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《這い這い》しました。


冬のある日。オレはとうとう揺り籠から床へと移されるときがやってきた。

愛しき地面よ。ようやくこの足でおまえを踏みしめることができるようになるのだな。

オレは少し心配そうな顔の父親と、ニコニコしている母親に抱かれながら、床に敷かれた布団のうえに寝かされる。

布団の外には木でできた囲いがある。ハイハイできるようになっても部屋の外に出ないようにと言う配慮だろう。

しかしここまで来てしまえばどうとでもなる。

隙を見て外に出て魔術を試すだけだ。

ふふふ。


「グーグ、寒く無いか?。揺り籠より地面は寒いんじゃないかな」

「あなた、大丈夫よ。グーグは寒くなると自分から布団にもぐれるのよ」

「すごいじゃないかグーグっ、毛布があったかいってわかってるんだなぁ。かしこいぞっ」

う、うむ。ほめられるのはうれしいが、毛布に頭をつっこんでるだけだしなぁ・・・。

いいけど。

床に降ろされたおれは背中で揺れない地面のありがたさを全力で堪能していた。

うむ。地面さいこー。

「ふふ、広くなって喜んでるみたいだわ」

「そうだね。でもきっとすぐこんな広さじゃ足りなくなるんだろうな。どんどん大きくなるからなぁ」

二人は優し気な眼差しでオレをみおろしている。

オレの成長を喜んでいるようだ。が、しかしそれは安易な感情だといわざるを得ない。

くくく、オレの本当の恐ろしさはこれからだ。

魔王たるオレの暴虐を知るがいい!。


その日の夜からオレは行動を開始した。

すでにハイハイできるようになっていたオレは、腹ばいになって囲いの中を周り始めた。

どうだ、この低速移動スキル《這い這い》はっ!。ははは風景が風にように流れて行くわっ。

オレは体をきたえるためにおきている時間のほとんどをハイハイに費やし始めた。

静かにハイハイしていても動いている物音はわかるのか、両親はちょくちょくオレの様子を見に来た。

しばらく続けると両親の目の下にくまができるようになった。

奴らが寝不足になろうがオレにはどうでもいい。

オレは魔王なのだからな!

気にしないよ!

・・・・・・

《這い這い》を使うのは昼間だけにしてやることにした。


ハイハイすること一月。オレは柵につかまりながら立ち上がることに成功した。

それは柵を越え、世界という大海へ乗り出すことを意味していた。

オレは柵を・・・柵・・・・・・たけぇ・・・


鍛錬の末、柵を乗り越えられるようになったオレは部屋のドアを閉じ忘れられたその日を機会に、この部屋を抜け出すことにした。

外は廊下だった。それほど長くない廊下には固めな木が敷かれ、横を岩で組んだブロックで固められた、丈夫な作りになっていた。

壁の岩はすごく冷たい。氷のようだ。

外はおそらく雪だろう。

そろそろ冬も終わるはずなのだが、まだあたたかくなってきていない。

オレは廊下を這いながら、廊下からつながる大きな部屋へ移動していた。

そらく居間や広間といわれる場所だ。

声が聞こえる。

この家では両親の他に会った人はいない。なので声はその二人だろう。

オレは声の主にみつからないように、こそっと居間をのぞいた。


「今年も冬を越せそうだな。秋ごろは食べ物が高くてヒヤヒヤしたよ」

「野菜もお肉も品物が入ってこなくなってるものね・・・。来年も無事にすごせればいいけど」

話しているのは父コダーダと母メルーザだ。

「・・・今はグーグが小さいからいいけれど、大きくなっていっぱい食べるようになったら困っちゃうわね」

「そしたらおれが山で魔物を狩ってくるさ。まぁ魔物の数も少なくなってるって話だけどな。心配すんな。おれがなんとかするさ」

父はそう言って筋肉質な腕をあげて力こぶを見せつける。

母はそれをやさしく笑い、そうね、と答える。

不景気な話だ。

オレの前ではしなかった会話だった。

ふーむ、魔術を覚えることで食料を獲得できるようになればいいが。

オレは自分の食料を自分で確保する必要性を感じていた。

首をひっこめると今度は廊下の反対側へ移動していく。

自分の部屋を通り過ぎると、奥には黒っぽい大きな扉があった。

触ると冷たい。そしてかすかに風に押され、動いている気がする。

この向こう側は外なのだろう。どうにかしてここから外へ出られればいいのだが、扉の取っ手に手が届かない今ではどうしようもなかった。

まぁいい。外へのルートを確認できただけで十分である。

オレは元いた部屋にもどりながら今日得られた情報を心にとめておく。

冬であること。山があること。魔物がいること。食べ物が少ないこと。

家の作り。居間の場所。住んでいる人数。

そして外へ続く扉。

一度の柵越えで得られた情報としては十分だろう。

今後、部屋を抜け出す回数はもっと増えていく。

成長に伴ってな。

いつか扉の取っ手にも手が届くだろう。



春になったある日、母がオレを胸に抱いて外にいこう、と言った。

いつもより少しだけあったかい恰好をさせられて、オレが目に付けていた黒い扉ではなく、居間から続く家の正面玄関から外に出た。

風の穏やかな日だった。

まだ風が冷たい空気をまとっていたが、日差しがあたたかくやさしい。

少し高くなった丘の一つに建てられた我が家からはその村がよく見えた。

周りを白い峰に囲まれた、盆地のような場所に村はあった。

水気をはらんだ雲が風に乗って山の背に雪を残す。けれどこのくぼ地は山の背に遮られ、少しだけあたたかな環境をもたらしている。背にはそれほど生えていない針葉樹が、こちらでは森を形成していた。

雪解けの冷たそうな水が流れる川を囲うように段々の畑がつくられ、その間にポツポツと家が建っている。

村の外に人の腰くらいの低い囲いが造られていた。あれは魔物の侵入を防ぐためのものだろう。

高さから察するに大きい魔物なんかは付近にいないようだった。

・・・思ったよりも平和そうな場所だ。

ただ、人はそれほど住んでいないらしい。

山々が高くそびえ、森が深い。

このあたりは切り開かれているが、村の外にでるとすぐに迷子になりそうな立地だった。

家の横には積まれた薪が何段もつまれていた。どうやらうちの父親は林業を生業にしているらしい。

母はオレをかかえたまま表の道におり、家の周りを歩き始めた。


「こんにちはー」

「おや、こんにちはメルーザさん。おぉ、その子がグーグくんか。はじめましてじゃな」

母はオレの片手を掴んで挨拶してきた男性に手を振っている。

その男・・・ずんぐりとした体と低い身長、それから顔をおおう黒々としたヒゲ。どうやらドワーフ族のようだ。隣家の人間らしく、家に鍛冶場があるらしい。今も煙突から煙があがっていた。

うちが薪をつくり、隣の鍛冶場で薪を燃やし鍛冶をする。

お互いが頼りあう仕事をしながら、家も隣同士で組んで生活しているということか。

「ほーらグーグ、お隣のジルさんとナーサちゃんよ。こんにちはナーサちゃん」

ナーサ?オレの位置からは見えない。

母はその子にオレが見えるように腰を下げた。

子供――それも幼児だ。

オレよりいくつか年上なのだろうが、身長はそこまでかわらなさそうに見える。

ドワーフ族なせいかすごくちんちくりんな子供だった。

その子、ナーサはジルという父親の後ろに隠れながら、そっとオレをみつめてきた。

「・・・あかちゃん」

うむ。めでていいぞ。

「・・・かわいい」

ナーサはキラキラした目でオレを見つめていた。

「だーうー」と挨拶だけしておく。

「さわっていい?」

「いいわよ。やさしく触ってね」

メルーザに許可をもらい、ナーダはおずおずと手を伸ばしてきた。


ぷに

指が頬に触れる

ぷにぷに

うむ。心いくまでめでるがいい。

ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに母とめてくれ


頬の感触が気に入ったのか、すっごくつついてくる。

心いくまでとは言ったが限度があるだろう。

ぷにぷにとオレの頬が凹んでもどらなくなるくらいもてあそばれていた。

うぐぐ。母たーすーけーてー

オレの哀願の眼差しを受けて何か察したのか、母はうふふ、と笑った。

「グーグはナーサちゃんと齢も近いから、いい友達になれるといいわね。ナーサちゃん、今後もグーグと仲良くしてちょうだいね」

「はい。グーグ・・・ちゃん。またね」

なんとか母の機転でナーサと距離をとることができた。

あの娘は要注意かもしれない。ドワーフといえば人間種族よりも筋力が高いはずだ。その筋力でぷにぷにされたのでは、オレの頬が血みどろの挽肉にされかねない。

父親とは違う、オレの新たな脅威の誕生だった。


ドワーフ親子と別れた母は、もう少し周囲を散策してから家に戻った。

冬が終わり、こうして散歩する機会も増えるだろう。

オレの世界が広がっていく。

新しい関係ができあがっていく。

春が到来していた。


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