使い魔を召喚します!
さて、自己紹介も進み後半に差し掛かったところで立ち上がったのはいつぞやの赤毛の少女である。
左右をドリルみたいにまとめた髪の少女だ。
「アメリア・フローライトよ。親は貴族ではなく商人をしているわ」
苗字があるのは貴族か、貴族から下ったもの、もしくはそういった者を一族に迎えた者たちだった。なので彼女の親族には元貴族がいると思われる。
「…そしてわたしは魔王は認めない。魔王の配下になんてならないわっ。けれどどうしてもって言うなら一人だけ認めてあげる」
彼女は魔王たちが名乗りをあげ、配下にしてやる!と宣言したことに異を唱えていた。もっともだ。ここは人間種族の領域であり、魔族領域の慣習である配下制度がない場所なのだ。配下にしてやる、と言われても誰もうれしくない。
「わたしが認めるのは――魔王サーディア。サーディア様だけよっ。一度も聖剣所持者を下していない魔王なんてゴミ同然だわ!」
彼女はそれだけ言って満足したのか席につく。
魔王を名乗った彼ら、彼女らはそれを聞いて顔を赤くする。
――聖剣所持者を下していない魔王
ゴミ同然と言われ怒りとくやしさで噛みつきたくなるのだろう。しかし事実であるがゆえに言葉にすることができない。
魔王サーディア
その魔王は3度、聖剣を持つ勇者候補を退け、魔王史史上2番目に長生きした稀有な魔王だった。
グーグは冷や汗が止まらない。
(ここでその名前を聞くなんて…)
自己紹介もまもなく自分の番が回って来る。
グーグは挙動不審にならないように気をつけながら席をたちなぜかゲホゲホむせる息を整えた。
「…グーグ、です。よろしくおねがいします」
考えていた自己紹介文がすっかりとんでしまっていた。
唯一名前だけ告げることができ、それで紹介を終わらせることにする。
教師のカガスミは気にならないようで必要事項の伝達に移行していく。
彼女は授業や学寮のことを伝えたあと、ダンジョンのことも話した。
「みんなは学園に入った時点でEランク冒険者資格は与えられたコン。これを夏休みまでにDランク以上にしないといけないコンよ。でないと罰当番があるコン。ダンジョンは今、3カ所いけるコン。そのどこでもいいから依頼を受けてDランクになっておくコン」
冒険者資格がもらえるらしい。冒険者になっても依頼を受ける暇がないのではと登録していなかったのに、ここでは自動的にEランクになるのだと言われた。
カードを持っていない者は後でとりに来るようにとのことである。
そして最後にもう一つ。
「もしまだ使い魔がいないなら召喚と契約できる方陣を用意してあるコン。このあと契約するから残っててほしいコンよ」
そんな便利な方陣があったのか。
まだ契約しておらず、何も呼び出せないグーグとしてはすごくありがたいことだった。
今日は授業もなく教科書などの物品は畏怖と授業に関するプリントをもらったら解散となる。
放課後、教師の前に集まったのは自分を含めて5人だ。
30人ほどのクラスに5人がまだ使役できるモノを持たない。多いか少ないかはわからないが自分と同じようにこの学園に対してそれほど思い入れはないのだろうなと考える。
”召喚”系の能力で集められたというのに、事前に準備していない生徒たちなのだ。少なからず親近感もわくというものだ。
「なぁおい、使役ってどんなのがもらえるんだろうな?」
そのうちの一人がぼくに話しかけてくる。
髪の毛を短く切ったやんちゃそうな少年だ。
「『魔物召喚』って名前のスキルなら魔物が召喚できるんじゃないかな。あとは『鳥召喚』なら鳥だし」
「はーん、そのまんまか。なぁおれのスキルは《屍鬼製造》ってスキルなんだけどさ、これだと何ができるんだろ?」
げ、中々にやばそうなスキルを持っている少年だった。
”屍鬼”と言えばほとんどは”グール”のことだろう。
ゾンビやスケルトンよりも強く、知能もそれなりにあるため夜に出会いたくないアンデッド系の魔物として知られている。この間のアンガーボアと同じくCランクの魔物だった。
そう伝えると少し嫌な顔をする。
そりゃ腐った死体を使役しなければいけないなんて普通の感覚ではいやだろう。
「…うち、肉屋なんだよな…」
清潔新鮮が売りの肉屋のせがれが屍鬼を使役する。ミスマッチもいいところだ。
けれどそうか。召喚スキルばかりではないから、自分が何ができるのかわからないまま入学してきた生徒もいるのか。
方陣のある部屋に自分たちの後から数人の教師らしき人たちもやってくる。魔術師っぽいのが3人。戦士っぽいのが3人だ。
「さぁ、それじゃぁ召喚していくコン。一人ずつやるコン。まず自分のスキルを言って方陣の前に立つコンよ」
さっさとしろ、というカガスミの指示でおずおずと一人の生徒が方陣の前に進む。この狐教師は美少女と主張する割に性格があまり良くないように思う。
「しょ、植物召喚ですっ」
それを聞いた魔術師が緑色の宝石と小さな魔石を方陣の真ん中に置く。
「よろしい。では願うのじゃ。その声に応えおぬしにふさわしい使い魔があらわれるであろう」
生徒は祈る。それに呼応するかのように方陣がまばゆく輝きはじめる。
「…この者の呼びかけに応え、力を貸し与えたまえ…《縁》…《魔物招来》」
パアッ と方陣が一際強い光を放ち、消える。
すると方陣の真ん中に一抱えの何かがいた。
いや、花だ。大きな一輪の花。ワキワキ動く、花の魔物パークフラワーだった。
「こ、これが私の魔物…!」
「うむ。では使い魔を連れてこちらへ。契約をしてしまうぞ」
ワキワキの鼻を手に持ち、生徒が教師の所へ移動する。教師は契約の方陣円を描き、生徒と魔物の一部を方陣に通し契約を交わさせた。
契約は完了され、これであの花は生徒の召喚に応じることができるようになったのである。
「ほいじゃ次コン」
二人目、三人目と問題なく進み、今度は少年の番になった。
「屍鬼製造ですっ」
しき?式?製造?教師たちが少し戸惑いながら、相談していた。そのうち一人がどこかへ行き、荷物を抱えもどってくる。
方陣の中に骨格標本と生肉と小さい魔石が置かれた。
「よろしい。では願うのじゃ」
少年は祈る。できるだけ家業に迷惑をかけない魔物になりますようにと。
「…この者の呼びかけに応え、力を貸し与えたまえ…《縁》…《魔物招来》」
方陣が一際大きく輝いた。
『ぶるるるぅうあああぁっ!!、あじゃぱぁ!』
叫びながらジュクジュク腐った体液を噴出させる巨大な肉の塊みたいな魔物が出てきた。
…ミートイーター。喰らった肉で自分の体を回復することができる気色悪い魔物だった。
『齧りっ齧りっ丸齧りぃっ!ぎゃばぁ!にいいいぃぃぃくううぅぅぅっ!』
「……先生…」
「…う、うむ。どうしてもと言うなら別のにすることも可能じゃ」
少年は即答し、ミートイーターはどっかもときた場所に返還される。掃除後、新たな方陣が輝いた。
『……おでは軍曹…戦いはどこだ?』
前のよりはだいぶ落ち着いた普通のグールだった。
少年はそれで納得したらしく、グールと契約を交わす。これであのグールは少年に従う使い魔になったらしい。
強さで言えばミートイーターのが圧倒的に強いのだが、まぁそうなるだろうなとしか。
「じゃ、最後いくコン」
ぼくの出番だ。
「精霊召喚です」
「ほう」
魔術師の教師は少しだけ驚いた顔をした。人種族が精霊を扱うことはほとんどない。そもそも精霊と親交がなく加護を持たないからだ。
ドワーフやエルフのように生まれながらに精霊の加護があるものは精霊に好かれ、力を借りることができるのだけれど…。
人種族ではどうしてもそのあたりは難しいことだった。
教師は方陣に少し大きめの魔石を置き、少し考えてから色々な宝石を置いた。というか全色の宝石を置いた。
要はどれかは当たるだろうってことか。
「…よろしい。では願うのじゃ」
魔術師に言われるまま、目をつぶり祈る。
できれば強い精霊がいい。もしくは使える精霊がいい。
《鍛冶》に必要な火、もしくは土の精霊でもいい。
助けになってくれる精霊…いたら来てください…!
方陣が一際強く輝く。
ぼくは目を開けた。
方陣の真ん中に使われなかった宝石と細長い透明なものがあった。
「……ん?」
精霊はいなかった。魔物もいない。
なにもいない。
「……あれ?」
方陣に使い魔となる存在はおらず、教師たちもどうしたことかとざわついている。
「…何もおらぬな?」
「そうだな。いや、もしかしてその細いのでは?」
「むぅ?、これか?、…おお、冷たいぞ」
「氷じゃな」
教師たちが方陣にあった細くて透明なものを渡して来る。
確かに冷たい。
これは雪山で生活していた時によく目にしたものだ。
「…………つらら?」
つららだった。
15センチくらいのつらら。
すでに少しずつ溶け始めている。
「……先生」
ぼくの視線を受けて教師はうなづく。
「…別のにすることも可能じゃ」
「そうしてください」
教師はつららを基の場所にもどそうと返還の魔術を起動する。
つららは消えた。
良かった。あれがぼくの使い魔というのはいくらなんでもありえないだろう。ただのつららだし。溶けるし。たぶん少し力を入れただけで折れるだろうし。
気を取り直してもう一度召喚を執り行う。
つららがあった。
「つららなんですけどーっ!?」
再召喚で呼ばれたものもつららだった。
微妙に溶けているあたり、さっきのつららがそのまま出てきたのだろう。
ぼくは再び教師を振り仰ぐ。
「……うむ。強い縁があるようじゃな。さぁ、契約するのじゃ」
明後日の方を向いてそうのたまう。
「まって、つららですよ!つららで何しろって言うんですかっ!しかも溶けてる!もう半分も溶けてるし!」
「よし、急ぐのじゃ」
そう言ってサクサク契約の方陣を展開する。溶けきる前にさっさと契約しろとうながしてくる。
「つららとー!?」
絶望のあまり力をいれてしまったぼくの手の中で、つららがポキリと折れた。
「つららが死んだー!?」
もう使い物にならなくなった。捨てていいかな、と悩むぼくにそれまで面白そうに見ていた教師のカガスミが口を開いた。
「それは『つらら女』コン」
「つらら女…?」
聞いたことのない精霊だった。
「東方の妖怪コンよ。お風呂で溶けたり囲炉裏端で溶けたりする妖怪コン」
「溶けるだけか!しかも妖精ですらない!?」
精霊にあらず、精霊に似ている妖精ですらなく、まさか妖怪だったとは。いろいろな魔物のことを知っている自分ですらこの妖怪のことは聞いたこともない。
同じ東方の出身であるカガスミだからこそ知っていたのだろう。
「つ、強いんですか?」
「…風呂で溶けるのがコン?」
ダメそうだった。もうすでにほとんど水みたいになってしまっている。これで強いかどうかとかそういうレベルではなかった。もしかするとスライムより弱いかもしれない。
この時代のスライムはただの水風船である。昔は取り込んだ物質を溶かすやばい性能をしていたが、生存戦略として安全な道を歩んだせいか熔かす機能を失い、小さくプルプルしているだけの物に成り下がっていた。
このつららはそれよりも弱い。
教師は溶けきる前に契約しろとせっついてくる。
やはり溶けきったらこの妖怪は死ぬのだろうか。
「え…ええい!ままよっ」
ぼくは契約の方陣につららをもった手を通す。
方陣が輝き契約がおこなわれる。
つららとぼくの契約。これで僕は《精霊召喚》でつらら妖怪を召喚することができるようになった。
手の中のつららは間もなく溶けて消えてしまう。
…大丈夫だよね?
一抹の不安が残る中、こうしてぼくにも初めての使い魔ができたのであった。




