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『鑑定祭』の日です。


夢を見ていた気がする。

子供のころの夢だ。

「最近は見てなかったのにな…」

今もたまにあの時の夢を見ることがある。

ぼくは目元にたまった涙を枕にぐりぐりこすりつけて拭ったあと、気合を入れて布団から起き上がる。


今日は『鑑定祭』の日だ。




朝起きて顔を洗い、用意された水と薪を使って朝ごはんの支度をする。

水汲みと薪集めは”パモクルス”という疑似生物の仕事だ。

パモは師匠が『錬金術』で作った疑似生命体ホムンクルスで、本来寿命の短いホムンクルスに寿命の長い若苗の精霊を合成した生き物だ。

球根みたいな丸っこい胴体に手足が生え、頭にちょこんと芽が生えている。

大きさはぼくが朝にぐりぐりした枕と同じくらいだけれど、パモは全部で6体いていろいろな仕事を手伝ってくれている。


ただ、細かい仕事と”火”は苦手なようで、それらはぼくの仕事になっていた。

「よし、できた」

朝なので手の込んだ料理ではない。パンと肉に卵を割った目玉焼きと野菜を切っただけの簡単な朝食だ。

これでもこの家に来たころからすれば格段にマシになった方である。

…あの頃は勝ってきたパンがそのままデデンと食卓に置かれ、手でちぎって食べていたからなぁ…。野菜も千切った、折った、丸のまま茹でた、というのばかりだった。

師匠が料理に頓着しないせいである。


ぼくは師匠の部屋のドアを叩いて声をかけた。

「ししょーっ、朝ですよー」

……返事はない。

きっとまた夜中まで錬金していたせいだろう。

うーん…寝かせておくか。

ぼくは『鑑定祭に行ってきます。ご飯は戸棚の中に入れてあります』とメモを残し、一人でご飯を食べた。


「鑑定祭とか行きたくないけど…しかたない。行かないとなぁ」

『鑑定祭』とはその年に10歳になる子供が近くの教会で司祭様に”鑑定”を受ける日だ。

村の子供なんかはこの日を待ち遠しく思っていた子も多いだろう。

畑仕事や店の手伝いをしていた子供たちは、小遣い程度だった仕事の報酬がきちんとした金額で払われるようになり、冒険者を目指す子もこの日から階層制限が解かれより深層に潜ることができるようになる。

一段大人として扱われるようになる日なのだ。

実際この鑑定結果でどの仕事を目指すか決める子もいる。自信のステータスはいつでも確認できるが、そのステータスで何ができるか、何になれるかというのは村にいるだけでは知ることができない。なので司祭や護衛に来ている兵士の目で確認され、アドバイスを受けることで知らなかった道が開けることもあるのだ。

有用なスキルを持って生まれても、知識がなければ活かされない。

それを防ぐための儀式の日でもあった。


けれどそれは”スキルを活かしたい”という人間にとって意味のある日で、ぼくみたいにスキルなんてどうでもよく、ひきこもって過ごしていたい子供には迷惑な日でしかない。

ぼくにスキルをくれた女の子を亡くしてしまった日から、ぼくはスキルに対して消極的になってしまった。




「それじゃ、行ってくるね」

パモの頭をぽんとはたき、玄関の扉を《合体》で閉める。

この家の扉には鍵がない。なので錬金術の《合体》で家と扉をくっつけないと施錠(?)できない仕組みになっている。

なっている…というか、師匠が鍵をつけ忘れただけなのだけれど。

ぼくがこの家にやって来るまで扉は無施錠のままあけっぱなしだった。

流石にそれは防犯足らないからと、師匠になんとかするようにお願いしたのだけれど。

結局くっつければいいじゃない、ということになったのである。

ずぼらである。

あとただぼくの前で錬金術を使ってドヤ顔したかっただけである。

子供かっ


さて

師匠の家は町のはずれの森の中にある。

森には魔物も出没するのだが、師匠の木々に作用するスキルで一見さんは侵入できないようになっていた。


「ぎゃあああああっっ!?、ま、魔物だっ、だれか助けてくれぇえ!」


なのでこういったことがたびたびおこる。

村と村をつなぐ街道はきちんと別にあるのだが、おおきな森をつっきれば早いんじゃないかと言うおおざっぱな商人や旅人が森に入り込み、迷子になったり魔物におそわれているのである。

今も100メートル先でオオカミ型の魔物に襲われている旅人がいた。

武器は持っているようだが扱いなれていないらしく、満足に振り回すこともできていない。

ぼくはそれを確認し、近づかないように気をつけながら迂回して歩いた。

「そこな少年っ、た、助けてくれぇ!」

ちっ、ばれた。

早歩きで遠ざかる。巻き込まれては命が危ない。

「まあっってぇぇぇ!」

「くんなぁぁっ!」

全力で走るぼくにその旅人が全力で追いかけてくる。その後ろにはもちろんオオカミを引き連れてだ。

なぜ追いかけてくるのか、被害にあうのなら一人であえばいいと思うのだが!。

森を抜けたあたりで振り返る。

けれどオオカミは獲物をあきらめるつもりがなかった。

ぼくに続いて森を抜けた旅人は、



全力でぼくに追いついてくる。

くっ、流石に大人と子供。10歳の子供の体では大人の足に追いつかれてしまう。

その旅人は逃げるぼくの外套の端を掴むと、足に、腰に、全力ですがり付いて来た。

「たすけてええぇっ!死にたくないいっ!」

「そりゃぼくのセリフだあぁっ!」

蹴っても叩いても鼻水たらしながらひっついてくる。

そんな足手まといをかかえて走れるわけがなく、オオカミがすぐそこまで迫ってきていた。




「ひいいいっ、もうダメだっすまないメナディア、アディナっ。先に逝く私を許しておくれぇ!」

「あきらめるなら一人で逝ってくれぇ!」

こちらも命のピンチに鼻から目から液体が流れだしている。

もうね、いいかげんにしてくれと。

ぼくを巻き込むな。

旅人は目をつぶり清々した笑顔で生きるのをあきらめている。

さっき名を呼んでいたのは家族なのだろう。

妻を、娘を残したまま死ぬ気らしい。

そのことにぼくはちょっと苛立ちを覚えた。

なぜあきらめるのか。

残された方はどんな気持ちになるのか。

一人残されたぼくには、この旅人の態度が自分勝手なものにしか見えなかった。

「…くそっ!」

ぼくはあきらめない。

残される家族の気持ちを知ってしまっているから、だから。

家族になってくれた養父や義姉や師匠のために、……こんな家をでてすぐのところで死にたくなかった。

かっこ悪いし。

けれど攻撃スキルも攻撃魔術もないぼくに、オオカミの魔物の相手なんかできるはずもない。


僕は腰に下げていた魔物除けの香をオオカミの鼻先にに投げる。

地面にぶつかった拍子にその香の匂いが辺りに振りまかれ、オオカミはキャン、と鳴いて飛び下がる。

香は魔物の嫌がる匂いを焚いたものだ。それを目の前に投げられれば距離をとりたくもなるだろう。

これで少しの時間がかせげる。

ぼくは旅人に近づいて彼の荷物をあさった。

「ごみ、ごみ、ごみ、ごみっ、これはよし、あとは…そのマントだ!」

目を白黒させている旅人から目当てのモノを奪い、これをもらっていいかと問いかける。

「これ、もらっていいかなぁ!」

「助けてくれるならなんでもいいよぉ!」

香り袋で少しひるんでいたオオカミもこちらの様子をうかがいながら距離を詰めてくる。

ぼくは彼からもらった装備を重ねて魔術を発動させた。


「錬金魔術…《合体》!」


装備が輝き魔術が成功する。

後は火打石で火を着けるだけだが…なかなか火が着かない。

カンカンカンカン打っているのに装備に火が着かないのだ。

「ああ、ああああああああっ」

「火?、火か?、よし火なら着けられるよっ《火矢フレイムアロー》!」

《火矢》あるのかよ。戦えよ。

けれど旅人の出した《火矢》は小さくペラペラで、ほとんどまっすぐ地面に落ちる。

ぼくは急いでそれを装備で掬い上げた。

ぼう、という音と共に装備が燃え上がる。

「よし!」

こちらに向かってきていたオオカミの眼前にそれを突き付ける。

それは炎をまとう剣だった。

布よりは硬いが鉄よりは柔らかい。

マントと鉄剣を合わせ、火を着けただけの剣だ。

けれど見た目だけは火の剣っぽくて強そうに見える。

オオカミは”剣”というものを知っているらしく、大きく距離をとった。

きっと冒険者と戦い、逃げたことのある魔物なのだろう。

ならその危険性をよく知っているはずだ。

ぼくはその剣を優雅に、それっぽく振り回して見せる。

剣は黒煙をまといながら流れるように風をきった。

「お、おお。もしや腕の立つおかたでしたか?」

違うけども。

オオカミもそう思ったらしく、少しぐるると喉を鳴らした後、森へと走っていなくなった。

「……よ、よかった。逃げてくれたかぁ」

「ぬう、倒せませんでしたなっ」

この旅人め…ぼくが剣を使えそうと見るや魔物を倒してもらうつもりだったらしい。

ボクは頭に怒りマークをつけながら、まだ燃えているその剣を旅人におしつけた。

「剣は返すよ。それじゃ、どうぞ気をつけて旅を続けてください!」

「ま、まってくれ。おいていかないでおくれっ」

歩き出したぼくに旅人が付いてくる。

燃える剣を持ったまま。

黒煙が風に舞い上げられ、所々火の粉が落ちている。秋の野原でそれは火事の原因になりかねない。

「ついてこないでっ!」

「恩もありますからぁ!」

逃げ出したぼくに旅人は追いすがった。



「火が消えてしまいましたな」

「…ボロマントの成分が燃えちゃったんだろうね。剣もボロボロで使い物にならないし、まぁ命を救った代価としては安いモノでしょ」

旅人は黒く燃えカスのようになった剣をブンブンと振る。まるで棒切れを振り回すみたいに軽い所作だった。

ぼくが流麗に剣を振ったのも剣とマントを合体させて剣身が軽くなったおかげだ。

ぼくに剣の技能はない。

「ははぁ…錬金術師様であらせられましたか」

旅人はそう言い、納得したようにその剣を鞘におさめた。持って行くらしい。

「錬金術が使えるってだけだよ。じゃないと家に入れなかったんだ…」

「?」

家の扉は《合体》《分離》でしか開け閉めできないのだ。家に入るには錬金術を覚えるしかなかったのである。

「それで…あなたもこの先の村に用があるのかな?」

付いてくるので目的地は同じかと思い、そう聞いてみた。

「私はモナック・トロロンプです。トンベ村に手紙を届けに行くところでした」

冒険者や商人ではないと思ったが、配達人だったらしい。

「配達人さんでしたか、ごくろうさまです」

「いえ、何でも屋です」

それもそうか。配達人なら馬や竜馬に乗って移動しているだろうし、徒歩で村々を移動しようなんて無茶はしないだろう。

モナック・トロロンプは30過ぎくらいの年齢のくたびれたおじさんだ。髪も長めでボサボサ、背も丸まっていてぱっとしない容姿をしている。

装備も茶色がかっており、きちんと洗濯しているのかあやしい風貌をしていた。

「…何でも屋ってなにする仕事なんですか?」

「まぁ、頼まれれば何でもね。届け物や逃げた家畜探しとか、種植えの時は土を耕す手伝いをするし、たいていは子供が遊んでるのを危険がないか見守ってるなぁ」

自由人だった。

見守りでお金がもらえるなら自分もしてみたくはある。

ただ、大人になってまでそれでお金を稼ぎたいかと言われると…うん。

「…いいお仕事ですね」

「いやぁ。他にできることもなかったからね。きちんとスキルを覚えて仕事につければよかったんだけど、生半可に魔術が使えたせいでねぇ…冒険者になる!って家を飛び出しちゃってそれっきりだよ」

冒険者くずれというのはわりと多い。

冒険者時代に大ケガを負って引退し、故郷に帰ってきたはいいが怪我のせいで他の仕事につきづらいと言った者たちだ。

これが盗賊や山賊になって人を襲うこともあり問題になっている。

「元冒険者でしたか。のわりにグレイウルフに追いかけられてましたが」

さっきのオオカミは灰色の毛並みをした”グレイウルフ”という魔物だ。たいていは何匹かで徒党を組んで狩りをする。個体であればEランク、群れならDランクの魔物である。

元冒険者であればEランクくらい簡単にあしらえるレベルだった。

「薬草採集なんかはできるからね。…しかし魔物の相手はどうも血が苦手で。血を見て倒れて以来、剣は飾りになってますよ」

ハハハと肩をすくめながら笑う。

まぁ採集だけでも日銭を稼ぐことができるだろう。ただ採集には魔物の出る場所に踏み入ることになる。そうなればおのずと戦うことを求められることになるのだ。

だから冒険者をやめて何でも屋になったというわけらしい。

そんな腕前なのに一人で村間を移動しようというのだ。

いっしょにいても増えんしかない。今度魔物に襲われたらぼくを囮にして逃げ出されても不思議ではないほど頼りなかった。

村についたらさっさと別れよう。僕はそう決意した。


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