
「グーグっ、大丈夫?もう大丈夫よっ。もう怖いことなんてないからね、安心していいのよっ」
父も、母も無事だったか。
彼らの顔を見るとほっとしてしまう。
ただ、よくよく見れば二人とも体に手当の跡がみえる。そういや母は床に打ちつけられていたしなぁ、打ち身とか残っているのだろう。
他はどうだったのだろうか。ナーサの家族は。
「ジルさんや、イーダさんや、クーリアは?」
「みんな無事だよ。ただ…ジルさんたちはしばらくうちに住むことになったからね」
住む?……あ
「そうね。グーグが目が覚めたらこの部屋をジルさんたちに使ってもらおうと思っていたのよ。なにせお隣は屋根がなくなっちゃったからね。でも、どうして無くなっちゃったのかしら?」
すまん。しかたないとはいえ家を破壊したのは何を隠そう、オレです。
ただそれを言うわけにはいかない。オレがそんな凶悪なスキルが使えるということは、まだ知られてはいけないことだ。
もし知られれば恐れれれてしまう。庇護を必要とするこの年齢では、まだ親の庇護を失うわけにはいかないのだ。
「ナーサしってるよ!。グーグちゃんがやったの!」
おおいいいっ
ナーサは身振り手振りを加えつつ、オレがトロールをたおした様子を二人に説明していく。
使った魔術のこと、そしてトロールをたおし、家の屋根を破壊したスキルのことまでバッチリ説明されてしまう。
ナーサにとってはオレのすごい話なのかもしれないが、それが実は異常なことだとわかっていないのだ。
ああもう、もーうーっー
ううう…どうしようもない。
「まさか…いやしかし…」
「目が覚めたら家は壊れているし、魔物は死んでいるし、寒いし痛いしグーグは外で寝てるし、もう何が何だかわからなかったけれど…グーグがスキルでやったの?」
ぐ…うぅ、どう答えた物か…。
「…ごめんなさい。こわしちゃった?」
魔物が死に、家が壊れている以上、きっとどこかで犯人捜しがおきるだろう。なら、今のうちに謝った方がいいと考えた。
あと、かわいさでごまかす方向で。
「ううん、いいの。あなたが生きていただけで十分よ。でも危ないからね、スキルはおもちゃにしちゃだめよ。今度パパにしっかり教えてもらいましょうね」
「うんっ。スキルであそばないよっ」
そう答えると母はオレをぎゅっと抱きしめる。
……すまない。心配させてしまったらしい。
オレは母の胸に抱かる。母が無事だったことにあらためて安堵した。
「あれが…スキル?。だとしたらグーグはどれほどすごい子なんだ…?。んー、一度山主様に相談したほうがいいかもなぁ」
父は首をかしげていた。
しかし山主とは何だろうか。主のいる山か。人とドワーフどころか、ドワーフを毛嫌いしているはずのエルフまで同じ山に住み着くとなると、この場所はかなり特殊な主のいる山なのかもしれない。
隣りの家の屋根にはイグサで編まれた敷物がかけられていた。
冬が来るまでになおせないということだろう。
秋も中半にさしかかる時期だが、すでに冬のように寒い日が訪れるようになっていた。
ジル家の引っ越しは簡単に終わった。
必要なものは隣から持ってくればいい。ひとまずは寝台と冬越しの衣類だけ運び込んだようだ。
「わ~い。グーグちゃんといっしょ~っ」
ナーサはいっしょにいられる時間が多くなったことがうれしいのか、四六時中オレを引っ張りまわしてくることが多くなった。
「グーグちゃん。これナーサのとったきのこ。はい、あ~ん」
今回のキノコはまともな色をしていた。まぁ、料理したのはオレの母かナーサの母のどちらかなので劇物は入ってないだろう。
オレはナーサに突き出されたスプーンを口に含む。
…うむ。キノコも良い。
秋は味覚の種類が多くて食事がおいしい。これが冬になると芋ばかりになる。おいしい食事は今のうちに食べ貯めておかなくてはいけない。
ナーサに世話されながらもぐもぐと食事に精を出していると、玄関から扉をたたく音が聞こえる。客のようで、母が対応に立ち上がった。
「あら、村長さん…と、まぁ、山主様?あらあら。あらあらあら」
母に伴われて居間にやってきたのは老人の男性ふたりだった。
一人は人間種族の男。おそらくこちらが村長だろう。そしてもう一人は額から黒い角を生やした種族の男。魔族…ではなさそうだ。
その二人は父とジルさんに挨拶をしている。
その角が気になるのだろう。ナーサの手が止まっていた。目がキラキラと釘付けになっている。
「食事中すまんな。ちと山主様にお子さんを診てもらおうと思ってな。かまわんかな」
「えぇ。どうぞ適当な椅子を使ってください。今お茶をお出ししますね」
「おかまいなくじゃ。すぐすむから茶はいらんよ」
そう言って二人はオレの前までやってきた。
「この子がグーグですじゃ」
「ほほう。お主グーグというのであるな。こんにちはだな。ちとお主のステータスを視させてもらうぞ」
「くろいのーっ」
「お?、この角が気になるか。ふふふいいであろう?。龍の角である。かっこよかろう」
サラリとナーサの指摘に角の老人が答える。
龍かよ。
竜ではなく、龍。
それはこの世界でも希少な存在であり、世界を造った星神の眷属であり、そして世界を壊そうとする者の最大の脅威であった。
主に魔王であったオレの宿敵である。…向こうからすれば羽虫のような存在だろうけど。
龍はこの世界の頂点に存在する生物だ。魔王であったオレの知る歴史の中で、龍は一度も倒されたことのない生物だ。
”完全生物”
そう言われるほどに不敗であり無敵であり万能を持っていた。
けれど個体数はあまりにも希少だったこともあり、魔王であったころでさえ、それは伝説上の生物だった。
その龍が山主として山を管理している。ここはそういった地らしい。
とんでもない。
…とんでもないな。
龍かよ。
しかもあの角の色から察するに…黒龍だろう。
龍の中でもこと、破壊力に特化したウワサのある龍だ。
……魔王だとバレなければいいのだが。
「ふむふむ。ほほう…ほほうほうほう」」
スキル《鑑定眼》でオレのステータスを鑑定していく。
…思いっきり『魔王』技とかステータスに書いてあるからなぁ…。
「……これはあまりよくないな。二つほど、魂に紐づけられた呪いのようなスキルがある。ふーむ」
だろうな。
バレてしまった。
魔王技《災歌》
そして
固有スキル《魔獣召喚》
魔王であったオレに与えられた、前世からの贈り物。
それが、呪いだと言う。
まぁ、この齢の子供が使っていいスキルではないことは確かだな。
「それにしてもスキルの数が多いようだな。確かに才能はあるだろう。ふーむ、これならばあるいは…」
山主は髭に手をあてて何事か考えているようだった。
「…山主様、どうなのでしょう。グーグに異常はありませんでしたじゃろうか」
「それは無いようだな。しかしスキルに問題があるかもしれん。ちと場所を変えようか。ゴダーダ殿もこちらへ。…グーグ君。今日はしつれいするぞ。さらばだ」
そう言って父と村長をともない、みんなに挨拶したあと出て行ってしまう。
…不穏な
「グーグちゃんすごいね!、おじいちゃんにほめられたね!」
ナーサがキャッキャと喜んでいるが、あれがほめられていたように見えるのだろうか。なんとも難しい評価をもらったように思う。
何事もなければいいが…。
ともあれ、これでようやく食事の続きができるというものだ。
オレは期待してナーサに顔を向ける。
「ママとパパにもおしえてあげなきゃっ」
ナーサは立ち上がり、バタバタと駆け出していった。
行ってしまった。
……スプーンは置いていけ。