師匠がお仕事してます?
学園への出発をひかえた冬の日のことだ。
ひさしぶりにいい陽気の日があったので布団を干すことにした。
「ん~、いい天気だっ」
洗いあがったシーツを木と木の間に張ったロープにかけていく。
「プ」
「プッ」
干し終わり、場所を移るとシーツの入った籠を頭の上にのっけたパモクルスがぼくを追いかけてくる。
籠から次のシーツを取り出し、ロープに干す。
「プッ」
「プ」
付いてくるパモは二匹だ。シーツが干し終わり、次は毛布を干していく。
「…ふぅ、これで終わり。二人とも、籠をもどしといてね」
「プ」「プ」
言われた通りに洗い場まで籠をもどしにいく。きっとこの後他のパモたちといっしょに日光浴だろう。
パノクルスは師匠が作ったホムンクルスだ。
ホムンクルスとは錬金術で作られた疑似生命体のことで、本来はかりそめの命で短時間だけ動く人形のような存在のことをさす。
けれど師匠はホムンクルスがかわいそうだと、仮初ではない命を与えたのだ。
大樹の精霊の加護をもらい、『若苗の精霊』という種をホムンクルスに内包させた。
そのホムンクルスはゆっくりと、種が発芽するのを待つように時間をかけて種とホムンクルスをなじませながら育てていった。
そしてできたのが半精霊とも言えるこの『パモクルス』なわけである。
ホムンクルスと同じく人の命令を実行し、けれど寿命は植物と同じほどあるかもしれない存在。
精霊の加護を持つエルフと錬金術が使える師匠だからこその技術だった。
「…パモも一応精霊ではあるんだよな…」
あんまりそんな気はしないのだが、一番身近な精霊といえばパモクルスくらいしか縁がなかった。
ぼくは《精霊召喚》という固有スキルがあるせいで学園に入学しなければいけなくなってしまった。
なのにいまだに契約している精霊の数は0体。こんなことで本当に学園が迎え入れてくれるのか心配ではあるのだけれど。
うーん…師匠の樹の精霊とやらにぼくもなにか精霊をもらった方がいいのかなぁ…。
ホムンクルスに若苗の精霊をくれるくらいならぼくにも何かくれそうな気がする。
ただそれをあてにしてしまっていいのかどうかはちょっと迷うところだ。
精霊との契約はもっとこう、ビビッと来る相手との契約というイメージがある。
すごく昔に《魔獣召喚》を使っていたころは、初期に契約した魔獣がずっと最期の時まで自分の片腕だったことを覚えている。
同じように一番初めに契約する精霊は自分にとって大切なものになる気がしていた。
(ただの夢見がちな妄想だけどね…)
なので、一番初めの精霊をどうしようか迷っているところだった。
「んー…師匠に聞くだけ聞いてみるかなぁ」
どんな精霊がいるのかとかどこらへんにいるのかとか聞いてみたい。
そもそもパモクルス以外の精霊は見たことがないので、見かたから教わったほうがいいかもしれない。
「…掃除の精霊とかなら契約できるかな」
最近掃除スキルが育ってきているのでそういった精霊となら相性がいいのかもしれない。
掃除精霊なんていないかもしれないけれど。
「ししょー?」
家に入り師匠の姿を探すがみつからず、師匠の部屋に声をかける。
「は~い」
部屋から返事があり、ノックして開ける。
「師匠…また寝てたんですか?、昼間くらいおきててくださいよ」
「グー君が冷たい…ちがうよ?お仕事だよ?」
寝っ転がってるのがだろうか。
師匠は部屋の寝台に寝転び、天井を見ている。そしておもむろに手を上にあげると、うーん、とうなりだした。
「…師匠?」
「むずかしい…」
あげた手の先には天井からぶら下がる釣り灯があった。
「何です?」
「灯り…つかない」
どうやらランプに続いて釣り灯の改造をしているらしい。ということはもしかしてこれも魔素を通して点灯するように改良しているのだろうか。
ぼくは手を伸ばして釣り灯に触れ、魔素を流してみる。
ポ、と灯の中に光が灯った。
「…寝たままでこれができるようにしたいわけですか」
なんというずぼらさか!
しかし気持ちはよくわかる。
眠くなった時に明かりをつけたり消したりするために起き上がるというのはとても大変なのだ。
寝たままで消したい…すっごくわかる。
「う~ん…やっぱり触らないと動かせないかな」
魔銀でつけたり消したりできるようになったのだからスイッチ部分を壁につけるのはどうなのだろう。距離が遠くなるのは途中途中で《増加》の方陣板を中継させることでなんとかなると思うし。
「そうだね。それならできるかな。でもどこからでも、何も手に触れずってなると…難しいかなぁ」
部屋のどこにいてもつけ消ししたいらしい。
そうなると…床に大きな釣り灯用の方陣を描くとか。
「灯が一つならそれでいいかもしれないでも方陣が壊れやすくなりそう」
椅子を引きずったりしているうちに方陣がはげてしまいそうだ。
これはなかなか難しい問題だった。
「そもそも触れずにって部分が難しいんですよ。これ、何か特別な素材を使ってるんですか?」
ぼくは釣り灯に触れずに魔素を流してみる。
すると付いていた明かりがスゥと消えた。
「え、消えた…」
「すごいでしょ~?マコウサボテンの特性をスイッチにつけてあるんだ」
マコウサボテンは魔族領に生えるサボテンだ。
熱地から流れてくる魔素を含んだ風に葉をひろげ、魔素を吸収して育つと言われている。
魔素を感じることで動きがある植物。その特性を錬金術で《合成》したらしい。
くっつけるだけの《合体》しか使えないぼくからすると《合成》は面白いことができるスキルという感覚である。
とはいえ、人の手から出せる魔素ではその特性を機能させきれない。せいぜい50センチくらいである。
「う~ん…空中じゃぁ《増加》もできないし、無理かなぁ」
魔素を届かせればいいのなら攻撃魔術を撃てばいい。辺りに影響の少ない《夜槍》や《光矢》ならいいのではないだろうか。
「そっか。それなら届くね。あとは灯自身に属性耐性をつけてあげれば壊れることもないし」
師匠は『魔導ランプ』に属性耐性をつけて試してみるようだった。
作業に入ってしまうと他のことに気がむかなくなる。
なのでその前に師匠に相談を聞いてもらうことにした。
「師匠、”精霊”ってどこで契約できますか?」
「え~、精霊?。ん~…精霊ねぇ」
師匠は自分の部屋の素材入れを漁りながらうーんと首をひねっていた。
「わたしが生まれたところは最初から精霊がいたよ。人里に出てからは見てないけど」
ですよね。やっぱりこのあたりには精霊なんていないのだ。
「精霊じゃないけど、スピリッツならここでも見るかな」
スピリッツとは魂だけの存在だといわれている。のっぱらなんかで赤や青の光の球がふわふわ流れているのがそうだ。
あれがもう少し形になると精霊と呼ばれるようになるらしい。
「スピリッツがいるから、このあたりにも精霊はいると思うんだけど、見つからないね」
まったくいないわけでもなさそうなのだが、みつけるのは難しそうだ。
「師匠はエルフの里にいたときに契約したんですよね」
「そうだよ~。エルフの里には水、風、樹の精霊がいたからね。契約したいなら精霊が集まっている場所にいくのがいいと思う」
集まっている場所なら契約もすんなりと行きそうである。
ただ、そういった精霊がいる場所は総じて人里からは遠かったり到達するのが困難な場所だったりする。
「グー君は契約したいんだ?。ならどの精霊にするかとか考えてる?」
精霊の属性のことだろう。
火、水、風、土の基本4属性と光、闇の精霊、あとは師匠の樹の精霊くらいしか種類はしらないが。
昔、《鍛冶》のスキルの使い方を教えてくれた人からは火、土の精霊をすすめられた。《鍛冶》には火と土がかかせないからだ。
けれど今はそういったこだわりはない。
一番初めに見つけた精霊と契約できればいいと思っている。
「こだわりがないならそのうち見つかると思うよ。見つからないだけで、いなくなったわけじゃないだろうし」
そんなものなのだろうか。
ならもう少しの間だけ、精霊との出会いを夢見ていようと思う。
ちなみに攻撃魔術で釣り灯をつけたり消したりすること自体は成功した。
ただし眠気に抗いながら放つ攻撃魔術がまっすぐに飛ぶわけがない。
天井にいくつか穴を開けたところで使用を中止させたのだった。




