旅の準備がととのいます。
学園へ出発する、三日前の夜。
荷物はあらかたつめ終わり、後は当日に水と食料を入れればいいだけになっていた。
学園に持っていく荷物はそれほど多くはない。
服や下着、道中の病気対策や魔物対策のあれこれだけで、あとはほとんど家に置いていくことになる。
「思ったよりもいろいろのこしてくな…」
この家に来て7年。
物を集めたわけでもないのにいろんな物があった。
家具や遊び道具、師匠にもらった図鑑や辞書。師匠が作ったよくわからない錬金道具なんかもあった。
ボタンを押すとまわりだす石ころとか、壁に貼りつく木の板とか。
いらないはずなのに、部屋の小物入れのなかに入れてとっておいたものだ。
こんなものでも思い出の一部になっている。
「…師匠は大丈夫かな」
師匠の心配をする。
ぼくが世話しなくてもきちんと生活できるのだろうか。そんなことに想いがよぎるが、けれどちがう。
たぶんぼくはさみしいのだと思う。
師匠のことを考えたのは、ぼくのほうが師匠と離れたくないからだ。
たった7年。
けれど7年間ずっといっしょにすごしてきた。
それをがあと三日で学園にいかなければいけなくなる。
学園へは馬車旅で一ヵ月半かかる。片道でそれほどの期間となると、学園の長期休暇でもここにはもどってこれないことになるだろう。
なので、一度行ったら卒業まで帰ってこれないことになる。
だからこんな気持ちになったのだ。
「師匠は、大丈夫さ」
ぼくがこの家に来る前には一人ですごしていた。一人で6体のパモたちと過ごしていたんだから。
ぼくがいなくなって困るなんて想像は、ぼくが必要とされたい感情からくるただの想像でしかない。
だからきっと大丈夫なのだ。
しんみりした気持ちでいたところを、何か近くのにぎやかな音で邪魔される。
ドタン!
バタン!
ズベン!
…隣だ。師匠の部屋だ。
音がやんでしばらく待つとコンコン、とぼくの部屋の扉がノックされた。
何だろうと思いながら扉を開ける。
「グー君、こんばんは~」
「どうしました師匠。…おでこが赤いですが」
そう言うと赤みがかったおでこを師匠が腕でこする。
「何でもないよ。それよりさ、もう旅の準備は終わったの?」
「終わってますよ。ほら、バック2個分です。後の物は置いてきますがいいですよね」
身体を開け、荷物が見えるようにする。師匠の視線には大きめの肩掛けカバンと旅行カバンが見えるだろう。
「いいよ~。でも掃除はパモがやることになるからね」
それはわかっている。師匠に掃除まで期待するなんてことはない。ほこりがかぶって困る物には布をかぶせていくつもりだ。
それよりもいったい何の用だろうか。別れを惜しんだり出発を見送るのは当日でいいと思っているから、このタイミングでの訪室は理由がわからなかった。
「それで、何かありました?。部屋にローチでもわきましたか?」
師匠の部屋は定期的にぼくが掃除している。が、それでも師匠はずぼらなため、いろいろとゴミや物品で埋まるのだ。なのでローチが湧いたとしても不思議ではなかった。
「グー君は師匠がローチ対策をしていないと思っているんだね?。でも大丈夫。最近はローチ用の対策グッズも通販で買えるんだよ!」
「また何か買ったんですか!しかも通販!?また知らない物がっ!」
きっと師匠が購読している『月間錬金』という学術誌の通販だろう。そこそこまじめな学術誌かと思っていたが、やはり錬金術と商売買は切り離せないらしく最近通販もあつかうようになったようだ。
「…初回無料なのだし」
「それは間口をひろげるためです。あと顧客の通販への懐疑心を下げる目的もあります」
まんまとはまったらしい。
ただでさえ外に出るのが好きではない師匠なのだ。そこに通販を与えてはどうなるか。ぼくは三日後以降の師匠の生活が、非常に心配だった。心労になりそうな予感すらある。
「ししょうーっ」
「わ、わわっ、大丈夫。そんな買わない。きちんとランプ作ってるから…」
師匠の『魔晶ランプ正規版』もそこそこ注文があり、めんどくさがらずに作成しているようだった。ならある程度の金銭は心配いらないはずだ。今師匠にはランプの正規版・小型版の売り上げの他にもいくつか以前作った作品の売り上げ代金の一部が入ってきている。
一人で普通に生活する分には十分な収入だろう。
なのでそこまで眉を吊り上げて起こることではないのだが、それはそれこれはこれ。せっかく出発前に師匠に釘をさせるのだ。自分がいなくなった後のこともふまえてきちんと言い含めておこう。
「グー君、…いっちゃうんだね」
師匠のその言葉はぼくの心の温度を引き戻した。
「……そうしないとぼくは牢屋行きらしいですからね」
このイズワルド王国は魔族との戦争が終わり、まだ10年ほどしかたっていない。その間の冒険者や兵士、他戦える者たちの国外への出奔にさえ規制を設けている。
戦争の傷跡を埋めるためか、戦える戦力を内に囲うために強硬なルールを課していた。
こればかりはしかたがないとも言える。
魔族との戦いに一番国力を割いたのだ。そのせいで戦力が落ちたとなれば他国から攻められる危険も高くなる。
無理をしてでも戦力をそろえることは即急に国を安定させるために必要なことなのだろうから。
とばっちりをくらう形になっているが、まぁしかたない。
そういった国勢に生まれてしまったのだから素直に従うしかないのである。
「グー君、嫌になったら帰ってきていいからね?」
ここがぼくの帰る家だと、師匠は伝えてきた。
ぼくもここが家だと思っている。帰ってこれる場所だと、7年という月日が積み重なって、ぼくの心の住処になっていた。
「…はい。帰ってきますよ。師匠一人じゃ心配ですからね」
「うん」
師匠はぼくの養母ではない。でもきっと何もかもをも失ったぼくにとって、心の傷をいやし、守ってくれた存在なのだろう。
だからきっと、ぼくはまたここに帰って来ると思う。
「…行ってきます」
師匠にそう告げた。
きっとこれは家族としての挨拶。
帰ってくるためのものだった。
「い、行ってらっしゃい。でもまだ早いよね、でね、あの、これ…いらないかな」
ちょっとしんみりした感じで師匠に別離の気持ちを吐き出したぼくであったが、師匠はそういったことがしたかったわけではなかったらしい。
ちょっと恥ずかしくなる。
やばい、師匠に甘えすぎた瞬間を、自分で自覚してしまった。
かってに感傷に浸ってそんな行動に出たのは師匠が部屋に訪れる前までの気持ちを引きずっていたからだ。
ぼくが一人もじもじしていると師匠は背後から一つの肩掛けカバンを出してきた。
少し古いが普通のカバンだ。
出立用に用意した肩掛けカバンよりも小さいものだ。ただ所々よれが見えるが、まだまだ使えると思えるカバンだった。
「カバン?」
「そう。魔導鞄っていって、いっぱい入るカバンなんだ」
魔導鞄と言えば”魔”属性の最上級スキルで”無”属性魔術の異空間能力を付与した超希少な一品である。
特に練度上限と寿命が低い「人間種族」ではなかなか作りえない逸品だった。
なぜこんなものが師匠の部屋に、という思いもある。これ一つで大きな館が使用人つきで一軒買えてしまうだろう。
「学生の頃使っていたものなんだけど。あぁ、容量はそんなに多くはないよ。学生が作った物だからね。製作者によれば部屋一つ分くらいしか入らないらしいし」
部屋といってもいろいろではあるが、ぼくは自分の部屋を見回してその大きさに驚きを覚える。
十分にすごいんじゃないだろうか。
「…それでもすごいですよ。師匠、師匠はこれをどうやって手に入れたんですか?」
「うん?、錬金術の制作物と交換したんだよ。彼は神銅が欲しかったから、わたしが作った神銅のインゴットと交換したんだ」
オリハルコンを作る学生って何だ!?
あれ?オリハルコンって錬金術でもかなりの高位スキルがなければできないんじゃないっけ?
錬金術の最奥『賢者の石』ほどではないが、造るためには錬金術の最上級スキルが必要だったはずだ。
最上級クラスの魔術が飛び交う学び舎とはどんなだろうか。
おそらくエルフ族の学び舎だと思うが、非常にとんでもない場所のようだった。
そんなとんでもな場所で作られたバッグを、師匠は学園にいくぼくに選別として持っていけと言う。
ありがたいことこのうえなかった。
「すごい!ではこれを売りましょう!。これでお金には困らなくなります!」
しかし心の貧しさは埋められなかった。
ぼくは師匠にこつんと頭を叩かれる。
「ダメ。これはきちんとグー君が使ってね。他の人が使えないように所有者契約しちゃうから」
そう言って師匠は契約魔術を発動させる。
方陣円にバッグを通過させた後、ぼくにも腕を通せと合図してくる。
少しの躊躇の後、しぶしぶと方陣円に腕を通す。
魔術は成され、方陣円はきれいに消えた。
これでこのアイテムはぼく専用のモノとなる。これを解消するにはこの契約を消せるほどの”無”属性魔術師か、もしくは契約魔術を行った本人が必要になる。
師匠ほどの魔術師はそうそういないので、これでこのアイテムは師匠にしか契約解除できなくなってしまたということだ。
「あー…もったいない」
「道具は使うから意味があるんだよ?」
一品もののアイテムばかり作る錬金術師の言であった。
師匠の作る物はどれも自分が欲しい物ばかり。自分のための錬金術だ。
だからこそ使わずに売ると言うのは納得いかないようだった。
「…師匠、ありがとうございます」
まだちょっと売り払うことに心残りがあるが、それでもそんな大事なアイテムを僕にくれたことに感謝を述べる。
ぼくが道中困らないように。学園に入学しても楽できるように。
これはそういった祝いの贈り物だった。
そんなわけでカバンの中身を入れ替えなくてはいけなくなった。
わけだが
「カバンごとマジックバッグに入れれるよ?」
「……」
入れてみた。
普通に入ってしまう。
「……」
流石に肩掛けカバン一個で旅をするのはどうなのかという問題がある。
そもそもマジックバッグは高価なのだ。そんなものを持っていることがわかればスリに窃盗、強盗に誘拐どころか殺人だっておきかねない。
ぼくは入れた旅行カバンを取り出し、大きめの肩掛けカバンの中身だけをマジックバッグの中に詰め替え始めた。
「…よし」
「……いいけど」
せっかくあげたので使ってほしいのだろう。胡乱な目で見られるが、こればかりは安全優先でいきたい。
肩掛けカバンから肩掛けカバンに中身を入れ替えた程度ならこれがマジックバッグだと気が付く者はそういないだろう。なのでぼくがポカをしないかぎり奪われたり強請られたりなんてことはおきないはずだ。
荷物の入れ替えも終わり、ふぅと息をついていたら横から何かが差し出された。
「はい」
板だ。
師匠がくれた壁に貼りつく板だった。
「いらないよ。板が必要なら師匠の部屋に置いといてください」
「使うよっ、きっと使えるよっ。だからはい」
はいじゃないが。
ぐいぐいおしつけられる板に根負けしてマジックバッグの中に板を入れる。
容量が大きくなったためにこんな物でも入れられるようになってしまった。
「あとこれ。これも」
まわる石ころに湿り気のあるスポンジ、書いてもいつの間にかまっさらになってるノート。
そんな師匠の思い出の錬金道具がマジックバッグに詰め込まれていく。
「師匠っ、いいですから、そんなに何でもかんでも入れないでください!」
そう叱ると不満そうな顔をされた。
「えー?」
「まったくもうっ、入れるならもっと使える物にしてくださいよっ」
そう言うと師匠は手に持っていた者を差し出してきた。
「はい」
それは鉄鎚だった。ごつごつした側面の白い大きめの鉄鎚。
ぼくが置いて行こうとしていた物だった。
「グー君、これはきっと使える物だから、もっていこう?」
ぼくは差し出された鉄鎚を見たまま言葉に窮していた。
「…師匠、それは…」
「はい」
差し出されるまま受け取ってしまう。
この鉄鎚は本来ぼくの物ではない。ぼくの持つ《鍛冶》のスキルを持っていた女の子の物だ。
彼女は《鍛冶》スキルと錬金術の《保存》スキルをぼくにくれたせいで鍛冶をあきらめることになった。この鉄鎚には《保存》とセットになる《付与》が付けられている。鍛冶師になれなくなった彼女が、かわりにぼくに使ってほしいとくれたものだ。
《鍛冶》スキルを使わなくなって、この鉄鎚も棚の飾りになっていた。
それが、今は手の中にある。
「……師匠。これは、ぼくには重いですよ」
彼女はもういない。死んでしまった。
ぼくのせいで。
ぼくが彼女のスキルと交換であげたスキルのせいで。
彼女も、両親も、そして村も、すべて失ってしまった。
だから重い。
師匠はそんな鉄鎚に手を添えて、そしてぼくの胸におしつけた。
「これは、精霊に祝福された道具だから。きっとグー君を助けてくれると思う。だから持っていきなさい」
いきなさい、と強めの物言いをされた。
師匠がそんな言葉をぼくに使うのは本当にひさしぶりな気がする。
こういう時に大人な表情をするのはずるいような気がする。
「……わかったよ」
ぼくは受け取った。
まだ鉄鎚を握ることはできないだろうけれど、持っていくくらいならできる。
ぼくはマジックバッグの片隅に鉄鎚をおしこめた。




