旅がはじまります。
出発の日になった。
師匠とひとしきりの別れをすませ、トロロンプと落ち合うトンベ村の広場にきていた。
「グーグ君っ、こっちです。いやぁいい天気でよかったですなぁ」
手をあげているトロロンプは流石に旅慣れた格好をしていた。
「よろしくお願いします。旅の食料って何日分くらい必要ですかね?」
3日ぶんは持ってきていたが、馬車がどれだけ他の村に立ち寄るかによっては足りないだろう。
「乗合馬車ですからな。村々で買っていくとしても多くても3日分、何かあった時用にもう一日分ほどあれば足りるでしょう。ただ冬の時期ですから、食料が買えない場合もあります。そんな時用に保存のきくものを多めに持つといいですぞ」
ぼくはトロロンプのアドバイスに従って保存のききそうなものを村の商店で買い、マジックバッグにつめた。
マジックバッグに空きスペースがあるのだから気にせずにいくらでも買い集めればいいと思うのだが、貧乏性なせいかあまり買い込むのが得意ではなかった。
ちなみにマジックバッグには時間の低下という機能が付いている。
食品なら劣化せず、くさらないし何なら温かいままマジックバッグの中にいれておけば何日たってもあたたかいまま取り出すことができる。
広場にはすでに馬車がおり、御者が客集めをしていた。乗車交渉はもう終わっているらしくトロロンプは早めに場所取りをしているようだった。
「前の席のほうが馬車酔いしにくいですぞ。後ろは乗り降りが楽ではありますが、グーグ君はどちらがいいでしょうな?」
「あまり馬車にのった経験がないので前にしましょう」
そうと決まればトロロンプは手持ちのクッションを2席にあつらえていく。
マイクッション持参
本当に旅慣れている様子だった。
驚くぼくに彼は満足そうに頬角をあげる。
「これがあるのとないのでは尻の痛さが段違いなのです」
乗合馬車の座席は木の板が張られているだけのものだ。これでは道の起伏をもろに尻で受け止めることになるだろう。
なのでクッションはすごくありがたい。
ぼくはトロロンプに礼を言い、そのクッションの柔らかさを確認してみる。うん。わりとふかふかしていて座りやすい。
良い塩梅だった。
乗合馬車は点在する村々を移動しながら、村から村へ人を乗せていく馬車だ。
乗車には目的地への距離に応じて金額がきまっており、それを払えばあとは目的地に到着したときに馬車を下りればいいというものだ。
乗りたい人たちが金銭を払い、いっしょに運ばれ、勝手に下りていく。
基本的に食事の宿となるものもなく、それは客自身で用意しなければならない。まぁ馬車によっては食事なんかは別料金で用意してくれることもある。
護衛も基本的にいない。こういった馬車は御者がある程度戦える場合が多く、治安のいい場所での移動には護衛となる者はついていない。
特に冬は魔物も冬眠するものが多いのでめったに出くわすこともあらず、護衛はいなかった。
そういったことも含め、乗合馬車というのはお金のない一般人のための移動手段なのである。
そんな旅を一週間も過ぎ、ぼくも旅慣れてきていていた。が、それでも時期が時期である。馬車に乗っているだけでも体力を消耗するような日々だった。
毛布を全身に巻き付けるようにくるまり、頭はおろか顔もかくれるくらい布でおおう。
これで寝れればいいのだが、ただの木輪に鉄の環をはめただねの車輪では揺れや凹凸で体が跳ねるくらい馬車がゆれる。寝られるわけがない。
合間にトイレの休憩はあるが馬車に乗っている間は見えない疲労が蓄積する結果となっていた。
「ふぅ、つかれましたな」
そんなことを言いながら馬車の外で休憩がてら体を伸ばしているトロロンプ。彼は慣れているのかあまり疲れているようには見えなかった。
グーグはそれを見てうらやましく思う。自分は慣れない馬車に酔い、揺れにふりまわされ、寒さに縮こまっているというのに。
「…トロロンプさんは寒くないんですか?」
「ん?、あぁ、寒いですね。流石に隙間風の入り込むボロ馬車では寒くてしかたありませんよ」
そううそぶいてふところから酒の入った小瓶を取り出し口に含む。なるほどアルコールで体を温めているわけか。
「グーグ君も一杯いりますか?」
ぼくは首をふって断る。
うまい酒ならまだしもこんな地方の村落で手に入る酒は味よりも酔うことが目的の物が多い。それにこの国では子供の飲酒を禁止している。とがめられるほどではないが、それでも眉をしかめられる程度には違法なことだった。
「ふーむ、ならば薬草でも探しましょうかな。この時期ならばオジギ草が生えてるはずですから、それを煎じて飲めば少しは体が温まりますよ」
トロロンプはそう言って道端を探索しはじめる。
「見てください、これはヤハギ草。こっちはモモギ。どちらも食べれる草ですぞ。お、これは厄消し。煎じれば疼痛が和らぎます」
雑草にしか見えない草を引っこ抜いてはぼくの手に渡して来る。だんだんと抱えるようになってきた草々を持たされ、何が雑草と違うのか思案にくれてしまう。
「こんなにどうするんですか?、持っていけませんよ」
マジックバッグのことはトロロンプにも秘密にしている。なのでこんなに草をとっても処理に困ってしまう。
「オジギ草はありませんな。時期的には生えているはずなのですが、今年は冬が遅いのかなぁ」
すでに十二分に寒いはずだが、まだこれで本格的な冬ではないらしい。
毎年引きこもっていたので今年は寒いのか寒く無いのかさっぱりわかっていなかった。
「…いいですよ。それよりこれ。どうするんです?」
ぼくは腕の中の草を彼に見せる。流石に取りすぎましたかね、とつぶやくトロロンプは少しうなってから馬車の方を向いた。
「食べれる物は御者に相談してみましょう。なんでしたら馬の飼葉がわりにもなりますし、薬になるものは干すところがあれば干して粉にすれば持ち運びしやすいですぞ」
そこまでしてどうにかしなくてはいけない物なのだろうか。
道端に生えている草なんて二束三文だろうし、旅先でまたひっこぬいていけばいいような気がする。
まぁトロロンプがうれしそうなので言葉には出さず、こんな草が売れるのかと手に取って眺めるくらいはしておいた。
森棲みなのでいくつか売れる草は知っていたけれど、採集で報酬をもらっている冒険者はもっといろいろな知識があるようだ。
トロロンプの交渉の成果か、その夜は薬草スープが客のみんなにふるまわれた。
身体にいいと言われたがなかなか癖の強い味がした。
さて、旅も2週間目になると訪れる村の様子もかわってくる。
グーグが住んでいるあたりの村よりもきれいで人が多く、発展しているのがわかる。
旅の行商人も良く訪れるらしく、馬車はそういった商人の一団の後に続いて街道を移動していった。
その日は商人の馬車が3つも先に走っており、いつもよりゆったりとした移動だった。
商人たちは商品を守るために護衛をつれている。馬車三台ともなれば1パーティーではなく2パーティーはついているだろう。人の往来が少ない冬でこれほど安心して移動できることはそうないらしい。
「グーグ君、私の採取した薬草が120Gで売れましたぞ。どうです、道端の草でもあなどれんでしょう?」
パン12個分くらいだがひょいと取ってきたにしてはいい値段だった。
「…すごいですね。ぼくにもいくつかお金になる草を教えてください」
「いいですぞ。冬は草も少ないから覚えやすい季節ですな。学園までの道すがらで街道に生える薬草は覚えられるでしょう」
そう言って馬車から見える草の名前や効果、売値や採取方法を教えてくれる。
ぼくはそれをノートにざっと書いていく。もちろん消えないノートにだ。
それで余計に馬車酔いになるのだが、実際に自分で採った薬草を煎じて飲むことになるのはこの後だった。
「…苦い」
草の味がする。舌がシビシビと苦みで麻痺しているのがわかる。
「薬草の煎じ茶はそれほど強い効果はありませんからな。そのくせ苦い。苦みのわりに効果はうすいとくれば、たいていの人はそれを嫌ってポーションを飲むわけです」
ポーションは下級でも一本で100Gはするものだ。そんな金を払いたくない庶民はこうして薬草を飲むのだそうな。
「つらい話しだ…」
ともあれ今馬車は止まっており、その間に薬草採取をして煎じてみたわけだけれども…。
それもこれも、この先に進むのを数人の兵士によって遮られているからだった。
「お、かえってきましたぞ」
見るとトロロンプの言うように商人の馬車3台と乗合馬車1台の御者がようやくもどってきたところだった。
「みなさま、すいません。この先に魔物が出たらしく、討伐が終わるまで道を封鎖するとのことですっ。どれだけ時間がかかるかわからないもので、商人の馬車の一つが回り道をして進むと言っていますので、それで良ければそちらにお移りくださいっ」
道中に魔物が出たとなれば封鎖されるというのも当然のことだ。
兵士が封鎖しなければならない魔物というのはたいていがCランク以上の魔物で、一般人では出会うだけで死に直結する危険な場合が多い。
こうなると封鎖がとかれるまで待つのが一般的ではあるのだが、どうも荷運びを急ぎたい商人が無理をして馬車を出すようだった。
「グーグ君、我々は待ちましょう。なあに、学園なんぞ遅れたっていいのです。ここであせって命を失うことの方がもったいないのですぞ」
ここで待たされる日数によっては学園の開始日に間に合わないかもしれない。が、確かに遅れなければならないというわけでもない。無茶をする場面ではなかった。
なのでトロロンプの意見に賛同しておく。
馬車に乗っている他の客たちもそれは同意見らしく、ほとんどの客は馬車を下りないようだった。
「え?、はぁ、かまいませんが…。みなさま客がお一方増えることになりましたっ、お手数ですが少しずつ奥につめてくださいっ」
おそらく無茶をしようとした馬車に乗っていた者だろう。同行するのをやめてあちらの馬車を降りた客が、こちらに乗って来るという。
賢明な判断ではあるが、商人の関係者なのだろうから他の商人の馬車に乗ってほしいとも思わなくない。
そうしてちょっとずつ席を詰め、一人分のスペースができたころあいに件の客が馬車の荷台に乗り込んできた。
女の子だ。赤い髪を左右でくるりとまとめた、不思議な感じの様相をしている。
(ドリルだ…)
少しきつめの眼差しが馬車に座る一同をじろりとにらむ。
グーグは視線をそらす。怖い人とはかかわり合いたくないからだ。
その少女は小さく舌打ちをしてから空いている席にどかりと腰かける。
「(なんでしょうかな。いいとこのお嬢さんでしょうか?)」
「(貴族かなぁ。商人の娘とかかも)」
こそこそトロロンプと内緒話をしていると御者が顔をのぞかせこの後の予定を伝えてくる。
「今日の昼過ぎまでこちらで様子見をしますっ。それでもまだ封鎖が解けないなら前の村にもどって休みます。この状況だと宿もうまっていてとれないかもしれませんが、兵士さんから家の納屋でよければ、と言ってもらえてるので納屋で良ければいっしょに休めますよ。宿に泊まりたい場合はみなさまそれぞれで探してくださいっ」
宿も部屋が空いていたとしても値上がりしているだろう。ぼくらは納屋でいいよね、と謙虚にすごすことを相談しあう。
けれど新しく端に座った赤毛の少女は待遇に不満があるらしく、目に見えて機嫌を悪くしていた。
少女の隣の席の客が戦々恐々としている。
他の客たちも視線を合わせないように下を向いてかかわらないようにしていた。
乗合馬車が嫌なら下りればいいのに、と思う。商人の馬車なら他に二つもあるのだ。そちらと交渉してもっと快適な環境に移ってほしいものだ。
ひやひやする空間に辟易しながら数時間。
そろそろ日も傾いてきて夕暮れに近づいてくるころ、兵士に話を聞きに行っていた御者がそろそろ村にもどることを告げた。
結局その日は封鎖が解けなかったということになる。
「明日進めるかな」
「どうでしょうな。強い魔物でも出たなら討伐に腕の立つ冒険者や騎士様が必要になるでしょうから、彼らを呼ぶだけで数日かかることもありますぞ」
このあたりに配置されている兵士だけで討伐できるなら早いが、そうでなければ待たされることになる。
冒険者が必要なら冒険者ギルドに依頼を出し、それを受諾してもらってからの討伐になる。数パーティーが必要なら数があつまるまで、指名依頼として出すなら指名した上位冒険者に話が通るまで日数がかかることになる。
まぁ、封鎖している兵士の様子から大事という雰囲気はないから配置の兵士で討伐できる魔物なのだろう。
それでも広域を移動する魔物なら探すところから始まるわけで、数日時間がかかることもある。
待つしかない身としてはあせらずにのんびりと行きたい。
「あら、何かしら?」
窓の外を見ていた客の一人が隣のつれに何かを指さしていた。
声をかけられたつれは外をうかがい、「ん?」とうなって目をこらす。
魔物だ!
という声が馬車の外から聞こえた。
商人の馬車にいる護衛のものだろう、声に慌ただしく馬車から飛び出し武器をかまえる者たちがいた。
グーグの位置からでは外の様子が見えない。窓の無い、あたたかい場所を陣取ったせいだ。
乗合馬車の中がざわつき始める。
魔物がこちらに近づいてきているというのだ。
逃げるのか、それとも馬車に乗ったまま、護衛や兵士たちが倒してくれるのを待つのか。
「魔物の前に誰かいるわっ、…馬にのった、男の人よっ」
男が追いかけられているらしい。そしてその男は魔物から逃げながら、こちらに向かって走ってきているというのだ。
どこかで見た光景だった。
ぼくが家を出て森を歩いていたときと同じ――
「あいつ…魔物をこの馬車になすりつけるつのりだぞ!?」
魔物のなすりつけ
それは魔物に追いかけられる人間が、助かるために他の人間に追いかけてくる魔物を押し付ける行為である。
死ねば終わる世界。他人を犠牲にしてでも自分は生き残ろうとする、生き汚なく下劣なおこないだった。
――けれどそれでも生き残ることが正義。
死と隣り合わせのこの世界では、力をつけるか、何かの庇護を受けるか、それとも安全な中から出ないようにするか。そうやって自己を守って生きることが重要なことなのである。




