世知辛い世の中です。
「それはわしの剣じゃぁ。おんどれ、わしから盗みよったなっ!」
拾った剣を武器屋に持ち込んで店員に買取をお願いしたところ、店で商品を見ていた客が突然大声を出した。
「は?」
「しらばっくれるでないわっ!立派にわしの剣じゃぁ。ほれ、これがその鞘じゃぁ、合わせてみい。しっかと納まるはずじゃあよ!」
その冒険者は殻の鞘を店員に向けて突き付ける。
何事かと眉をしかめていた店員はこちらにどうするか目を向けてきた。
「そう言うなら試してみてください。というか、拾った剣なので本来の持ち主がどこかにいるわけですから…盗んだわけじゃないですよ」
「しらばっくれよってっ、ほれ、試してみい」
店員は言われるまま、剣を鞘にはめる。
…ピッタリはまっていた。
「ほれみい!わしのじゃったろうがっ、今更謝っても許さんぞっ、兵士につきだしたるわっ」
「ちょ、ちょっと待ってっ、そもそも拾ったものなんだから、盗んでないからっ」
ぼくの襟首をつかみ、取れて行こうとされるのを店のテーブルに貼りつくことで抵抗する。
このまま連れ出されたら本当に兵士に突き出されてしまうだろう。
「拾ったじゃとっわしが落としたゆうんかっ!冒険者が、大事な剣を落として気付かんなどとっ。そんなわけあるかいっ!」
「だってっ、そもそもそれは折れてドブに捨てられてたんだよっ。折れてたから捨てたんでしょ!」
そう言うとその冒険者は少し体を硬直させる。
「す、捨てとらんわっ、捨てるわけあらんとねっ」
あやしい。
「いいや捨てた。燃えない日のゴミに出すのが面倒で、ドブに捨てたんだっ!」
「知らん!捨てる理由なんてあるもんかいっ」
そういってぼくをぐいぐいひっぱる。
ぼくは連れていかれるもんかと精一杯の力で抵抗していた。
流石に店員もどうしたものかと困っていると、奥から店主らしきがたいのいいおっちゃんが出てきた。
「もめごとかい?もめごとなら外でやってくれ」
「おう、そうじゃっ。ほれ小僧、外いくぞっ」
「いやだーっ、たすけてーっ」
その店主も冒険者の味方なのだ。
そりゃそうか。客になる冒険者と客にならない子供なら客になる冒険者の肩を持つだろう。それが商売というものなのだ。
ぼくは絶望する。
助けなんてないのだ。
「大人はみんなそうだっ。面倒ごとをきらって子供を助けてくれないんだっ!。畜生!冒険者のうそつきっ!」
「だまりやっ!つきだしてたるわっ!」
ギャースギャースと繰り返されるやり取りを見て、店主はパンパン手を叩いて言う。
「小僧、それが落ちてたって証明できるのか?」
「しょ、証明…?。そんな、あ…ドブくさいと思うっ」
店主は冒険者が持っていた剣を取り上げ、においをかぐ。
「確かに臭いな」
それを見た冒険者がサッと顔色を変える。
「まて、…臭いだけで盗んでない証拠にはならんわっ」
「それもそうだな」
「盗んでドブ臭くしたんじゃろう、こすっからしっ」
臭いだけでは証明にならないということか。けれどぼくの言ったことの一部がウソではないとわかったらしく、店主はどうしたものかと思案していた。
「……小僧、さっき”折れた”と言ってなかったか?これは折れておらんが、どういうことだ?」
「そ、それはぼくが錬金術で《合体》したから…」
「《合体》か。なるほど」
店主は《合体》を知っているようだった。
武器屋と 《鍛冶》 ”魔”属性魔術 錬金術 なんかは仕事つながりもあるスキルだ。なので錬金術を知っていても不思議はなかった。
ただ、錬金術は使う人が少なく、めずらしいスキルではあったが。
「…合体とはなんじゃ」
「くっつけるんですっ」
「物と物をくっつけるスキルだな。小僧、なら《分離》もできるんじゃないのか?」
そりゃできる。《合体》を覚えたならいっしょに《分離》も覚えるからだ。
「確かめたい。この剣を折れていた状態にもどしてみろ」
「う、うん…《分離》」
店主に渡された剣を錬金術で《分離》する。するとくっついていたのがウソのように折れた剣と折れたさきっぽに分かれた。
「なっ、け、剣が!?」
「それが、ぼくが拾ったときのです」
「ほう…。鋼がこうもきれいに折れたか…」
店主は折れた断面をまじまじとみつめている。
冒険者はそれを見て表情を硬くしていた。
「……これはまがい物だな。表面を鋼で鍛えてあるが、芯の部分が質の悪い鉄でできてやがる。こんなんじゃ折れてあたりまえだ。あんた、これをどこで買ったんだ?」
「なっ、まがい物だぁ?、そりゃ、護衛をした旅の武器屋で手に入れた業物だて言われて…そがぁ…あほな」
冒険者は剣が折れたことにはさほど驚かなかったのに、まがい物だと言われてがっくりと肩を落としてしまう。
いやまて、まがい物かどうかなんてどうでもいい。ぼくにかけられた冤罪をどうにかするのが重要なのだ。
「ま、まってください、ぼくの冤罪は!?」
「まぁまて小僧。それは後で話そう。まずはこっちだ。同じ武器を売る者としてそいつはゆるしておけねえ」
そう言って店主は冒険者を店の隅に連れて行き、何やら話し込んでいる。
「ええ…」
放置されたぼくはどうすればいいのか。同じく放置ぎみの店員と店主たちが話し終わるのを待っていた。
冒険者と店主は何か意気投合し、冒険者は折れた剣を持って店を出て行った。
一瞬だけぼくをチラリと見たがそれだけだ。まるで盗人だと声をあらげたことさえどうでも良いというように出て行った。
「……」
ぼくはそれをポカンと見ていた。
もどってきた店主はぼくに「良かったな。罪を問わないとよ」と言った。
「え、まって。何が問わないだよ!。え?だって捨てたのあの人だよね!?。ぼくが直したのをみつけて横から奪おうとしてたんだよね!?」
あの冒険者からすればぼくが店に持ち込んだ物は自分が捨てたものである必要はない。同じ型の剣であるならば鞘も使いまわせるだろう。剣を持つ相手が子供ならばいいがかりをつけて奪ってしまえ。あの冒険者はそう思いぼくに怒鳴りつけてきたのだ。
それが真実自分が捨てた剣だとわかり、さらに店主が出てきて口を出し始めると顔色を悪くしていた。
子供相手ならば無茶も通せるが大人相手だと最悪兵士の手を煩わせることになるからだ。
けれど店主は剣を盗んだ、盗んでないという問題を別のことでうやむやにしてしまった。
分が悪くなってきていた冒険者を救うために、逃げられる道を提示してあげたのだ。
「…冒険者を逃がしたのはいいです。まぁあんな大人げないゴミ畜生を兵士に引き渡せなかったのは心残りですが。けれどそれならぼくから奪った形の剣の代金はどうなります?この店が払ってくれるんですよね?」
店と冒険者の関係にぼくが口を突っ込んでもあまり良いことにはならないだろう。なので冒険者のことには目をつむってもいい。怖かったけど。悲しかったけど。我慢しよう。
けれど剣はどうなのか。
折れて放棄された剣を修復し、きれいにして店に持ち込んだ。それを冒険者と店主二人でぼくから取り上げる形になったのだ。
「元の持ち主に返っただけだ。しかもあれは魔術でくっつけただけの物だろう。あんな壊れ品をだまして売ろうなんて、兵士に突き出されないだけありがたく思うんだな」
「そうですか…。確かに壊れていましたが…あぁ、でもだまして売るというのはどうなんでしょうね?」
「そうだろう?」
「いえ。そもそも売る前に取り上げられたわけですから、だましてというのはあなたの想像でしかないわけです。今あったことを端的に言うと、『子供が売るために持ってきた武器を冒険者とこの店が難癖をつけて取り上げた』というだけのことです。あの剣が本当にあの人が使っていた剣だったのかさえ証明されてないんだから、自分の物だという主張も通らない。今のやりとりを兵士さんに話すとどうなりますかね?」
「…………」
子供だから無理を強いてもいい。そう思ってのことだろう。けれどぼくはそんなのは我慢ならないのだ。
「よーし、兵士さん呼んできて判断してもらいましょう!」
「まて、わかった。払おう」
店主は腰の巾着を開けて掴んだお金をぼくに渡してきた。
「…ええと?」
それは少ない金額だった。
50G。
パン五個分の金額だった。
「まがい物であることと折れていたこと。それを考えれば引き取り金はそんなものだろう。さ、出て行ってくれ。商売の邪魔だ」
確かに言われたことを金額にすれば安値にしかならないような気がする。
けれど初めに見つけたときはなかなかの物だと思ったんだけど…なんだろう、全然労力にあっていない。
「もう二度とこないでくれ」
そう言われて店から押し出される。
店の店主にも嫌な思いをさせたのだ。この店に出入りすることはできないだろう。損をしたわけではないのだが、失敗した、という感情が心をしめていた。
あー…
もう少しどうにかできなかったかと苦々しい思いをしていた。
うーん…どうにもならなかったとも思うけれど…
兵士に突き出されなかっただけ良かったと思おう。
後日あったトロロンプにこの話をしたらもっと早く兵士を呼んで話を聞いてもらうべきだった、と言われた。
「壊れていた剣を自分のモノだ、とは主張していないわけでしょう?。壊れていない剣を見て自分のだと言っていたんだから。なら壊れた剣はその冒険者のではないわけです。剣が壊れていたという時点でその冒険者の言い分は通らなくなり、きっと兵舎につれていかれてましたよ」
あー…そうね。
「そもそも利益のからまない第三者がいないわけですから。冒険者と武器屋はそれぞれの利益のためにうまい落としどころを探していたわけでしょう。本当のことなんてそれほど重要じゃなかったんです」
冒険者は剣がほしい。店主は冒険者に不利益を出して噂になるようなことは避けたい。
だから店主は冒険者を逃がしたし、ぼくが兵士を呼ぶと言った時に小銭を払ってでもその話を終わらせたのだ。
そしてぼくはぼく自身で冒険者や店主とやりあってしまったために彼らとの関係を悪化させてしまった。
それは間に調停できる者を入れれば回避できたことだった。
そういうことらしい。
「そりゃ、終わってからああすれば良かったとは言えるけどさぁ…」
「はは、まぁそうですな。その判断は大人でも難しいことです。これも経験と割り切りましょう」
そう言って手持ちの袋からミーカンを一つくれた。
それ、依頼人のミーカンじゃないのかな?いいのか?。
「そうやってみんな、大人になっていくんですぞ」
彼は自分もミーカンを取り出してむき始め、この話を締めくくった。
いったいいつになったら学園が始まるのか…
・家事《清掃Lv3》がLvアップしました。




