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お金のために働きます。


冒険者ギルドは村の真ん中あたりにある。

本来はもっと大きな村落に作られるものだが、このあたりの村々はどれも規模が小さいモノばかり、なのでトンベ村に作るしかないと身の丈に合わないギルドが立てられることになったのだそうだ。

なので他の建物と違い、ここだけ3階建てで建てられている。


「いらっしゃい。お仕事の依頼ですか?受注ですかー?」

扉を開けると暇そうにしている職員に声をかけられた。

「ええと…仕事を受けたいんですけど」

「もしかしてはじめてですかー?」

ぼくの戸惑っている様子にどうやら初めての受注だと気が付いたようだ。

「こっちへどうぞー。説明は必要ですか?」

誰もいない受付台に呼ばれ、座るように促される。

「…お願いします」

「では。依頼にはA~Eのランク分けがあります。これは受注者がその仕事をこなせるかどうかの指標になります。また、ギルド側で受注者の仕事を制限するためでもあります」

「制限?」

「身の丈にあっていなければ失敗することになりますからね。たとえば、冒険者ランクがCの人はBランクまでの仕事以下でしか受注はできないことになっています。ランクCの人の指標はそのまま仕事のランクもCです。でもCランクの人が数人でパーティーを組むならBランクまではこなせる指標になります。だからBランクまではギルドでも許可しているのです」

「なるほど」

「ですが、新人さんの場合はランク外からはじまることになります」

「え?」

「講習を受け冒険者として登録いただければランクEからのスタートです。講習を受けることで最低限の依頼の仕組みや決まり事、安全に依頼をうけるための最低限の知識を知っていただきます。講習は初級は1000Gです。実技などないので今からでも受けられますが、受けますか?」

1000Gだとっ

ぼくのためた貯金全部だ。

もちろんそんな大金は持ち歩いていない。

講習を受けるとしても一度家に帰らなければいけないことになる。

「あの…今手持ちがなくて…」

お姉さんのまぶしい笑顔が直視できない。

きっと大人にとって1000Gなんてどうってことない金額なのだろう。けれど重い…。1000Gはぼくのふところにはひっじょうに重い金額だった。

「ですか。では必要な範囲でお教えしますね。まず、依頼は依頼ボード…掲示板に貼られています。こっちです」

そう言って大きな掲示板の前につれてこられる。

いくつも紙が貼られている。

紙には金額、依頼内容、ランク、場所や募集期間なんかが書かれていた。

そういったことを説明され、そのあとお姉さんはランクのところをビシッと指さした。

「ランク外、一般のお客様は冒険者のルールとはちがい、個人でも1ランク上の依頼をこなすことができます。はやい話し、冒険者の講習を受けなくてもEランクの仕事を受けられるのです。ただ募集要項に人数制限なんかがある場合は冒険者が優先となりますのでご了承ください。今のところはそういった仕事は出ていませんが…ここになるEランクの仕事なら、すぐにでも受けられますよ」

そう言っていくつかの紙を指さしている。

掲示板に掲載されているEランクの仕事は3つだ。


ドブさらい


ネズミ魔物の駆除


夜間の畑の警備


Dランクの仕事と報酬金額を比べてみても、それほど差があるわけではない。むしろ夜間の警備なんかはDランクよりずっと高い報酬が提示されていた。

加味すると…冒険者講習を受けなくてもいいのでは?と思えてしまう。

Dランクの仕事は討伐依頼、採集依頼が多い。採集なら家のそばでできそうなので良いが、ぼくに討伐依頼はムリだ。高い金額を払って冒険者になっても、半分もできる仕事が制限されているようなもの。なら、そのお金を別のことに回したほうがいいだろう。

「…仕事受けてみます」

「ですか。わかりました。では受注の仕方をお教えしますね」

そう言ってお姉さんは受付台にもどっていく。

ぼくもそれについて行き、さっきの席にもどる。

「受ける仕事は張ってある紙を持ってきても、口頭で伝えてくれてもいいです。でもずっと張り出されているようなのや人数が複数人募集されているものはできるだけはがさないでください」

貼りなおす手間がありますから、と。

「選んだ依頼はここで私たちに伝えると、受注者のランクと合っているか、人数の確認を行います。それから内容のくわしい説明をします。あとは依頼料、帰還、推奨装備やその他の伝達事項を教われば受注完了です」

身元の確認とかされるかなと思っていたのだが思ったよりも簡単に仕事が受けられるらしい。

「それだけですか?」

「受注はそうです。その後は期間内に依頼を終わらせると依頼者から判の押された紙を渡されると思います。それをこちらに持ってきてもらえれば依頼達成となり、依頼の報酬をお渡しいたします」

「討伐依頼なんかは…?」

「討伐対象の魔石、もしくは部位の一部を持ってきていただければ討伐証明として確認いたします。依頼の要綱に魔石か部位かは書いてあるので確認ください。ギルドからの討伐依頼は紙はないのでここでの報告だけで大丈夫です」

ネズミ魔物の依頼は部位だった。『要 しっぽ』と書かれていたのを覚えている。

「依頼が失敗した場合には違反金お支払いいただくこともございます。一件の依頼を一組のパーティーでのみ受注され、それが失敗されますと依頼の再発行まで期間があくことになります。依頼者への負担が増す場合もあるため、違反金という形で一部を補填しています。もちろん身の丈に合った受注を促すためでもありますが」

意気込んで難易度の高い依頼を受けて失敗すれば違反金を払うことになる。そうならないためにも受ける依頼はきちんと吟味したほうがいいだろう。

「こんなところでしょうか。あとは実際に依頼を受注して覚えてみましょうか?。どの依頼を受けてみます?」

実を言えば二つうけてみようと思ったのだけれど、さっきの話で一つずつ受けた方がいいと思いなおした。

なので今は一つ。


「ドブさらいを、してみます」





ドブさらいは重労働だった。

一区画の家々の裏手に細い溝が掘られ、そこに黒い水が溜まっている。秋になるとそこに落ち葉がたまり、水はけを悪くするのだ。そうならないためにドブさらいをしなくてはいけないので、こういった依頼が定期的に、多くは秋に出されているそうだ。

そして水につかった葉っぱはが幾重にも重なり、堆積し、重い。

ひきこもり体質には苦行な一日だった。

そんな苦行を行い、報酬を受け取った。

ぼくの貯金の半分くらいの金額が、一日で手に入ってしまった。

いいね。

仕事はいい。

お金に悩まされているのがこうして解決されていく感覚というのは、実に心にいい。


冒険者ギルドのお姉さんには「明日も仕事ありますからー」と言われてしまった。

きっと仕事を受ける人がいなくて常時募集中なのだろう。

悪いが筋肉痛だ。他をあたってくれ!

ともあれ。

この金額なら20回やれば目標金額に届く計算になる。もともとの貯金と今日の分を引いてあと17回だ。

17回もやれるほどあの村に区画があるとも思えないが、なにはともあれ必要な金額の目処が立ったわけである。

一時はひやっとしたが、これでなんとかなるだろう。

「よかったよかった」

今日の疲労が残るだろうから明日はできないとして、また明後日も冒険者ギルドに行ってみようと思う。




「よっこいしょー♪」

何度目になるか、流石にドブさらいにも馴れてきた。

体力筋力も付いて来たのか仕事のあとに筋肉痛になることも少なくなってきた。

「いつもあんがとぅねぇ。これもってきんしゃい」

「おー、おばあさんありがとうございます♪」

何度目か同じ場所をドブさらいしていると顔見知りになる日ともいて、そういった人から食べ物や飲み物をもらうこともあった。

「ミーカンか。ちょっと休んで食べよう…」

この時期のミーカンはまだちょっとすっぱい。もう少し冬の時期にならないと甘味がたらないが、すっぱくてもそれはそれでおいしかった。

額に汗してもらいものの果物で疲れを癒す。

実に健康的な生活をしていた。

「なんだろう…充実感がある…」

お金ももらえるし、というかいつの間にか減ってることもないし。心を痛めるハプニングが無いというのはこれほどにストレスフリーなことなのかと青い空を見ながら思った。

「はぁ~、幸せ…」

「おや?、グーグ君ではありませんか。こんなところで何をされてるんです?」

声の方を見るとトロロンプだった。

「トロロンプさん。こんにちは、お仕事ですか?」

「えぇ。今日は買い出しの代行をやっていましてね。その帰りにこうしてグーグ君を発見したわけですわ」

見ると手に野菜がたくさんつまった袋をいくつも持っている。

買い物の代行も何でも屋の仕事らしかった。

「ぼくも仕事です。冒険者ギルドでドブさらいの仕事を受けました」

「ははぁ。グーグ君なら採集や討伐でも稼げそうですが、ドブさらいですか。御精がでますな」

「いえいえ」

採集ならできそうではあったがいまだに冒険者の講習を受けていない。どうせ学園に向かうまでの短期間しかギルドの依頼を受けるつもりはないので、今とってもすぐつかわなくなるのがわかっていた。

学園を卒業しても必要そうならその時にまた取ればいいと考えている。

「しかしお互い同じような仕事をすることになりましたな。…どうでしょう、グーグ君がよければうちで働きませんか?」

「働くって…職員としてですか」

「ですな。うちで働きつつ冒険者ギルドの仕事をしてもいいですし、ギルドを通さないのでギルドに収められてる手数料分、お得ですぞ」

う…お得。そう言われるとぐらつきそうになるが。

けれどやっぱり学園までの期間限定なので飛びつくには躊躇してしまう。

「…いえ、うれしいですがやめておきます。ギルドの仕事はやりたいことが選べるのがいいので、何でも屋では仕事を選べないですよね?」

「ですなぁ。来た仕事は全部こなしていかないと次につながりませんからな」

依頼人と距離が近い分、断ったり失敗したときの不評をもろにかぶることになる。だから基本的にほとんど依頼されれば達成しなくてはいけなくなる。

それはそれで不便そうに思えた。

「ぼくはこうして…よっと。一人でドブさらいでもしているほうが気楽でいいですよ。討伐依頼も採集依頼も外で魔物の襲撃におびえなければいけないでしょう?。でもドブさらいならそんなことはないですから。気楽でいいです」

「その気持ちはわかりますなぁ。私もそれが嫌で冒険者をやめましたからな。ふふ、まさか同志がみつかるとは思いませんでした」

「はは、……ははは」

……同志と言われてちょっとひっかかりを覚える。

あれ?、いいんだっけ?

これ、ダメな生き方じゃないっけ?

あれー?

疑問に思いつつもドブに平しゃべるを入れる。

「ん?」

なにか硬いものにあたる手ごたえがあった。

ドブに手をつっこみ、それをつかむ。

「どうしました?」

「何か…あ、剣だ」

拾い上げたのは半ばで折れた剣だった。

きっと冒険者あたりが折れてしまった剣を処分せず、ドブに捨てたのだろう。

燃えないゴミは曜日がきまっているので捨てられない日があり、それが面倒になってのことだと思う。

「行儀の悪い輩がおるものですなぁ。きちんと決まった曜日に捨ててほしいものです」

そういえばトロロンプは燃えてしまった剣を棄てずに持って帰っていた。分別ができている大人だったようだ。

後で捨てるために剣を横に置いてふたたびシャベルを下ろす。

「お?」

今度は折れた先っぽが出てきた。

「……なるほど」

折れた剣と剣の先っぽ。

合わせると一本になる気がする。

「もったいないなぁ…《合体》」

錬金術を使ってみれば、どうだろう本来の姿として全く一部の隙も無い一本のかっこいい剣ができあがっていた。

「おお、グーグ君すごいですな」

「へへ、もらっちゃっていいですよね。…そういえばこないだトロロンプさんの剣を燃やしたおわびがありましたかね」

けれど流石にドブの中にあった剣をお詫びとして渡すというのも人としてどうなのかという話しだ。

「…やめときますか。お詫びというならドブで拾ったやつじゃないのがいいですよね」

「お詫びだなんて、助けてもらったのですから気にしないで平気ですぞ。…まぁ流石にドブにあったものは私も遠慮したいです」

ですよね。

後で洗って武器屋にでも売りに行こう。

折れたくらいでドブに捨てられる程度の剣なのだ。きっと売値も安いだろう。

それでもちょっといいものが拾えるとうれしくなる。

そんなこの仕事がわりと好きであった。


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