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師匠にご飯をあげました。


トロロンプとの約束は冬の終わりである。

それまでは普通に生活していくことになる。

なので秋から冬にかけて旅の準備や生活、勉強に必要な物をそろえることになる。

ともあれ、まずは学園に入学することを師匠に報告しなくてはいけない。


「ししょーっ、ただいま帰りましたー」

家に帰ってリビングや仕事場の扉をあけ放つ。が、そのどこにも師匠の姿がない。

「プ」

リビングニ続く食卓でパモクルスの一匹がテーブルの上を指さしていた。

「…師匠、まだ起きてきてないのか」

テーブルには朝にぼくが作った食事がそのままのこっていた。

「作り直すよ。それはパモが食べちゃって」

「プッ」

パモクルスは植物と合成されたホムンクルスなので食料が痛んでいようと関係なく栄養にできる。なので処理をまかせてぼくは新しい食事を用意する。

「プ」

朝の食事を口?の穴の中におさめたパモクルスは満足そうにお腹?をさすっていた。ゆっくり光合成しながら消化するようで庭にトコトコ歩いていってしまう。

師匠を起こしてきてもらおうかと思っていたけれど、近くに他のパモクルスが見当たらなかった。

自分で起こしにいくしかない。

一通り料理と洗い物を終わらせて師匠の部屋のドアをノックする。

「ししょー、おきてくださーい。もう昼すぎてますよー?」

…返事はない。

部屋のドアを開ける。

寝台にはスヤスヤと眠るきれいな女の人がいる。師匠だ。

金色の長い髪とツンと伸びた長い耳、スラリとした20代にみえる外見をしたエルフの美女。それがぼくの師匠だった。

「ししょー、ごはんですよー」

肩をゆすって声をかける。

「ん~…」

部屋の真ん中にあるテーブルには徹夜で作っていたらしいランプが置かれていた。ランプなら店にいくらでもあるが、これはどうやら魔銀が使われているらしく、ランプの周りに細く動線状になった魔銀が転がっていた。

魔銀、正確には魔導銀と呼ばれるものは下級のミスリルのことだ。魔素を蓄える銀鉱石がミスリルと呼ばれるが、これは蓄えることができなかった銀。けれど通常の銀とは違い魔素を流しても抵抗がいっさいない、魔素を通すことができる銀なのである。

ミスリルよりも安価なので錬金術で魔素を使う品物を作る時なんかに重宝されるものだ。

ミスリルを使ったランプもすでにあるようだが、師匠のランプでは魔銀を使っているようだった。

ぼくは少し興味をもち、そのランプをいじってみる。


「あれ?、魔石を入れる場所がない」

魔石とは魔物の体内で生成される魔素を扱うための器官だ。これのあるなしで動物か、魔物かがわかれている。

ぼくの知っている魔銀のランプはガラスの下に魔石を入れ、魔石の魔素で火を灯す使い方をしていた。

けれどこれにはない。

かわりに魔銀で描かれた方陣が書かれたプレートが3枚入っている。

「見たことあるな…《増加ブースト》と《保存》と《明光ライツ》かな」

火を灯すところが無くなり、《明光》で明かりを灯す。火で消えてしまうこともあるがこれならもしかすると水の中でも明かりが灯せるかもしれない。

そしておそらく、動力は使う人の魔素だ。

魔石のランプでは途中のどこかでスイッチがあり、それでオンオフができていた。これは《保存》と《明光》の間にスイッチがついているけれど、魔石のような動力になるものがない。

「だからきっと…外から…」

ぼくはランプの下部あたりから魔素を流してみる。

ランプの中に明かりが現れる。

静かに、それでいて確かな明かりだ。

使った魔素はそれほど多くはない。これなら魔術の使えない一般人でも、魔素さえ流せるなら使うことができるだろう。

「すごい。魔素だけで《明光ライツ》が使えてしまった…」

魔術が使えなくても魔術が使えるようになる。《スキル》を内包する特殊な宝石などを使わず、《スキル》が付与されている魔道具でもなく、人の手で特定の魔術が使えるようになっているのだ。

もしかすると初めてのことかもしれない。

魔銀で方陣を描くことでその魔術が使えない人でも魔術を発動させられる。

この技術は今までの魔道具や魔武器の可能性を大きく変える者になるだろう。

ただ、それでも必ずしもいいことばかりではない。

魔素があつかえない者にはこれは使えないからだ。

「そこまでどうにかするなら…魔石も入れられるようにする…でも《明光ライツ》が発動するかな?」

魔石のみで人と同じように魔術を扱えるかどうかはわからない。魔術は魔素を使って世界に行う奇跡の一つなのだ。意志のない魔石で奇跡を願うことなんてできないだろう。

師匠が魔石を入れる場所を省いたということはできなかったのかもしれない。

「うーん…」

悩むぼくの肩に、にゅっと後ろから腕が伸びてきた。


「グー君、おしっこ」

「…師匠。そういうのは勝手に行ってください」

おしっこと言いながらぼくの肩にひっついてくる。

「ん~」

まだ寝ぼけた様子の師匠を肩にしょいながらトイレまで連れていく。ぼくの方が背が低いからほとんどひきずるようにしてだ。

師匠をトイレに押しやる。

「それじゃ、顔を洗ってきてください!ご飯の用意しておきますからね!」

中から「ん~」という返事をもらい、ぼくは食卓にもどる。

まったく、もうちょっと異性とか規則的な生活とか意識してほしいものだ。


「ごは~ん」

「できてますよ」

席についてもしゃもしゃ食べ始めた師匠にぼくはため息をつく。

「また顔だけ洗って来たんですか…髪が寝ぐせでいっぱいですよ」

「ん~。問題ないよ」

そりゃ、家から出ないのだから身だしなみを整える必要はないのだろうけども、せっかくきれいなのにもったいないと思う。

ぼくは近くに置いてある櫛をとって師匠の髪を梳かしていく。以前薬を錬成するときに髪が入ってしまって大変なことになった。なので錬金術をするときは髪をまとめてほしいとお願いしているのだが、めんどうなのかそのままにしていることが多かった。

「まったく…よくこれで結婚できたものですね」

師匠はぼくの養父であるエルフのデイナードの奥さんだった。過去形ではあるが、まだ結婚状態は継続しているらしい。ほとんど会うこともなく、別居状態というやつだ。

養父はいそがしい人らしく国のあちこちを飛び回っている。なのでぼくは師匠にあずけられたわけなのだが、別居中の師匠はぼくを自分の子供としてではなく、弟子のひとりとして預かると養父に言った。そりゃそうだ。夫婦関係がないのに知らない子供をいきなり自分の子として育てろ、と言われても無理だろう。

師匠と養父の間には実子が一人おり、養父が旅をしながらでも育てられるのはそこそこ大きくなっているその子だけだった。

まだ3歳を過ぎたばかりのぼくは養父の旅についていけない。だから一つ所に居住を持って住んでいる師匠にどうしても預けたかったのだ。

けれど師匠は知らない人間の子を育てろと言われても困ってしまう。

なので妥協案としてぼくを師匠の”弟子”として生活のあれこれを面倒みることを承諾したのだった。

なのでぼくは弟子である。


最近《家事》スキルが上がってきている気がするが、《錬金術》の弟子なのだ。


「できたよ」

「ありがと~」

もぐもぐしながら言われた。

髪を梳いてから後ろで編んでひとくくりにしただけなのだが、まぁさっきより整っている感がある。たったこれだけでもかなりかわいくなっている。

きちんとしていれば美人なのにもったいのないことだ。

本当になんで結婚できたのだろうか。

ぼくは元の席にもどり、今日のことを話した。

「師匠、今日は『鑑定祭』の日です。覚えてますよね?」

「…へぇ、覚えてるよ?」

うそだな。目がぱちくりしていた。

「…いっしょに行く?」

師匠が外出をしようだなんて雨がふりかねない、が、すでにそれは終わったあとである。

「もう行ってきました。今は昼過ぎですよ。…で、ですね。その鑑定結果でひっかかってしまいまして」

「ひっかかった?」

「《精霊召喚》が。どうも特定のスキル持ちを集めているらしくて。それでぼく、今度の春までに学園に行かなくてはいけないらしいんです」

「んん、まって、学園に…入学するの?」

「おそらく。強制的にそうなるらしいです」

いかなければ牢屋いきになる。

「え…ごはん」

ぼくはうんうんとうなずいてしまう。

だろうと思った!

「…ご飯だけですか?」

「洗濯物」

「あとは?」

「掃除も」

全部ぼくがやっていることである。もしぼくが学園に入学してしまうとそれらはやる人がいなくなるのだ。

食事は素材そのまま千切るかかぶりつくことになるし、洗濯ものは現れないまま山積みされ、たまに洗われても雑に洗われ干しっぱなしにされる。掃除はパモがやることになるが、彼らの届く範囲のみで端っこや角っこは埃が溜まったままになる。

他にもこまごまとした物品の管理ができなかったり起こしに来る者がいなかったりだ。

ぼくがいないと師匠はとんとダメ人間なのだ。

けれどそれか。

それなのか。

「…師匠…ぼくは家政婦ではなく錬金術師の弟子なのですが…」

弟子がいなくなることへの感想はないのだろうか。

形式的なものなので本当に《錬金術》を伝授されているわけではないのだが、家事全般の心配だけだとぼくの存在意義に一抹の不安ができてしまう。

「え~と。それは…学園に行っても教えたこと忘れないでね?」

師匠としてもどうでもいいことらしかった。まぁ、弟子としては期待されていないのだろう。いいけども。

最低限、家に出入りする技術だけは忘れないようにということらしかった。

「それに、学園ならあの子もいっしょだから。心配してない」

そうだった。学園には義姉がすでに入学している。いっぱしの戦闘技術が評価され、将来を期待されているらしい。

「そうですね。むしろぼくが師匠のこれからを心配してます」

「うぅ…グー君がいないと私、生きていけない…」

めそめそと泣きまねをしている師匠は、それはそれでちょっとドキッとするのだが、これは色っぽい話しではない。

主に食事事情のことだろう。

「…師匠が料理すればいいのでは?」

「食べる人でいたい」

ダメな人だった。

いっそ料理人を弟子にすればいいのではと思わなくもない。

まぁ人が苦手な師匠なので無理だとは思うが。

「師匠には素材そのままの味を楽しんでもらうとして」

横暴だ~!とか師匠をうやまえ~!だとか聞こえるものは気にせず話を進めていく。


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